TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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34 有馬記念

 12月下旬。中山レース場。

 年の瀬の寒風が吹き荒れる中、17万人を超える大観衆が詰めかけていた。

 一年を締めくくるドリームレース、有馬記念。

 その熱気は、寒さを吹き飛ばすほどに高まっている。

 

 だが、スタンドの貴賓席に近い関係者席に座るボク、ロールフィヨルテの背中には、別種の冷や汗が流れていた。

 

「……居心地が悪い」

 

 ボクはマフラーに顔を埋め、なるべく目立たないように縮こまっていた。

 無理もない。

 パドックのビジョンに映し出される二人の有力ウマ娘――メジロドーベルとサクラローレルが、カメラ越しでも分かるほどバチバチに火花を散らしているからだ。

 そして、実況や解説、あろうことか周囲の観客までもが、その「因縁」を楽しんでいる。

 

『さあ、注目はやはりこの二人! ティアラ三冠・メジロドーベルと、凱旋門賞2着・サクラローレル!』

『本来なら協力関係にあるはずの名門メジロとサクラですが、今回は一触即発のムードですねぇ』

『噂によると、短距離路線へ転向した三冠ウマ娘・ロールフィヨルテを巡る争いだとか……』

 

 ざわっ、とスタンドが湧く。

 数千、いや数万の視線が、チラチラとボクの方に向けられるのを感じる。

 「あれが噂の」「罪な女だ」「三冠ウマ娘って魔性なの?」といったひそひそ話が聞こえてきそうだ。

 

「HAHAHA! ロール、ユーは人気者デース! エブリワンがユーを見てマスよ!」

 

 隣でホットドッグを頬張るタイキシャトルが、空気を読まずにボクの背中をバンバン叩く。

 

「静かにしてくださいタイキ……。ボクは今、穴があったら入りたい気分なんです」

「あら、いいじゃない。愛されてる証拠よ」

 

 反対隣のサイレンススズカも、どこか楽しげにクスクスと笑っている。

 彼女たち二人は、ボクと共にマイル・スプリントか戦線を戦い抜いた同志だ。今日は気楽な観客として、一緒にレースを見守っている。

 

『ヒャッハー! 傑作だなオイ! 「年末の昼ドラ記念」ってか?』

 

 脳内でゴールドシップが爆笑している。

 

『モテる女は辛いねぇ! アンタを取り合って、可愛い幼馴染と怖い先輩が殺し合いだぜ?』

(笑い事じゃないですよゴルシ! 完全にボクが悪者みたいになってるじゃない!)

『事実だろ? アンタがフラフラしてるからこうなんだよ。腹くくってどっちか選べばいいのに』

(そういう問題じゃないんだよ!)

 

 さらに、脳内の住人たちは好き勝手に騒ぎ立てる。

 

『ふん。アタシなら、こんなジメジメした争いしないけどね。走って勝った方が総取り! シンプルでしょ!』

 

 グランアレグリアが鼻を鳴らす。

 

『ハッハッハ! 恋愛沙汰も結構ですが、学生の本分は清く正しくバクシンです! 不純異性交遊は校則違反ですよ! あ、同性ならセーフですかね?』

 

 サクラバクシンオー委員長が的外れな心配をしている。

 ボクの脳内は、スタンドの喧騒以上に騒がしかった。

 

 

 

 そんな中、パドックの周回が続く。

 やはり目が離せないのは、サクラローレルだ。

 凱旋門賞帰り。世界の強豪と渡り合い、2着をもぎ取った実力は伊達ではない。

 桜色の勝負服を纏った彼女は、優雅に微笑んでいるようでいて、その瞳の奥には冷徹な鬼が棲んでいる。

 ドーベルを、そしてその背後にいるボクを、完膚なきまでに叩き潰そうとする執念。

 

 対するメジロドーベル。

 彼女もまた、秋華賞を制して三冠ウマ娘となってから、一皮むけた感がある。

 以前の自信なさげな態度は消え、今は「ロールの隣に立つ」という明確な意思が、彼女を強くしている。

 

 そして、もう一人の有力候補。

 マーベラスサンデー。

 宝塚記念でローレルに敗れた雪辱を果たすべく、虎視眈々と牙を研いでいるシニアクラスの実力者。彼女のハイテンションなパフォーマンスの裏にある、計算された強さは侮れない。

 

 なお、本来ならここにいるはずのメジロブライトは不在だ。

 彼女は『わたくしはもっと長い距離……エクステンディットな世界を極めますわ』と言い残し、先日行われたステイヤーズステークス(3600m)へ出走。大差勝ちという衝撃的なレコードを叩き出し、独自の路線(ステイヤー)を突き進むことを決めたらしい。

 彼女もまた、ボクに影響されて「自分の道」を見つけた一人だ。

 

 だが。

 ボクの目は、別のウマ娘に釘付けになっていた。

 

「……フクちゃん」

 

 マチカネフクキタル。

 菊花賞で3着に敗れた彼女。

 あの時、三女神の加護を受けながらもボクに敗れ、しかし「怪我をする運命」を回避した彼女。運命が変わったからこそ彼女はこの場に立っていた。

 そして今日の彼女は、妙に静かだった。

 いつものように水晶玉を振り回すこともなく、ブツブツと占いの結果を呟くこともない。

 ただ、一点を見つめて歩いている。

 

「……何か、変デース」

 

 タイキシャトルが、サングラスをずらして呟いた。

 

「あの子、気配が消えてマス。そこにいるのに、いないみたいデース」

「ええ。……でも、すごく集中してる。周りの雑音が全く聞こえていないみたい」

 

 スズカも同意する。

 ドーベルとローレルがバチバチに意識し合っている横で、フクキタルだけが「無」の境地にいる。

 それは、菊花賞の時のような「神頼み」の力強さとは違う。

 もっと研ぎ澄まされた、彼女自身の覚醒。

 

(……まさか)

 

 ボクは背筋が寒くなるのを感じた。

 三女神は去った。見守ってはいるだろうが彼女にとりつくことはもうしないだろう。

 だが、神が去った後に残ったのは、空っぽの器ではない。

 神の領域に一度触れ、その視座を知ってしまった天才が、そこに残されたのではないか。

 

 

 

 ファンファーレが鳴り響く。

 16人のゲートイン。

 冬の夕暮れ、西日がコースを黄金色に染める。

 

「スタートしました!」

 

 揃った飛び出し。

 大きく逃げを打つウマ娘はいない。

 先行勢が牽制しあう中、レースは平均ペースで流れていく。

 

 サクラローレルは中団。虎視眈々と前を伺う。

 その直後、徹底マークの体勢に入っているのがメジロドーベルだ。

 ドーベルの視線は、ローレルだけを捉えている。

 「絶対に逃がさない」「ここで倒す」という殺気にも似た気迫。

 

 逆にローレルも、背後のドーベルを意識している。

 時折、流し目で牽制し、ペースを上げ下げして揺さぶりをかける。

 二人の間だけで、高度な心理戦と駆け引きが行われている。

 

 だが。

 その「二人だけの世界」が、仇となった。

 

 3コーナーから4コーナー。

 マーベラスサンデーが早めに動く。

 それに呼応して、ローレルも進出を開始する。

 ドーベルも遅れじとついていく。

 

 勝負どころ。

 スタンドのボルテージが最高潮に達する。

 誰もが、ローレルとドーベル、そしてマーベラスの三つ巴を予想した。

 

 しかし。

 大外から、まくってくる影があった。

 

「――来たわ」

 

 ボクの隣で、スズカが静かに呟いた。

 

 マチカネフクキタルだ。

 彼女は、ローレルたちが内側で牽制し合っている隙を突き、大外をブン回して上がってきた。

 ロスが大きい? 関係ない。

 今の彼女には、コースの有利不利など些細な問題に過ぎない。

 

 直線。

 中山の急坂。

 サクラローレルが抜け出す。強い。伊達に世界を見てきたわけではない。

 ドーベルも食らいつく。三冠の意地。

 マーベラスも粘る。

 

 だが、その全てを。

 外から、豪快に、理不尽に、飲み込む影。

 

「だぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 フクキタルの叫びが、歓声を切り裂いた。

 神懸かり? いや、あれは彼女自身の力だ。

 「笑う門には福来る」。

 自らの力で運命を切り開いた少女が、その手で勝利(こうふく)を掴み取るための、渾身の末脚。

 

 ローレルが驚愕の表情で横を見る。

 ドーベルが歯を食いしばって足を伸ばす。

 しかし、勢いが違う。

 

 ごぼう抜き。

 まとめて、ぶっこ抜く。

 

 先頭に躍り出たフクキタルは、そのまま後続を突き放した。

 1バ身、2バ身。

 誰も追いつけない。

 「大吉」を引き当てた彼女は、誰よりも輝いていた。

 

 ――ゴール!!

 

 1着、マチカネフクキタル。

 文句なしの完勝。

 

 

 

 レース後。

 スタンドはどよめきに包まれていた。

 まさかの伏兵勝利。いや、菊花賞3着の実力を考えれば伏兵ではないのだが、あまりにも鮮やかすぎる勝ち方に、誰もが言葉を失っていた。

 

「……すごいデース」

 

 タイキシャトルが口を開けたまま呟く。

 

「あの子、本当に『神憑って』マシタね」

「ええ。……強いわ」

 

 スズカも真剣な眼差しを送っている。

 

 ターフでは、フクキタルが満面の笑みでガッツポーズをしていた。

 その笑顔は、かつてのどこか頼りないものではなく、自信に満ち溢れた王者のそれだった。

 

 一方、敗れた二人。

 サクラローレルとメジロドーベルは、呆然と立ち尽くしていた。

 お互いを意識しすぎた。

 目の前の敵に固執するあまり、足をすくわれた。

 それは、慢心だったのかもしれない。

 

 ローレルが、ふとスタンドのボクの方を見上げた気がした。

 その表情は、悔しさと、そしてどこか憑き物が落ちたような、複雑なものだった。

 ドーベルもまた、唇を噛みしめながら、ボクの方を見ている。

 「ごめんね」と言っているようにも、「次は負けない」と言っているようにも見えた。

 

「……あーあ。これは後が大変そうだ」

 

 ボクはため息をついた。

 レースは終わったが、彼女たちの戦いは終わっていない。

 ローレルはプライドを傷つけられ、ドーベルはリベンジを誓うだろう。

 そして、新たに覚醒したフクキタル、独自路線を行くブライト。

 中距離を極めつつあるスズカに、マイルを極めんとするタイキ。

 

 この世代は、どこまで強くなるのだろうか。

 どこまで混沌とするのだろうか。

 

『ヒャハハ! 面白くなってきやがったな! 来年はもっと忙しくなるぞ、マスター!』

 

 ゴルシが楽しそうに笑う。

 全くだ。

 全距離制覇の夢。

 そして、この個性豊かすぎるライバルたちとの狂騒曲。

 

 ボクはマフラーを巻き直し、立ち上がった。

 まずは、傷心の幼馴染と、プライドの高い先輩を慰めに行かなければならない。

 それが、この騒動の中心にいるボクの責任なのだから。




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