TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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25 サクラの舞う季節

 5月。新緑が眩しい季節。

 都内の高級ホテルにて、盛大なパーティーが開かれていた。

 『サクラローレル、天皇賞(春)優勝祝勝会』。

 ナリタブライアン、マヤノトップガンという世紀の強豪をねじ伏せ、悲願の盾を手にした「遅れてきた天才」を祝うための宴だ。

 

 シャンデリアが煌めく会場の隅で、ボク、ロールフィヨルテは柱の影に隠れるようにして小さな悲鳴を上げていた。

 

「……うう、苦しい。なんでボクまでドレスアップしなきゃいけないんだ。制服じゃダメなのか?」

 

 身に纏っているのは、深い青色のパーティードレス。艶やかなサテン生地が照明を反射して美しく輝いているが、着用者にとっては拷問器具に近い。

 そもそもドレスなんて女性の服を着るのにいまだに慣れないのだ。学園の制服のスカートですら慣れずに、下にスパッツを履いているから短パンを履いているのと同じようなものだと自分を騙して過ごしているのに。

 

 さらに問題なのは、そのサイズ感だった。

 規格外のボディラインは、既製品のドレスでは到底収まりきらない。

 メジロ経由で手に入れた特注品だが、ここ最近のトレーニングでさらにビルドアップされたボクの体は、採寸時のデータを優に超えてしまっていた。

 豊かな胸元は今にも弾け飛びそうで、谷間が露わになりすぎている。ヒップラインに至っては生地が悲鳴を上げるほどパツパツに張り詰め、一歩歩くたびにミシミシと繊維が引き伸ばされる音が聞こえてきそうだ。スリットからは丸太のように太く、しかし鋼のように引き締まった太ももが覗き、動くたびに周囲の紳士淑女の視線を集めてしまっていた。

 

「仕方ないでしょ。ローレルさんはアンタの同室の先輩なんだから。ジャージで来るなんて失礼にも程があるわ」

 

 隣でボクの背中のファスナーを必死に直しているのは、メジロドーベルだ。

 彼女は淡い紫のドレスを上品に着こなしている。背筋の伸びた立ち姿とクールな美貌が相まって、会場の華となっているが、その表情は少し険しい。額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 

「それに、アンタがだらしない格好してたら、同室として恥をかくのはローレルさんなのよ。……じっとしてなさい。あともう少し……っ!」

「痛い痛い、肉が挟まる! ドーベル、無理やり上げないでくれ!」

「うるさいわね! アンタがまた体を大きくするからいけないんでしょ! ……よし、上がった」

 

 ドーベルは大きく息を吐き、達成感と共にボクの背中をポンと叩いた。

 

「はいはい、すみませんね。……でもドーベル、君こそ今日は一段と綺麗だよ。紫がよく似合ってる」

 

 ボクが素直に感想を言うと、ドーベルはボンッと音がしそうなほど顔を赤くした。

 

「ば、バカ! そういうことは、もっと小さな声で言いなさいよ……!」

 

 ドーベルは顔を伏せ、ボクの背中に隠れるようにして視線を逸らした。

 そんなやり取りをしていると、会場の空気が一変した。ざわめきが波のように広がり、中央の階段にスポットライトが当たる。

 主役の登場だ。

 

「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

 

 桜色の豪奢なドレスを纏った、サクラローレルが現れた。

 ふわりとした垂れ目と、おっとりとした口調。しかし、その全身から放たれるオーラは、天皇賞を制した王者だけのものだ。

 不遇の時代を過ごした彼女が、ついに花開かせた大輪の桜。優雅さと、底知れない強さが同居している。彼女もまた、豊かな肢体を持っているが、ボクのような暴力的な筋肉とは違う、しなやかで弾力のある「桜の樹」のような強さを感じさせる。

 

 一通りの挨拶と乾杯が終わると、ローレルさんは招待客の波を優雅にかき分け、一直線にこちらへ向かってきた。

 

「あら、来てくれたのね。私の可愛いルームメイトちゃんと、ドーベルちゃん」

「ローレルさん、天皇賞優勝おめでとうございます!」

「おめでとうございます、ローレルさん」

 

 ボクとドーベルが頭を下げると、ローレルさんは柔らかな笑みを浮かべて近づいてきた。甘い桜の香りが鼻孔をくすぐる。

 

「ありがとう。……ふふ、ロールちゃん。また一段と、体つきが凄くなったわね」

 

 ローレルさんは躊躇なくボクの二の腕に触れ、確かめるように撫でた。その手つきは、恋人を愛でるようでもあり、品定めをするようでもある。

 

「ドレスが悲鳴を上げているわ。……この張り、この熱量。本当に燃え盛る業火のよう。……私の『境地』とはまた違う、力強い命の輝きを感じるわ」

 

 ローレルさんの指先が、ドレスの上からボクの大胸筋や広背筋の輪郭をなぞる。少し擽ったいが、彼女の瞳があまりに真剣なので身動きが取れない。

 

「そ、そうですか? ローレルさんにそう言ってもらえると光栄です。ボクも、ローレルさんの天皇賞、感動しました。あのナリタブライアンをねじ伏せるなんて」

 

 ボクは少し照れくさくなる。

 彼女は、ボクが「非存在の血統」の能力を使って、かつての運命から救い出した推しの一人であり、尊敬する同室の先輩だ。彼女がこうして元気に、そして楽しそうに最強の座に就いていることが何より嬉しい。

 

「ええ。ブライアンちゃんとの勝負は楽しかったわ。でもね……」

 

 ローレルさんは扇子で口元を隠し、少しだけ声を落とした。

 

「頂点に立ってみると、見える景色が変わるの。もっと広い世界が、私を呼んでいる気がして」

「もっと広い世界、ですか?」

「そう。……それでね、ロールちゃん。今日は貴女に、折り入ってお願いがあるの」

 

 ローレルさんは少しだけ顔を近づけ、甘い声で囁いた。ボクの耳元に、熱い吐息がかかる。

 

「私、宝塚記念のあと、フランスへ行くわ」

「フランス……凱旋門賞ですか!?」

 

 ボクは思わず声を上げた。世界最高峰のレース、凱旋門賞。日本のホースマンたちの悲願であり、こちらの日本のウマ娘やその関係者の悲願でもあった。

 

「ええ。世界最強を決める舞台。そこで私の桜を咲かせたいの。……でも、異国の地で戦うには、心強いパートナーが必要なのよ」

 

 ローレルさんの瞳が、妖しく輝いた。それは獲物を狙う捕食者の目ではなく、もっと深く、重い情念を秘めた光だった。

 

「ロールちゃん。貴女、私と一緒にフランスへ来ない?」

「えっ……!?」

 

 ボクは言葉を失った。

 帯同ウマ娘。海外遠征において、精神的な支えとなり、練習パートナーを務める重要な役割だ。同室の先輩からの直々の指名。これほど名誉なことはない。

 だが、それは同時に――。

 

「待ってください!」

 

 鋭い声が割って入った。ドーベルだ。

 彼女はボクとローレルさんの間に割って入るように立ち、強い視線でローレルさんを見据えた。普段は先輩に対して礼儀正しい彼女が、声を震わせながら抗議している。

 

「ローレルさん。ロールは今年、クラシック三冠がかかっているんです。ダービーの次は菊花賞があります。秋にフランスへ行くなんて、スケジュール的に不可能です!」

 

 ドーベルの言う通りだ。凱旋門賞は10月。菊花賞と時期が完全に被る。

 帯同すれば、三冠の夢は消える。

 

「あら、ドーベルちゃん。怖い顔ね」

 

 ローレルは動じた様子もなく、扇子を広げて口元を隠した。目は笑っているが、そこには大人の余裕があった。

 

「もちろん、分かっているわ。三冠がかかった大事な時期に無理強いするつもりはないわ。……でもね」

 

 ローレルさんは扇子を閉じ、その先でボクの胸元をトン、と突いた。硬い切っ先が、ボクの心臓をノックする。

 

「ロールちゃんの『器』は、日本だけに留まるには大きすぎる。三冠なんて、貴女にとってはただの通過点でしょう?」

「通過点、ですか……?」

「ええ。だから、その先の話よ。……来年、あるいはその先。私と一緒に、世界を見に行かない? 私、貴女となら、どんな厳しいトレーニングも楽しくなりそうな気がするの」

 

 ローレルさんの手が、ボクの手を包み込む。

 温かくて、柔らかい手。だが、その握力は驚くほど強く、逃さないという意志を感じさせる。

 

「同室のよしみ、だけじゃなくてね。……私、貴女のことが欲しいの」

 

 その言葉は、まるで人生そのもののパートナーとしての勧誘といった趣旨を含んでいるように思えた。

 好意と、独占欲。そして、同じ高みを目指す者への強烈なシンパシー。

 トップウマ娘だけが持つ、エゴイズムの熱が伝わってくる。

 

「……っ!」

 

 ドーベルが、ボクのもう片方の腕を強く掴んだ。爪が食い込むほどの強さだ。

 ローレルさんのペースに飲まれかけていた意識がクリアになる。

 

「……お断りします」

 

 ドーベルが、ボクの代わりに答えた。声が震えている。

 

「ロールは……ロールは、日本で伝説を作るんです! 私と、ブライトと、スズカさんたちと競い合って、ここで一番になるんです! 海外なんて……私が許しません!」

 

 それは単なるスケジュールの問題ではない。

 サクラローレルという、完成された大人の魅力を持つ女性に、ボクという存在そのものを連れ去られてしまうことへの本能的な危機感。ドーベルの必死な形相に、ボクはハッとした。彼女はこんなにもボクのことを考えてくれていたのか。

 

「あらあら。ドーベルちゃん、そんなにムキにならなくても」

 

 ローレルさんはクスクスと笑い、ボクの方を向いた。

 

「愛されているわね、ロールちゃん。……でも、可愛い幼馴染、というだけじゃ、いつか私の魅力に負けちゃうかもよ?」

「なっ……!?」

「ふふ。……秋の遠征はほかの相手を誘うことにするわ。でも、いつか必ず貴女を連れて行くから。覚悟しておいてね」

 

 ローレルはボクの頬に指先で触れ、濃厚な花の香りとウインクを残して去っていった。

 残されたのは、呆然とするボクと、顔を真っ赤にして怒るドーベル。

 

「……なによ、あの余裕! 絶対に行かせないから! ロールは私の……私の幼馴染なんだから!」

 

 ドーベルはボクの腕に抱きつき、その豊満な胸を押し付けてきた。

 ドレス越しに伝わる感触と、彼女の必死な思い。

 

「わ、わかったよドーベル。落ち着いて。ボクはどこにも行かないよ。まずは日本のクラシックだ」

「口だけじゃ信用できない! ……来週のオークス、絶対に勝つわ。勝って、アンタの隣にふさわしいのは私だって証明してみせる! ローレルさんなんかより、ずっと魅力的なウマ娘になるんだから!」

 

 ローレルさんの誘惑は、結果としてドーベルの闘志に油を注いだようだ。

 ボクは苦笑しながら、しがみついてくるドーベルの背中を優しく撫でた。

 

(同室の先輩も、幼馴染も、みんな熱すぎるよ……)

 

 その後、パーティーはつつがなく進んだが、ドーベルはずっとボクの腕を離さなかった。

 ビュッフェ形式の料理を取りに行く時も、トイレに行く時さえも(さすがに入り口までだが)、彼女は番犬のようにボクに張り付いていた。

 おかげでボクは、美味しそうなローストビーフを山盛りにするのを諦め、一口サイズのカナッペをつまむ程度に自重せざるを得なかった。

 

 他の招待客、例えばナリタブライアンやマヤノトップガンが挨拶に来ても、ドーベルは警戒を解かなかった。

 

「おや、ずいぶんと仲が良いな」

 

 ナリタブライアンが珍しく口元を緩めて言った。彼女の隣には姉のビワハヤヒデがいる。

 黒いドレスを無骨に着こなすブライアンからは、隠しきれない野生の匂いが漂っていた。

 

「ブライアンさん。……ロールに変なこと吹き込まないでくださいね」

「フン。私はただ、ダービーでの健闘を祈りに来ただけだ。……ロールフィヨルテ。お前の走りは、私の『渇き』を癒やすかもしれないと期待している」

 

 孤高の怪物は、ボクに熱い視線を送ってきた。

 それは恋愛感情というよりは、強者への共鳴だ。ボクの体の中に眠る、歴代最強馬たちの魂に呼びかけているのかもしれない。

 だが、その視線の熱量は、ローレルさんのものとはまた違う、焼き尽くすような激しさがあった。

 

「ありがとうございます。ブライアンさんの期待に応えられるよう、全力で走ります」

「ああ。楽しみにしているぞ。……それと、その体。仕上げてきたな」

 

 ブライアンはボクの肩を一瞥し、ニヤリと笑って去っていった。

 

「……もう、本当にアンタってやつは。どこに行っても注目されるんだから」

 

 ブライアンが去った後、ドーベルは大きくため息をつき、疲れ切った様子でボクに寄りかかった。

 

「仕方ないだろ。ボクは目立つからね。体格的にも」

「自覚があるなら、もっと慎みなさいよ。……ほら、帰るわよ。明日は朝練があるんでしょ」

 

 ドーベルに手を引かれ、ボクたちは会場を後にした。

 ホテルの回転扉を抜けて外に出ると、初夏の夜風が心地よかった。

 ドレスアップした二人の影が、街灯に照らされて長く伸びる。

 

「……ねえ、ロール」

 

 ドーベルが、少しだけ声を落として言った。繋いだ手が、ギュッと力を増す。

 

「オークス、見ててね。私が一番輝くところ」

「もちろんさ。最前列で応援するよ」

「……うん。約束よ」

 

 ドーベルは小さく微笑み、ボクの手を強く握り返した。

 その横顔は、嫉妬や不安を乗り越えて、決戦へ向かう戦士の美しさを湛えていた。

 

 華やかなパーティーの裏で、それぞれの想いが交錯する。

 来週はドーベルのオークス。再来週はボクたちのダービー。

 それぞれの重すぎる想いを乗せて、春のクラシックはいよいよクライマックスを迎える。





【挿絵表示】

ロールちゃん勝負服イメージbyはすきさん

今日は何もなしです。良いお年を
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