TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
入学式が終わると、新入生たちはオリエンテーションまでの自由時間を与えられた。
多くの生徒が新しい友人と談笑したり、希望に胸を膨らませて学園内を散策したりしている。
だが、ボク、ロールフィヨルテは、校舎裏の桜の木の下で、幹に背中を預けて脂汗を流していた。
(……ぐ、ぐぅ……痛くて動けん……)
生まれたての子鹿のように震える足。
先日の実技試験で、グランアレグリアという「劇薬」を使用した代償だ。ゴールドシップと鍛えた体を持ってしても、未来のマイルの絶対女王の出力は規格外すぎた。
骨こそ無事だが、全身の筋肉繊維はぼろぼろ。強烈な筋肉痛がボクを襲い、いまだ調子が戻っていなかった。
一人になったボクは、誰とも関わらず、ひっそりと体力の回復を待つつもりだったのだが……。
『ねえロール! 暇だよ! どっか行こうよ! せっかくのトレセン学園だよ!?』
脳内で、グランアレグリアが騒ぎ出した。
彼女は先日の激走で完全にテンションが上がっており、まだ走り足りない様子だ。
(勘弁してくださいよグランさん……ボクは今、歩くのも辛いんです)
『だらしないなぁ! アタシのマスターなら、もっとシャキッとしてよね! ほら、あっちに面白そうな子いない?』
彼女が意識を向けた先。
人垣をかき分けるようにして、何かがこちらに向かってくる気配がした。
いや、「何か」ではない。「太陽」だ。
「ヘーイ!! そこのユー!! ロンリーデスカ!?」
金髪をなびかせ、弾けるような笑顔で突進してくる長身のウマ娘。
そして、その手には――嫌がっている栗毛のウマ娘の腕が、ガッチリと掴まれていた。
「……ちょ、ちょっと。離して、ください……」
「ノー! ノーデース! せっかくのセレブレーションの日デス! アローンはよくありマセン!」
ボクは息を呑んだ。
前世の記憶と知識が、彼女が誰かを教えてくれる。
引っ張っているのは、タイキシャトル。世界を制する最強マイラー。
引きずられているのは、サイレンススズカ。異次元の逃亡者。
この世代のトップランナー二人が、いきなり目の前に現れたのだ。
「ユーも、一人デスカ? 壁の花は退屈デス! 一緒にパーティーしまショー!」
タイキシャトルが、スズカさんを掴んでいない方の手で、ボクの肩をバンと叩いた。
痛い。筋肉痛の体にその衝撃はきつい。
「あ、えっと……ボクは……」
「ミーはタイキシャトルといいます! アメリカから来マシタ! こっちのクワイエットなガールは、えーと……」
「……サイレンススズカ、です」
スズカさんは、観念したように小さく名乗った。
その表情は「面倒なことに巻き込まれた」と雄弁に語っている。
しかし、彼女の澄んだ瞳がボクを捉えた瞬間、その色が少しだけ変わった。
「……貴女」
「は、はい」
「昨日の試験で、レコードを出した……」
スズカさんが、ボクの筋肉痛で震える太ももと、顔をじっと見比べる。
「……あの走り。凄かったわ」
ボソリと呟かれた言葉。
それはお世辞ではなく、純粋な事実の確認のようだった。
その瞬間、ボクの脳内で爆発的な反応があった。
『――ッ!? うそ、本物!? 本物のタイキ先輩!? それにサイレンススズカ!?』
グランアレグリアだ。
さっきまで「暇だ」と文句を言っていた女王様が、今は完全に「推しに会ったファンガール」のような声を上げている。
『やだ、どうしよう! タイキ先輩、マジでデカい! あの筋肉、やっぱりマイルの覇者だわ! ねえロール! サイン貰って! いや、やっぱり「アタシのこと知ってますか」って聞いて!!』
(うっさい! ちょっと黙っててくださいグランさん! 初対面ですよ!? というかあなたまだ生まれてないんだから知ってるわけないでしょ!!)
脳内の大騒ぎにこめかみを押さえていると、タイキさんが目を輝かせた。
「オー! ユーが昨日のレコードガールデスカ! アメージング! ミーも噂は聞いてマス! これはデスティニーデース!」
タイキさんが、今度はボクの腕をガシッと掴んだ。
右手にスズカさん。左手にボク。
捕獲完了、といった笑顔だ。
「3人ともニューフェイス! そして速い! これはもうフレンズになるしかありマセン!」
「え、あの、ボク足が痛くて……」
「ノープロブレム! ウォークならリハビリになりマス! さあ、レッツゴー!」
有無を言わせぬパワー。
ボクとスズカさんは顔を見合わせた。
スズカさんは「諦めましょう」というように、小さくため息をついて首を振った。
こうして、学園探検ツアーが強制的に始まった。
先頭を歩くタイキシャトル。
引きずられるように着いていくサイレンススズカ。
そして筋肉痛を引きずりながら着いていくボク、ロールフィヨルテ。
「ここがジムデス! ミーはここでパワーを鍛えたいと思ってマース!」
「……ここが直線の坂道。スピードトレーニングには良さそう」
二人の反応は対照的だ。
タイキさんは見るもの全てに興奮し、スズカさんは静かに、しかし鋭く走路のコンディションをチェックしている。
そして、ボクの脳内ではグランアレグリアが大はしゃぎだ。
『ねえ見てロール! タイキ先輩のあのバネ! 歩いてるだけで地面を弾いてるみたい! あ、でもスズカの歩き方も綺麗! 軸が全然ブレてない!』
(グランさん、分析してる場合ですか。ボクはもう足が限界ですよ……)
『頑張れロール! ここでへばったらアタシの顔に泥を塗ることになるよ! ほら、胸張って!』
スパルタだ。
そんな中、ふとスズカさんがボクの顔を覗き込んだ。
「……ねえ」
「は、はい!」
「貴女、どんな距離を走るつもり?」
静かな問いかけ。だが、そこには確かな興味の色がある。
昨日の走りを見たからこそ、彼女はボクを「同類」として認識してくれているようだ。
「えっと……まだ、模索中です……中長距離の適性があるかなと思っていますが……」
「そう」
実際短距離から長距離まで、借りる相手を変えればすべて走れないことはない。今のところ一番馴染んでいるのがゴールドシップなので中長距離かなと思っているが……マイルだって頑張れば行けるし短距離だってやろうと思えば行けるだろう。
そんなことを考えているとスズカさんは、遠くのターフを見つめた。
「昨日の貴女の走り……風みたいだった。……私、先頭で走るのが好きなんだけど」
「はあ」
「貴女になら、追いつかれてもいいかもって……一瞬、思ったわ」
ドキリとした。
「異次元の逃亡者」からの、最大級の賛辞ではないか。
これには、脳内の女王様も黙っていなかった。
『……へえ。言うじゃない』
グランアレグリアの声色が、ミーハーなものから、鋭い「勝負師」のものに変わる。
『あの子、静かだけど……中身はアタシたちと同じだね。「誰にも前を走らせない」って顔してる。……いいよロール、合格だわ! この二人、アタシのライバルにふさわしい!』
勝手に合格を出された。
すると、前を歩いていたタイキさんが振り返った。
「ヘーイ! 二人でこそこそトークはズルいデース! ミーも混ぜてクダサイ!」
「ふふ、ごめんなさい。……彼女の走りが、少し気になって」
「ワオ! スズカが他人に興味を持つなんてレアデスネ! やっぱりロールは只者じゃないデース!」
タイキさんがニカっと笑い、ボクの背中をバシバシ叩く。
だから痛いってば。
「よし! ツアーの最後は、カフェテリアデース! フレンズになるには、同じ釜のライスを食べることデース!」
「……お腹、空いてたんですか?」
「オフコース! 腹が減ってはバトルができぬ、デース!」
呆れるスズカさんと、豪快なタイキさん。
ボクはその光景を見ながら、不覚にも少し笑ってしまった。
太陽のようなマイラーと、静寂の逃亡者。
そして脳内の騒がしい女王様。
ボッチで過ごそうとしていた自由時間は、想像以上に賑やかで、そして「速い」ものになってしまった。
(……まあ、悪くないかな。足は痛いけど)
ボクは二人の背中を追いかけた。
その一歩一歩が、これからの日々の、最初の一歩であった。