TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
12月。
マイルチャンピオンシップでの激闘から数週間。
季節は冬へと移り変わり、中山レース場には冷たく乾いた風が吹き荒れていた。
世間では有馬記念のファン投票の中間発表が話題になる中、ボク、ロールフィヨルテの脳内は、かつてないほどのカオスに包まれていた。
次走、スプリンターズステークス。1200m。
電撃の6ハロン戦。
瞬きする間に決着がつくこの極限のスピード勝負に向けて、ボクは調整を進めていた。
――はずだったのだが。
「……頭が痛い」
放課後の教室。ホームルームが終わった直後、ボクは机に突っ伏して呻いた。
物理的な頭痛ではない。
脳内(メンタル)のキャパシティが、限界を迎えていたのだ。
事の発端は、数時間前の脳内会議にある。
『当然、我が出る。スプリント戦こそ、我が龍王の領域ぞ』
重厚で、威厳に満ちた声が脳内空間を震わせる。
ロードカナロア。
日本競馬史上最強のスプリンターにして、世界の龍王。
香港スプリント連覇など、その実績は圧倒的だ。1200mを走るなら、彼の右に出る者はいない。ボクも当初は彼にお願いするつもりだった。
だが、そこに待ったをかけたのが、先のマイルCSでボクを勝利に導いた功労者だ。
『はぁ? 何言ってんの? アタシが出るに決まってんでしょ!』
グランアレグリアだ。
彼女は腰に手を当て、不満げに龍王を睨み上げている。
『マイルCSであれだけ気持ちよく走れたんだよ? 調子は最高潮! このままスプリントも獲って、完全制覇といこうじゃない!』
『……若造が。マイルとスプリントは別物だ。1200mの激流、貴様の加速力(ギア)が上がりきる前に終わるぞ』
『ああん? アタシのスプリント能力なめてんの? 1200mは0.75マイル! 四捨五入すればマイルみたいなもんでしょ! 庭だよ、庭!』
暴論である。
だが、彼女も実際にスプリンターズSを勝っている実績馬だ。言い分に理がないわけではない。
バチバチと火花が散る。
脳内で二つの巨大なエゴが衝突し、ボクの精神はきしみを上げていた。
ボク自身の自我が押しつぶされそうになるのを必死に耐える。
(あー、もう! 二人とも喧嘩しないでください! ゴルシ、ちょっと助けて!)
ボクは一番の古株であるゴールドシップに助けを求めた。
彼はあくびをしながら、面倒くさそうに出てきた。ボクとは一番付き合いが長いし、なんとなく頼ってしまったがこれが失敗だった。
『あー、うっせぇなぁ。夫婦喧嘩は犬も食わねぇって言うだろ?』
(夫婦じゃないでしょ! 他人だよ!)
『ま、どっちも譲らねぇなら……毒を持って毒を制す。劇薬を投入するしかねぇな』
ゴルシがニヤリと笑い、どこかへ「電話」をかけるような仕草をした。
『もしもし? あ、姉貴? おう、久しぶり。……ああ、元気にしてるぜ。ちょっと頼みてぇことがあってよ。……そうそう、あの「カワイイ」の化身を呼んでくんね?』
姉貴? だれのことだ?
ボクが首を傾げていると、脳内空間の雰囲気が一変した。
キラキラとしたピンク色のエフェクトが舞い散り、甘い香りが漂う。
『やっほー♪ お呼びかな? カレンだよっ☆』
現れたのは、あざといまでに可愛らしいウマ娘の幻影。
カレンチャン。
スプリントGⅠを制した実力者でありながら、その武器は圧倒的な「カワイイ」。
全てのウマ娘とファンを魅了し、支配する、閃光の乙女。
『あらあら~、ここが新しいお家? なんだかむさ苦しいおじ様と、キャンキャン吠える女の子がいるねぇ』
『なっ……!?』
『ぬぅ……?』
カレンチャンは、硬直する二人を見回し、小悪魔的な笑みを浮かべた。
『カナロアく~ん♪ 久しぶりだねっ☆ 元気してた?』
彼女がカナロアに近づき、上目遣いで見つめる。
その瞬間。
世界の龍王、ロードカナロアの威厳が音を立てて崩壊した。
『カ、カレン……! 我が愛しき……いや、麗しの……!』
史実において、ロードカナロアがカレンチャンに惚れていたという話はあったし、引退後は交配相手ともなった深い仲。
どうやら魂になっても、彼はカレンチャンに頭が上がらない……というか、ベタ惚れらしい。
『ねえねえ、ここ退屈じゃない? カレン、久しぶりに外の空気が吸いたいなぁ~』
『む……! し、しかし我は今、スプリントの覇を競うために……』
『え~? カレンのお願い、聞いてくれないの? ……プンプンしちゃうぞ?』
ズキューン!!
カナロアのハートが撃ち抜かれる音がした。
『……よかろう!! 我が背に乗るがいい! 世界の果てまでエスコートしようぞ!!』
(えっ、ちょ、待って!?)
いやな予感がしたが止められない。ここではないどこかへ、カレンチャンと二人で消えようとしているのだ。
『さらばだ、我が契約者よ! スプリントの覇権など、愛の前には些細なこと!』
『はーい♪ 行ってきまーす☆』
二つの魂が、デートに行ってしまった。
音信不通。呼びかけても応答なし。
『……はぁ。バカみたい』
そして残されたグランアレグリアが、心底つまらなそうに吐き捨てた。
『あーあ、興ざめ。なんか走る気なくなっちゃった』
(えっ、グランさんまで!?)
『だってさー、あんなの見せられたら戦う気も失せるでしょ。……そうだ』
グランアレグリアが、ふと思いついたように顔を上げた。
『アタシ、タイキ先輩のところ遊びに行ってくる』
(は?)
『ここより、あっちの方が楽しそうだし。タイキ先輩と女子会してくるわ』
(ちょ、待って! ボクの体は一つしかないんですよ!?)
制止も聞かず、グランアレグリアは強引にボクの回線を「外」へと繋いだ。
『なんですかこれ? ロールからのテレパシーですか?』
ターゲットは、タイキシャトル。
『わーい、タイキ先輩、今から遊びに行きますね♡』
『キュートガールですね! 誰かはわかりませんが、パーティはいつも大歓迎ですよ!!』
『じゃあねロール!』
そんな会話を残して、どうやったのかは知らないが、グランはそのままタイキシャトルの元へと飛んでいってしまった。
プツン。
通信が途絶える。
残されたのは、ボクと、爆笑しているゴールドシップだけ。
『ギャハハハハ! 傑作だなオイ! 全員職場放棄かよ!』
(笑い事じゃないよゴルシ!! どうすんですかこれ!!)
スプリンターズS目前にして、主力候補が全滅。
龍王と閃光乙女はデート中。女王は敵陣営で女子会中。
ボクの手元には、1200mを走れる駒が一つもない。
(……いや、いるか?)
ボクは必死に記憶を検索する。
短距離最強。
ロードカナロアと双璧をなす、あるいはそれ以上の、伝説のスプリンター。
1200mなら誰にも負けない、「驀進」の化身。
(……サクラバクシンオー)
だが、問題がある。
彼女は、この時代のウマ娘だ。
ライスシャワーと同期であり、最近は卒業して大学に進学しているはずだ。
「同時代のウマ娘の力は借りられない」。
それは、この能力『非存在の血統』の鉄則だ。
(でも……彼女なら)
彼女は、常識や理屈で測れる存在ではない。
「バクシン」という概念そのものだ。
ダメ元だ。ボクは一縷の望みをかけて、彼女の名前にアクセスした。
(……サクラバクシンオーさん! 聞こえますか!?)
呼びかけた瞬間。
脳内に、ファンファーレのような大音量が鳴り響いた。
『ハッハッハッハ!! 呼びましたか!? 呼びましたね!? この優等生・サクラバクシンオーを!!』
繋がった。
しかも、ノイズ一つないクリアな回線で。
(えっ、繋がった!? バクシンオーさん、まだご存命ですよね!?)
『細かいことは気にしません!! 困っている生徒がいれば、駆けつけるのが委員長の務め!! 悩みがあるなら、走って解決です!!』
理屈が通っていない。
だが、その圧倒的な陽のエネルギーが、全ての制約を「バクシン」の一言で吹き飛ばしていた。
彼女には「過去」も「現在」も関係ない。ただ「走る」という真理があるだけなのだ。
(あ、あの、スプリンターズSに出たいんですが……力を貸してもらえませんか?)
『1200mですか!? それは素晴らしい!! 1200mは私の独壇場! 短距離こそが我が王道! 任せてください、私の「バクシン理論」を伝授しましょう!!』
快諾だった。
あまりにもあっさりと、最強のカードが手に入ってしまった。
『さあ、行きましょう! 目指すは勝利の二文字のみ! バクシンバクシン、バクシーン!!』
……若干、鼓膜が痛い。
だが、頼もしいことこの上ない。
こうしてボクは、予想外のパートナーと共に、スプリンターズSへ挑むことになった。
12月。中山レース場。
スプリンターズステークスのパドック。
冬晴れの空の下、ボクは周回していた。
脳内では、サクラバクシンオーが延々と「学級委員長としての心得」と「短距離の素晴らしさ」を説いている。
騒がしいが、不思議と緊張はない。彼女の底抜けの明るさが、プレッシャーを吹き飛ばしてくれている。
「ヘーイ! ロール!」
明るい声がして、振り向く。
タイキシャトルだ。
彼女は満面の笑みで近づいてきた。その隣には……誰もいないはずなのに、もう一人の気配を感じる。
「調子はどうデスカ? ミーは絶好調デース!」
『うんうん、タイキ先輩の筋肉、今日もキレてるね! 最高!』
タイキの言葉に重なるように、ボクの脳内に直接、グランアレグリアの声が響く。
彼女は今、タイキシャトルに「憑依」……というか、背後霊のようにくっついているらしい。
「あ、グランさん……今日もそこにいたんですね」
『いるわよー。タイキ先輩とずっと一緒! 厩舎も一緒だったし、気が合うのよねー』
史実では、二人とも藤沢和雄厩舎の名馬だ。魂の相性は抜群なのだろう。
タイキシャトルも、自分の中にいる(?)グランアレグリアの存在を自然に受け入れているようだ。
「ロール、今日はグランも一緒デース! ダブルのパワーでユーをクラッシュしマスよ!」
「二人掛かりとは卑怯ですね……」
「No! これはフレンズの絆デース! HAHAHA!」
タイキが豪快に笑う。
その姿に、悲壮感はない。純粋にレースを楽しむ喜びが溢れている。
『ロールも頑張んなよー。まあ私とタイキ先輩のペアに勝てると思えないけどね!』
グランが挑発してくる。
ボクは苦笑しながら、脳内の委員長に話しかけた。
(バクシンオーさん、相手は手強いですよ。世界最強マイラーと、マイルの絶対女王のタッグです)
『望むところです!! 数が多ければ速いというわけではありません! 速い者が勝つ、それが真理!!』
バクシンオーの声が弾む。
『1200m×3回走れば3600m! つまり私はステイヤーの素質もあるということですが、今日はあえて1200m1本に全力を注ぎます!! つまり通常の三倍です!! ついてきてくださいね、ロールさん!』
(はい、委員長!)
止まれの合図がかかる。
ボクはタイキシャトルと視線を交わし、不敵に笑った。
いざ、本バ場へ。
スプリントの頂点を決める戦いが始まる。
中山芝1200m。
スタート地点は、坂の頂上付近。そこから一気に下り、最後に急坂を登る、トリッキーかつタフなコースだ。
ゲートイン。
16人のスプリンターたちが、一瞬の静寂に包まれる。
『いいですかロールさん! 1200mのレースでの作戦は一つです!』
バクシンオーが叫ぶ。
『スタートからゴールまで、全力で走る! 息を入れる暇があったら足を動かす! それがバクシン的勝利の方程式です!』
(……シンプルですね!)
『シンプル・イズ・ベスト!!』
ガシャン!!
ゲートが開いた。
好スタート。スタートの良さだけはすでに自分の身に沁みついていた。
ボクの体は、思考するよりも速く反応していた。
ロードカナロアのような王道の先行でも、グランアレグリアのような爆発的な差しでもない。
ただひたすらに、前へ。
「行きますよぉぉぉッ!!」
ボクは迷いなく先頭を奪った。
ハナを主張する逃げウマたちを、2歩早いと言われるロケットスタートと圧倒的な初速でねじ伏せる。
そのままバクシン理論に乗って走り続ける。
前半600m、32秒台。
殺人的なハイペース。
だが、バクシンオーにとっては、これすら「巡航速度」だ。
『速い! 速いです! 気持ちいいですねぇ!』
脳内で彼女が笑っている。
苦しくない。息が上がらない。
むしろ、走れば走るほど、体の中から力が湧いてくる。
「短距離なら誰にも負けない」という絶対的な自信が、ボクの脚を回転させる。
第3コーナーから4コーナーへ。
後続が離される。
だが、一頭だけ、猛烈な勢いで迫ってくる影があった。
「ヘーイ!! 待つデース!!」
タイキシャトルだ。
彼女もまた、このハイペースを苦にしていない。むしろ、グランアレグリアの魂と共鳴し、さらなる加速を見せている。
規格外のパワー。一歩ごとに地面を削り取るような走り。
『タイキ先輩! いっけぇぇぇ!』
グランの声援を受けて、タイキが並びかけてくる。
だが、こちらは振り返らず前を向き、バクシンを続ける。
そうして直線。
中山の急坂が待ち構える。
普通ならここで脚色が鈍る。
だが。
『坂!? そんなもの、気合でバクシンすれば平坦です!!』
バクシンオーの謎理論が、物理法則を凌駕した。
ボクの足は止まらない。
坂を、まるで平地のように駆け上がる。
「なっ……!?」
隣のタイキシャトルが、驚愕に目を見開く。
彼女のパワーをもってしても、この「理不尽なまでの前進気勢」には対抗できないのか。
「これが! サクラバクシンオーの! バクシンだぁぁぁぁっ!!」
ボクは叫び、最後の100mでさらに加速した。
二の脚? 三の脚?
違う。最初から最後まで、トップスピードを持続させているだけだ。
それができるのは、彼女だけ。
――ゴール!!
1着でゴール板を駆け抜けたボクは、ウイニングランへと入った。
歓声が降り注ぐ。
疲労はあるが、不思議と息は切れていない。爽快感だけが残っている。
『ハッハッハ! 大勝利! やはりバクシンこそが正義でしたね!』
バクシンオーさんが満足げに笑う。
そこへ、2着のタイキシャトルが近づいてきた。
「……負けマシタ。完敗デース」
タイキは肩をすくめ、しかし清々しい表情をしていた。
「1200mで、あのペースで逃げ切るなんて……ユーは本当にクレイジーデース。グランも『あんなの無理ゲーじゃん』って言ってマシタ」
「あはは……。まあ、最強の先生がついてましたから」
ボクは脳内の委員長に感謝を捧げる。
これで、マイルCSに続き、スプリンターズSも制覇。
短距離路線の頂点に立った。
そして、スタンドを見上げる。
そこには、有馬記念を控えたメジロドーベルの姿があった。
彼女はボクに向けて、力強く拳を突き上げていた。
(次は、君の番だね。ドーベル)
ボクは頷き返した。
全距離制覇の夢を成し遂げた。
今年残りのGⅠは、中長距離の総決算。
有馬記念。
ボクは出ないが、彼女が、世界クラスの怪物に挑む。
1997年、最後の大一番。
熱狂はまだ、終わらない。
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