TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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27 サマーウォーク

 7月。太陽が容赦なく降り注ぐ季節。

 トレセン学園の夏合宿が始まって一週間が経過していた。

 海沿いの合宿所周辺は、朝から晩までウマ娘たちの熱気と、トレーニングによる砂煙に包まれている。地獄のような砂浜ダッシュ、坂路での走り込み、そしてプールでのインターバルトレーニング。

 そんな過酷な日々の合間に設けられた、週に一度の完全休養日。

 本来なら、海で泳いだり、買い物をしたりして英気を養う楽しい時間のはずなのだが……合宿所のロビーでは、深刻な顔をしたウマ娘たちが集まっていた。

 

「……ないんだ」

 

 ボク、ロールフィヨルテはソファに深く沈み込み、頭を抱えていた。

 

「遊び用の水着なんて、持ってないんだよ」

 

 トレーニング用のスクール水着はある。だが、せっかくのリゾート地での休日だ。色気もへったくれもない紺色の競泳水着でビーチを歩くのは、さすがに味気ない。

 前世がおっさんだったせいか、あるいはレースのことしか考えていなかったせいか、「プライベートで可愛く泳ぐ」という発想が完全に欠落していたのだ。

 

「私もです……。そういう水着が必要だったなんて」

 

 隣でスズカが困ったように眉を下げている。クールで美人、隙がなさそうに見える彼女だが、実際は走ることしか頭にない先頭民族のポンコツだ。休養日に別の水着が必要なんていうこと自体頭になかったのだろう。

 

「私もですぅ~! シラオキ様のお告げで『水辺に吉あり』って出たのに、肝心の装備がありません~!」

 

 マチカネフクキタルも水晶玉を抱えて涙目だ。彼女は何か言いたげにモジモジしているが、どうやら自分の体型を気にして、派手な水着を持ってくるのが恥ずかしかったのだろう。

 

 そんな「水着難民」の三人を、あきれたように見下ろしているメンバーがいた。

 

「はぁ……。アンタたち、女の子としての準備が足りないんじゃない?」

 

 メジロドーベルはすでに涼しげなサマードレスに着替えている。その下には、今日のために用意した清楚かつ、少し背伸びしたデザインのワンピース水着を着用済みだ。街歩きにも適した、お嬢様らしい装いである。

 

「あらあら、準備不足ですわねぇ。わたくしもバッチリ用意してきましたのに」

 

 メジロブライトもまた、つば広の帽子にパレオを合わせた、優雅なリゾートスタイルだ。メジロ家の二人は、オンとオフの切り替えが完璧だった。

 

 そして、もう一人。

 

「HAHAHA! みんな遅いデース! サマーは待ってくれないデース!」

 

 バァーン! と効果音がつきそうな勢いでポーズを決めているのは、タイキシャトルだ。

 彼女はすでに臨戦態勢だった。星条旗をモチーフにしたような、アメリカンで大胆なビキニ姿。その健康的なダイナマイトボディを惜しげもなく晒している。

 すごくアメリカンである。

 

「タイキ……君は準備万端だね」

「モチロンデース! 夏と言えば海! 海と言えばビキニデース! ロールも早く着替えるデース!」

「だから、その着替える、水着がないんだってば」

 

 ボクががっくりと肩を落とすと、ブライトがパンと手を叩いた。

 

「仕方ありませんわねぇ。宿の近くに大きなショッピングモールがありますから、そこで調達しましょうか。皆様のサイズに合うものも、きっとありますわ~」

 

 ブライトの救いの言葉に、ボクたちは顔を上げた。

 

「ショッピング! イエス! 行きまショー!」

 

 タイキが弾かれたように立ち上がり、ボクの手を引いた。

 こうして、ボク、スズカ、フクキタル、そして準備万端組のタイキとメジロ二人による、水着買い出しツアーが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 リゾート地のショッピングモールは、観光客で賑わっていた。

 潮の香りと、店先から漂うトロピカルジュースの甘い香り。

 ボクたちは真っ直ぐに、最大級の売り場面積を誇るスポーツ用品店兼ブティックの水着コーナーへ直行した。

 

「すごい数だね。これならボクに合うのもあるかな」

「Lサイズコーナーはこちらですわね。さあ、ロールちゃん、戦いの始まりですわ」

 

 ここから、ボクたちの地獄のような着せ替えショーが始まった。

 

「ヘーイ! ロール! これなんてどうデース!?」

 

 タイキが持ってきたのは、蛍光色の派手なハイレグビキニだ。サイズは大きく見えるが布面積が極端に少ない。

 

「タイキ、それはちょっと……ボクが着たら公然わいせつになりそうだよ」

「No! 自信を持つデース! マッスルはビューティフルデース!」

 

 タイキに背中を押され、ドーベルには「とりあえず着てみなさいよ」と促され、試着室へ。

 格闘すること数分。

 

「……ドーベル、ブライト。ダメだ」

 

 カーテンを少しだけ開けて顔を出す。

 

「入らない?」

「入るには入ったけど……見てくれ。これじゃ外に出られない」

 

 ボクは観念して、カーテンを全開にした。

 そこに現れたのは、布の限界に挑戦する肉体だった。

 蛍光色のビキニは、ボクの巨大な大胸筋と広背筋によって無慈悲に引き伸ばされ、本来のデザインを保てずに食い込んでいる。胸元は左右に引っ張られて谷間が全開になり、トップがこぼれ落ちそうだ。

 そして下半身。巨大な臀部の肉が布を飲み込み、食い込みが痛々しいほどだ。動けば確実にポロリする危険水域。

 

「き、きゃああああっ!?」

 

 ドーベルが悲鳴を上げて目を覆う。指の隙間からしっかり見ているが、顔は真っ赤だ。

 

「は、破廉恥! 破廉恥よ! 布面積が物理的に足りてないわ! 早く脱ぎなさい!」

「だから言ったろ! これじゃ歩くだけで放送事故だよ!」

 

 一方スズカの方は……

 彼女は細身なのでサイズの問題はないはずだが……本人のセレクトに問題があった。

 

「……これ、どうかしら?」

 

 スズカが出てきた瞬間、ドーベルとブライト、そしてタイキまでもが「んふっ」と吹き出した。

 彼女が着せられていたのは、胸元に大きなヒマワリがあしらわれた、フリル付きの可愛らしいワンピースタイプ。どう見てもジュニア向け、いや、キッズ向けのデザインだ。

 スズカのあまりにスレンダーで凹凸の少ない体型と、その真面目な表情が相まって、夏休みの小学生が迷い込んだようにしか見えない。

 

「す、スズカさん……とても可愛いですわ……似合いすぎて言葉が出ませんわ……」

「そう? かわいらしいのを選んだんだけど」

 

 スズカ本人は大真面目に選んだのだろう。だが彼女の美的センスが死んでいた。

 

「オー! スズカはキュートデース! でももっとセクシーなのも着るべきデース!」

 

 タイキが別の水着を取りに行く。

 タイキのセンスに任せるのはそれはそれでセクシーすぎる路線に行きそうだが、とはいえスズカ本人に選ばせるよりはマシだろう。

 

「最後はフクキタルさんですね」

 

 フクキタルが選んだのは、ラッキーカラーだという黄色のホルターネックビキニ。

 普段着はゆったりとした巫女服で体型を隠している彼女が、おずおずと試着室から出てきた瞬間。

 

「えっ……?」

 

 全員の動きが止まった。

 そこには、予想を裏切る「豊穣」があった。

 ぽっちゃり、ではない。ムチムチとした健康的で柔らかそうな肉付き。特に胸元のボリュームは、ボクに匹敵するのではないかというほどの存在感を放っている。

 それはさながら「豊穣の果実」だ。

 

「ど、どうですか? 似合ってますか? 変じゃないですか?」

 

 フクキタルが恥ずかしそうに身をよじると、豊かな果実がプルンと揺れた。重力を感じる揺れだ。

 

「……フクキタルさん、隠してたわね」

 

 ドーベルが感嘆の声を漏らす。嫉妬ではなく、純粋な驚きだ。誰も彼女がここまで発育しているとは思っていなかったのだろう。

 

「邪気と一緒に栄養もたっぷりと溜め込んでいたんですのね……素晴らしいですわ」

「ワオ! フクキタル、ナイスバディデース! ミーも負けてられないデース!」

 

 タイキが自分の豊満な胸を張って対抗意識を燃やす。

 結局、それぞれの体型に合わせた水着選びは難航を極めたが、なんとか全員分の水着を確保することができた。

 

 ボクには、どうにかサイズがあった黒ビキニ。露出が非常に多いがこれしか合わなかったのだからやむをえまい。

 スズカには、スポーティだがスタイリッシュなセパレートタイプ。

 フクキタルには、その豊満さを活かしつつもしっかりホールドするホルターネック。

 

 ボクたちは購入した水着に着替え、その上にTシャツやパーカーを羽織って、そのまま街へ繰り出すことになった。

 

 

 

 買い物を終えたボクたちは、アイスクリームを片手に海岸沿いの遊歩道を歩いていた。

 海風が心地よい。開放的な格好は、厳しい合宿の中でのつかの間の自由を感じさせてくれる。

 

「あ、ロールちゃんだ!」

「うわ、本物だ! すっげぇスタイル!」

「隣にいるのタイキシャトルじゃね!? デカいのが二人も!」

 

 すれ違う観光客やファンたちが、ボクたちに気づいて声を上げてくる。

 先日行われた「合宿公開日」でも、ボクとタイキの砂浜トレーニングは注目の的だった。スクール水着姿でタイヤを引くボクと、豪快に砂を蹴り上げるタイキの姿は、一部の雑誌に取り上げられているらしい。

 

「ヘーイ! ハロー! エブリワン!」

 

 タイキが満面の笑みで手を振る。彼女はまるで人懐っこい大型犬のように、ファンの中に飛び込んでいく。

 

「写真? OKデース! ロールも来るデース!」

「やあ、こんにちは! 応援ありがとう!」

 

 ボクも笑顔で応じる。こうやって応援してもらえるのはうれしいもので、自然とファンサービスには積極的になってしまう。

 ボクとタイキ、金髪で長身、そして豊満な肉体を持つ二人が並ぶとその迫力は凄まじいのは自覚している。あっという間に人だかりができた。

 

「ロールちゃん、握手してください!」

「いいよ! ……っと、力強すぎたかな?」

「ロールちゃんの筋肉、触ってもいいですか!?」

「ええっ? まあ、減るもんじゃないし……」

 

 若いファンたちに囲まれ、ボクは腹筋を見せつけるようなポーズを取ったり、二の腕にぶら下がらせてみたりと、調子に乗ってファンサービスを繰り広げた。

 自分の筋肉美を認められるのは、トレーニングの成果を誇るようで心地よいのだ。タイキも負けじとポージングを決めている。

 

「……はぁ」

 

 後方から、深いため息が聞こえた。

 人混みから弾き出されたドーベルだ。

 彼女は不機嫌そうにストローを噛み、そっぽを向いている。

 

「また始まったわ。二人して調子に乗って……」

「あらあら。ドーベルちゃん、置いてきぼりですわね」

 

 ブライトがクスクス笑う。

 ボクはハッとした。

 ファンサービスに夢中になるあまり、ドーベルたちを放置してしまっていた。公開日の時も、ファンに囲まれてドーベルを見失い、後でこっぴどく叱られたのを思い出す。

 拗ねたドーベルのご機嫌取りはかなり時間がかかったのだ。

 

「ロール、早く行ったほうがいいですヨ」

 

 タイキも空気を読んで、ボクをファンたちから引き離してくれる。

 ボクも急いでドーベルの元へ駆け寄る。

 

「ドーベル、待たせてごめん」

「……別に。アンタたちが人気者なのはいいことじゃない。どうぞ、続けてていいわよ」

 

 ドーベルは拗ねたように視線を合わせない。だが、その手には、ボクのために買った予備のミネラルウォーターがしっかりと握られている。

 

「怒らないでよ。ほら、あそこの屋台で焼きそば買おうか。ドーベルの好きなやつ」

「食べ物で釣らないでよ……。大体、アンタは無防備すぎるのよ。さっきもお腹触らせてたでしょ」

 

 ドーベルは自分の羽織っていた上着を脱ぐと、ボクの肩にかけた。

 

「アンタの体は……その、見る人が見たら刺激が強すぎるんだから。安売りしないの。私がヒヤヒヤするじゃない」

「あはは、ドーベルは心配性だなあ。ただの筋肉だよ?」

「その筋肉が問題なのよ! ……もう、自覚が足りないんだから」

 

 ドーベルはポカポカとボクの肩を叩くが、その表情は少しだけ緩んでいた。

 ボクは反省の意味も込めて、彼女の手を握った。

 

「じゃあ、ここからはドーベル専用のファンサービスってことで。手、繋ごうか」

「はぁ!? な、何言って……!」

 

 顔を真っ赤にするドーベルの手を強引に引き、ボクは歩き出した。

 後ろでスズカとフクキタル、ブライトがニヤニヤしながらついてくる。タイキも「ヒュー! アツイデース!」と茶化している。

 ドーベルはぎゅっとボクの手を握り返してくれた。

 

 

 

 夕暮れの砂浜。

 ボクたちは波打ち際で、買ってきた水着の「浸水式」を行っていた。

 

「冷たくて気持ちいいですね~!」

 

 フクキタルが波と戯れている。そのたびに豊かな胸が揺れ、視覚的な暴力が凄い。

 タイキは豪快にバタフライで沖まで泳いでいき、スズカは静かに海に入り、水の抵抗を確かめるように体を動かしている。

 

「……うん。この水着なら、泳ぎやすいわ。肩の可動域も邪魔しない」

 

 ボクとドーベルは、並んで水平線に沈む夕日を眺めていた。

 黒いビキニ姿のボクと、白いワンピース水着のドーベル。

 対照的な二人だが、並んでいると妙にしっくりくる。

 

「……秋には、菊花賞ね」

 

 ドーベルがぽつりと言った。

 

「うん。三冠、獲りに行くよ。3000mは未知の領域だけど、負ける気はしない」

「私も秋華賞で三冠を獲る。……二人で、三冠ウマ娘になりましょう。それが、私たちの約束でしょ?」

「ああ。約束だ」

 

 ボクたちは拳を軽く突き合わせた。

 その時、大きな波が来て、ボクたちの足元をさらった。

 

「うわっ!」

「きゃっ!」

 

 バランスを崩したボクは、とっさにドーベルを抱き留めた。

 水着同士の肌が密着する。

 柔らかくて、温かい感触。そして、彼女から漂う甘い香り。

 

「……っ」

 

 ドーベルが上目遣いでボクを見つめる。夕日に照らされたその瞳は、潤んでいて、どうしようもなく綺麗だった。

 時間が止まったような感覚。

 

「あらあら~! 決定的瞬間ですわ~! これはスクープですわね~!」

 

 シャッター音が響いた。

 振り返ると、ブライトがどこからともなく取り出したスマホを構えていた。

 

「ちょ、ブライト! 消しなさいよ!」

 

 ドーベルが顔を真っ赤にして、ブライトを追いかけ回す。

 砂浜に笑い声が響く。

 ボクはその様子を見ながら、ふとブライトの視線に気づいた。

 逃げ回りながらも、彼女は一瞬だけ足を止め、ボクの方を向いたのだ。

 

「……ロールちゃん」

 

 いつものふんわりとした口調。だが、その瞳の奥には、決して消えることのない炎が燃えていた。

 

「ドーベルちゃんとの約束も大事ですけれど……お忘れなく」

 

 ブライトは扇子で口元を隠し、ニッコリと笑った。

 

「菊花賞は、メジロが貰いますからね。……わたくしのスタミナと末脚、淀の3000mでこそ真価を発揮しますわ」

 

 それは、明確な宣戦布告だった。

 ダービーでの惜敗。その悔しさを糧に、彼女は秋に向けて牙を研いでいる。

 ドーベルとの甘い時間だけではない。ライバルたちとのヒリつくような競争もまた、ボクたちを強くする。

 

「……望むところだよ」

 

 ボクは海に向かって大きく伸びをし、秋への闘志を新たにした。

 ドタバタした休日だったが、張り詰めた合宿の中での良い息抜きになった。

 明日からはまた、地獄のトレーニングが待っている。

 夏はまだ、終わらない。




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