TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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30 クラシック三冠の最終レース

 10月。京都レース場。

 秋晴れの空の下、クラシック三冠の最終戦、菊花賞のゲートが開こうとしていた。

 三冠がかかった歴史的一戦。15万人近い観衆の熱気は、春のダービーをも凌駕していた。

 

 レース前の控え室。

 ボク、ロールフィヨルテは、一人のウマ娘と対峙していた。

 マチカネフクキタル。

 神戸新聞杯を制し、不気味なほどの急成長を遂げた彼女の周囲には、目に見えないはずの「何か」が濃厚に漂っていた。

 

「……出てきなよ。そこにいるんだろ?」

 

 ボクが声をかけると、フクキタルはきょとんとするどころか、嬉しそうに顔をほころばせた。

 

「あ! やっぱりロールさんには分かるんですね! シラオキ様、ロールさんにご挨拶ですよ!」

 

 彼女は自分の胸元を指し示し、無邪気に笑う。彼女自身、自分の中に強大な力が宿っていることを完全に理解し、受け入れているようだ。

 

《おや、バレたかい? やっぱりアンタには分かっちまうか》

 

 脳内に響く、あの軽薄で威厳のある声。三女神だ。

 フクキタルの瞳の奥に、神々しい光が宿っている。

 

「どういうつもりですか。特定のウマ娘に肩入れするなんて、神様として反則でしょう」

 

 ボクが苦言を呈すると、三女神はケラケラと笑った。

 

《人聞きが悪いねぇ。私らはただ、彼女の願いに応えただけさ。「お姉ちゃんみたいに強くなりたい」「運命を変えたい」ってね。それに、お前さんだってずいぶん肩入れしてやったと思うけれど?》

 

 その言葉に、ボクは押し黙る。確かにボクも、多くの魂に、そして彼女に助けられてここまで来た。

 

《それにね……この子の運命は、もうすぐ終わることになっている》

 

 三女神の声が、真面目なトーンを帯びる。

 ボクの視線が、フクキタルの右足へと吸い寄せられる。

 そこには、あの日のスズカの足元に見たものと同じ、黒く粘り気のある靄が絡みついていた。

 「確定した破滅の未来」が放つ、特有の腐臭。

 史実のマチカネフクキタルは、菊花賞を勝った後、脚部不安で長い闇に入った。三女神は、それを回避するために介入しているということに気づいた。

 

「……そうか。アンタたちも、必死なんだな」

《そういうこと。お前さんがスズカちゃんを救ったように、私らもこの子に「その先」を見せてやりたいのさ。……ま、そのためにはお前さんという巨大な壁を越えなきゃならんのだがね》

 

 フクキタルの体が、内側から溢れるエネルギーで輝いて見える。

 神の加護を受けたフィジカルと、彼女自身のひたむきな想い。

 それは脅威だが、同時に嬉しくもあった。

 

「いいでしょう。神様付きのフクキタルさんと、全力でやり合える。……望むところです」

「はい! シラオキ様がついている私は無敵です! ロールさんの三冠、私が止めちゃいますよ~!」

 

 無邪気に笑う彼女を見て、ボクは確信した。

 今日の菊花賞は、ただのレースじゃない。運命を賭けたレースだ。

 ボクが勝つことで、彼女の運命をねじ伏せる。

 

 

 

 パドックは、異様な緊張感と熱気に包まれていた。

 皐月賞、ダービーを制したボクが、三冠を達成する瞬間を見届けようとする大観衆。

 そして、それを阻止しようとするライバルたち。

 

「ロール、落ち着いてるわね」

 

 声をかけてきたのは、観客席の最前列にいるメジロドーベルだ。

 彼女は先日、この京都レース場で行われた秋華賞を制し、見事にティアラ三冠(桜花賞・オークス・秋華賞)を達成していた。

 メジロラモーヌ以来、史上二人目の快挙。

 すでに「三冠ウマ娘」としての風格を漂わせる彼女は、ボクの袖をクイクイと引っ張った。

 

「アンタも続くのよ。……私が先に行って待ってるんだから、遅刻なんて許さないわ」

「分かってるよ。二冠ウマ娘のままじゃ、君の隣に並べないからね」

 

 ドーベルは顔を赤らめつつも、嬉しそうに頷いた。

 彼女が三冠を獲ったことで、ボクにかかるプレッシャーは倍増している。だが、それは心地よい重圧だ。

 幼馴染二人で、三冠独占。そんな漫画みたいな奇跡まで、あと一つ。

 

 そしてドーベルの隣には彼女がいた。

 

「……スズカ!」

 

 サイレンススズカだ。

 彼女はつい先日行われた天皇賞(秋)で見事に優勝を果たしていた。

 あの「沈黙の日曜日」を乗り越え、大欅の向こう側へ到達し、無事に帰ってきたのだ。

 彼女はボクに気づくと、静かに手を振り、口元を動かした。

 

『待ってる』

 

 そう言った気がした。

 ボクの胸が熱くなる。スズカは約束を守った。今度はボクが応える番だ。

 

「あらあら~、皆様お揃いですわね~」

 

 メジロブライトが優雅に割って入る。

 彼女は春よりも一回り体が引き締まり、しかしその柔らかな雰囲気は変わらない。

 だが、ボクは知っている。彼女が最も得意とするのは、この長丁場だということを。

 

「ロールちゃん。3000mは長いですわよ? スタミナの配分、間違えると大変なことになりますわ」

「忠告ありがとう、ブライト。でも、スタミナなら自信があるんだ」

「ふふ。……今日のレース、誰も行きたがらなさそうですわね。極限の瞬発力勝負……わたくしの得意な展開になりそうです」

 

 ブライトの読み通りだ。

 今日のメンバーには、サイレンススズカのような絶対的な逃げウマ娘がいない。サニーブライアンもレースを回避している。

 お互いがお互いを牽制し合い、スローペースからの上がり勝負になる可能性が高い。

 

「ムフフ……! 見えます、見えますよぉ!」

 

 フクキタルが水晶玉を抱えて不気味に笑っている。

 

「大吉です! 水晶玉が、ゴール板を一番に駆け抜ける私の姿を映しています! 神様パワー全開です!」

「フクちゃん、気合入ってるね」

「はいっ! 今日のために、滝行もしてきましたから!」

 

 彼女の言葉は冗談に聞こえるが、その体からは湯気が立つほどのエネルギーが溢れている。右足の黒い靄も、今は神気によって抑え込まれているようだ。

 

 パドックの周回を重ねるごとに、ボクの集中力も高まっていく。

 ボクの体は、この3000mを走り切るために仕上げてきた。

 メンバーの中で一番の巨体。普通なら長距離には不向きとされる筋肉の塊。

 だが、この筋肉こそが、ボクの最大の武器だ。

 無尽蔵のスタミナを燃焼させ、爆発的なパワーを生み出す炉心。

 

 止まれの合図がかかる。

 ドーベルが、ボクに声援を送る。

 

「行ってきなさい。……私のヒーロー」

 

 その言葉を胸に、ボクは本バ場へと向かった。

 京都の3000m。

 未知の領域へ、黄金の軌跡を描き始める。

 

 

 

 ファンファーレが鳴り響き、大歓声が淀の空に吸い込まれていく。

 ゲートイン。

 18人のウマ娘が、一斉に静止する。

 

(頼むよ、ゴルシ)

 

 ボクは目を閉じ、自身の魂の根源に触れる。

 10年前、この力を得た時から、ずっと助けてくれた存在。

 ゴールドシップ。

 彼女の破天荒さと、無尽蔵のスタミナ、そして誰にも縛られない自由な魂が、常にボクを助けてくれた。

 

 ガシャン!!

 

 ゲートが開いた。

 18人が飛び出すが――誰も行かない。

 ブライトの予想通りだ。

 誰もが3000mという距離を恐れ、体力を温存しようとしている。

 最初の1000m、通過タイムは63秒台。

 ドスローだ。歩いているようなペース。

 

 ボクは中団の外目を追走する。

 折り合いは完璧だ。

 かかり癖のあるゴールドシップの魂だが、今のボクは冷静だ。有り余るパワーを内側に溜め込み、爆発の時を待っている。

 

 1周目のスタンド前を過ぎ、2周目の向こう正面へ。

 依然としてペースは上がらない。バ群は団子状態のまま、坂へと向かっていく。

 「淀の坂は、ゆっくり登って、ゆっくり下る」というのが定石だ。

 だが。

 

(……そんな常識、ボクには関係ない)

 

 第3コーナー。

 坂の入り口に差し掛かった時、ボクは動いた。

 他のウマ娘たちが、これからのアップダウンに備えてブレーキをかけようとした、その瞬間。

 

『ヒャッハー! 遠足は終わりだぜぇぇぇッ!!』

 

 魂の奥底で、ゴールドシップが狂喜乱舞する。

 ボクはアクセルをベタ踏みした。

 ロングスパート。

 ゴールまでまだ800m以上ある地点での、常識外れの加速。

 

「なっ!?」

「ロールさん!?」

 

 ブライトやフクキタルが驚愕する気配を感じる。

 ボクの体は、坂を一気に駆け上がり、そして頂上から一気に加速した。

 重力に従って坂を転がり落ちる岩のように。

 重量級ボディが、その質量をすべて推進力に変える。

 

 4コーナー。

 本来なら減速して曲がるところを、ボクは最高速で突っ込む。

 遠心力が体を外へ引っ張ろうとする。

 だが、ボクは屈しない。強靭な体幹と太ももで地面を鷲掴みにし、強引にねじ伏せる。

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

 コーナーを抜け、直線へ向いた時、ボクはすでに先頭に立っていた。

 後続を5バ身、いや6バ身引き離している。

 セオリー無視の奇襲。

 いや、これは奇襲ではない。王者の横綱相撲だ。

 

 スタンドから、悲鳴のような大歓声が上がる。

 

「先頭はロールフィヨルテ! 4コーナーで一気に先頭! リードを開く! まだ残り400あるぞ! 持つのか!?」

 

 実況が絶叫する。

 常識で考えれば暴走だ。ここから400m、このペースで持つはずがない。

 だが、ボクは知っている。

 この身体は、10年間、この瞬間のために鍛え上げてきた「不沈艦」だということを。

 

「逃げ切るッ!!」

 

 ボクは叫び、さらに加速した。

 スタミナなど気にしない。あるもの全てを燃やし尽くす。

 

 だが、ライバルたちも黙ってはいない。

 大外から、白い影と、黄色い影が飛んでくる。

 

「ああああぁぁぁ!!」

 

 メジロブライトだ。

 彼女もまた、このスローペースを味方につけ、溜めに溜めた末脚を一気に解放していた。

 一歩ごとに差が詰まる。その脚色は、ボクを上回っている。

 

「シラオキ様ぁぁぁッ!!」

 

 そして、マチカネフクキタル。

 三女神の加護を受けた彼女の走りは、神懸かり的だった。

 右足に絡みつく黒い靄を振り払うように、猛烈な勢いで突っ込んでくる。

 

 残り200m。

 ボクの脚が重くなる。乳酸が全身を駆け巡る。

 リードは2バ身。1バ身。

 ブライトとフクキタルが、左右から迫る。

 

(……負けるかッ!)

 

 ボクは歯を食いしばった。

 スタンドで見ているドーベルとの約束。

 無事に戻ってきたスズカへの答え。

 そして何より、ボク自身のプライド。

 

『根性見せろやマスター! アタシらの集大成だろ!!』

 

 ゴルシの声が響く。

 そうだ。ボクは、ロールフィヨルテだ。

 誰よりも強く、誰よりも速い、最強のウマ娘だ。

 

 残り50m。

 三人が並んだ。

 ブライトの執念。フクキタルの神頼み。ボクの意地。

 三つの力がぶつかり合い、火花を散らす。

 

「がああああああッ!!」

 

 ボクは最後の最後、首を伸ばした。

 理屈じゃない。

 ただ、勝ちたいという本能だけで。

 

 ――ゴール!!

 

 

 

 空が回っていた。

 ボクはゴール板を過ぎたところで、力尽きて芝の上に倒れ込んだ。

 全身が動かない。指一本動かせない。

 完全燃焼だ。

 

「……ハァ、ハァ……」

 

 耳に届くのは、地鳴りのような大歓声と、「三冠! 三冠!」というコール。

 勝ったのか?

 電光掲示板を見る余裕もない。

 

「……すごいですわ、ロールちゃん」

 

 隣に、ブライトが座り込んだ。彼女もまた、出し切った顔をしている。

 

「あのロングスパートから、最後にもう一度伸びるなんて……。完敗ですわ」

「……ブライトこそ、死ぬかと思ったよ」

 

 そして、もう一人。

 フクキタルが大の字になって空を見上げていた。

 

「あ~……負けちゃいましたぁ……。大吉だったのにぃ……」

 

 ボクは重い体を起こし、フクキタルの元へ這っていった。

 彼女の右足を見る。

 あの不吉な黒い靄は、綺麗さっぱり消え去っていた。

 

「……おい、三女神様」

 

 小声で呼びかける。

 フクキタルの目が、一瞬だけ神の色を帯びた。

 

《……やれやれ。これだけの加護を与えても勝てないとはね》

 

 三女神の声には、悔しさよりも、どこか晴れ晴れとした響きがあった。

 

《お前さん、本当にデタラメだね。運命すらねじ伏せる「生」のエネルギー……。見事だったよ》

 

「後悔してないのかい? 負けたのに」

 

《後悔? まさか。……見てごらんよ》

 

 三女神が示したのは、フクキタルの足だった。

 酷使されたはずのその脚には、何の異常もない。

 

《全力を出し切って、負けた。……それで運命は変わったのさ。「勝って驕り、隙が生まれて怪我をする」という未来は、もうない。この子はこれからも、元気に走り続けられるよ。私らの役目は終わりさ》

 

 そう言うと、神の気配はフッと消えた。

 後には、ただの泣き虫なウマ娘が残った。

 

「うう……ロールさぁん、悔しいですぅ……」

「また走ろう、フクちゃん。次は負けないよ」

 

 ボクは彼女の頭を撫でてやった。

 

 スタンド前へ戻ると、ドーベルが待っていた。

 彼女はもう泣いていなかった。

 満面の笑みで、両手を広げている。

 その隣には、スズカも立って拍手をしてくれている。

 

「おめでとう、ロール! 三冠ウマ娘!」

「ああ。……やっと、君の隣に並べたよ」

 

 ボクはドーベルに抱き着いた。

 割れんばかりの歓声と拍手。

 無敗の三冠。

 この世代の頂点に立った瞬間だった。

 




本日11時に掲示板回更新します。

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