TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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18 メイクデビュー

 夏の日差しが、中山レース場の緑のターフを容赦なく焼き焦がしていた。

 陽炎がゆらめくコース上。

 本日の第5レース、メイクデビュー中山。

 芝1200m、右回り、外回りコース。

 17人の若きウマ娘たちがデビューを競う、多頭数の短距離戦だ。

 

 パドックには、これからデビューを迎える若き才能たちが周回している。

 新バ戦にしては珍しく、スタンドにはそれなりの数の観客が入っていた。夏レース特有の湿った熱気と、ファンの大人たちの視線が、肌にまとわりつく。

 

(……熱い。でも、悪くない)

 

 ボク、ロールフィヨルテは大きく深呼吸をした。

 肺いっぱいに吸い込んだ夏の空気は、どこか鉄と芝の匂いがした。戦場の匂いだ。

 

 身に纏っているのは、学園指定の純白の半袖シャツ。

 そして下は、機能性と動きやすさを極限まで追求して選んだ、黒色の体操服(ブルマ)だ。

 今回のレースでボクが引き当てたのは2枠4番。

 規定に従い、ボトムスの色は「黒(ブラック)」が指定されている。

 余計な装飾を削ぎ落としたその漆黒のスタイルは、ただ速く走るためだけの戦闘服。

 ドーベルと悩み抜き、ブライトが太鼓判を押してくれたこの姿。今はもう、恥ずかしさなど微塵もない。あるのは、風と一体になれる予感だけだ。

 

『……ふん。悪くない面構えになったな、小娘』

 

 脳内で、低く、地響きのように威厳に満ちた男性のような声が響いた。

 今日、ボクがその力を借りるために呼び出した新たな英霊。

 日本競馬史上、最強のスプリンターと言われる一頭にして、日本と香港の地で世界を制した「龍王」。

 『ロードカナロア』だ

 

 彼はボクの脳内空間に、黄金と翡翠で飾られた豪奢な玉座を出現させ、頬杖をついて外の世界を見下ろしている。

 

(カナロア……力を貸してくれるね?)

 

『言葉を慎め。我は「貸す」のではない。「支配」するのだ』

 

 カナロアは傲然と言い放つ。その声には、絶対的な王者の響きがある。

 

『1200m(6ハロン)。それは瞬きの時間だ。迷いも、策も、呼吸すらも不要な、純粋なる速度の世界。……貴様にその領域を統べる覚悟があるなら、我の翼をくれてやろう』

 

 圧倒的なプレッシャー。

 ボクの心臓を鷲掴みにするような重圧。

 だが、今のボクはそれに呑まれたりはしない。一年間の泥にまみれた特訓、ドーベルたちとの絆、そしてゲート試験で見つけた自信が、背骨を支えている。

 

(……分かった。統べてみせるよ。君の力を使って、ボクが)

 

『よかろう。……往くぞ、凱旋のパレードだ』

 

 ボクはパドックの周回を終え、地下道へと向かう列に加わった。

 フェンス越しに、二人の幼馴染の姿が一瞬だけ見えた。

 メジロドーベルとメジロブライト。

 ドーベルは祈るように胸の前で両手を組み、ブライトは日傘の下からニコニコと、しかし力強く手を振っている。

 言葉は聞こえない。けれど、想いは届いた。

 ボクは小さく頷き、暗い地下道へと足を踏み入れた。

 

 

 

「各ウマ娘、順調に枠入りが進んでいます」

 

 実況の声が、場内のスピーカーから響き渡る。

 中山レース場のスタンドから一番遠い、第4コーナー奥のポケット地点。

 フルゲートに近い17人が横一線に並ぶ光景は壮観だ。

 

《さあ、注目の新バ戦。1番人気は外、15番のカシマサンサンです。その末脚に期待が集まっています。パドックでも素晴らしい気配を見せていました》

 

 実況が人気どころの名前を挙げていく。

 

《続いて2番人気は14番スーパーオージャ。さらに内からは、3番のエプソムシェーバーも人気と支持を集めています》

 

 ボク、4番ロールフィヨルテの名前は、有力バとしては呼ばれない。

 入学時の成績はよかったがその後はいまいち。ゲート試験の時の成績もあまりよくなかったためだ。観客の多くは、カシマサンサンを見ている。

 

 狭いゲートの中。

 周囲の熱気と、ライバルたちの荒い息遣いが混ざり合う。

 隣の3番、エプソムシェーバーが小刻みにステップを踏んでいる。緊張しているのだ。

 外枠の方からは、カシマサンサンの鋭い視線を感じる。

 

 だが、ボクの視界には何も入っていなかった。

 ただ一点、1200m先のゴール板だけが、鮮明に焼き付いている。

 

『来るぞ。……我の後塵を拝する者たちに、絶望を教えてやれ』

 

 カナロアの声が響くのと同時。

 ゲートが開いた。

 

 ガシャン!

 

「――ッ!!」

 

《スタートしました! きれいなスタート! ……おっと、内から弾丸のように飛び出した影がある! 4番ロールフィヨルテだ!》

 

 ボクの体は、思考するよりも速く反応していた。

 ローエングリン直伝のスタート技術。

 ゲートが開くコンマ1秒前、重心を極限まで前へ崩す。

 開いた瞬間、倒れ込むエネルギーを推進力に変える。

 完璧なロケットスタート。

 カシマサンサンやエプソムシェーバーといったライバルたちも遅いわけではない。だが、見てスタートした者と読んでスタートした者の間の差があった。

 さらに二の足のつき方が決定的に違う。

 

『加速しろ! 地面を「叩け」!!』

 

 カナロアの檄が飛ぶ。

 ボクは歯を食いしばり、ロードカナロアの力の一部――その『翼』を解放する。

 通常のウマ娘が地面を「蹴る」のだとしたら、今のボクは地面を「爆破」しているような感覚の一歩。

 一歩ごとに地面をえぐり取る、重戦車のごとき推進力。

 金色の弾丸となって、ボクはバ群から頭一つ、いや、3バ身を一瞬で抜け出した。

 

《先手を取ったのは4番ロールフィヨルテ! 速い、速い! グングンと加速してハナを奪います! 2番手に15番カシマサンサン、直後に14番スーパーオージャと続く!》

 

 風の音が変わる。

 先頭に立った者だけが聞ける、鼓膜を切り裂くような風鳴り。

 それは静寂にも似た、孤独な音だ。

 

 第3コーナーへ突入する。

 スタートからここまで中山の緩やかな下り坂が続いている。

 ここでスピードに乗りすぎると、第4コーナーの急なカーブで遠心力で外に振られ、最後の急坂でバテる。それがこのコースのセオリーだ。

 背後から、1番人気カシマサンサンの足音が迫る。彼女もいい位置につけている。マークされている。

 

 普通なら、ここで息を入れる。ペースを落として脚を溜める。

 だが、龍王は鼻で笑った。

 

『緩めるな! 誰が休んでいいと言った!?』

 

(えっ!? でも、ここからカーブがきつく……!)

 

『関係ない。我が速度は、カーブごときで減速せぬ。……ねじ伏せろ! コーナーごと踏み潰して進め!!』

 

 無茶苦茶だ。

 けれど、ボクの体は、その暴君の命令に熱狂していた。

 

(なら……やってやるッ!)

 

 ゴールドシップから教わったコーナリング技術を発動させる。

 体を極限まで内側に倒す。地面スレスレまで顔を近づける。

 遠心力がボクを外へ引き剥がそうとする暴力的な力を、強靭な体幹でねじ伏せ、すべてを「前」へのエネルギーに変換する。

 

 黒い体操服から伸びる脚が、残像のように回転する。

 最短距離。インベタ。

 ラチ(柵)と接触するギリギリのラインを、カミソリのように鋭く切り裂いていく。

 外を回るライバルたちが遠心力でわずかに膨らむ中、ボクだけが異次元の軌道を描いていた。

 

《第3コーナーから第4コーナー! 先頭はロールフィヨルテ! ……おっと!? さらに加速した!? 後続との差が開いていく! これは速い!》

 

 第4コーナーを回り、最後の直線へ。

 ここで、決定的な差が生まれた。

 コーナーを抜けた遠心力を利用し、ボクは弾かれたように最内を維持したまま直線へ飛び出した。

 

《4コーナーを回って直線! 先頭は依然として4番ロールフィヨルテ! リードは3バ身、4バ身と広がる! 独走だ! 外から懸命にカシマサンサン! 内を突いてエプソムシェーバーも脚を伸ばすが、差が縮まらない!》

 

 中山名物、心臓破りの急坂が目の前に立ちはだかる。

 高低差2メートル以上の急勾配。

 普通の新人なら、ここでガクンと脚色が鈍る。乳酸がたまり、脚が棒になる場面だ。

 実際、後続のライバルたちの脚が一瞬止まる気配があった。

 

 だが、ボクの脚は止まらない。

 止まるどころか、唸りを上げた。

 

『見ろ、器よ。これが「格」の違いだ』

 

 ロードカナロアの力が、全身の血管を駆け巡る。

 坂? それがどうした。

 龍が空を昇るのに、坂など関係ない。

 苦しいはずの勾配が、まるで平坦な滑走路のように感じられる。

 地面を蹴るたびに、加速していく。

 

《――強い! これは強い! ロールフィヨルテ、坂を登っても脚色が衰えない! むしろ突き放す! ぐんぐんと突き放す! 後ろはもう見えない!》

 

(行ける……! 誰にも、影すら踏ませない!)

 

 ボクは前傾姿勢を深め、最後の100mを駆け抜けた。

 歓声が聞こえる。

 いや、それは歓声ではない。どよめきだ。悲鳴に近い、畏怖の念だ。

 あまりの独走劇に、観客が言葉を失っている。

 

 風が祝福している。

 これが、頂点の景色。

 

《ロールフィヨルテ、圧勝!! 強い、強すぎる! 2着以下を大きく引き離して、今ゴールイン! 鮮烈なデビューです! 2着争いは遥か後方、カシマサンサンがようやく入線!》

 

 

 

「……っ、ふぅー……!」

 

 ゴールを過ぎ、緩やかに減速する。

 息は上がっているが、倒れ込むほどではない。

 ゲート試験の時よりも遥かに速いペース、殺人的なラップで走ったはずなのに、体にはまだ余力が残っていた。

 これが、ロードカナロアという「最強のエンジン」の燃費の良さなのか。

 いや、ボク自身の器が、この速度に耐えられるようになった証拠だ。

 

『フン。……まあ、デビュー戦にしては上出来か』

 

 脳内で、カナロアが玉座から立ち上がり、満足げに頷いた。

 

『世界への挨拶代わりにはなっただろう。……だが、満足するなよ。我の背中を追うならば、これくらいは日常茶飯事だ』

 

 言い残して、龍王の気配は霧のように消えていく。

 代わりに、スタンドからのパラパラとした拍手が、次第に爆発的な歓声へと変わっていくのが聞こえた。

 

 ふと、ターフビジョンを見上げる。

 そこに表示された数字を見て、ボク自身も目を疑った。

 

 1着 4番 ロールフィヨルテ

 タイム 1:08.9

 着差 大差

 

「……いっ、ぷん……はち……?」

 

 会場がざわめいているのが分かる。

 1分8秒9。

 それは、2歳(旧3歳)のメイクデビューで出るようなタイムではない。シニアのオープンクラス、いやGⅠクラスに匹敵する、異常な時計だ。

 2着のカシマサンサンとは、10バ身……いや、もっと離れている。「大差」の二文字が、その異常さを物語っていた。

 

「……勝った。……勝ったんだ、ボク」

 

 実感が、じわじわと湧いてくる。

 圧勝だった。

 カシマサンサンも、エプソムシェーバーも、決して弱くはなかった。

 ただ、ボクたちが規格外すぎただけだ。

 

「ロールーーッ!!」

 

 ウイニングランでスタンド前を通ると、フェンスの最前列でドーベルが身を乗り出して叫んでいた。

 彼女は瞳に涙を溜めて、思い切り手を振っている。

 その隣で、ブライトもハンカチで目元を拭いながら、優雅に、しかし激しく手を振っていた。

 

「おめでとう! バカ! 凄かったわよ! あんなタイム……信じられない! 誰よりも速かった!!」

「ロールちゃ~ん! 感動しましたわ~! 本当に龍が見えましたわ~!」

 

 二人の姿を見て、ボクは大きく手を振り返した。

 ドーベルが選んでくれた黒い勝負服。

 ブライトが信じてくれた可能性。

 そして、龍王が授けてくれた翼。

 

 空はどこまでも青く。

 芝の匂いが鼻をくすぐる。

 これが、勝利の味。

 夏合宿の屈辱も、特訓の辛さも、すべてがこの一瞬のためにあったのだと思えた。

 

 メイクデビュー、大差での圧勝。

 衝撃のタイム。

 ロールフィヨルテの伝説は、この中山の坂から始まった。

 

 次は重賞、そしてG1へ。

 まだ見ぬ強敵たちが待つ、覇道の先へ。

 ボクは黒い2枠の体操服を誇らしげに風になびかせ、喝采の中をゆっくりと歩き出した。




本日11時に掲示板回更新します。

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