TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
11月半ば。京都レース場。
晩秋の風が冷たく吹き抜ける中、マイルチャンピオンシップのパドックは、異様なほどの熱気に包まれていた。
三冠ウマ娘・ロールフィヨルテのマイル参戦。
迎え撃つは天皇賞を制した異次元の逃亡者サイレンススズカに、マイルで頭角を現し始めているタイキシャトル。
さらに、超大型スプリンターのヒシアケボノなど、スピード自慢の猛者たちが勢揃いだ。
だが、そんな張り詰めた空気の中、ボクの脳内ではこれまでにないほど騒がしい「作戦会議」が開かれていた。
『ねえねえ! 見た!? タイキ先輩!』
脳内で、グランアレグリアが興奮気味に叫ぶ。
『パドックでの歩様、筋肉のバネ! まさにマイルを走るために生まれた肉体って感じ! あーもう、早く走りたい! アタシのスピードでぶっちぎりたい!』
(グランさん、落ち着いてください。周りが見えてますか?)
『見てるよ! でも関係ないね! アタシが一番速いもん! 直線を向いたらドカンと行って、バーンと抜くだけでしょ?』
彼女は自信満々だ。無理もない。彼女のポテンシャルは歴史上でも指折りだ。単純なスピード勝負なら、誰にも負けないという自負がある。
だが、そんな楽観的な空気に、冷や水を浴びせる冷静な声が響いた。
『――却下よ。そのプランでは負けるわ』
氷のように冷たく、そして絶対的な説得力を持つ声。
アーモンドアイだ。
皐月賞以来、久々に表に出てきた「九冠の女帝」は、脳内空間でなぜかかけている伊達眼鏡(イメージ)をクイッと押し上げた。
『えっ? アイ先輩、なに言ってんの? アタシが負けるって?』
『ええ。今のメンツと京都のコース形態、そして貴女の「後方からまとめて撫で斬り」という雑な戦術……シミュレーション結果、勝率は1割以下ね』
アーモンドアイは淡々と、しかし容赦なく分析を始めた。
『いいこと? 今回の先行勢の層の厚さを理解しているのかしら。まず、サイレンススズカ。彼女は天皇賞で見せた通り、ハイペースで逃げても最後までバテない。2000で走り抜けられるのだから1600で持たないはずがない。それにキョウエイマーチ。彼女が逃げを合わせることでさらにハイペースになるでしょうね』
『む……』
『さらに、ヒシアケボノ。あの巨体は物理的な「壁」よ。そして極めつけがタイキシャトル。彼女は先行して、早めに抜け出して押し切る横綱相撲が得意。……この4人が作る流れは、生半可な「激流」じゃないわ』
アーモンドアイが空中にグラフを描くように説明する。
『京都のマイルは、第4コーナー最後で坂を利用して加速し、平坦な直線でスピードを持続させるコース。先行勢が止まらない今日みたいなバ場なら、後方待機は致命傷になる。あなたが気持ちよく直線を向いた頃には、タイキシャトルはもうセーフティリードを取っているわ。届かない』
グランアレグリアがぐぬぬ、と唸る。彼女も気分屋なところはあるがレース勘は人一倍優れている。アーモンドアイの分析が否定できないのだろう。
確かに、タイキシャトルの「先行押し切り」は完成されている。もしスズカとマーチさんが競り合ってハイペースになっても、タイキならそれを利用して早めに先頭に立ち、そのままゴールまで持っていくだろう。
そこへ後方から突っ込んでも、物理的に間に合わない可能性がある。
(じゃあ、どうすればいいんですか、アイさん?)
『簡単よ。……私とグラン、二人で走るの』
アーモンドアイが不敵に微笑んだ。
『道中の位置取り、コース選定、ペース判断。それら「レース運び」の全ては私が担当する。私の得意な好位差し……タイキシャトルをマークできる位置につけるわ』
『ええっ!? それじゃアタシの走りと違うじゃん!』
『最後まで聞きなさい。……そして、直線を向いた瞬間。私の判断で合図を出す。そこから先は――あなたの爆発力に全権を委ねるわ』
つまり、道中はアーモンドアイの頭脳と技術で完璧なポジションを確保し、最後の一瞬だけグランアレグリアの爆発的スピードを解放する。
完璧な理論武装と、最強の矛の融合。
『……ふん。まあ、アイ先輩がそこまで言うなら、道中はまかせてあげる。でも! 直線に入ったらアタシの独壇場だからね!』
『ええ。いい景色を見せてちょうだい、可愛い後輩』
交渉成立だ。
ボクはパドックを周回しながら、武者震いを感じていた。
アーモンドアイの知性と、グランアレグリアの野生。
この二つが組み合わさった時、ボクはどんな走りができるのだろうか。
「HAHAHA! ロール! 顔が怖いデース! スマイル、スマイル!」
隣を歩くタイキシャトルが、ボクの背中に抱き着いてきた。
彼女はリラックスしている。だが、その筋肉は岩のように硬く張り詰めていた。
「タイキ先輩こそ、気合入りまくりじゃないですか」
「モチロン! 今日はミーのベストパフォーマンスを見せる日デース! ロールもスズカも、まとめてクラッシュしマース!」
その奥で、スズカが静かに闘志を燃やしている。
役者は揃った。あとは、走るだけだ。
ゲートイン完了。
18人のウマ娘が、一瞬の静寂に包まれる。
(頼むよ、二人とも)
ボクは意識を切り替える。
ベースはアーモンドアイの冷静沈着な思考モード。
だが、その奥底にはグランアレグリアの猛るような闘争本能が渦巻いている。
ガシャン!!
ゲートが開いた。
いつものように好スタートを切る。ローエングリンの教えは十分身に沁み込んでいた。
誰よりも早い一歩を踏み出すと、即座に、激しい先行争いが勃発する。
「行かせないわよっ!」
キョウエイマーチがロケットのような加速でハナを奪う。
それに呼応するように、サイレンススズカも譲らない。
さらに、外から巨大な影、ヒシアケボノが迫る。ボク以上の巨体が動くだけで圧が凄い。
そのまま先頭争いが激しく行われるせいでペースが異様に速い。
最初の600m、33秒台前半ぐらいか。
マイル戦らしい、息つく暇もないハイペースだ。
『落ち着きなさい、マスター。周りに流されてはダメ』
脳内でアーモンドアイが指示を出す。
彼女のナビゲートに従い、ボクは無理に前へ行かずにほかのメンバーを風よけにしつつ、かといって下げすぎもしない5番手程度の絶妙なポジションを探る。
目印は、緑色の勝負服。
タイキシャトルだ。
彼女は先行集団の直後、4番手を確保している。完璧な位置だ。前の激流を見ながら、いつでも抜け出せる位置。
(ここだ)
ボクはタイキの斜め後ろ、彼女の死角になる位置にピタリとつけた。
風除けにしつつ、プレッシャーをかけ続ける。
『いい位置よ。……でも、タイキシャトルの圧が凄いわね。隙がない』
アーモンドアイですら警戒するほどの完成度。
タイキ先輩は、前を行くスズカやマーチさんが作る激流を、まるで心地よい追い風のように感じているようだ。
タフで、パワフルで、そして速い。
第3コーナー。
京都名物の坂を登り、そして下る。
ここでレースが動く。
先頭のキョウエイマーチとスズカが、さらにペースを上げた。
後続を振り切りにかかる。
普通のウマ娘ならここで脱落するが、今日のメンツは違う。
「ヘーイ!! パーティの始まりデース!!」
タイキシャトルが動いた。
坂の下りを利用して、一気に加速。
前の二人を飲み込みにかかる。
『くっ……速い! アタシも行くよ!』
グランアレグリアが焦って飛び出そうとする。
『待ちなさい! まだよ! ここで動けば外に振られる!』
アーモンドアイがそれを制止する。
まだだ。まだ我慢だ。
タイキシャトルが早めに動いたことで、前のスペースが空く。
そこを突く。
4コーナー。
タイキシャトルが先頭に並びかける。
その外から、ヒシアケボノが雪崩のように押し寄せる。
前が壁になる――その一瞬の隙間。
『今よ! 内へ!』
アーモンドアイの冷静な判断。
ボクはタイキシャトルが空けた内側のわずかなスペースへ、体をねじ込んだ。
菊花賞で見せたワープのような、鋭角な切り込み。
直線。
目の前が開けた。
先頭はタイキシャトル。すでにキョウエイマーチを競り落とし、独走態勢に入ろうとしている。スズカが懸命に追いすがっているが厳しそうだ。
残り400m。
ボクとタイキの差、3バ身。
すでにセーフティリードに見える距離。
だが。
『――お待たせ! ここからはアタシの時間だぁぁぁっ!!』
スイッチが切り替わった。
理性のタガが外れ、純粋なスピードの怪物が解き放たれる。
グランアレグリア。
彼女の魂が、ボクの筋肉繊維の一本一本まで支配し、爆発的な収縮を命じる。
ドォォォォォン!!
加速ではない。爆発だ。
地面を蹴るたびに、視界が歪むほどのGがかかる。
一歩ごとに、世界が後ろへ置き去りにされていく。
「なっ!?」
前を行くタイキシャトルが、背後の異変に気づいて振り返る気配がした。
「安全圏」だと思っていた場所が、一瞬で「射程圏内」に変わる恐怖。
残り100m。
並んだ。
タイキの驚愕の表情が、スローモーションのように見える。
「HAHA……!? クレイジー……!!」
彼女も必死に抵抗する。マイル最強の自負に基づいた意地。
だが、今のボクには「理屈」を超えたスピードがある。
アーモンドアイが整えた最高のお膳立てを、グランアレグリアが最高の形で平らげる。
『どけぇぇぇッ! マイルの女王はアタシだぁぁぁっ!!』
脳内で響く絶叫と共に、ボクは最後のギアを上げた。
音が消える。
風の壁を突き破る。
――ゴール!!
「……かった……」
ゴール板を過ぎ、スピードを緩めながら、ボクは空を見上げた。
秋の京都の空が高い。
勝った。マイルチャンピオンシップ。
タイキシャトルを、サイレンススズカを、力でねじ伏せた。
『ふふん! 見たか! これがアタシの実力よ! 大喝采、聞こえるでしょ!?』
脳内でグランアレグリアが大はしゃぎしている。
確かに、スタンドからは割れんばかりの歓声が降り注いでいた。
『……やれやれ。最後は少し雑だったけど、まあ、合格点ね』
アーモンドアイも、まんざらでもない様子で息をついている。
この二人の協力がなければ、タイキ先輩という怪物を倒すことはできなかっただろう。
「……負けマシタ」
横に並んだタイキシャトルが、肩をすくめて苦笑した。
「完敗デース。あそこから差されるなんて、夢にも思いまセンデシタ。……ロール、ユーは本当にモンスターですね」
「ありがとうございます。タイキが強すぎて、心臓が止まるかと思ったよ」
「次は負けマセン! スプリンターズS、そこが最終決戦デース!」
タイキ先輩はニカっと笑い、ボクと握手を交わした。
その手は熱く、力強かった。
そして、少し離れたところには、スズカの姿があった。
彼女は悔しそうに唇を噛んでいたが、その目は死んでいなかった。
「……速かったわ。私の逃げも、通用しなかった」
「スズカのペースがあったからこそ、ボクの末脚が活きました。……また、走りましょう」
「ええ。何度でも」
三冠の誇りを守り、新たな勲章を手にした。
だが、まだ終わりではない。
次は1200m。スプリンターズステークス。
さらに凝縮された速さの世界が待っている。
全距離制覇へ。
最後の決戦の時は近い。
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