TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
正月休みが終わり、トレセン学園に活気が戻った一月。
ボク、ロールフィヨルテは、クラシック初戦、弥生賞(中山・芝・内2000m)に向けて、地獄のような特訓の日々を送っていた。
(アイちゃん、お願い。今日もビシビシ頼むよ。弥生賞と皐月賞、アイちゃんの力で完璧に獲りに行く)
『いいわ。姿勢を正しなさい、マスター。貴女の身体は、今日から私の走りを再現するための「精密機械」よ。一ミリたりともズレは許さない』
ボクの意識に入り込んだのは、九冠の女帝、アーモンドアイだ。彼女はティアラ三冠(桜花賞、オークス、秋華賞)を制しただけでなく、天皇賞(秋)2000mを2回も勝っている、中距離における絶対的な女王だ。彼女の指導は力任せではなく、理論とデータに基づいた究極の効率性を要求する。
トレーニング開始直後から、彼女の指導は厳しい。
『マスター、そこよ。カーブに入った瞬間の、左脚の角度が2度開いている。遠心力によるロスが発生しているわ。修正なさい』
(え、2度!? そんなの、感覚じゃわからないよ!)
『感覚ではない、理論よ。この傾きでこの速度なら、筋肉の使い方はこうでなければならないわ。頭の中で、走りのベクトル図を描きなさい』
彼女の要求は完璧主義そのものだ。ボクの身体は彼女の完璧なイメージに追いつかず、すぐにフォームは崩れる。
『あぁ、ダメよ! 呼吸が乱れた! 呼気のペースが一定ではないわ。心肺機能に無駄な負荷をかけてどうするの。雑巾絞りのように、無駄なく酸素を使い切りなさい!』
(ぐ、苦しい……! アイちゃん、限界だよ! 休憩!)
『いいえ。まだこのラップを維持できるわ。もっと体力を絞りつくしなさい。その限界は、貴女が勝手に決めているだけよ』
ボクはアーモンドアイの完璧な指導に振り回され、トレーニングが終わる頃には、全身が疲労困憊で芝の上に倒れ込んだ。
そんなボクの耳元で、不満げな声が響く。
『ねぇねぇ、もう終わり? アイ先輩、地味すぎない?』
グランアレグリアだ。彼女は脳内で腕組みをし、不機嫌そうだ。
『なんでアタシの爆発力を引き出す練習をしないのよ。マイルなら1600m、1.25マイル(2000m)だって走り切るし、アタシに任せろって言ったじゃない!』
(グランの爆発力は1600mでは最強だけど、2000mだと残り1ハロンぐらいで力尽きるじゃないか)
グランアレグリアは2000mのレースでは結局勝てていない。レース前はまだ気づいていなかったが、レース中に気づいて残り1ハロンぐらいで力尽きていたなんて揶揄されていたのは有名だった。
『うっ……それは、アタシがマイルを愛してるからで……! そもそもアイ先輩の地味なペース配分なんかで勝てるわけないでしょ! あの天皇賞(秋)で、アタシが差せなかったのは、調子が悪かっただけよ』
『ふふ。グランちゃん、私聞いてるのよ。「藤沢ァァァァ!!マイルじゃねーぞォォォォ!!」って荒々しく文句言ってたって』
『くっ……! 覚えてなさいよ、この完璧主義者!』
グランアレグリアは、ボクの突っ込みとアーモンドアイの冷徹な正論に二重で打ちのめされ、大きな音を立ててソファーを蹴り倒し、拗ねながら引っ込んでいった。
アーモンドアイとの精密トレーニングを開始してから数週間後。
ボクは身体のメンテナンスのため、メジロドーベルと共に計測室にいた。
「んもう、ロール。本当にアンタはバカね。年末年始の休養でまた太りすぎよ」
ドーベルは顔を赤くしながら、ボクの身体に巻いたメジャーの数字を読み上げている。
「な、なんだよ。太ったんじゃなくて、筋肉が増えたんだよ!」
計測室にはメジロブライトもいる。3人でお互い計測しているのだ。
ブライトは相変わらずふんわりと笑っているが、ボクは彼女の奥に潜む猛獣のような闘志に気づいていた。彼女は、今まで勝ったレースでも負けたレースでも、必ず参加者の中で一番の上り3ハロン(最後の600m)のタイムを叩き出している。
その豪脚は、圧倒的な大きな武器だ。完璧なレース展開を取られたら彼女に差せない相手はないはずだ。
「ふふ~。でも、いいことですわよ、ドーベルちゃん。ロールちゃん、全体的にサイズアップしていますわ」
ブライトが楽しそうにデータを入力している。
「う、うるさいわよ、ブライト! 私は真面目に計測してるの!」
ドーベルはそう言うが、メジャーを当てる手が、いつもより熱を帯びている気がする。
「バストは、99cmね。年末より1センチ増えたわ。ウエストは、65cm……これは変わらずね」
ドーベルが読み上げた数字をブライトが入力する。そして、最後のヒップ。
「次は……ヒップよ」
ドーベルは深呼吸をし、ボクの腰を後ろから抱え込むようにしてメジャーを回す。
「……100cm」
ブライトが読み上げた数字に、ボクは目を見開いた。
「ついに大台に乗ったか……」
ボクの尻は、アーモンドアイの指導による体幹強化と、マルゼンスキーの力の残滓により、さらに鍛え上げられ、とうとう3桁という大台に乗ったらしい。
「うわぁ……ドーベルちゃん、すごい張りですわね……」
ブライトが思わず声を漏らす。ドーベルは無言だ。彼女の視線はメジャーの数字を追っているが、その手はボクのヒップを強く掴み、筋肉の張りを確かめている。
「……すごいわね、ロール。この張り……アンタのバ力が全てここに詰まってる」
ドーベルはそう言うと、確認するようにボクの臀部をグイ、グイと揉んだ。
「ひゃっ!? ド、ドーベル! 何してんだ!」
「う、うるさいわね! 左右差の確認よ! 2000mを走るにはバランスが重要でしょ!」
ボクは身体をくねらせて抗議するが、ドーベルは放さない。
「動かないで! 幼馴染として、私がチェックするのは当然よ!」
その時、計測室のドアが開き、スズカとタイキ、最近知り合いになったマチカネフクキタルが顔を覗かせた。
「ロール、そろそろ外周ランを……あ」
三人は、体操着姿でヒップを揉まれているボクと、顔を真っ赤にして揉んでいるドーベルの姿を見て、固まった。
「ドーベルちゃん……何してるデースか?」
「左右差の確認よ、左右差!」
ドーベルはメジャーを振り回してごまかした。
スズカは、ボクの尻を掴むドーベルの手元と、ボクの顔を交互に見て、優雅に微笑んだ。
「お邪魔しました」
「お邪魔じゃないよ! 何もしてないよ!!」
何か勘違いしたスズカを必死に引き留める。
タイキも目を輝かせた。
「ワタシも揉みたいデース!」
そんなことを言いながら迫るタイキ。
ドーベルを振り払い、タイキに押し付けたボクは、わちゃわちゃともめる3人を尻目にブライトの測定を始める。
「皆さんにぎやかですねぇ」
フクキタルがそんなボク達を見て笑いながらボードと筆記用具を手に取って計測結果の記載をし始めてくれた。イメージより結構気が利くようだ。
*
どうせだからということでみんなの測定をし始める。
見た目通り体格のいいタイキ、ふんわりした雰囲気にたがわない体格のブライト、クールビューティだが実はかなりいいものをお持ちのドーベル、そして測ってみると見た目以上にご立派だったフクキタル。
スズカは、うん……とてもスレンダーである。スズカの胸のふくらみには気を付けなければならないとかいう謎の言葉が前世から引き出される。
若干気まずさを感じるボクに、自分の胸を揉みながら、不思議そうにスズカは首を傾げた。
「みんな重くないの? 邪魔じゃない? それ」
心底不思議そうにそういった。
この先頭民族は走ることしか考えてなさそうだ。コンプレックスもたれて関係が変にならなくて結構だが、いきなりボクの胸をむんず、と掴むのはやめてほしいんだが。
「なんでボクの胸を鷲掴みしたの?」
「一番大きいから。邪魔じゃない? 捥ぎたくならない?」
「いやそんな怖いこと考えたことないけど」
捥ぐってなんだ捥ぐって。
実際エネルギー源になるから結構大事なんだぞ、ウマ娘のパワーはすさまじいからエネルギーの消費も大きいのだ。現にレース後は結構しぼむ。
「そうなの」
と謎の納得をして手を放すスズカ。そのまま流れるようにボクの胸を鷲掴みするドーベル。
なんで続いて掴んだ。
なんか鼻息が荒い気がするが、ドーベルがよくわからないのはいつものことなのでもう無視することにした。
「あのお二人って付き合ってるんですか?」
「まだらしいデス!」
「まだってなんだよまだって。付き合ってないよただの幼馴染だよ」
フクキタルがタイキに謎のことを聞いて、タイキが適当に答える。
まあ仲がいいのは認めるけど、理想のイケメンを夢見るドーベルがボクみたいなのに引っかかるわけないだろう。
「そういえば、スズカとブライトはクラシック三冠が目標だよね」
仲良しグループだって当然目標がかぶることは珍しくない。
この二人はクラシック路線を目指しているのでボクと目標がバッティングしている。
「そうね、私は弥生賞から皐月賞を目指す予定よ」
スズカがそういう。彼女はまだメイクデビューで勝っただけだから、このままだと皐月賞には出られない。ボクと同じトライアルレースを経由して皐月賞を目指すらしい。
「一緒のレースだね、頑張ろう」
「負けないわよ」
闘志を燃やすスズカに、そういえばと前世記憶から引き出した注意を一言いう。
「気合入れるのはいいけど、あまり入れ込まないほうがいいよ。ゲートくぐりたくなっちゃうし」
「……いやそんなことしないわ、たぶん」
サイレンススズカのゲートくぐり事件は有名だ。私はクールビューティですという顔をしているが中身は先頭民族だし、結構気性難的なエピソードも多い。舐めプしてフクキタルにぶち抜かれたりとか……
弥生賞でゲートをくぐったのも有名な逸話なので、十分注意してほしい。
「ブライトは前哨戦は?」
「わたくしはスプリングステークスから行く予定ですわ」
既に重賞2勝している彼女は特にトライアルに出なくても皐月賞に出られるが、レース勘のためもあるだろう。違うトライアルに参加予定ということだ。
「タイキとフクちゃんは?」
「ワタシはもうちょっとジックリいく予定デス!!」
タイキはまだメイクデビューも出ていない。本格化に体が追い付いていないのだとか。NHKマイルぐらいは目指すかと思っていたが、秋以降に目標を定めているようだ。
「私はダービーに間に合えばいいなって思ってます!」
「じゃあダービー出会えるかもね!」
フクちゃんも皐月賞のトライアルには間に合わないようである。
賑やかな笑い声が計測室に広がる。
サイレンススズカ、メジロブライト、そしてマチカネフクキタル。
まだ蕾の状態にある才能たちが、春の訪れとともに一斉に開花しようとしている。
ボクはスズカと目を合わせ、静かに頷いた。
まずは弥生賞。スズカとの初対決だ。