TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
有馬記念の狂騒が終わり、トレセン学園は冬休みに入っていた。
大晦日。
世間が新年の準備に追われる中、ボク、ロールフィヨルテは、寮の自室で一人、窓の外に舞う雪を見つめていた。
(……そろそろ、答えを出さなきゃいけない)
ボクは鈍感な方かもしれないが、それでも気づかないフリを続けられるほど子供ではない。
サクラローレルからの、熱を帯びた視線と言葉。
メジロドーベルからの、重く、深く、そして一途な信頼。
二人の想いは、レースの勝敗を超えて、ボクという個に向けられている。それは友情やライバル関係の枠をとうに超えていた。
ローレルさんは「世界」を見せてくれるだろう。彼女と共に歩めば、ボクの才能は極限まで開花し、誰も見たことのない景色を見られるかもしれない。それは、ウマ娘としての本能が疼くような甘美な誘惑だ。
ドーベルは「隣」にいてくれる。ボクが弱音を吐ける唯一の場所であり、ボクが守りたいと願い、そしてボクを支えようと必死に強くなった存在。
どちらの手を取るか。あるいは、どちらの手も取らずに走るか。
悩み、眠れない夜を過ごし、ボクが出した答え。
それを伝えるために、ボクはコートを羽織り、部屋を出た。
待ち合わせ場所に指定したのは、学園の敷地内にある静かなベンチ。
粉雪が舞う中、彼女はすでに待っていた。
サクラローレル。
桜色のコートを羽織り、雪景色の中に佇む姿は、絵画のように美しく、そしてどこか儚げだった。
「……お待たせしました」
ボクが足音を立てると、彼女はゆっくりと振り返り、微笑んだ。
その笑顔には、これから告げられる言葉を予期しているような、諦観と僅かな期待が混じっていた。
「寒い中、呼び出してごめんなさい。……でも、どうしても今年のうちに、貴女の口から聞きたくて」
「はい。ボクも、逃げるつもりはありません」
ボクは彼女の隣に座った。少しの沈黙。
ローレルさんが、白い息を吐きながら口を開く。
「私、来年もまたフランスへ行きます。今度こそ、凱旋門賞を獲るために」
「……はい。ローレルさんなら、きっと獲れます」
「ええ。……でもね、ロールちゃん。私、一人では寂しいの」
彼女の手が、ボクの手に重ねられた。
冷たい指先。でも、そこから伝わる想いは火傷しそうに熱い。
「貴女が欲しいわ。帯同ウマ娘としてじゃない。……私の『パートナー』として。私のこれからの人生(レース)を、貴女と共に歩みたい」
それは、明確な愛の告白だった。
ウマ娘同士の結婚が当たり前に認められているこの世界において、その言葉は「一生を共にする」という契約だ。
「貴女の才能、その規格外の器。……私なら、もっと高いところへ連れて行ってあげられる。世界を旅して、二人で伝説を作るの。……ドーベルちゃんじゃ、貴女という怪物を御しきれないわ」
ローレルさんはボクの方を向き、潤んだ瞳で見つめてきた。
魔性の魅力。大人の余裕と、子供のような純粋な独占欲。
彼女の手を取れば、きっと刺激的で、誰もが羨む華やかな未来が待っている。
ボクは一度だけ目を伏せ、そして、真っ直ぐに彼女を見つめ返した。
「……光栄です。貴女のような人にそう言ってもらえるなんて、夢みたいだ」
「なら……」
「でも、ごめんなさい。ローレルさん」
ボクは、彼女の手を優しく、しかし拒絶の意思を込めて握り返した。
彼女の指が、ビクリと震える。
「ボクには……心に決めた相手がいます」
「……そうですか」
ローレルさんは、取り乱さなかった。
ただ、その瞳の光が揺れ、寂しげに細められた。
「ドーベルちゃん、ですわね」
「はい。……ボクは、彼女の『ヒーロー』でいたいんです」
ボクの脳裏に、幼い頃からのドーベルの姿が浮かぶ。
人見知りで、泣き虫で、それでもボクの後ろを一生懸命ついてきた彼女。
そして今、ボクの隣に立つために、歯を食いしばって三冠を獲った彼女。
「彼女が弱かった時も、強くなった今も、ボクの心の一番深い場所にはいつも彼女がいました。……世界への切符よりも、彼女の隣にある温もりが、ボクには何より大切なんです」
ボクの言葉に、ローレルさんはふゥ、と長く白い息を吐いた。
そして、重ねていた手をゆっくりと離した。
「……完敗ですわね。有馬記念でも、恋のレースでも」
彼女は立ち上がり、雪を払った。
その表情は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。
「幸せにおなりなさい。……でも、レースでは容赦しませんわよ? これからは貴女たちの前に立ちはだかって差し上げます」
「お手柔らかにお願いします、先輩」
ローレルさんは優雅に手を振り、雪の中へと消えていった。
その背中は、振られた惨めさなど微塵も感じさせない、誇り高き女王のものだった。
ボクは彼女が見えなくなるまで、深く頭を下げていた。
数時間後。
年が明け、除夜の鐘がゴーンと鳴り響く頃。
ボクは、初詣客で賑わう神社の境内の外れ、人目のつかない木陰にいた。
もう一人。
答えを待っている幼馴染の元へ。
「……遅い」
待ち合わせの場所に、彼女はいた。
メジロドーベル。
振袖姿だ。紫を基調としたシックな柄が、雪の白さに映えて、息を呑むほど美しい。
彼女は寒そうに手を擦り合わせながら、不安げにボクを睨んだ。
「ごめん。ちょっと、……大切な話をしてきて」
「……ローレルさんでしょ」
ドーベルは唇を噛んだ。
彼女も察していたのだ。今日、ボクがローレルさんに呼び出されていることを。そして、そこで何が行われるかを。
「……どうだったの」
問いかける声が震えている。
彼女は怖がっている。ボクが「世界」を選んで、遠くへ行ってしまうことを。
「断ってきたよ」
「えっ……」
ドーベルが目を見開く。
「も、もったいないことしたわね。世界への道、それに玉の輿だったのに……なんで……」
口では憎まれ口を叩いているが、その瞳からは涙がこぼれ落ちそうになっている。耳はパタパタと落ち着きなく動き、感情の乱れを隠せていない。
ボクは彼女の正面に立ち、その震える肩に手を置いた。
「ドーベル」
「……なによ」
「ボクは、君がいいんだ」
直球で伝えると、ドーベルの顔がボッと音を立てそうなほど赤く染まった。
「な、なによ急に……バカじゃないの……」
「バカでいいよ。……ボクはね、君が三冠を獲って強くなっても、やっぱり放っておけないんだ。君が泣いてたらハンカチを渡したいし、君が笑ってたら一番近くで見ていたい」
ボクは一歩踏み出し、彼女の手を取った。
冷え切ったかじかんだ手を、両手で包み込む。
「ボクと一緒に、ずっと隣で走ってくれないか? 幼馴染としてじゃなく……ボクの『パートナー』として」
境内の喧騒が遠のく。
世界にはボクたち二人しかいないような静寂。
ドーベルは俯き、しばらく沈黙していたが、やがてポツリと言葉を漏らした。
「……ずるい」
「え?」
「アンタはずるいよ。……私がどれだけアンタの背中を追いかけてきたと思ってるの。どれだけ、アンタの隣に立つために努力したと思ってるの」
ドーベルが顔を上げる。
その瞳から、堪えきれなくなった涙が溢れ出した。
「私だって……アンタがいなきゃダメなのよ。アンタが他の誰かを見るたびに、胸が苦しくて、張り裂けそうで……。アンタの『特別』になりたくて、三冠だって獲ったんだから!」
彼女はボクの胸に飛び込んできた。
振袖が乱れるのも構わず、強く抱きついてくる。
その衝撃と重みが、ボクに現実を教えてくれる。ああ、ボクはこの子を選んだんだ、と。
「責任取りなさいよ! 一生、私のヒーローでいなさいよ!」
「ああ。……約束する。一生、君だけのヒーローだ」
ボクは彼女を抱きしめ返した。
温かい。
これが、ボクが選んだ温度だ。
どんな名誉よりも、どんな勝利よりも、この温もりこそが、ボクがこの世界で手に入れた一番の宝物だ。
「……ロール」
ドーベルが濡れた瞳でボクを見上げる。
言葉はいらなかった。
ボクたちは雪が舞う中、静かに唇を重ねた。
甘く、切なく、そしてどこまでも愛おしい誓いの口づけ。
遠くで、新しい年の始まりを告げる花火が上がった。
本日11時に掲示板回更新します。
評価・お気に入り・感想お待ちしております
他サイトで投稿中の小説
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=335002&uid=349081
雑談等はディスコード鯖
https://discord.gg/92whXVTDUF
で