TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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ひとまずの区切り


35 年の終わりに

 有馬記念の狂騒が終わり、トレセン学園は冬休みに入っていた。

 大晦日。

 世間が新年の準備に追われる中、ボク、ロールフィヨルテは、寮の自室で一人、窓の外に舞う雪を見つめていた。

 

(……そろそろ、答えを出さなきゃいけない)

 

 ボクは鈍感な方かもしれないが、それでも気づかないフリを続けられるほど子供ではない。

 サクラローレルからの、熱を帯びた視線と言葉。

 メジロドーベルからの、重く、深く、そして一途な信頼。

 二人の想いは、レースの勝敗を超えて、ボクという個に向けられている。それは友情やライバル関係の枠をとうに超えていた。

 

 ローレルさんは「世界」を見せてくれるだろう。彼女と共に歩めば、ボクの才能は極限まで開花し、誰も見たことのない景色を見られるかもしれない。それは、ウマ娘としての本能が疼くような甘美な誘惑だ。

 ドーベルは「隣」にいてくれる。ボクが弱音を吐ける唯一の場所であり、ボクが守りたいと願い、そしてボクを支えようと必死に強くなった存在。

 

 どちらの手を取るか。あるいは、どちらの手も取らずに走るか。

 悩み、眠れない夜を過ごし、ボクが出した答え。

 それを伝えるために、ボクはコートを羽織り、部屋を出た。

 

 

 待ち合わせ場所に指定したのは、学園の敷地内にある静かなベンチ。

 粉雪が舞う中、彼女はすでに待っていた。

 サクラローレル。

 桜色のコートを羽織り、雪景色の中に佇む姿は、絵画のように美しく、そしてどこか儚げだった。

 

「……お待たせしました」

 

 ボクが足音を立てると、彼女はゆっくりと振り返り、微笑んだ。

 その笑顔には、これから告げられる言葉を予期しているような、諦観と僅かな期待が混じっていた。

 

「寒い中、呼び出してごめんなさい。……でも、どうしても今年のうちに、貴女の口から聞きたくて」

「はい。ボクも、逃げるつもりはありません」

 

 ボクは彼女の隣に座った。少しの沈黙。

 ローレルさんが、白い息を吐きながら口を開く。

 

「私、来年もまたフランスへ行きます。今度こそ、凱旋門賞を獲るために」

「……はい。ローレルさんなら、きっと獲れます」

「ええ。……でもね、ロールちゃん。私、一人では寂しいの」

 

 彼女の手が、ボクの手に重ねられた。

 冷たい指先。でも、そこから伝わる想いは火傷しそうに熱い。

 

「貴女が欲しいわ。帯同ウマ娘としてじゃない。……私の『パートナー』として。私のこれからの人生(レース)を、貴女と共に歩みたい」

 

 それは、明確な愛の告白だった。

 ウマ娘同士の結婚が当たり前に認められているこの世界において、その言葉は「一生を共にする」という契約だ。

 

「貴女の才能、その規格外の器。……私なら、もっと高いところへ連れて行ってあげられる。世界を旅して、二人で伝説を作るの。……ドーベルちゃんじゃ、貴女という怪物を御しきれないわ」

 

 ローレルさんはボクの方を向き、潤んだ瞳で見つめてきた。

 魔性の魅力。大人の余裕と、子供のような純粋な独占欲。

 彼女の手を取れば、きっと刺激的で、誰もが羨む華やかな未来が待っている。

 

 ボクは一度だけ目を伏せ、そして、真っ直ぐに彼女を見つめ返した。

 

「……光栄です。貴女のような人にそう言ってもらえるなんて、夢みたいだ」

「なら……」

「でも、ごめんなさい。ローレルさん」

 

 ボクは、彼女の手を優しく、しかし拒絶の意思を込めて握り返した。

 彼女の指が、ビクリと震える。

 

「ボクには……心に決めた相手がいます」

「……そうですか」

 

 ローレルさんは、取り乱さなかった。

 ただ、その瞳の光が揺れ、寂しげに細められた。

 

「ドーベルちゃん、ですわね」

「はい。……ボクは、彼女の『ヒーロー』でいたいんです」

 

 ボクの脳裏に、幼い頃からのドーベルの姿が浮かぶ。

 人見知りで、泣き虫で、それでもボクの後ろを一生懸命ついてきた彼女。

 そして今、ボクの隣に立つために、歯を食いしばって三冠を獲った彼女。

 

「彼女が弱かった時も、強くなった今も、ボクの心の一番深い場所にはいつも彼女がいました。……世界への切符よりも、彼女の隣にある温もりが、ボクには何より大切なんです」

 

 ボクの言葉に、ローレルさんはふゥ、と長く白い息を吐いた。

 そして、重ねていた手をゆっくりと離した。

 

「……完敗ですわね。有馬記念でも、恋のレースでも」

 

 彼女は立ち上がり、雪を払った。

 その表情は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。

 

「幸せにおなりなさい。……でも、レースでは容赦しませんわよ? これからは貴女たちの前に立ちはだかって差し上げます」

「お手柔らかにお願いします、先輩」

 

 ローレルさんは優雅に手を振り、雪の中へと消えていった。

 その背中は、振られた惨めさなど微塵も感じさせない、誇り高き女王のものだった。

 ボクは彼女が見えなくなるまで、深く頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 数時間後。

 年が明け、除夜の鐘がゴーンと鳴り響く頃。

 ボクは、初詣客で賑わう神社の境内の外れ、人目のつかない木陰にいた。

 

 もう一人。

 答えを待っている幼馴染の元へ。

 

「……遅い」

 

 待ち合わせの場所に、彼女はいた。

 メジロドーベル。

 振袖姿だ。紫を基調としたシックな柄が、雪の白さに映えて、息を呑むほど美しい。

 彼女は寒そうに手を擦り合わせながら、不安げにボクを睨んだ。

 

「ごめん。ちょっと、……大切な話をしてきて」

「……ローレルさんでしょ」

 

 ドーベルは唇を噛んだ。

 彼女も察していたのだ。今日、ボクがローレルさんに呼び出されていることを。そして、そこで何が行われるかを。

 

「……どうだったの」

 

 問いかける声が震えている。

 彼女は怖がっている。ボクが「世界」を選んで、遠くへ行ってしまうことを。

 

「断ってきたよ」

「えっ……」

 

 ドーベルが目を見開く。

 

「も、もったいないことしたわね。世界への道、それに玉の輿だったのに……なんで……」

 

 口では憎まれ口を叩いているが、その瞳からは涙がこぼれ落ちそうになっている。耳はパタパタと落ち着きなく動き、感情の乱れを隠せていない。

 ボクは彼女の正面に立ち、その震える肩に手を置いた。

 

「ドーベル」

「……なによ」

「ボクは、君がいいんだ」

 

 直球で伝えると、ドーベルの顔がボッと音を立てそうなほど赤く染まった。

 

「な、なによ急に……バカじゃないの……」

「バカでいいよ。……ボクはね、君が三冠を獲って強くなっても、やっぱり放っておけないんだ。君が泣いてたらハンカチを渡したいし、君が笑ってたら一番近くで見ていたい」

 

 ボクは一歩踏み出し、彼女の手を取った。

 冷え切ったかじかんだ手を、両手で包み込む。

 

「ボクと一緒に、ずっと隣で走ってくれないか? 幼馴染としてじゃなく……ボクの『パートナー』として」

 

 境内の喧騒が遠のく。

 世界にはボクたち二人しかいないような静寂。

 ドーベルは俯き、しばらく沈黙していたが、やがてポツリと言葉を漏らした。

 

「……ずるい」

「え?」

「アンタはずるいよ。……私がどれだけアンタの背中を追いかけてきたと思ってるの。どれだけ、アンタの隣に立つために努力したと思ってるの」

 

 ドーベルが顔を上げる。

 その瞳から、堪えきれなくなった涙が溢れ出した。

 

「私だって……アンタがいなきゃダメなのよ。アンタが他の誰かを見るたびに、胸が苦しくて、張り裂けそうで……。アンタの『特別』になりたくて、三冠だって獲ったんだから!」

 

 彼女はボクの胸に飛び込んできた。

 振袖が乱れるのも構わず、強く抱きついてくる。

 その衝撃と重みが、ボクに現実を教えてくれる。ああ、ボクはこの子を選んだんだ、と。

 

「責任取りなさいよ! 一生、私のヒーローでいなさいよ!」

「ああ。……約束する。一生、君だけのヒーローだ」

 

 ボクは彼女を抱きしめ返した。

 温かい。

 これが、ボクが選んだ温度だ。

 どんな名誉よりも、どんな勝利よりも、この温もりこそが、ボクがこの世界で手に入れた一番の宝物だ。

 

「……ロール」

 

 ドーベルが濡れた瞳でボクを見上げる。

 言葉はいらなかった。

 ボクたちは雪が舞う中、静かに唇を重ねた。

 甘く、切なく、そしてどこまでも愛おしい誓いの口づけ。

 

 遠くで、新しい年の始まりを告げる花火が上がった。

 

        




本日11時に掲示板回更新します。

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