TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
12月下旬。中山レース場。
年の瀬の寒風が吹き荒れる中、17万人を超える大観衆が詰めかけていた。
一年を締めくくるドリームレース、有馬記念。
その熱気は、寒さを吹き飛ばすほどに高まっている。
だが、スタンドの貴賓席に近い関係者席に座るボク、ロールフィヨルテの背中には、別種の冷や汗が流れていた。
「……居心地が悪い」
ボクはマフラーに顔を埋め、なるべく目立たないように縮こまっていた。
無理もない。
パドックのビジョンに映し出される二人の有力ウマ娘――メジロドーベルとサクラローレルが、カメラ越しでも分かるほどバチバチに火花を散らしているからだ。
そして、実況や解説、あろうことか周囲の観客までもが、その「因縁」を楽しんでいる。
『さあ、注目はやはりこの二人! ティアラ三冠・メジロドーベルと、凱旋門賞2着・サクラローレル!』
『本来なら協力関係にあるはずの名門メジロとサクラですが、今回は一触即発のムードですねぇ』
『噂によると、短距離路線へ転向した三冠ウマ娘・ロールフィヨルテを巡る争いだとか……』
ざわっ、とスタンドが湧く。
数千、いや数万の視線が、チラチラとボクの方に向けられるのを感じる。
「あれが噂の」「罪な女だ」「三冠ウマ娘って魔性なの?」といったひそひそ話が聞こえてきそうだ。
「HAHAHA! ロール、ユーは人気者デース! エブリワンがユーを見てマスよ!」
隣でホットドッグを頬張るタイキシャトルが、空気を読まずにボクの背中をバンバン叩く。
「静かにしてくださいタイキ……。ボクは今、穴があったら入りたい気分なんです」
「あら、いいじゃない。愛されてる証拠よ」
反対隣のサイレンススズカも、どこか楽しげにクスクスと笑っている。
彼女たち二人は、ボクと共にマイル・スプリントか戦線を戦い抜いた同志だ。今日は気楽な観客として、一緒にレースを見守っている。
『ヒャッハー! 傑作だなオイ! 「年末の昼ドラ記念」ってか?』
脳内でゴールドシップが爆笑している。
『モテる女は辛いねぇ! アンタを取り合って、可愛い幼馴染と怖い先輩が殺し合いだぜ?』
(笑い事じゃないですよゴルシ! 完全にボクが悪者みたいになってるじゃない!)
『事実だろ? アンタがフラフラしてるからこうなんだよ。腹くくってどっちか選べばいいのに』
(そういう問題じゃないんだよ!)
さらに、脳内の住人たちは好き勝手に騒ぎ立てる。
『ふん。アタシなら、こんなジメジメした争いしないけどね。走って勝った方が総取り! シンプルでしょ!』
グランアレグリアが鼻を鳴らす。
『ハッハッハ! 恋愛沙汰も結構ですが、学生の本分は清く正しくバクシンです! 不純異性交遊は校則違反ですよ! あ、同性ならセーフですかね?』
サクラバクシンオー委員長が的外れな心配をしている。
ボクの脳内は、スタンドの喧騒以上に騒がしかった。
そんな中、パドックの周回が続く。
やはり目が離せないのは、サクラローレルだ。
凱旋門賞帰り。世界の強豪と渡り合い、2着をもぎ取った実力は伊達ではない。
桜色の勝負服を纏った彼女は、優雅に微笑んでいるようでいて、その瞳の奥には冷徹な鬼が棲んでいる。
ドーベルを、そしてその背後にいるボクを、完膚なきまでに叩き潰そうとする執念。
対するメジロドーベル。
彼女もまた、秋華賞を制して三冠ウマ娘となってから、一皮むけた感がある。
以前の自信なさげな態度は消え、今は「ロールの隣に立つ」という明確な意思が、彼女を強くしている。
そして、もう一人の有力候補。
マーベラスサンデー。
宝塚記念でローレルに敗れた雪辱を果たすべく、虎視眈々と牙を研いでいるシニアクラスの実力者。彼女のハイテンションなパフォーマンスの裏にある、計算された強さは侮れない。
なお、本来ならここにいるはずのメジロブライトは不在だ。
彼女は『わたくしはもっと長い距離……エクステンディットな世界を極めますわ』と言い残し、先日行われたステイヤーズステークス(3600m)へ出走。大差勝ちという衝撃的なレコードを叩き出し、独自の路線(ステイヤー)を突き進むことを決めたらしい。
彼女もまた、ボクに影響されて「自分の道」を見つけた一人だ。
だが。
ボクの目は、別のウマ娘に釘付けになっていた。
「……フクちゃん」
マチカネフクキタル。
菊花賞で3着に敗れた彼女。
あの時、三女神の加護を受けながらもボクに敗れ、しかし「怪我をする運命」を回避した彼女。運命が変わったからこそ彼女はこの場に立っていた。
そして今日の彼女は、妙に静かだった。
いつものように水晶玉を振り回すこともなく、ブツブツと占いの結果を呟くこともない。
ただ、一点を見つめて歩いている。
「……何か、変デース」
タイキシャトルが、サングラスをずらして呟いた。
「あの子、気配が消えてマス。そこにいるのに、いないみたいデース」
「ええ。……でも、すごく集中してる。周りの雑音が全く聞こえていないみたい」
スズカも同意する。
ドーベルとローレルがバチバチに意識し合っている横で、フクキタルだけが「無」の境地にいる。
それは、菊花賞の時のような「神頼み」の力強さとは違う。
もっと研ぎ澄まされた、彼女自身の覚醒。
(……まさか)
ボクは背筋が寒くなるのを感じた。
三女神は去った。見守ってはいるだろうが彼女にとりつくことはもうしないだろう。
だが、神が去った後に残ったのは、空っぽの器ではない。
神の領域に一度触れ、その視座を知ってしまった天才が、そこに残されたのではないか。
ファンファーレが鳴り響く。
16人のゲートイン。
冬の夕暮れ、西日がコースを黄金色に染める。
「スタートしました!」
揃った飛び出し。
大きく逃げを打つウマ娘はいない。
先行勢が牽制しあう中、レースは平均ペースで流れていく。
サクラローレルは中団。虎視眈々と前を伺う。
その直後、徹底マークの体勢に入っているのがメジロドーベルだ。
ドーベルの視線は、ローレルだけを捉えている。
「絶対に逃がさない」「ここで倒す」という殺気にも似た気迫。
逆にローレルも、背後のドーベルを意識している。
時折、流し目で牽制し、ペースを上げ下げして揺さぶりをかける。
二人の間だけで、高度な心理戦と駆け引きが行われている。
だが。
その「二人だけの世界」が、仇となった。
3コーナーから4コーナー。
マーベラスサンデーが早めに動く。
それに呼応して、ローレルも進出を開始する。
ドーベルも遅れじとついていく。
勝負どころ。
スタンドのボルテージが最高潮に達する。
誰もが、ローレルとドーベル、そしてマーベラスの三つ巴を予想した。
しかし。
大外から、まくってくる影があった。
「――来たわ」
ボクの隣で、スズカが静かに呟いた。
マチカネフクキタルだ。
彼女は、ローレルたちが内側で牽制し合っている隙を突き、大外をブン回して上がってきた。
ロスが大きい? 関係ない。
今の彼女には、コースの有利不利など些細な問題に過ぎない。
直線。
中山の急坂。
サクラローレルが抜け出す。強い。伊達に世界を見てきたわけではない。
ドーベルも食らいつく。三冠の意地。
マーベラスも粘る。
だが、その全てを。
外から、豪快に、理不尽に、飲み込む影。
「だぁぁぁぁぁぁっ!!」
フクキタルの叫びが、歓声を切り裂いた。
神懸かり? いや、あれは彼女自身の力だ。
「笑う門には福来る」。
自らの力で運命を切り開いた少女が、その手で勝利(こうふく)を掴み取るための、渾身の末脚。
ローレルが驚愕の表情で横を見る。
ドーベルが歯を食いしばって足を伸ばす。
しかし、勢いが違う。
ごぼう抜き。
まとめて、ぶっこ抜く。
先頭に躍り出たフクキタルは、そのまま後続を突き放した。
1バ身、2バ身。
誰も追いつけない。
「大吉」を引き当てた彼女は、誰よりも輝いていた。
――ゴール!!
1着、マチカネフクキタル。
文句なしの完勝。
レース後。
スタンドはどよめきに包まれていた。
まさかの伏兵勝利。いや、菊花賞3着の実力を考えれば伏兵ではないのだが、あまりにも鮮やかすぎる勝ち方に、誰もが言葉を失っていた。
「……すごいデース」
タイキシャトルが口を開けたまま呟く。
「あの子、本当に『神憑って』マシタね」
「ええ。……強いわ」
スズカも真剣な眼差しを送っている。
ターフでは、フクキタルが満面の笑みでガッツポーズをしていた。
その笑顔は、かつてのどこか頼りないものではなく、自信に満ち溢れた王者のそれだった。
一方、敗れた二人。
サクラローレルとメジロドーベルは、呆然と立ち尽くしていた。
お互いを意識しすぎた。
目の前の敵に固執するあまり、足をすくわれた。
それは、慢心だったのかもしれない。
ローレルが、ふとスタンドのボクの方を見上げた気がした。
その表情は、悔しさと、そしてどこか憑き物が落ちたような、複雑なものだった。
ドーベルもまた、唇を噛みしめながら、ボクの方を見ている。
「ごめんね」と言っているようにも、「次は負けない」と言っているようにも見えた。
「……あーあ。これは後が大変そうだ」
ボクはため息をついた。
レースは終わったが、彼女たちの戦いは終わっていない。
ローレルはプライドを傷つけられ、ドーベルはリベンジを誓うだろう。
そして、新たに覚醒したフクキタル、独自路線を行くブライト。
中距離を極めつつあるスズカに、マイルを極めんとするタイキ。
この世代は、どこまで強くなるのだろうか。
どこまで混沌とするのだろうか。
『ヒャハハ! 面白くなってきやがったな! 来年はもっと忙しくなるぞ、マスター!』
ゴルシが楽しそうに笑う。
全くだ。
全距離制覇の夢。
そして、この個性豊かすぎるライバルたちとの狂騒曲。
ボクはマフラーを巻き直し、立ち上がった。
まずは、傷心の幼馴染と、プライドの高い先輩を慰めに行かなければならない。
それが、この騒動の中心にいるボクの責任なのだから。
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