TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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感想で質問があったのですが、1998年当時は朝日杯三歳ステークス、阪神牝馬三歳ステークスだったので、名称をそれぞれ朝日杯ジュニアステークス、阪神ジュニアステークスとしています。
命名規則的には牝馬はウマ娘に置き換えるので(府中ウマ娘ステークスなど)本当は阪神ウマ娘ジュニアステークスが正しいのかもしれませんが語感でこうなってます。


20 朝日杯ジュニアステークス

 木枯らしが吹き、街行く人々がコートの襟を立てる12月。

 しかし、中山レース場の熱気だけは、真夏のように沸騰していた。

 

 朝日杯ジュニアステークス。

 ジュニア世代の頂点を決める、今年最後のマイルGⅠ。

 そのパドックは、一人のウマ娘の登場を今か今かと待ちわびる観客で溢れかえっていた。

 

「おい、来たぞ!」

「ロールフィヨルテだ!」

 

 どよめきが歓声に変わる。

 地下道から姿を現したのは、黒と金の衣装に身を包んだ長身のウマ娘。

 ボク、ロールフィヨルテだ。

 

 ざわっ……

 

 ボクがパドックに足を踏み入れた瞬間、歓声とは違う、ある種の衝撃が走ったのが分かった。

 無理もない。

 今日初めて披露する、ボクの「勝負服」だ。

 

 光沢のある漆黒のレオタードは、冬の陽光を反射して艶めかしく輝いている。

 体に吸い付くような素材が、鍛え上げた筋肉の隆起や、女性的な曲線を残酷なまでに浮き彫りにしている。

 そして何より、際どいハイレグから伸びる長く白い脚。

 腰に巻かれた白い布が風にたなびくたびに、太ももの付け根まで露わになる絶対領域。

 それは「騎士」というよりは、戦場に舞い降りた「戦乙女(ヴァルキュリア)」のような、神聖かつ背徳的な美しさを放っていた。

 

「すっげぇ……なんだあの格好」

「すげぇハイレグ……いや、カッコいいのか?」

「あの筋肉見ろよ。マジで彫刻みたいだぞ」

 

 観客たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。

 顔が熱い。

 でも、ボクは努めて冷静を装い、顎を引いて前を見据えた。

 ドーベルが魂を込めて作ってくれたこの鎧。

 恥じらうことは、彼女への、そしてボク自身への裏切りになる。

 

(……堂々と。ボクは、黄金の守護者だ)

 

 自分に言い聞かせ、ボクはあえて観客席を見上げた。

 最前列。

 そこには、カメラを構えて鼻血を出しそうな勢いで興奮しているドーベルと、優雅に手を振るブライトの姿があった。

 

 メジロドーベル。

 彼女は先週行われた阪神ジュニアステークスを、あの可憐な勝負服で見事に勝利し、一足先にGⅠウマ娘の仲間入りを果たしていた。

 今日の彼女の眼差しは、単なる幼馴染のものではなく、「同じGⅠの舞台に立つ者」としての信頼と、期待に満ちている。

 ボクは小さく微笑み返す。

 それだけで、会場のボルテージが一気に跳ね上がった。

 

 

 

 パドックを後にし、地下道へ。

 薄暗い通路を歩きながら、ボクは今日の「相棒」を選定するための脳内会議を開いていた。

 

『さあロール! ここはアタシの出番でしょ! マイルGⅠよ!? この大舞台でアタシを使わないなんて嘘でしょ!』

 

 真っ先に手を挙げたのは、当然のごとくグランアレグリアだ。

 彼女は自信満々に胸を張り、アップを始めている。

 

『今日こそアタシのスピードでねじ伏せて、伝説にしてあげるわ!』

(……ごめん、グラン。今回はパス)

 

 ボクが即答すると、グランアレグリアは「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げた。

 

『なんでよ! アタシ以上のマイラーなんていないでしょ!』

(だって君……朝日杯、負けてるじゃないか)

 

『ぐっ……!』

 

 グランアレグリアが言葉に詰まる。

 そう、史実において彼女は、この朝日杯で3着に敗れているのだ。

 出遅れや進路妨害などの不利があったとはいえ、負けは負け。

 ゲン担ぎの意味でも、今回は彼女のカードを切るわけにはいかない。

 

『あ、あれは……! あの時はちょっと調子が悪かっただけだし! 今なら絶対勝てるし!』

(ダメ。今日は「絶対に負けない」ことが条件なんだ)

 

 ボクは首を振る。

 今日のレース。それは単なるGⅠ勝利だけが目的ではない。

 「世代最強」を決定づける、圧倒的な力の誇示が必要なのだ。

 

 このレースには、本来なら最大のライバルとなるであろうタイキシャトルやサイレンススズカは出走していない。

 彼女たちはまだ体が出来上がっておらず、本格化するのは来年以降だと陣営が判断したからだ。

 だからこそ、ボクはここで勝たなければならない。

 まだ見ぬ彼女たちがターフに現れた時、「あいつが王者だ」と認めざるを得ないような、絶対的な記録(レコード)を刻む必要がある。

 

(ボクが呼ぶのは……この人だ)

 

 ボクは意識のチャンネルを切り替え、伝説の領域へとアクセスする。

 その名は――『マルゼンスキー』。

 

 かつての時代を席巻した、伝説のスーパーカー。

 持ったままで大差勝ち。

 次元が違うスピード。

 彼女の現役時代を知る者は皆、口を揃えて言う。「彼女こそが最強だった」と。

 この朝日杯においても、レコードタイムで圧勝している実績がある。

 まさに「非存在の血統」にふさわしい、伝説の魂だ。

 

『あら~? 私をご指名かしら? うふふ、嬉しいわねぇ』

 

 脳内に響いたのは、時代を感じさせるバブリーな、しかし底知れぬ余裕を感じさせるお姉さんの声だった。

 赤いジュリ扇を揺らしながら、彼女は優雅に登場した。

 

『いいわよ。最近の若い子のレース、ちょっと走って見てみたかったのよね。私のスーパーカー、乗りこなせるかしら?』

(全力で食らいつきます。……お願いします、マルゼンスキーさん!)

 

『OKよ、ベイビー! かっ飛ばしていくわよ~!』

 

 強烈な時代のノリと共に、とてつもないエネルギーがボクの体に流れ込んでくる。

 重い。熱い。

 ロードカナロアやグランアレグリアとはまた違う、荒々しくも絶対的な「暴力」にも似た推進力の塊。

 これが、伝説のスーパーカーのエンジンか。

 

『ふんっ! いいわよ! アタシは高みの見物させてもらうから! もし負けたら承知しないわよ!』

 

 グランアレグリアが拗ねて引っ込んでいく。

 ごめんね、グラン。後でなにか奢るから。

 

 

 

「各ウマ娘、ゲートに入ります」

 

 中山レース場の芝1600m。

 冬の西日が、コースを黄金色に染めている。

 フルゲート16人。

 ボクの枠は、運命めいた8枠16番。大外だ。

 不利と言われる大外枠だが、今のボクには関係ない。

 マルゼンスキーの戦法は、小細工なしの「逃げ」。

 最初から先頭に立ち、そのまま誰も寄せ付けずにゴールする。シンプルにして最強の戦術だ。

 

「……ふぅ」

 

 ゲート内で深く息を吐く。

 黒いレオタード越しに、冷たい風を感じる。

 だが、体の内側は溶岩のように熱い。

 マルゼンスキーの魂が、「早く走らせろ」と唸りを上げている。

 

 ガシャン!!

 

 ゲートが開いた。

 

 ドンッ!

 

 ボクの体は、弾丸のように飛び出した。

 ローエングリン直伝のスタート技術と、マルゼンスキーの爆発的な加速力が融合する。

 大外枠から、斜めにコースを切り裂くように内へ切れ込む。

 強引? いや、これが王道だ。

 一歩ごとに他を置き去りにする。

 スタート時点ですでに1歩先を走っていたボクは、最初の200mで、完全に先頭に立っていた。

 

《速い! 速いぞロールフィヨルテ! 大外から一気にハナを奪った! 躊躇なし! 迷いなし! これが新世代の怪物の走りだ!》

 

 実況が絶叫する。

 風の音が、キーンという高周波に変わる。

 スーパーカーに乗っているかのような、視界の流れる速さ。

 

『あら、いい感じじゃない。……でも、まだ甘いわよ? もっとアクセル踏めるでしょ?』

 

 脳内でマルゼンスキーさんが笑う。

 まだ? これでも十分ハイペースなのに?

 だが、彼女の基準は違うのだ。

 後ろを気にするな。スタミナ配分など考えるな。

 ただひたすらに、自分が一番速いと信じて踏み続けろ。

 

(……望むところだッ!)

 

 ボクはギアを一段上げた。

 第3コーナー。

 普通なら息を入れる場面で、ボクはさらに加速した。

 後続のウマ娘たちが「嘘だろ!?」とどよめく気配がする。

 ついてこれるなら来てみろ。

 ボクの背中は、遥か彼方だ。

 

 ゴルシ直伝のコーナリングで、遠心力をねじ伏せる。

 申し訳程度の白いマント部分が風にはためき、残像のように尾を引く。

 ほとんど水平じゃないかというぐらい体を傾け、地面と遠心力と仲良くバランスを取りながら、最内を最高速で駆け抜ける。

 

 第4コーナーを回り、最後の直線。

 中山の急坂が目の前に現れる。

 

『さあ、ここからがショータイムよ! ブッちぎっちゃいなさい!』

 

 マルゼンスキーさんの檄が飛ぶ。

 ボクは太ももに力を込めた。

 ハイレグから露出した筋肉が、鋼のように隆起し、地面を爆発的に蹴り上げる。

 

 坂? 関係ない。

 他ウマ娘が苦しむ急勾配を、ボクは平地のように駆け上がる。

 後続との差が、3バ身、5バ身、7バ身と開いていく。

 誰もいない。

 視界にはゴール板だけ。

 

 歓声が聞こえる。どよめきが聞こえる。

 かつて彼女が見せた「持ったまま大差勝ち」の再来。

 時代を超えて、伝説が蘇る。

 

《強い! 強すぎる! これはもうレースではない! ロールフィヨルテの独壇場だ! 影すら踏ませない! 次元が違う!》

 

 ボクは一度も後ろを振り返ることなく、ムチを入れることもなく。

 ただ前だけを見据えて、ゴールラインを駆け抜けた。

 

 ――ゴール!!

 

 

 

「……はぁっ、はぁっ……!」

 

 ゴールを過ぎ、緩やかに減速する。

 全身から湯気が立ち上っているのが分かる。

 汗がレオタードを伝い、肌を濡らす。

 キツかった。マルゼンスキーさんの出力は、やっぱり桁外れだ。全身の筋肉がきしんでいる。

 でも、倒れるほどじゃない。

 ボクの器は、伝説を受け止めきったのだ。

 

『うふふ、合格よベイビー! なかなかやるじゃない!』

 

 脳内で、マルゼンスキーさんが満足げに扇子を閉じた。

 

『いい走りだったわ。これなら、私が走れなかった「その先」も、貴女なら行けるかもね』

 

 彼女が走れなかったクラシック。ダービー。

 その言葉を残し、彼女の気配は消えていった。

 

 スタンドを見上げる。

 一瞬の静寂の後、爆発的な拍手と歓声が降り注いだ。

 電光掲示板には、レコードタイムの文字。そして「大差」の表示。

 完勝だ。

 ボクは右手を高々と突き上げた。

 

「……やった……!」

 

 朝日杯制覇。

 ジュニア世代、最強の証明。

 

「ロールーーッ!!」

 

 スタンドの最前列で、ドーベルとブライトが抱き合って喜んでいるのが見えた。

 ドーベルは顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。

 ボクは彼女たちに向かって、投げキッスを送った。

 ドーベルが真っ赤になって倒れ込み、ブライトがそれを支えているのが見えて、思わず笑ってしまった。

 

 黒と金の勝負服が、冬の空に映える。

 ここが頂点ではない。ここは通過点だ。

 来年はクラシック。

 もっと強く、もっと速いライバルたちが待っている。

 

 でも、今のボクなら戦える。

 将来のことで期待と不安で胸が膨らむのであった。




本日11時に掲示板回更新します。

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