TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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26 日本ダービー

 5月下旬。初夏の陽気が、東京レース場の広大なターフを鮮やかに照らし出していた。

 日本ダービー。東京優駿。

 すべての関係者が、すべてのウマ娘が憧れる、一生に一度の晴れ舞台。

 15万人を超える観衆が詰めかけ、地鳴りのような歓声が空気を振動させている。

 

 その熱気の中心、パドックに、先週のオークスとは違う、しかし同質の重厚な空気が漂っていた。

 

「……すごい人だね」

 

 ボク、ロールフィヨルテは、黒光りするハイレグレオタードの勝負服を纏い、パドックを周回していた。

 先週、この場所で幼馴染のメジロドーベルがオークスを制した。桜花賞に続く二冠達成。彼女は涙を流しながら、ボクに向かって「次はアンタの番よ」と告げた。

 そのバトンは、想像以上に重く、そして熱い。

 

 ボクの体は、ダービーに合わせて極限まで仕上げられていた。

 一歩踏み出すたびに、太ももの筋肉が生物のように蠢き、レオタードの生地を限界まで引き伸ばす。三桁の大台に乗ったヒップラインは、もはや凶器のような迫力を放ち、観客たちの視線を釘付けにしていた。

 

「おい見ろよ、ロールフィヨルテだ……」

「あの体、さらにデカくなってねえか?」

「筋肉の鎧だな。あれで走れるのが信じられん」

 

 畏敬と劣情がないまぜになった囁きが聞こえてくるが、今のボクには雑音にしか聞こえない。

 意識は、同じパドックを歩くライバルたちに向けられていた。

 

 まずは、皐月賞でハナ差の激闘を演じたサイレンススズカ。

 鮮やかな緑の勝負服。極限まで削ぎ落とされたスレンダーな肢体は、ボクとは対極の機能美を体現している。

 彼女は誰とも目を合わせず、ただ一点、虚空を見つめているようだった。その姿は「静寂」そのものだが、内側には青白い炎が燃えているのが分かる。

 

 そして、メジロブライト。

 皐月賞2着。あの猛烈な追い込みは、ボクの背筋を凍らせた。

 今日もおっとりとした笑顔で手を振っているが、そのメジロらしい清楚な緑と白の勝負服の下にある筋肉は、パンパンに張り詰めている。彼女もまた、ここ一番で仕上げてきている。

 

 さらに、不気味な存在が一人。

 マチカネフクキタルだ。

 プリンシパルステークスを制し、滑り込みでダービーへの切符を手にした彼女は、水晶玉を抱えてブツブツと何かを呟いている。

 

「シラオキ様、シラオキ様……今日の運勢は最高です! 大吉です! 見えます、ダービーウマ娘になる私の姿が!」

 

 一見すると電波な言動だが、彼女の体つきは決して侮れない。ワンピース風のごてごてと開運グッズがついた勝負服の袖やスカートの上からでも分かるほど、ムチムチとした肉付きをしている。それは単なる脂肪ではなく、強靭な体幹を包むクッションだ。運だけではない実力が、そこにはある。

 

 周回中、ふとスズカがボクの横に並んだ。

 

「……ロール」

「やあ、スズカ。調子はどうだい?」

「最高よ。今日は、もう小細工はいらないわ」

 

 スズカは真っ直ぐにボクを見上げた。

 

「パドックでの盤外戦も、駆け引きもなし。ただ、誰が一番速いか。それだけを決めましょう」

「望むところだ。ボクも、小細工なしで君をねじ伏せるつもりだよ」

 

 ボクが答えると、スズカはフッと口元を緩めた。それは以前のような張り詰めたものではなく、強敵を認めた戦士の笑みだった。

 

 そこに、ブライトが優雅に割って入る。

 

「あらあら、お二人だけで盛り上がってズルいですわ~。わたくしも混ぜてくださいな」

「ブライト。君も調子良さそうだね」

「ええ。ドーベルちゃんの二冠達成、本当に刺激になりましたわ。メジロの悲願、わたくしも続かないといけませんもの」

 

 ブライトの瞳の奥に、猛獣のような光が宿る。

 彼女にとって、ドーベルの活躍は喜びであると同時に、強烈なプレッシャーでもあるはずだがそれすらも走る力に変えている。

 

「ムムム! 邪気が! 邪気が渦巻いています!」

 

 突然、フクキタルが割って入ってきた。彼女は水晶玉をボクたちの顔の前にかざした。

 

「ロールさん! スズカさん! ブライトさん! あなたたちの周り、闘気が強すぎて空気が歪んでますよ! このお守りを買わないと不幸になります!」

「……レース前にお守りの押し売りはやめてくれ、フクちゃん」

「商魂たくましいですわね~」

 

 フクキタルの乱入で、張り詰めた空気が少しだけ緩む。

 だが、それも一瞬のこと。

 止まれの合図がかかり、いよいよ本バ場入場となる。

 

 地下道へ向かう途中、ボクはスタンドを見上げた。

 最前列に、ドーベルの姿が見える。

 彼女は祈るように手を組み、ボクを見つめていた。その目は「勝って」と叫んでいる。

 

(……行ってくるよ、ドーベル)

 

 ボクは小さく頷き、光の射すターフへと足を踏み出した。

 

 

 

 東京レース場、芝2400m。

 日本で最も栄誉あるレース。

 ファンファーレが鳴り響き、15万人の手拍子が大地を揺らす。

 

 ゲートイン。

 狭い枠の中で、ボクは静かに目を閉じた。

 皐月賞は、アーモンドアイの精密な走りで勝った。

 だが、今日のダービーは違う。

 2400mという距離。スズカの逃げ。ブライトの末脚。そして何が起こるか分からない一発勝負の舞台。

 綺麗に勝とうなどと思えば、足をすくわれる。

 

 今回誰を呼ぶか、非常に悩んだ。

 最初ボクが考えたのはかの怪物マルゼンスキーであった。

 かつて「スーパーカー」と恐れられ、圧倒的な実力を持ちながらも、持ち込み馬という制度の壁に阻まれ、ダービーへの出走すら叶わなかった悲劇の怪物。こちらでも経緯の詳細は知らないがダービーに出走できなかったらしいとは聞いている。

 

「マルゼンさん。ボクに……力を貸してくれないかな」

 

 ボクは彼女に願い出た。

 ダービーといえばという馬は数多くいる。けれど、この日本ダービーという特殊な舞台を戦うにあたって、ボクは彼女の、あの燃えるようなスピードを、そして叶わなかった夢を背負って走りたいと思ったのだ。

 

「ボクが勝つことで、マルゼンさんの無念を少しでも晴らせるなら……」

 

 だが、マルゼンスキーはボクの言葉を遮るように、静かに、けれど鋼のように固い意志で首を横に振った。

 

『ダメよ、ロールちゃん。そのお願いは聞けないわ』

 

 意外な拒絶に、ボクは言葉を失った。マルゼンさんはいつもの明るい笑顔を消し、一人の勝負師としての顔でボクを見つめていた。

 

『ダービーは、ウマ娘にとって一生に一度きりの特別なステージ。勝つのも負けるのも、その時、その場所を走る権利を持った者だけの特権なのよ。……私が走れなかったのは、私自身の運命。それを今の貴女に肩代わりさせるのは、貴女のダービーに対する冒涜だわ』

「でも、ボクは……!」

『ロールちゃん。貴女は貴女が考える、『最適』で、最も『勝ちたい』と思える方法で挑みなさい。朝日杯の時貴女が私を選んだときはそうだったでしょう? でも、今ここで私の影を背負っても、それは貴女のためにはならない』

 

 マルゼンさんにそう言われてボクは止まった。

 彼女がこのダービーにおいて本当に最適といえるのか。それは自信がなかった。

 朝日杯の時は、グランアレグリアがあれだけ騒いでも拒否できるほど確信できたのに。

 

『……私はね、一人の観客として、貴女自身の最高の走りが見たいのよ』

 

 彼女はそう言って、ボクの肩をポンと叩いた気がした。その手の温かさは、憐れみではなく、後輩への最大級の期待に満ちていた。 マルゼンさんの誇り。ダービーという舞台の神聖さ。ボクは自分の甘さを恥じた。彼女の無念を晴らすなどという傲慢な考えを捨て、ボクは改めて、この壁をぶち破るための「最強の魂」を探し、辿り着いたのだ。

 

 そう、必要なのは、もっと泥臭く、もっと強引で、それでいて誰よりも「カッコいい」力。

 

(……力を貸してくれ。ウオッカ)

 

 ボクが呼びかけたのは、64年ぶりに牝馬としてダービーを制した、破天荒な女傑の魂だ。

 

『はん。ようやく出番かよ、マスター』

 

 脳内に、ハスキーで男前な声が響く。

 ウオッカ。彼女の走りは、常識に縛られない。力でねじ伏せ、壁をぶち破り、不可能を可能にする。彼女こそ、このダービーにおいて最適で最強と、ボクは信じることができた。

 

(このメンバー、この舞台。勝つには君の「強さ」が必要なんだ)

『上等だ。……ビビってんじゃねえぞ。一番強いヤツが勝つ。それがダービーだろ? 行くぞ!』

 

 背中を強く叩かれたような衝撃。

 全身の筋肉が熱く脈打ち、神経が研ぎ澄まされる。

 

 ガシャン!!

 

 ゲートが開いた。

 18頭が一斉に飛び出す。

 

 ボクのスタートは五分。

 だが、ハナを主張したのはやはり彼女だった。

 サイレンススズカ。

 大外枠から迷うことなく内に切れ込み、先頭を奪う。

 その背後には、皐月賞で大敗したサニーブライアンも食らいつくが、スズカのスピードが勝る。

 

 1コーナーから2コーナーへ。

 スズカが刻むラップは、皐月賞の時のような狂気的なハイペースではない。

 1000m通過、60秒フラット。

 平均ペース。だが、それが逆に不気味だった。

 彼女は完全にリラックスしている。息を入れ、脚を溜め、自分のリズムで2400mを泳ぎ切ろうとしている。

 

 ボクは中団、内目の6、7番手につけた。

 周りをバ群に囲まれているが、ウオッカの魂が宿った今のボクには、窮屈さは感じない。むしろ、獲物を狙う猛獣のように、力を溜めるには好都合だ。

 

 後方にはメジロブライト。

 そして不気味なのがマチカネフクキタルだ。彼女はボクの直後、まるで背後霊のようにピタリと張り付いている。

 

『……チッ、後ろの占い女、邪魔くせえな』

 

 ウオッカが舌打ちする。

 レースは淡々と進み、勝負どころの大欅(けやき)を過ぎる。

 3コーナーから4コーナー。

 ここで、レースが動いた。

 

 逃げるスズカが、ペースを上げたのだ。

 ロングスパート。

 後続に脚を使わせ、なし崩しにスタミナを奪う戦法。

 

 それに呼応して、外からブライトが進出を開始する。

 その他の有力ウマ娘たちも、一斉に動き出した。

 バ群が凝縮する。

 外から被せられ、前が塞がる。

 

(……囲まれた!)

 

 4コーナーを回り、直線へ向く時、ボクは完全に袋小路にいた。

 前にはバテ始めた先行勢。右横には壁のようなバ群。

 外に出す進路がない。

 このままでは、脚を余して負ける。

 

 前方では、スズカが早々と抜け出し、独走態勢に入っている。

 大外からは、ブライトが豪脚を繰り出して迫っている。

 フクキタルもスパートをはじめブライトに劣らない末脚で前を追いかけ始めた。

 

 絶体絶命。

 スタンドから悲鳴が上がるのが聞こえた。

 誰もが思ったはずだ。「ロールフィヨルテは終わった」と。

 

 だが。

 

『――慌てんな』

 

 ウオッカの声が、静かに、しかし力強く響いた。

 

『外がダメなら、内があるじゃねえか』

(内か、前が壁だけど?)

『壁? そんなもん、ぶち破るか、隙間をこじ開ければいいんだよ。……見ろ。一瞬だぞ』

 

 ボクの視界が、スローモーションのように引き伸ばされる。

 前のウマ娘たちが、スズカを追ってスパートをし、外へ外へとヨレていく。

 その一瞬。

 内ラチ(柵)沿いに、人一人がやっと通れるかどうかの、わずかな隙間が生まれた。

 

 そこは、普通なら突っ込まない「死地」だ。

 前が詰まるリスクが高すぎるし、芝も荒れている。

 だが、ウオッカは笑った。

 

『そこだ! 行けッ!!』

 

 声が聞こえると同時にボクは迷わず、内へ動いた。

 思考よりも先に、体が動いた。

 巨大な質量を持つボクの体が、針の穴を通すような精密さで、内ラチ沿いの隙間へ滑り込む。

 

 まるで、幽霊のように。

 実体がないかのように、バ群をすり抜ける。

 

「……!?」

 

 外を走ってブロックをしていたフクキタルが、驚愕のあまり目を見開いたのが見えた。

 一瞬で視界が開ける。

 目の前には、緑のターフと、遥か先を行くスズカの背中だけ。

 

 残り400m。

 ここからが、ウオッカの本領発揮だ。

 

「うおおおおおおおおッ!!」

 

 ボクは咆哮と共に、溜め込んだパワーを一気に解放した。

 エンジンの点火。

 今まで鍛え続けた筋肉が爆発し、地面を蹴り飛ばす。

 加速。加速。加速。

 荒れた内側のバ場など関係ない。パワーでねじ伏せ、強引に推進力に変える。

 

 前を行くスズカが、驚いて振り返る気配がした。

 内から、あり得ない速度で何かが迫ってくるのを感じたのだろう。

 

 残り200m。

 坂を登りきったところで、ボクはスズカを捕らえた。

 

「……嘘でしょ!?」

 

 スズカの悲鳴のような声。

 そんな彼女を内側から抜き去る。

 彼女は必死に二の脚を使うが、今のボクの勢いは止められない。

 外からブライトやフクキタルが猛追してくるが、それよりも速く、ボクは先頭に躍り出た。

 

 突き抜ける。

 誰もいない先頭の景色。

 大歓声が、シャワーのように降り注ぐ。

 

『へっ、見たかよ。これがダービーウマ娘の走りだ』

 

 ウオッカの誇らしげな声を聞きながら、ボクはゴール板を駆け抜けた。

 

 ――1着、ゴールイン。

 

 2着に3バ身差をつける、完勝だった。

 

 

 

「……はぁ、はぁ……」

 

 ゴール後、スピードを落としながら、ボクは空を見上げた。

 5月の青空が、どこまでも高く澄んでいる。

 勝った。日本ダービー。

 皐月賞に続く、二冠達成。

 

 ウイニングランのために戻ってくると、2着のスズカと、3着のブライトが待っていた。

 スズカは呆然とした表情で、ブライトは悔しそうに拳を握りしめている。

 

「……信じられない」

 

 スズカが呟いた。

 

「あんな所から抜けてくるなんて。……あなた、幽霊か何か?」

「いや、ただの根性だよ」

 

 ボクが笑うと、スズカは脱力したように苦笑した。

 

「完敗よ。……私の逃げだって完璧だったはず。でも、あなたの強さが規格外すぎたわ」

 

 ブライトも近づいてくる。

 

「内ラチ沿いをあんな豪快に突き抜けるなんて……常識では考えられませんわ。……でも、お見事でした。ロールちゃん」

 

 二人のライバルからの称賛。それが何よりの勲章だ。

 さらに、後ろからフクキタルが泣きながら走ってきた。

 

「うわあああん! 占いが外れましたぁ! 『内枠は死相が出てる』って出たのにぃ! ロールさん、運命ねじ曲げすぎですよぉ!」

「あはは、ごめんごめん。運も実力のうちってね」

 

 スタンドへ向かうと、15万人の観衆がボクの名前を呼んでいる。

 その最前列。

 ドーベルの姿を見つけた。

 彼女は手すりに突っ伏して、肩を震わせて泣いていた。

 オークスを勝った時よりも、激しく泣いているかもしれない。

 

(……やったよ、ドーベル。ボクも勝ったよ)

 

 ボクは彼女に向けて、高らかに手を振った。

 これで春のクラシックは終わり。

 ボクとドーベル、幼馴染同士で二冠ずつを取る形となった。

 

 だが、まだ終わりではない。

 秋には、最後の一冠、菊花賞と秋華賞が待っている。

 そして、その先には――。

 

 ボクは一瞬だけ、遠くフランスの空を思った。

 ローレルさんは、これから世界へ挑む。

 ボクは日本で、伝説の続きを作る。

 

 心地よい疲労感と共に、ボクはダービーウマ娘としての第一歩を踏み出した。




あけおめです。
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