TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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44 ジャパンカップ前に

 11月。

 秋の深まりと共に、木々が鮮やかな紅葉に染まる季節。

 世間ではジャパンカップのCMが流れ始め、年末に向けたレースへの熱が高まりを見せている頃。

 

 ボク、ロールフィヨルテは、トレセン学園近くにあるオーダーメイド衣装店の試着室で、鏡に映る自分の姿に戦慄していた。

 

「……嘘だろ」

 

 事の発端は数週間前に遡る。

 昨年度の年度代表ウマ娘として、そして来るジャパンカップに向けた「日本総大将」として、新しい勝負服を新調することになった時のことだ。

 ボクはデザイナーにこうオーダーした。

 

 『日本総大将に相応しい、和風で勇ましい感じで。でも動きやすさも重視して』

 

 ボクの脳内にあったイメージは、例えばゴールドシチーが着ているような、振袖とミニスカートを合わせた、雅やかでモダンな衣装だった。あるいは、武将のような陣羽織をアレンジしたものとか。

 少なくとも、こんなものではなかったはずだ。

 

 カーテンの向こうから、デザイナーの自信満々な声が聞こえる。

 

「どうですかロールさん! 最新の伸縮素材を使用した、空気抵抗ゼロの勝負服です! 和のテイストとして、鎖帷子(くさりかたびら)と忍装束をモチーフにしました!」

「……いやなんでそれでこのテカテカした全身タイツになるんですか」

 

 鏡の中のボクは、身体のラインがくっきりと浮き出る、毒々しいほど艶やかな紫紺色のボディスーツに包まれていた。

 素材はラバーか、あるいは特殊なエナメルか。光を反射してヌラヌラと輝いている。

 首元から足首までを覆っているが、胸元は大胆なカッティングで谷間が露わになり、太ももや二の腕、脇腹部分の要所要所がメッシュ加工で肌色が透けている。

 申し訳程度に和風の甲冑のようなパーツがついているが、それが逆に「くノ一」というか、某「対魔」の戦士のような背徳的な雰囲気を醸し出していた。

 

『ブフォッ! ギャハハハハ! なんだそりゃ! 感度3000倍になりそうな服だなオイ!』

 

 脳内でゴールドシップがのたうち回って爆笑している。

 

『オークに捕まる前の女騎士か? それとも任務失敗する気満々のくノ一か? 傑作だぜ!』

(笑い事じゃないぞゴルシ! なんだよこれ、どこに出しても恥ずかしいよ!)

 

『あら……。機能性は高そうだけど、随分と趣味に走ったわね』

 

 アーモンドアイも若干引き気味だ。彼女の美的センスからすると、この「フェティッシュ全振り」のデザインは理解の範疇を超えているらしい。

 どうやら「動きやすさ(空気抵抗ゼロ)」と「和風(忍者)」を極解釈した結果、こうなったらしいが……

 

「いや、さすがにこれは……。デザイナーさん、ちょっと相談が……」

 

 ボクが着替えようとカーテンに手をかけた、その時だった。

 

「ロール、入るわよ」

 

 シャッ。

 無遠慮にカーテンが開けられ、メジロドーベルが入ってきた。

 彼女はボクの新しい勝負服の仕上がりを気にして、ついてきていたのだ。

 

「……あ」

 

 ドーベルの瞳孔が開く。

 時が止まった。

 彼女の視線が、ボディスーツに包まれたボクの豊満なバスト、くびれたウエスト、そして光沢素材によって強調された太ももの筋肉の隆起へと吸い寄せられていく。

 メッシュ越しに見える肌と、ラバーの締め付けによる肉感。

 ボクは恥ずかしさで顔を覆った。

 

「見ないでくれドーベル! 手違いなんだ! すぐに突き返して……」

「……待って」

 

 ドーベルがボクの手首を掴んだ。その力は万力のように強かった。

 恐る恐る顔を上げると、彼女は見たこともないような熱っぽい瞳で、荒い息を吐いていた。

 それは恋人の目ではない。

 獲物を見つけた狩人の目であり――創作のインスピレーションを得た「作家」の目だった。

 

「……いい。凄く、いいわ」

「え?」

「その、体のラインが全て露わになる素材……退廃的なのに機能的なデザイン……。まさに、『敗北を知る女騎士』……いや、『任務に失敗して捕らえられた対魔忍』……!」

 

 ブツブツと何やら専門的な妄想を呟いている。

 彼女はトゥインクルシリーズにおける女王であると同時に「どぼめじろう」というペンネームで活動する同人作家なのだ。

 そんな彼女の目の前に、その「理想の素材」である恋人が現れたとしたら?

 

「……ロール」

「は、はい」

「今日、外泊届出してくるから」

「えっ」

「取材よ。……その衣装の構造と、耐久性と、着心地を……朝まで徹底的に調べさせてもらうわ」

 

 彼女の目には、どす黒い独占欲と、クリエイターとしての業が渦巻いていた。

 逃げ場はなかった。

 ボクは悟った。今夜、この対魔忍スーツを着たまま、彼女の創作活動という名の愛の暴走の餌食になるのだと。

 

 

 

 ……翌週。

 エリザベス女王杯。

 秋晴れの京都レース場のパドックには、肌ツヤが良く、内側から発光するようなオーラを纏ったメジロドーベルの姿があった。

 その美しさは、これまでの儚げな深窓の令嬢というイメージを塗り替え、成熟した大人の色香を漂わせていた。

 

「……ドーベル、元気だね」

 

 応援に駆け付けたボクが声をかけると、彼女は艶然と微笑んだ。

 

「ええ。……たっぷりと栄養補給させてもらったから」

 

 その言葉の意味を知っているボクは、顔を赤くして視線を逸らすしかなかった。

 あの夜、彼女は本当に一晩中、ボクのスーツのあらゆる部分を触診し、撮影し、そして……まあ、色々と試したのだ。

 その結果、彼女の創作意欲と独占欲は完全に満たされたらしい。

 

 レース本番。

 メジロドーベルは強かった。

 ライバルである先輩、女帝エアグルーヴとの一騎打ち。直線での競い合いを制し、見事にエリザベス女王杯連覇を達成した。

 ゴール板を駆け抜ける彼女の姿は、まさに女王。

 彼女の勝負服の下には、ボクとの「濃密な夜」の記憶という、誰にも負けない自信が隠されていたのだ。

 

 

 

 一方、ボクはというと――。

 10月末に行われた天皇賞(秋)。

 そこでボクは、サイレンススズカと激突した。

 

 あの日。東京レース場の2000m。

 『沈黙の日曜日』という不吉な運命を実力でねじ伏せ、完成された大逃げを打つスズカ。

 彼女の背中は、春の宝塚記念の時よりもさらに遠く、速くなっていた。

 前半1000mを57秒4で通過するという、常識外れのハイペース。

 

 ボクは、第3コーナーから強引に捕まえに行った。

 ペース配分など無視した、玉砕覚悟のロングスパート。

 互いに限界を超えた領域での競り合い。

 後続を10バ身以上置き去りにした、二人だけの世界。

 

 だが、その代償は大きかった。

 直線半ば、両者の足が止まった。

 そこへ――。

 

『ふふふ! 笑う門には福来る! 漁夫の利こそ兵法の極意ですぅ~!』

 

 大外から飛んできたマチカネフクキタルに、まとめて撫で斬りにされた。

 彼女の神懸かり的な末脚は、消耗しきったボクたちをあざ笑うかのように飲み込んでいった。

 

 結果、1着フクキタル、2着スズカ、3着ボク。

 またしても敗北。

 だがあの大逃げ合戦は「伝説の死闘」として語り継がれることになったし、フクキタルの実力も本物だと証明された。

 

 そして、世界からは朗報が届いていた。

 タイキシャトル、フランスのマイルGⅠ、ジャック・ル・マロワ賞制覇。

 シーキングザパールに続く、日本のウマ娘による海外GⅠ制覇の快挙。

 さらに、メジロブライトはオーストラリアへ遠征し、現地の長距離GⅠ、メルボルンカップを制覇。ステイヤーとしての才能を世界に見せつけた。

 

 仲間たちが世界で結果を残す中、ボクはいよいよ、今年最大の決戦へと向かおうとしていた。

 ジャパンカップ。

 日本総大将として、迎え撃つべき相手は海外のウマ娘だけではない。

 もっと近くに、もっと危険な「黄金」が輝いていた。

 

 

 

 11月下旬。ジャパンカップ・ウェルカムパーティー。

 都内のホテルで行われたレセプション会場には、世界各国の強豪ウマ娘や関係者が集っていた。

 シャンデリアが煌めき、高そうな料理が並ぶ中、今年一番の注目を集めていたのは、招待された海外のウマ娘たちではなく、日本が誇る「黄金世代」の新星たちだった。

 

「デース! ロール先輩! お久しぶりデース!」

 

 元気よく挨拶してきたのは、怪鳥のマスクをつけたエキセントリックなウマ娘。

 エルコンドルパサー。

 NHKマイルカップを制し、ジャパンカップへ参戦してきた無敗の怪鳥。

 その隣には、純朴な瞳の中に強い意志を宿したウマ娘がいた。

 

「ロール先輩! 今日はよろしくお願いします!」

 

 スペシャルウィーク。

 日本ダービーを制した、黄金世代の筆頭格。北海道から来た夢の体現者。

 

「やあ、二人とも。調子はどうだい?」

 

 ボクがグラスを片手に微笑むと、エルコンドルパサーが鼻息荒く身を乗り出した。

 

「絶好調デース! 毎日王冠ではスズカ先輩に完敗しマシタが……あの敗北でミーはさらに強くなりマシタ! 今日こそ、日本のトップを狩らせてもらいマス!」

「私もです! ダービーウマ娘として、先輩には負けられません!」

 

 二人とも、ボクに対する畏怖はない。

 あるのは「超えるべき壁」への純粋な闘争心だけだ。

 10月の毎日王冠。そこでサイレンススズカは、エルコンドルパサーとグラスワンダーという黄金世代の二強を相手に、影をも踏ませぬ逃亡劇を見せて完勝した。

 だが、彼女たちは折れていない。むしろ、その敗北を糧に進化している。

 今の日本のレベルは、間違いなく史上最高潮に達している。

 

「……ふふ。威勢がいいわね」

 

 涼やかな声と共に、サイレンススズカが現れた。

 彼女もまた、ジャパンカップへの参戦を決めていた。秋の天皇賞でフクキタルにさらわれた勝利を取り戻すために。

 そして何より、自分に挑んでくる可愛い後輩たちを返り討ちにするために。

 

「スズカ」

「ロール。……あの変な勝負服、着ることにしたの?」

 

 スズカがクスクスと笑う。

 ボクの「対魔忍スーツ」の噂は、すでにトレセン学園中に広まっていたらしい。

 エルコンドルパサーまで「ニンジャ・スーツ! クールデース!」と目を輝かせている。

 

「……笑わないでくださいよ。あれでも、機能性は最高なんです。ドーベルのお墨付きですから」

「ええ。分かっているわ。……でも、気をつけて」

 

 スズカの表情が、スッと真剣なものに変わる。

 

「今のエルとスペちゃんは、私たちが戦ってきた誰よりも『熱い』わよ。……特にエル。彼女は毎日王冠の時とは別人よ」

 

 エルコンドルパサーがマスクの下で不敵に笑う。

 スズカの警告はもっともだ。

 黄金世代。

 彼女たちのポテンシャルは、ボクたち97年世代とはまた違う、底知れなさがある。

 

「望むところだよ。……ボクは日本総大将だ。誰が相手でも、受けて立つさ」

 

 ボクは言い切った。

 調子が悪い? 関係ない。

 今のボクの中には、全距離を制覇した経験と、最強の魂たちがいる。

 そして何より、ドーベルとの「濃密な取材」のおかげで、ボクの精神(メンタル)も満たされ、やる気に満ち溢れている。

 守るべき格好良さと、晒すべき情けなさの両方を知ったボクは、もう無敵だ。

 

「エルコンドルパサー、スペシャルウィーク。……かかっておいで。君たちの黄金の輝きが、ボクの『非存在』を照らせるか、試してあげるよ」

 

 ボクの挑発に、二人の新星が不敵に笑い返す。

 その奥で、女帝エアグルーヴも静かに闘志を燃やしている。

 

 1998年、ジャパンカップ。

 古き王と、新しき英雄たち。

 そして異次元の逃亡者。

 全ての因縁が交差する、世紀の一戦が始まろうとしていた。

 

 ボクは覚悟を決めた。

 あの恥ずかしいスーツを着て、日本最強の座を死守することを。

 例えそれが「対魔忍」に見えようとも、走れば「総大将」に見えるはずだ。……たぶん。

 

『見えねぇよ! どう見てもくっ殺くの一だよ!』

 

 ゴルシのツッコミを無視して、ボクはグラスを一気に飲み干した。

 宴の時間は終わりだ。

 次はターフの上で決着をつける。




どぼめじろう先生の新刊は 金髪ウマ娘対魔忍くっ殺ものです。
売り子にヒロインと似たウマ娘がいますが特に作品の内容とは関係ございません。

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