TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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24 皐月賞

 4月。中山レース場。

 桜の季節は過ぎ去ろうとしていたが、ターフの上の熱気は、今まさに満開を迎えようとしていた。

 クラシック第一冠、GⅠ・皐月賞。

 「最も速いウマ娘が勝つ」と言われるこの舞台に、今年は歴史的な面子が揃った。

 

 1番人気は、弥生賞を制した「新時代の怪物」、ロールフィヨルテ。

 2番人気は、スプリングステークスを豪快に差し切った「世代最強の豪脚」、メジロブライト。

 3番人気は、弥生賞で怪物に食らいついた「異次元の逃亡者」、サイレンススズカ。

 

 単勝オッズは、この3人に集中している。まさに三強対決。

 パドックに姿を現した彼女たちを、割れんばかりの歓声が迎えた。

 

「来たぞ、ロールフィヨルテだ!」

「やっぱりあの勝負服、すげぇ……」

 

 ボク、ロールフィヨルテは、再びあの「正装」を纏ってパドックを周回していた。

 ドーベルがデザインした、漆黒のハイレグ・レオタードに、黄金の騎士アーマー。

 冬場よりもさらに研ぎ澄まされ、かつボリュームを増した筋肉の鎧が、光沢のある生地の下で脈動している。

 特に、推定100cm超えのヒップラインと、そこから伸びる大腿部の迫力は、見る者を圧倒する「暴力的な美」を放っていた。

 

(……弥生賞の時より、さらに空気が重いな)

 

 GⅠ独特のヒリつくような緊張感。

 だが、ボクの隣を歩く二人もまた、只者ではないオーラを放っている。

 

 メジロブライト。

 白と緑を基調としたメジロ家の勝負服。優雅なロングスカートに見えるが、歩くたびに深いスリットから太ももが覗く。おっとりとした笑顔の下に、猛獣のような闘争心を隠している。

 

 サイレンススズカ。

 鮮やかな緑と白の勝負服。余計な装飾を一切廃したその姿は、空気抵抗を極限まで減らすための機能美の塊だ。弥生賞の敗北を経て、彼女の瞳はより深く、静かな光を宿している。

 

 周回中、ふとブライトがスズカに歩み寄った。

 

「ごきげんよう、スズカさん。……今日は随分と、荷物が軽そうですわね」

 

 ブライト独特の、ゆっくりとした口調。だが、その内容は強烈な皮肉だ。スズカの「胸部」の軽量さを揶揄しつつ、自分の豊満さを誇示するような仕草を見せる。

 

 スズカは眉一つ動かさず、涼しい顔で返した。

 

「ええ。おかげで風とお友達になれそうよ。……ブライトさんは、随分と『重そう』ね。スタートで置いていかれないか、心配だわ」

 

 スズカのカウンターが決まる。ブライトの「出足の鈍さ」と「体重(豊満さ)」を同時に刺す鋭い一撃だ。

 

「あらあら~、手厳しいですわ~」

 

 ブライトは口元を扇子で隠して笑っているが、その目は笑っていない。バチバチと火花が散っている。

 

「二人とも、仲が良いのはいいけど、ボクを置いてきぼりにしないでくれよ」

 

 ボクが苦笑しながら割って入ると、二人の視線が同時にボクに向いた。

 

「あら、ロールちゃん。わたくし、今日は貴女のその立派なお尻を、後ろからじっくり眺めさせてもらいますわ。……ゴール前で、きっちり捕まえますから」

「私は前を行くわ、ロール。弥生賞の借りは、今日ここで返す。……私の背中、見失わないでね」

 

 二人とも、ボクを倒す気満々だ。

 スタンドの最前列では、ドーベルが胃を押さえながら、それでも必死にボクを見守っている。

 

(……いいレースになりそうだ)

 

 ボクは武者震いを抑え、本バ場へと向かった。

 

 

 

 中山芝2000m。

 ファンファーレが鳴り響き、大歓声が地響きとなってコースを包む。

 

 ゲート内。

 ボクは意識を深く沈め、最強のパートナーにアクセスする。

 

(頼むよ、アイちゃん。今日の相手は手強い)

 

『ええ、分かっているわ。……スズカの集中力が異常に高い。それに、ブライトの底知れない圧。……油断はできないわね』

 

 脳内でアーモンドアイが冷静に分析する。

 彼女の力を借りて、ボクの感覚は研ぎ澄まされた刃のようになる。

 心拍数、呼吸、筋肉の収縮。すべてをコントロール下に置く。

 

 ガシャン!!

 

 ゲートが開いた。

 18人のウマ娘が、一斉にスタートを切る。

 

 ドンッ!

 

 ボクのスタートは完璧だった。

 だが、それ以上に速かった影がある。

 大外枠から、矢のように飛び出した緑の疾風。

 

 サイレンススズカだ。

 

「……ッ!」

 

 速い。弥生賞の時よりも、さらに一歩目の踏み込みが鋭い。

 彼女は迷うことなく内へ切れ込み、ハナを奪い去った。

 

《先頭はサイレンススズカ! 迷いなし! 大逃げだ! これが行きたかった自分の形! グングン加速していきます!》

 

 1コーナーへ入る時点で、スズカと後続の差はすでに5バ身以上。

 ボクは2番手集団の先頭、絶好の位置を確保した。

 

『深追いしてはダメよ。自分のリズムを守りなさい』

 

 アーモンドアイの指示に従い、ボクは冷静にスズカとの距離を測る。

 弥生賞と同じなら、彼女は前半で飛ばしすぎて、後半に失速するはずだ。

 1000m通過タイム、58秒フラット。

 弥生賞以上のハイペース。常識的に考えれば、これは暴走だ。

 

 だが。

 

 第2コーナーから向こう正面に入った時、ボクは違和感を覚えた。

 

(……あれ?)

 

 スズカとの差が、縮まらない。

 いや、それどころか、彼女の背中から感じる「焦り」が消えている。

 ハイペースで逃げているはずなのに、彼女の走りは水面を滑るように静かだ。

 

『……まさか!』

 

 アーモンドアイが驚愕の声を上げた。

 

『息を入れている……!? あの高速巡行の中で!?』

 

 コーナーでの一瞬の減速。遠心力を利用した重心移動。

 スズカは、トップスピードに近い速度を維持したまま、コーナーワークの中で呼吸を整え、スタミナを回復させていたのだ。

 それは、本来ならシニア級になってから、彼女が完成させていくはずの高等技術。

 「沈黙の日曜日」の先にあるはずだった、異次元の逃亡者の完成形。

 

 それを、彼女はこの一ヶ月でモノにしていた。

 ボクに勝つために。

 

(……すごいな、スズカ!)

 

 ボクの背筋に悪寒と歓喜が走る。

 彼女は進化した。ボクという壁を越えるために、才能を強制的に開花させたのだ。

 

 第3コーナー。

 スズカのリードは10バ身近くに広がっていた。

 このままでは逃げ切られる。

 

『行くわよ、マスター! プランBに変更! ここからロングスパートで捕まえに行く!』

 

 アーモンドアイの檄が飛ぶ。

 ボクはアクセルを踏み込んだ。

 精密機械のペース配分を捨て、出力を全開にする。

 

 グンッ!

 

 ボクの体が弾かれたように加速する。

 後続のランニングゲイルやエアガッツが、一瞬で置き去りになる。

 視界には、遥か前を行くスズカの背中だけ。

 

《ロールフィヨルテが動いた! 3コーナーで早くもスパート! スズカを追いかける! その差がみるみる縮まる!》

 

 4コーナー。

 スズカの背中が近づく。

 彼女もボクの接近に気づき、二の脚を使った。

 再加速。

 コーナーで溜めたスタミナを、ここで爆発させる。

 

 直線入り口。

 ボクとスズカの差は、3バ身。

 中山の急坂が待ち構えている。

 

「逃がさないッ!」

 

 ボクは叫び、太ももに力を込めた。

 一歩ごとに地面をえぐり取り、スズカとの距離を強引に削り取る。

 

 残り200m。

 坂の途中で、ボクはスズカに並びかけた。

 

「……来ると、思ってたわ!」

 

 スズカが横目でボクを睨む。その顔は苦痛に歪んでいるが、目は死んでいない。

 彼女は譲らない。並ばれてから、さらに粘る。

 根性勝負だ。

 ボクのパワーと、スズカの執念がぶつかり合う。

 

 ガリガリと音を立てて削り合うような、壮絶なデッドヒート。

 だが、その時。

 

 外から、白い影が飛んできた。

 

《大外からメジロブライト! メジロブライトが飛んできた!》

 

 実況が絶叫する。

 視界の端に映る、優雅にみえるストライド。それはしかし白鳥のように、水面下では獰猛に暴れまわる鬼脚だ。

 道中、最後方で様子を伺い続けていた彼女が、前が崩れる展開を見越し、溜めに溜めた末脚を一気に解放したのだ。

 

 ボクとスズカが削り合っている横を、ブライトが豪快に強襲する。

 速い。

 上り3ハロン34秒台の脚は伊達ではない。

 

「……捕まえましたわよ!」

 

 ブライトの気迫が、ボクの肌を刺す。

 内で粘るスズカ。真ん中でねじ伏せようとするボク。外から飲み込もうとするブライト。

 三つの影が、ゴール前で一直線に並ぶ。

 

 残り50m。

 誰が勝ってもおかしくない。

 スズカの足色が鈍る。ブライトの勢いが勝る。

 ボクは、二人の間に挟まれながら、最後の力を振り絞った。

 

『――負けるなッ!』

 

 アーモンドアイの声が響く。

 それと同時に、ボクの奥底にあるなにかが目覚める。

 絶対に抜かせない。絶対に前を譲らない。

 

 ボクは首を伸ばした。

 身体中の筋肉が悲鳴を上げ、視界が白く染まる。

 それでも、ボクの脚は止まらない。

 

 三人が、ほぼ同時にゴール板へ飛び込んだ。

 

 ――ゴール!!

 

 

 

 一瞬の静寂。

 そして、爆発するような大歓声。

 誰が勝ったのか、肉眼では全く分からない。

 

 ボクは荒い息を吐きながら、電光掲示板を見上げた。

 隣ではスズカが膝に手をつき、ブライトが天を仰いでいる。

 

「……ハァ、ハァ……すごかったですわ、お二人とも……」

「……ええ。出し切ったわ」

 

 長い、長い写真判定の時間。

 そして。

 

 1着 ロールフィヨルテ

 2着 メジロブライト

 3着 サイレンススズカ

 

 着差は、ハナ、ハナ。

 紙一重の勝利だった。

 

「……やった……!」

 

 ボクは拳を突き上げた。

 勝った。皐月賞。クラシック一冠目。

 スズカの驚異的な進化と粘り、ブライトの計算し尽くされた強襲。

 すべてをねじ伏せて、ボクが頂点に立った。

 

「……おめでとう、ロール」

 

 スズカが、悔しさを押し殺して微笑んだ。

 

「あのコーナーワークでも、あなたを振り切れなかった。……次は、もっと速くなるわ」

「わたくしもですわ。次はもっと長い距離……ダービーで、リベンジさせていただきます」

 

 ブライトもまた、不敵な笑みを浮かべている。

 二人とも、負けてなお強くなる目をしている。

 

 ウイニングラン。

 スタンドの大歓声に応えるボクの目に、最前列でへたり込んでいるドーベルの姿が見えた。

 彼女は顔を両手で覆い、指の隙間からボクを見て、安堵の涙を流している。

 

(……心配かけたな)

 

 ボクは胸を叩き、彼女に向けて小さく手を振り投げキッスを送った。

 これで一冠。

 だが、戦いは終わらない。

 次は日本ダービー。

 もっとタフで、もっと過酷な戦いが待っている。

 

 それでも、今日のボクたちは証明した。

 この世代が、最強であることを。




本日11時に掲示板回更新します。

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