TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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4 入学試験

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園。

 通称「トレセン学園」。

 そこは、世界中のウマ娘たちが憧れ、目指す、夢と過酷さが同居する場所。

 その入学試験会場である身体測定室は、先ほどから異様な静寂と、さざめくような動揺に包まれていた。

 

「……身長170cm。体重は……適正範囲内ですが……かなりですね」

 

 測定係の女性が、信じられないものを見る目で数値盤を読み上げる。

 ボク、ロールフィヨルテは、検査着のまま小さくなろうと努力していたが、この体格ではそれも難しい。

 

「スリーサイズ、上から96、64、98……」

 

 係員の声が響くと、周囲で着替えていた他の受験生たちが、バッとこちらを振り返った。

 

「えっ、うそ……あの数字で12歳?」

「中等部の受験生よね? 高等部の受験生じゃなくて?」

「あの太ももの筋肉……でもすごく綺麗……」

「髪も珍しい栃栗毛だし、すごい美人……モデルさんかしら」

 

 突き刺さる視線。

 8年間、ゴールドシップの「頑丈さ」を頼りに、人間の限界を超えたトレーニングや、母親の愛情料理に加えてメジロ家の専属料理人による超栄養食を摂取し続けた結果、ボクの体はとんでもないことになっていた。

 栃栗毛の長い髪に、意志の強そうな瞳。そしてこのダイナマイトボディ。

 自分としては「ちょっと鍛えすぎてゴツくなったかな?」くらいの認識だったのだが、どうやら世間的には「とんでもないプロポーション」と受け取られているらしい。

 中身が元おっさんであるボクには、この「美人扱い」される状況がどうにもこそばゆく、居心地が悪かった。

 

 

 

 午前の筆記試験を(前世知識で)難なくクリアし、迎えた午後の実技試験。

 更衣室で、ボクは支給された体操着を手に、フリーズしていた。

 

「……マジですか」

 

 白いTシャツに、紺色のブルマ。

 ここまではいい。昭和・平成初期のスポ根漫画なら王道のスタイルだ。

 だが、この学園の指定は「競技用」だ。

 つまり、空気抵抗を極限まで減らすため、下着は着用しないレーサー用のブルマだ。これに下着を履いたら線が浮かび上がってしまって余計恥ずかしい。しかも脚の可動域を確保するために、布面積は極限まで削られている。

 

(……いや、落ち着け。これは競技だ。水泳選手が水着になるのと同じだ)

 

 ボクは必死に自分に言い聞かせ、震える手で着替えた。

 そして鏡に映った自分を見る。

 パツパツだ。

 特にバストとヒップ、そして鍛え上げられた太ももが、布の限界強度を試しているかのように主張している。

 

「……見なかったことにしよう」

 

 ボクは赤くなる顔を隠すようにジャージを羽織り、逃げるようにグラウンドへ向かった。

 

 

 

 実技試験の内容は、1600m走。マイル戦だ。

 16人一組で走り、タイムとフォーム、そして将来性(ポテンシャル)を審査される。

 

「第4グループ、ゲートに入ってください」

 

 名前を呼ばれ、ボクはジャージを脱いだ。

 途端に、冷たい春の風が肌を打つ。いや、視線が突き刺さる。

 

「うわ、すっご……」

「なんだあの体……」

 

 スタンドの教官や、見学に来ている在校生たちがざわつくのが分かった。

 ボクは羞恥心で爆発しそうになるのを、「これは武者震いだ」と誤認させることでなんとか抑え込み、ゲートに入った。

 

(さて……約束通り、頼みますよ)

 

 ボクは意識を集中させ、契約済みの「彼女」を呼び出す。

 今回の距離は1600m。マイルと言えば彼女であろう。

 

 正直に言えば、最初は別の馬を呼び出そうと思っていた。

 最強のマイラーと名高い『タイキシャトル』だ。前世からの大ファンである。

 だが、アクセスできなかった。

 理由は単純。タイキシャトルは今、この世界で既に存在しているからだ。さっき会場で見かけたから同世代、というわけだ。同時代の馬の力は借りられない。

 ということで彼女にお願いしたのだが……

 

(……いや、違うんです! タイキ先輩は今生きてて借りられないから、それなら貴女しかいないと!)

『同じ厩舎の偉大な先輩だから、敬意は払うよ。でもね、実力でアタシが劣っているとは思わないんだけどなぁ』

 

 彼女は誇り高かった。そして第二案だったという事実が、彼女のプライドを傷つけたらしい。

 『マイルの絶対女王』、グランアレグリア。

 実力は本物。このご機嫌を損ねれば、なかなか厳しいことになる。

 ボクは前世の営業トークと、この8年で培った「ラモーヌ姉妹の扱い方」をフル動員して、脳内で必死の弁明を試みた。

 

(ぐ、グランさん。聞いてください。確かに最初はタイキ先輩を考えました。でもそれは、あくまで「合格ライン」を出すためです)

『……ふーん?』

(グランさんを最初に選ばなかったのは、タイキ先輩が上だからではなく、グランさんこそが上だからです)

『ふん?』

 

 グランさんの反応を見てボクは畳みかける。

 

(タイキ先輩は完成されたレジェンド。でも貴女は、その先を行く「進化」だ。ボクはね、貴女という切り札(ジョーカー)を、ここぞという場面のために温存していたんですよ!)

『き、切り札?』

(ええ! 貴女はまだ気づいていないんですか? 自分が「代役」なんかじゃなく、トリを飾るための「真打ち」だってことに!)

 

 一瞬の沈黙。

 そして、脳内の空気がふわりと緩んだ。

 

『真打ち……秘密兵器……。そっか、アタシ、温存されてたんだ……』

(そうです! 本当は最高のステージで、最高の貴女をお呼びしたかったんですよ!)

『もー、そういうことなら早く言ってよネ! アタシってば、愛されてるなぁ』

 

 ……ちょろい。

 女王様気質かと思いきや、意外と押しに弱いというか、素直な性格をしているようだ。

 グランアレグリアはまだ気づいていない。2000mを走らされたときの調教師のコメントが頭をよぎった。

 

『いいよ! その期待、アタシが応えてあげる。アタシのスピードについてこれるなら、ね!』

 

 

 

 

 ドクン。

 

 ゲートに入ってすぐ、心臓が、鋭く、高く跳ねた。

 ゴルシの時は重戦車のエンジン音だが、今回は違う。

 極限までチューンナップされた、スーパーカーの高周波のような鼓動だ。

 

『しっかりついてきてよ! マイルならアタシが一番強いってこと、証明してあげるから!』

 

 ゲートが開く音がした。

 

「スタート!」

 

 その瞬間、ボクの意識よりも先に、世界が置き去りにされた。

 

 ――ヒュンッ!!

 

 音が遅れて聞こえるような感覚。

 地面を蹴ったというより、空間を滑るような加速。

 一歩目で、他の受験生は背景の一部になった。

 

『遅い遅い! 止まって見えるよ!』

 

 グランアレグリアの感覚が、ボクの視界を上書きする。

 170cm、推定体重(乙女の秘密)キロの巨体が、とんでもない速度で突き進む。

 本来ならボクのこの巨体だ、空気抵抗で苦しくなるはずだが、彼女の「スピードの天賦」は風すらも切り裂いていく。

 圧倒的だ。

 ただ速いだけではない。「速くて当たり前」という、絶対女王の走りがそこにあった。

 

 直線を抜けて第3コーナー。

 常人なら遠心力で外に振られる速度だが、ボクの太ももが軋みながらも耐える。

 

(ぐっ……! やっぱり負荷がすごい……!)

 

 太ももの筋肉が悲鳴を上げ、血管が浮き出る。

 パツパツのブルマが食い込む感触など、気にしている余裕はない。

 ゴールドシップの協力のもと作り上げてきた体と技術がなければ、このカーブで足首が砕けていただろう。

 だが、今のボクには8年かけて作り上げたこの体がある。

 

『あら、意外と耐えるじゃない。なら――もっと踏み込んじゃうよ?』

 

 女王の無邪気な命令は絶対だ。

 ボクは歯を食いしばり、さらに加速する。

 

 最終直線。

 そこはもう、独壇場だった。

 後続とは10バ身、いやもっと離れているかもしれない。

 歓声すら聞こえない。ただ、風を切る音と、自分の心臓の音だけが響く。

 

『見て見て! 誰も前にいない! やっぱりアタシが最強でしょ!?』

 

 脳内で彼女がはしゃいでいる。

 その純粋なまでの「速さへの自負」に、ボクの体も呼応する。

 

 ――ガァン!!

 

 ボクはゴール板を駆け抜けた。

 そのままスピードを殺しきれず、コーナー深くまで走ってようやく停止する。

 

「……っ、はぁ、はぁ……!」

 

 ボクは膝に手をついて、荒い息を吐いた。

 全身の血液が沸騰しているようだ。

 だが、足は折れていない。ゴールドシップと作り上げてきたこの体が、グランアレグリアの神速を受けきったのだ。

 

『ふん。まあ、合格点はあげてもいいかな』

 

 マイルの女王のどこか満足げな声を聴きながらボクは汗を拭いながら、顔を上げた。

 

 ふと、周囲が静まり返っていることに気づく。

 スタンドの観客、教官、そして他の受験生たちが、全員言葉を失ってこちらを見ていた。

 静寂。完全な沈黙。

 あまりのタイムと、あまりの光景に、全員が思考停止しているのだ。

 

 だが、これに不満を持ったのが、ボクの中に残っていた女王様だった。

 

『……ねえ、ちょっと』

(へ?)

『静かすぎるんじゃない? アタシの名前の意味、知ってるでしょ?』

 

 グランアレグリア。その意味は、スペイン語で――。

 

『大喝采。そう、アタシが走った後には、雷のような拍手がなきゃ嘘でしょ! なんでシーンとしてんのよ! アタシの走りに見惚れすぎて声も出ないわけ!?』

 

 彼女は頬を膨らませて拗ねている。

 いや、名前負けしない走りをした自負があるからこそ、この反応が許せないらしい。

 めんどくさい女王様だ。

 

 しかし、その不満が伝播したわけではないだろうが、沈黙を破るように、一人の教官が拍手を始めた。

 パチ、パチ、パチ。

 それが引き金だった。

 

 ワァァァァァァァァァッ!!!!!

 

 爆発した。

 スタンドから、グラウンドから、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。

 それはまさに大喝采。女王が求めた賞賛の嵐だった。

 

『そうそう! これこれ! やっぱりアタシにはこれが似合うよね!』

 

 脳内でご満悦な様子の女王とは裏腹に、ボクは顔面蒼白になりかけていた。

 注目される。

 何百人もの視線が、一斉にボクに降り注ぐ。

 その視線は、叩き出されたタイムへの驚愕と――そして、汗で薄い体操着が肌に張り付き、さらに強調されたボディラインへの、ある種の熱っぽい畏敬の念が混ざっていた。

 特に、パンプアップして一回り太くなった太ももと、激しい呼吸で上下する豊かな胸元に視線が集中しているのがわかる。

 

「……あ」

 

 急激に冷めるアドレナリン。

 戻ってくる羞恥心。

 

 やってしまった。

 速く走ることだけを考えていたが、今のボクは、その、非常に無防備な格好をしているわけで。

 しかもこの大喝采の中、スポットライトを浴びるように晒されている。

 

「……あの、もう帰っていいですか?」

 

 ボクは顔から火が出るのを感じながら、慌ててタオルで体を隠すように縮こまって係員に尋ねた。

 彼はハッとしたように我に返り、手元のストップウォッチとボクの顔を二度見して、震える声で言った。

 

「コースレコード更新だぞ! 君! 今後はどうするつもりだい!?」

「ひぇっ……!」

 

 詰め寄る係員から逃げるように後ずさる。

 その時、ボクはハッと思い出した。

 

(そうだ、ラモーヌさんの伝言!)

 

 ラモーヌさんの指示は絶対だ。

 さっき、スタンドの上段に腕を組んでこちらを見ているシンボリルドルフの姿があったはずだ。

 ボクは慌ててスタンドを見上げる。

 

(今の騒ぎで目立ってるし、今のうちに場所を確認して、後でこっそり……)

 

 だが。

 さっきまで「皇帝」が鎮座していたはずの場所は、空席になっていた。

 

(……いない!?)

 

 ボクは血の気が引いた。

 飽きて帰ってしまったのか、それとも今の喧騒を嫌って席を立ったのか。

 どちらにせよ、今ここで捕まえることは不可能だ。

 

(ま、マズい……。ラモーヌさんに「できませんでした」なんて言ったら、どんなお仕置きが……)

 

 想像するだけで震えが来る。

 あの笑顔で「あら、残念ね」と言いながらさらに無茶ぶりされかねない。

 あるいは、アルダンさんに悲しそうな顔をされるかもしれない。それはもっと辛い。

 

(……入学式だ)

 

 ボクは拳を握りしめた。

 ラモーヌさんは言っていた。「入学式の後にでも」と。

 なら、まだチャンスはある。

 

 大喝采と熱視線を浴びながら、ボクはタオルで体を隠しつつ、心の中で新たなミッションの開始を宣言した。

 

 ターゲットは皇帝シンボリルドルフ。

 場所は入学式。

 難易度はルナティック。

 

 こうして、ボクのトレセン学園入学試験は、記録と記憶、そして持ち越された爆弾を抱えて幕を閉じたのだった。




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