TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
十二月末の凍てつく風が東京ビッグサイトの無機質なコンクリートをなでていく。
この時期、世間が慌ただしく師走の準備に追われる中で、この場所だけは全く別の、そして異様な熱気に包まれていた。
日本最大級の同人即売会のその更衣室という名の戦場の片隅で、ボク、ロールフィヨルテは、鏡に映る自分自身の姿をまじまじと見つめ、深い溜息を漏らした。
「ねえ、ドーベル。やっぱりこれ、どこかおかしくないかな。ボクの格好、ほとんど肌しか見えていないような気がするんだけど」
ボクが身に纏っているのは、白銀の装飾が施された女騎士風の衣装だ。だが、その実態は甲冑が肩や腕を申し訳程度に覆っているだけで、胴体から太ももにかけては大胆なカッティングが施され、アスリートとして鍛え上げた筋肉のラインが剥き出しになっていた。
だがそれだけではない。視線を隣に移せば、そこにはもっと凄まじいことになっているメジロドーベルがいた。彼女の衣装は、薄いシルクが幾層にも重なったお姫様風のドレスだが、その素材はあまりに繊細で、冬の冷たい空気が彼女の身体のラインにぴったりと吸い付いている。透け感のある布地の向こうに、彼女の柔らかな肉体の輪郭が浮かび上がっていた。
「ロール、何を言っているの。これは公式から贈られた名誉ある勝負服なのよ。つまりは最高礼装。これが普通よ、何もおかしいところなんてないわ」
ドーベルはむしろ誇らしげに胸を張って答えた。
普段は内気で、少しでも露出の多い服を着れば顔を真っ赤にして逃げ出すような彼女が、これほどまでに堂々としている。その事実に、ボクは強い眩暈を覚えた。
この衣装は、年度代表の副賞としてデザイン権を与えられた際、ボクがデザインの一切をドーベルに一任した結果生まれたものだ。まさか彼女がこれほどまでに攻めた構成にしてくるとは思わなかったが……
誰か止めろよと思うが、学園の理事会も、URAの理事会も特に止めようともしなかったらしい。
こんなお祭りですら止めるようなコスプレより露出が多い正装って世の中狂ってんだろ。そんな思いが止められなかった。
ボクたちは準備を整え、配布会場へと足を踏み入れた。そこはもはや阿鼻叫喚の地獄絵図であった。ボクたちの姿を認めた瞬間、数千人のファンから地鳴りのような歓声が上がり、視界を白く塗り潰すほどのフラッシュが焚かれる。ウマ娘の身体はあまりに頑強であり、脅かすような不逞な輩は存在せず、あくまで見るだけに留まるのが救いだが
「ロール様! 握手をお願いします! その勇ましい女騎士の姿、一生忘れません!」
最前列にいたファンが、今にも理性を焼き切られそうな表情で手を差し出してきた。ボクは騎士としての役割を全うすべく、爽やかな笑顔でその手を取った。
「ああ、ボクのすべてを君たちの記憶に刻んでいくがいいさ。この一歩が、ボクたちの絆の証明だ」
ボクがファンサービスとして剣を構えるポーズを取り、甲冑の隙間から覗く脇腹や太もものラインを強調するたびに、撮影エリアのあちこちで「ぐはっ!」という断末魔のような声が上がった。
いやまあ喜んでくれるのはいいんだが、断末魔はおかしくないか?
「ロール、真面目にやって。遊びに来たんじゃないんだから」
隣で配布をしていたドーベルが、不機嫌そうにボクの袖を引いた。彼女はボクがファンと親しげに接しているのが気に入らないのか、それともポーズを要求されるボクの姿に思うところがあるのか、頬を膨らませていた。
「なんだい、ドーベル。もしかして、ボクが他の子に愛想を振り撒いているのが寂しいのかな。嫉妬してくれるなんて」
「な、何を言っているのよ、このバカロール! 私はただ、公の場としての品位を……」
そう言いながらも、ドーベルはファンからの「ドーベル様! その恥ずかしがっているお姫様の表情で一枚!」という要望に対し、おずおずとドレスの裾を持ち上げ、透けるシルクの向こう側にある美脚を無自覚に晒しながら、最高に美しい微笑みを浮かべていた。彼女のその矛盾した姿は、ボクの積極的なファンサービスよりも遥かに多くのファンの理性を蹂躙し、会場一帯を狂乱の渦へと突き落としていた。
そんな喧騒から少し距離を置いて、ブライトはのほほんとどぼめじろう先生の同人誌を配布している。
「あらあら、ロールさんもドーベルさんも、本当にお元気ですわね。まるで春の野原で蝶々が舞っているようですわ。ファンの皆さんも、魂が浄化されていくようなとても良いお顔をされていますわね」
ブライトは、自分たちの性癖を粉々にされながら必死にシャッターを切る群衆を、まるでお花見でもしているかのような生暖かい目で見守っていた。彼女だけがこの世の春のような穏やかさで、ボクたちの「暴挙」を微笑ましい光景として処理していた。
配布イベントが無事に終わり、ボクたちは近くのレストランで打ち上げの食事会を開くことにした。ようやく人心地ついたところで、ブライトが手元のスマートフォンをこちらに向けた。
「見てくださいまし。SNSでは、お二人の話題で持ち切りですわ。トレンドにお二人の関連ワードが載ってますわよ」
画面に映し出されていたのは写真の数々だった。そこには、女騎士として勇ましく、かつ扇情的に肌を晒すボクと、お姫様として清楚に、かつ生々しく身体のラインを透かしているドーベルの姿が、残酷なまでの鮮明さで収められていた。
「……嘘でしょう。ボク、こんな格好で、こんなポーズまでしていたのか。……これじゃあ、ボク、もうお嫁に行けないよ」
ボクは半分冗談で、ドーベルに泣きつく。まあ調子に乗っていたのは自分だが、この格好をさせた責任はドーベルにあるのだ。少し困らせてやろうと思っただけに過ぎない。
しかし、ドーベルはきょとんとした顔をした後とんでもない返事をした。
「何を言っているの、ロール。お嫁に行けないなんて。アンタは私のお嫁さんになるんでしょう」
ドーベルはふざけているわけでも決意をしたわけでもなく、何当然なことを言ってるのか、といった雰囲気のものであった。
彼女のそのあまりに真っ直ぐな言葉に、ボクは言葉を失い、顔が火の出るように熱くなるのを感じた。
「あらあら。お熱いですわね。将来が楽しみですわ」
ブライトがクスクスと笑いながら、お邪魔だったかしら、といったところでドーベルは自分の発言の重さにようやく気づいたのか、顔を真っ赤にして俯き、「今のは、その、例え話よ!」と叫んだのであった。
書いて年度代表決定の時期もっと後じゃねと思いましたが華麗にスルーしてください