TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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31 オールラウンダー

 10月下旬。

 菊花賞の興奮が冷めやらぬ中、トレセン学園、そして日本のウマ娘レース界は、ある一つの話題で持ちきりになっていた。

 それは、無敗でクラシック三冠を達成した「黄金の栄光」ロールフィヨルテの次走についてだった。

 

 常識的に考えれば、年末のグランプリ・有馬記念。

 そこでシニアクラスの頂点に立つマーベラスサンデーや、凱旋門賞で世界2位という快挙を成し遂げたサクラローレルたちと激突し、真の日本一を決める。

 ナリタブライアンやマヤノトップガンが引退を表明したいま、新たな時代の覇者を決めるには絶好の舞台だ。

 

 また、シンボリルドルフすらなしえなかった菊花賞からジャパンカップというローテーションもありうるのではといううわさも一部では存在した。

 海外勢との戦いを経験し、そのまま海外遠征をするのではといった噂は、一時期あった同室サクラローレルとの遠征のうわさも相まってそれなりの確度を持って語られていた。

 誰もがそういった予想し、その夢の対決を待ち望んでいた。

 

 だが。

 菊花賞から数日後に行われた記者会見で、ボクが口にした言葉は、その場の空気を凍り付かせ、翌日の業界紙の一面をジャックすることになった。

 

『次走はマイルチャンピオンシップ。そして、年末はスプリンターズステークスへ向かいます』

 

 会場が一瞬、真空になったかのように静まり返った。

 3000mの長距離を制した直後に、1600mのマイル、そして1200mのスプリントへ。

 距離短縮。

 前例がなさすぎるあり得ないローテーションだ。

 

「正気ですか!? 菊花賞ウマ娘がスプリント路線へ向かうなど前代未聞です!」

「有馬記念を回避する理由は何ですか!?」

 

 記者たちから怒号にも似た質問が飛ぶ。

 「狂気の沙汰」「才能の無駄遣い」「クラシックの権威を軽んじている」

 批判と懸念の声が嵐のように巻き起こる中、ボクはマイクを握り直し、記者たちに向けて、真っ直ぐな視線で答えた。

 

『ボクの目標は、三冠だけではありません。ボクは証明したいんです。距離適性なんていう常識は、ボクには通用しないってことを。3000mで勝ったウマ娘が、1200mでも勝つ。全てのカテゴリー、全ての距離で頂点に立つ。……それができて初めて、ボクは「最強」を名乗れます』

 

 全距離制覇(オールラウンダー)。

 それは、かつて誰も成し遂げたことのない、神の領域への挑戦宣言だった。

 フラッシュの嵐の中、ボクは不敵に笑ってみせた。

 ……まあ、これはあくまで「表向き」の、最高にカッコいい理由だ。

 もちろん嘘ではない。ボクの「非存在の血統」はあらゆる名馬の器になれる可能性を持っているのだから、それを証明するのに一番適した目標だと考えている。

 

 だが、この過酷なローテを決定づけた「本当の理由」は、もう一つ別にあった。

 ボクの脳内で起きている、「家庭内不和」の解消である。

 

 

 

(……ねえ、ちょっと。聞いてるのロール?)

 

 菊花賞後、祝賀会が終わった後、脳内に不機嫌そうな声が響いたのが始まりだ。

 グランアレグリアだ。

 春の入学試験以来、出番のなかった「マイルの絶対女王」が、頬を膨らませて拗ねているのが明らかだった。

 

『菊花賞、すごかったねー。ゴルシちゃん大活躍だったねー。3000mワープ? かっこいいねー。世間様は大盛り上がりだねー』

(あ、ありがとうございます……)

『で? アタシの出番は?』

 

 声のトーンが一段低くなった。絶対零度だ。

 

『ねえ、約束したよね? 「最高のステージで走らせてやる」って。入学試験の時、そう言ったよね? 「貴女は切り札だ」って』

(は、はい。言いました。覚えています)

『なのに皐月賞はアイ先輩、ダービーはウオッカ、菊花賞はゴルシ! 挙句の果てには有馬記念とかいう噂まで流れて! アタシのこと忘れてない!? アタシ、マイルなら誰にも負けない自信あるんだけど!? それともアタシじゃ不満なわけ!?』

 

 彼女の主張はもっともだった。

 三冠ロードを突き進む以上、距離適性の問題で彼女の出番がなかったのは仕方がない。だが、プライドの高い彼女にとって、指をくわえて見ているだけの1年は屈辱だったようだ。

 特に、自分の得意距離であるマイルの朝日杯でマルゼンスキーを選んだあたりはかなりタテガミに来ていたらしい。

 

『もう我慢できない! 走らせてくれないなら、夜中に勝手に体動かして寝不足にしてやるから! 毎晩全力で坂路トレーニングさせてやる!』

(わ、分かりました! 走ります! マイルを走りますから!)

 

 これ以上ご機嫌を損ねると、本当に何をされるか分からない。

 それに、彼女の能力(スピード)は本物だ。歴代最強クラスのマイラーである彼女の力を、このまま眠らせておくのはあまりに惜しい。

 そして何より、ボク自身も見てみたかったのだ。彼女のスピードで、今の最強世代と戦う景色を。

 

(次走はマイルCS。……貴女のために用意したステージです。存分に暴れてください)

 

『ん! 最初からそうすればいいのよ! ……へへっ、やっとアタシの速さを見せつけられる! 見てなさいよ、あっと言わせてやるんだから!』

 

 単純というか、走ることに関しては純粋な彼女のおかげで、ボクの一風変わったローテは決定したのだった。

 

 

 

 放課後のカフェテリアの一角。

 いつものおしゃべり場所には、微妙な空気が流れていた。

 その理由は当然ボクの菊花賞からマイルCS、そしてスプリンターズSという変則ローテだ。

 

「……はぁ。もう、本当にアンタってやつは」

 

 真っ先に口を開いたのは、メジロドーベルだった。

 彼女は呆れたように紅茶のカップを置いたが、その表情に怒りはない。むしろ、諦めと信頼が入り混じったような、柔らかな苦笑を浮かべている。

 

「正直、有馬記念で一緒に走りたかったわよ。アンタと私、三冠ウマ娘同士の直接対決……ファンだって期待してただろうし」

「ごめん、ドーベル」

「いいわよ、謝らなくて。アンタが『全距離制覇』なんて大それた夢を掲げたなら、私はそれを応援するだけ。……それに、私の『ヒーロー』が常識に収まるわけないものね」

 

 ドーベルは少し顔を赤らめながら、ボクの手の甲に自分の手を重ねた。

 そんなにボクと一緒に走りたかったと言われると、少し後ろめたい気持ちになる。

 だが、その空気を切り裂くようなハイテンションな声が響いた。

 

「HAHAHA! ロールはクレイジーで最高デース!」

 

 タイキシャトルだ。

 彼女は身を乗り出し、目をキラキラと輝かせている。

 

「マイルは私のテリトリー! そこに三冠ウマ娘がカチコミに来るなんて、エキサイティングすぎマース! 受けて立ちマスよ、ベストフレンドとして、ライバルとして!」

「お手柔らかに頼むよ、タイキ。……同期のよしみで手加減してくれない?」

「No! 全力でクラッシュしにいきマス!」

 

 満面の笑みで粉砕宣言。清々しい。

 そして、その横で静かに闘志を燃やすのがサイレンススズカだ。

 

「……ふふ。私も、嬉しいわ」

「スズカさんも?」

「ええ。2000mの天皇賞では勝ったから……もっと速い世界、マイルでのスピード勝負ならどうなるかと思ってたけど。貴方とまた走れてうれしいわ」

 

 彼女の瞳は、純粋に速さを求める子供のように澄んでいる。

 どうやらマイル路線から短距離路線への転向は、スピード自慢の彼女たちには概ね好評のようだ。

 

 一方で、中長距離を主戦場とする二人は少し複雑そうだった。

 

「残念ですわ~。わたくし、有馬記念でロールちゃんにリベンジするつもりでしたのに」

 

 メジロブライトが扇子で口元を隠しながら、恨めしげな視線を送ってくる。

 

「3000mを走った直後にマイルだなんて、お身体が心配ですわ。……でも、ロールちゃんが不在なら、有馬のタイトルはわたくしが頂いてしまいますけれど?」

「私もですぅ~! ジャパンカップか有馬記念、どちらでも大吉を引く予定ですからね!」

 

 マチカネフクキタルも水晶玉を磨きながら鼻息が荒い。

 彼女たちにとっても、ボクがいないことは残念だが、同時にビッグタイトルを獲る好機でもある。

 場は和やかに、それぞれの次走への抱負を語り合う空気に包まれていた。

 

 ――そう、彼女が現れるまでは。

 

「……随分と楽しそうですわね」

 

 カフェテリアの空気が、一瞬にして凍り付いた。

 温度が下がったのではない。濃密な「圧」によって、空間が歪んだような感覚。

 入り口に立っていたのは、桜色の瞳をもったウマ娘。

 サクラローレルだ。

 フランス・凱旋門賞での激闘を終え、世界2位という勲章を引っ提げて帰国したばかりの彼女が、そこにいた。

 

「ロ、ローレルさん……? 帰国されていたんですね」

 

 ボクが立ち上がって挨拶しようとすると、彼女は無言のまま距離を詰めてきた。

 一歩、また一歩。

 その瞳は笑っているようで、奥底に底知れない昏い炎が渦巻いている。

 

「ええ、戻りましたわ。……貴女と、日本一を決めるために」

 

 ローレルさんはボクの目の前まで来ると、愛おしそうに、しかし逃がさないという意思を込めてボクの肩に手を置いた。

 

「凱旋門賞は惜しくも届きませんでしたけれど、手ごたえはありました。今の私なら、誰にも負けない。……そう確信して帰ってきたのですけれど」

 

 彼女の手が、ボクの肩から首筋へと這い上がる。冷たい指先。

 

「聞いて呆れましたわ。『マイルへ行く』だなんて。……ねえ、ロールちゃん? まさか、私から逃げたわけじゃありませんわよね?」

「に、逃げてなんていません! これは全距離制覇という目標のために……」

「全距離制覇? そんな名目、どうでもよろしくてよ」

 

 ローレルさんは吐き捨てるように言った。

 彼女の執着。それは、かつて同室の後輩として可愛がっていたボクが、自分と同じ「怪物」の領域に足を踏み入れたことへの歓喜と、それを自分自身の手で確かめたいという欲望だ。

 

「貴女の身体は、長距離でこそ最も美しく輝く。ダービーや菊花賞で見せたあの走り……あれこそが至高。それを、1200mや1600mの忙しないレースですり減らすなんて、この私が許しません」

「ローレルさん、痛いです……」

「有馬に出なさい。私だけではないですよ。マーベラスさんたちも、ブライトちゃんやフクキタルちゃんたちも。……最強を決める舞台から降りるなんて、王者のすることではありませんわ」

 

 正論だ。ある意味では、彼女の言うことが最も「レースの常識」に近い。

 だが、ボクにはボクの、そして脳内のグランアレグリアの事情がある。

 

「――そこまでにしてくれませんか」

 

 鋭い声が、ローレルさんの言葉を遮った。

 メジロドーベルだ。

 彼女は席を立ち、ボクとローレルさんの間に割って入った。その瞳は、憧れの先輩であるはずのローレルさんを、明確に「敵」として射抜いていた。

 

「あら、ドーベルちゃん。……邪魔をしないでくださる?」

「邪魔をしているのはそちらです。ロールは自分で決めたんです。逃げたわけでも、怖じ気づいたわけでもない。……新しい道を開こうとしているんです」

 

 ドーベルは、ローレルさんがボクの首に添えていた手を、パシッと払いのけた。

 乾いた音が響く。

 カフェテリア中の視線が、この一角に集中する。

 

「それに、気安く触らないでください。……ロールが困ってるでしょう」

「あらあら。怖い顔。……いつからそんなに偉くなったのかしら? ティアラ三冠を獲って、自信がついた?」

 

 ローレルさんが目を細める。

 その全身から、凱旋門賞で磨かれた世界級のオーラが立ち上る。

 対するドーベルも引かない。彼女もまた、三冠ウマ娘としての矜持を纏っている。

 

「自信ならあります。……ロールが選んだ道を否定するなら、私が相手になります」

「貴女が? 私の相手を?」

「ええ。ロールはマイルとスプリントへ行きます。だから……有馬記念では、私が貴女を倒します」

 

 ドーベルの宣言に、ブライトやタイキたちが息を呑む。

 これは代理戦争ではない。

 メジロドーベルという一人のウマ娘が、サクラローレルという巨壁に挑む、宣戦布告だ。

 

「……ふふ、ふふふ」

 

 ローレルさんが笑いだした。

 最初は忍び笑い、やがて楽し気な、しかし背筋の凍るような笑い声へ。

 

「いいですね。面白いですわ。……可愛い子だと思っていましたけれど、いつの間にか牙を剥くようになっていたなんて」

 

 ローレルさんは扇子を開き、口元を隠した。だが、その瞳は肉食獣のようにドーベルを見据えている。

 

「分かりました。ロールちゃんが有馬から逃げるというのなら、代わりになんて言いません。……まずは、生意気な後輩に『世界』の厳しさを教えてあげることにします」

「望むところです。……ロールの背中を守るのは、私ですから」

 

 バチバチと火花が散る。

 ボクは二人の間に挟まれて、完全におろおろしていた。

 

「あ、あの、二人とも……落ち着いて……」

「ロールは黙ってて!」

「ロールちゃんはそこで見ていなさい!」

 

 同時に怒られた。

 理不尽だ。元凶はボクのローテ変更にあるはずなのに、いつの間にか「ドーベルvsローレル」の構図が出来上がってしまっている。

 

『へーえ。ロールをめぐって揉めてるねー。モテモテじゃん、ロール』

『ほんとうねぇ、修羅場って見てると楽しいのね』

 

 脳内でグランアレグリアとアーモンドアイが他人事のように楽しそうにしている。

 

(笑い事じゃないですよ! どうするんですかこれ!)

 

「それでは、決まりですわね。……有馬記念、楽しみにしていますわよ、ドーベルちゃん」

「ええ。負けません」

 

 ローレルさんは最後にボクを一瞥し、「貴方への教育は、また後でたっぷりと」と不穏な言葉を残して去っていった。

 嵐が去った後の静寂。

 ボクはへなへなと椅子に座り込んだ。

 

「……はぁ。どうしてこうなったんだ」

「……アンタのせいよ」

 

 ドーベルもまた、椅子に座り込んで深いため息をついた。

 だが、その手は震えていた。

 世界のサクラローレルに喧嘩を売ったのだ。怖くないはずがない。それでも彼女は、ボクのために、そして自分のプライドのために一歩も引かなかった。

 

「ドーベル……ありがとう。でも、無理はしないで」

「無理なんてしてないわ。……私も、証明したいのよ。アンタの隣に立つ資格が、私にはあるってことを」

 

 ドーベルはボクの手を強く握り返した。

 その横顔は、いつものツンデレな幼馴染ではなく、一人の強いウマ娘のそれだった。

 

 こうして。

 ボクのマイルCS挑戦の裏で、もう一つの巨大な戦いが幕を開けようとしていた。

 有馬記念。メジロドーベル対サクラローレル。

 そしてボクは、二人の想いを背負いながら、未知の短距離戦線へと挑むことになる。

 

(……やるしかないな)

 

 ボクは覚悟を決めた。

 ドーベルがあそこまで言ってくれたんだ。

 ボクも、マイルとスプリントで「最強」を証明して、胸を張って彼女を迎えなければならない。

 

 今年の冬は、例年以上に熱くなりそうだ。




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