TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
寒風が窓を叩く、年明けの元旦。
ボク、ロールフィヨルテは、自宅リビングのソファに深く沈み込んでいた。
「ああ、かわいいロール! よくやったね、ロール!」
ウマ娘の母親が、ボクをその豊満な胸に抱きしめる。
その目には、安堵と喜びの涙が浮かんでいた。
「あの子が、あんなに元気いっぱいに走ってる姿を、テレビで見た時はねぇ……もう、それだけでお母さんは胸がいっぱいになったよ。病気ばかりしていた、あの頃を思えば……夢みたいだよ」
過保護気味の母は家に帰るたびにこんな感じで引っ付いてくる。愛情たっぷりでうれしくないわけではないが、若干うっとおしいぐらいだ。まあ小さい頃散々心配かけたし仕方ないかと思い受け入れているが。
隣では人間の父親が、ボクがもらった記念のトロフィーを磨きながら、深く頷く。
「そうだぞ、ロール。最優秀ウマ娘とかレコードとか、正直、俺たちには難しくてよく分からん。だが、お前がケガもせず、元気に、生き生きと走っている姿が、俺たちには何より嬉しいんだ。体調を崩すことなく一年を終えられたのが、何よりの勝利だ」
ここまでの成績をとっても両親の愛情は揺らがない。あくまでボクが怪我無く帰ってきたことを喜んでくれる。本当に素晴らしい両親だ。若干愛情がうっとおしいけど。
「ねーたん、ぎゅー」
年の離れた妹もボクに群がってきた。ボクが散々世話をかけさせたからか近い年齢の兄弟姉妹はいなかったが、ボクが手から離れたせいか最近妹が増えた。まあ両親が仲がいいのはいいことだが。
「ほら、ロール。おばあちゃんがロールの大好きな特大プリンを焼いたよ。いっぱい食べなさい」
祖母がテーブルに成人男性でも尻込みしそうなサイズのプリンを置いた。大食いな競争ウマ娘とは言え、この量はバグってると思う。すでに満腹まで食べた後にこれは、愛情と何よりも量が重い。
(ああ、もう。やめてくれよ、褒められるのは苦手なんだ……)
抵抗しつつも、実際はまんざらでもない。前世の「しがないサラリーマン」だった頃を思えば、こんなに心から祝福される経験は初めてだ。
「……ま、まあ、これくらいは当然だよ。ボクはこれからクラシック三冠獲るんだから」
ボクは照れ隠しで仏頂面を作りつつ、祖母のプリンを一口。両親の温かい眼差しが、疲れた体に染み渡る。
そんなことをしていると父が時計を見た。
「そういえばお友達と約束があるんだろう? そろそろ行かなくて大丈夫かい?」
父の言葉に、ボクはソファから跳ね起きた。
「ああ、そうだった! 初詣に行く約束してたんだ!」
「えー、もっとロールちゃんを堪能したいのに」
「ねーたま!!」
母と妹が縋り付いてくる。
母は乱雑にポイッと投げ捨てて、妹は抱えて父に渡した。
よよよ、と泣いている母は父がどうにかするだろう。妹が増えるかもしれないが。
ボクは上着を着て、寒空の下外出をするのであった。
三女神を祀る神社の参道。
待ち合わせ場所には、すでに同期の四人が揃っていた。
「ヘーイ! ロール! おめでとーデース!」
タイキシャトルが太陽のような笑顔で駆け寄ってくる。
彼女は、ショート丈のトップスにミニスカート。露出は多いが、それは彼女の健康的な肉体美と金髪美少女の魅力を最大限に引き出す、ラフながらも計算された格好だ。
「タイキ、スズカ、ありがとう。二人とも素敵な格好だね」
「ロールこそ、相変わらず薄着ね」とサイレンススズカが微笑む。
スズカは、可愛らしい若草色のコートに、白いマフラー。その下にフリル付きのブラウスが見える。清潔感があり、よく似合っている。
ボクの服装は体にぴったりとフィットしたタンクトップのへそ出しシャツに、脚のラインがはっきりとわかるホットパンツである。薄手のシャツを上には羽織っているが、はたから見たらとても寒そうだろう。
「もうちょっと慎みがあったほうがいいんじゃない?」
「ドーベルちゃんはロールちゃんがほかの人に見られて嫉妬してるんですよ」
「ブライト! そんなんじゃないから!」
ドーベルは彼女は首元までキチンと詰まったハイネックのニットに、上質なカシミアのロングコート。黒と白を基調とした、クールビューティに似合う格好だ。人混みに備えてか、顔周りにはストールが巻かれている。
そして、メジロブライト。パステルカラーのコートにフリル付きの帽子。ひらひらとしたスカートの裾が揺れ、いつも通りとてもかわいらしかった。
五人は、賑やかな初詣の参道へ出発した。
*
参道を歩き始めると、すぐに喧騒の中心にボクたちがいることに気づかされた。
「うわ、あれ、ロールフィヨルテじゃないか!?」
「マジか! 隣にいるの、ドーベルじゃね?」
ボクとドーベルは、ジュニア世代で最も注目度の高い存在だ。
「う、うるさい……なんでみんなこんなにこっちを見てくるのよ……」
ドーベルは周囲の視線に耐えかね、ボクの背中に隠れるようにして歩き始めた。
「見てるだけだから気にしなくてよくない?」
「うるさいわね、あんたとかタイキが薄着すぎるからみられてるのよ! もっと反省して!!」
そう言われてタイキと顔を合わせる。まあ確かに豊満ボディのボクとタイキが並べばいろいろ目に毒な部分はあるかもしれないが……とはいえ限度もあるだろう。
「いやそれならドーベルの可愛さの方が問題でしょ。もっと自重してよ」
「かわいいっ!? いや可愛さを自重するとか意味わからないんだけど」
ぷんすこ怒るドーベルはやはりかわいらしかった。ブライトがちょこちょこちょっかいをかける気持ちもよくわかる。
参道の混雑を抜け、ボクたちは三女神を祀る神社に到着した。
拝殿の周りは人だらけだったのだが、並ぶかと気合を入れていた時に声をかけられた。
「みなさん、こんにちは」
巫女服を着たマチカネフクキタルに声をかけられた。同期で顔を知っている彼女の実家が神社だとは聞いていたがここだったとは。巫女モードの彼女はどことなく静謐でいつもと違う雰囲気だった。
「フクちゃんじゃん。どうしたの?」
「ちょっと神様が呼んで来いとおっしゃるので」
そう言ってフクキタルは、ボクたちを拝殿の奥、本殿の中に通してしまった。神々しい三女神像がそこには存在していた。
(さて、ここで今年の挨拶をしないとな)
ボクが手を合わせようとした瞬間、脳内にノイズと共に、あの軽い声が響いた。
《やあやあ、ロールフィヨルテ。あけましておめでとさん》
(あけましておめでとうございます、三女神様。今年もよろしくお願いします)
ボクは周りに悟られないよう、脳内で挨拶を返す。ほかのみんなにも何かしら声がかかっているらしい、驚いている様子が見受けられる。
《まったく、君の成長ぶりには驚くよ。まさかGⅠを獲っちまうとはね。手違いで始めたことだが、案外面白くなってきたじゃないか》
(面白がらないでくださいよ)
そもそも手違いをしないでほしいところだし、運命とかもどうにかしてほしいところだが、神様なんだし。ボクは心の中で不満を伝える。
《運命は神様じゃどうにもならんのさ》
(自分で決めているのに?)
《ウマ娘たちの運命は異世界から押し付けられたものだからね、私ではいかんともしがたいのさ》
よく考えたらそれはそうか。ウマ娘の運命は三女神が決めたものじゃないか。
《だから君みたいなイレギュラーが頑張ってくれると助かるんだ》
あ、こいつ、手違いとか面白半分とか言っていたが、本当はそこが狙いだったな。自分の存在意義をなんとなく察すると神様は面白そうに笑った。
《まだいろいろトラブルはあるのは知っているだろう? 特にうちの巫女さんは熱心な信者でいい子なんだ。怪我なんてさせないように注意してくれよ》
(フクちゃんですか。神様がそんな差別していいんですか?)
前世の知識がフクキタルを思い出す。菊花賞を制しながらも、その後怪我に泣いた名馬だ。
《神様なんて不平等なもんだよ。それにそっちの栗毛の子のトラブルとか、キミの幼馴染の問題とかは言わなくても分かるだろう》
サイレンススズカはいろいろ有名だし、メジロドーベルはメジロ最多GⅠ勝利にもかかわらず前世での評価の低さも知っている。
(というかこのままいくとボクもクラシック三冠目指すから菊花賞でぶち当たると思うんですけど)
《そうだねぇ》
(ボクが勝っちゃっていいんですか?)
《すごい自信だねぇ。まあでも、キミが勝っても、フクが勝っても、そこのブライトが勝っても、どれでもいいんだ》
これだけフクキタルにひいきしているから何かあるかと思ったのだが、どうやらボクが勝ってもいいらしい。不思議に思っていると神様は補足した。
《運命か何だか知らないけど、結果のわかっている勝負ほどつまらないものはないんだよ》
(あーなるほど)
生粋のギャンブラーだなこいつ。ボクの前世も激しく同意しており、ダメな大人たちの共感が発生していた。
《まあ私は最大限フクにひいきするけどね》
(台無しです神様)
ケラケラと神様は笑っていた。
《ま、キミに対するアドバイスはひとつだけだよ》
(なんですか?)
《キミもみんなに愛されているんだ。努々無茶するなよ》
痛いところをつつかれた。
《ローレルの時もライスの時も、無理しすぎだったよ。私は別にかまわないけどキミの隣の子なんて何かあったら発狂するんじゃない?》
(神様も心配してほしいんですが)
神様は楽しそうに笑った。脳内のノイズが消え、静寂が戻る。
ボクはなんとなくドーベルの方を振り返ると、ドーベルが心配そうにボクを見ていた。
「ロール。……アンタはもう、十分すぎるほど強くなってるわ。でも、絶対に無理はしないで。……生きて、無事に帰ってきなさい。それが、私の唯一の願いよ」
ドーベルの真剣な眼差しを受け、ボクは優しく頷き、彼女のコートのフードを直した。
「ありがとう、ドーベル。心配しなくても大丈夫。ボクはもう、弱いロールじゃない。君が誇れるウマ娘になるさ」
ドーベルは神様に何を言われたのだか。だが彼女だけは悲しませたくないな、と強く思った。
思わずぎゅっと抱きしめるとドーベルは少し慌てた後抱き返してくれた。