TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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6 幼馴染と将来の夢

 入学式後の喧騒の中。

 ボク、ロールフィヨルテは、校舎の裏手にある人気のない中庭のベンチで、一人の少女と向き合っていた。

 

「……嫌よ」

「そこをなんとか! 頼むよドーベル! ボクの命がかかってるんだ!」

 

 ボクが拝み倒している相手は、メジロドーベル。

 クールな目元が印象的な美少女だが、その実は極度の人見知りであり、特に男性が大の苦手という内気なウマ娘だ。

 メジロ家に出入りしていたボクとは、8年来の幼馴染にあたる。

 彼女はボクのことを「中身がちょっと枯れたおじさんっぽいから、安心できる」という理由で、心を許してくれている友人だ。

 

「なんで私が、あんな人がいっぱいいるところに行かなきゃいけないのよ。……無理。帰って漫画描きたい」

 

 ドーベルがベンチの上で膝を抱えて拒否する。

 彼女の纏うオーラは完全に「帰宅部エース」のそれだ。

 

「一人だと心細いんだよ……。相手はあの『皇帝』シンボリルドルフだよ? 今はURAの重鎮として来賓室にいるんだ。ボク一人で突撃したら、緊張で胃に穴が開く」

「自業自得じゃない。ラモーヌさんの頼みなんて、適当に流せばよかったのに」

「それができたら苦労しないよ……」

 

 渋るドーベルに対して、ボクは最後の切り札(カード)を切ることにした。

 

「……わかった。じゃあ、次の『夏の祭典』。売り子やるよ」

「っ!」

 

 ドーベルの耳がピクリと反応し、顔がバッと上がった。

 彼女は趣味で漫画を描いている。それも、かなりの大手サークルだ。

 夏の祭典――すなわち、同人誌即売会。そこでは大量の在庫搬入と、長時間の接客という重労働が待っている。

 

「……本気?」

「本気だ。肉体労働どんとこいだよ。段ボール箱4つくらいなら同時に持てるし、大量搬入もどんとこいだ」

「……それだけじゃ足りない」

 

 ドーベルの瞳が、クリエイター特有の怪しい光を帯びる。

 

「売り子やるなら……コスプレもして」

「は?」

「アンタのその体、映えるから。私の新刊のキャラ、ちょうどアンタみたいな高身長でグラマラスな女騎士なの。……客寄せパンダになりなさい」

「ええええ……」

 

 ボクは絶句した。

 中身おっさんのボクに、女騎士のコスプレをして晒し者になれと?

 だが、ドーベルの目はマジだ。「それが条件」と語っている。

 背に腹は代えられない。

 

「……わ、わかった。やるよ。着ればいいんだろ!」

「交渉成立ね。……ほら、行くわよ。さっさと終わらせて帰る」

 

 ドーベルは満足げに口元を緩めると、すっくと立ち上がった。

 現金なやつだ。

 

 

 

 

 来賓室へと続く廊下。

 そこは、入学式を終えた新入生や保護者、そして学園関係者でごった返していた。

 

「うぅ……やっぱり人多い……帰りたい……」

 

 さっきまでの威勢はどこへやら、ドーベルがボクの背中に隠れるようにして歩く。

 彼女にとって、ボクのデカい体は物理的な「遮蔽物」として機能しているようだ。

 ボクの制服の背中をギュッと掴む手から、彼女の緊張が伝わってくる。

 

「大丈夫だよ。ボクが前を歩くから」

「……うん。お願い」

 

 ボクたちは人波をかき分け、ようやく重厚な扉の前にたどり着いた。

 『来賓控室』のプレート。

 中には、かつてトレセン学園の生徒会長として君臨し、現在はレース界を統べる立場にある「皇帝」がいる。

 

(……よし、行くぞ)

 

 ボクは深呼吸をして、ノックした。

 許可の声を聞き、扉を開ける。

 

 部屋の中には、革張りのソファに深く腰掛けたシンボリルドルフがいた。

 10年前の映像よりもさらに大人びて、洗練されたスーツ姿。

 その瞳には、現役時代とは違う種類の、底知れぬ理知的な光が宿っている。

 

 彼女はボクたちの顔を見るなり、「おや」と表情を緩めた。

 

「新入生のロールフィヨルテ君に……後ろにいるのは、メジロのドーベル君だね?」

 

 知られている。

 ボクはラモーヌさんの使いっ走りとして何度か顔を合わせているし、ドーベルはメジロ家の令嬢として面識があるのだろう。

 

「し、失礼します! 本日は、ある方からの伝言を預かって参りました!」

「ほう? ある方、というのはラモーヌかな?」

 

 ルドルフが察したように苦笑する。

 ボクは直立不動になり、意を決して「爆弾」を投下した。

 

「はい! 『いつまで会議室でふんぞり返っているの。貴女が走らないと、帝国の威光も錆びつくわよ』……以上です!」

 

 言った。言ってしまった。

 URAの幹部に対して「ふんぞり返っている」「錆びつく」という暴言。

 部屋に、重苦しい沈黙が落ちた。ドーベルがボクの背中で「ひっ」と息を呑む。

 

 だが次の瞬間。

 

「……クックック。ははははッ!」

 

 ルドルフが、声を上げて笑った。

 それは作り笑いではなく、心の底から愉快そうに響く笑い声だった。

 

「いや、失敬。……まさか、こんな晴れの日に、彼女からそんな痛烈な祝辞をもらうとはね」

 

 彼女は立ち上がり、窓の外のターフを見下ろした。

 

「『ふんぞり返っている』か。……耳が痛いな。確かに最近は、書類と睨めっこばかりで、土の匂いを忘れていたかもしれない」

 

 その背中から、ゆらりと陽炎のような覇気が立ち上る。

 

「伝えてくれ。『錆びついた剣など持っていない。いつでも抜けるよう、研いである』とね」

「は、はい! 必ず!」

 

 そして、ルドルフはボクの方へ向き直り、その瞳をスッと細めた。

 そこには、穏やかな重鎮としての光ではなく、獲物を見つけた猛獣のようなギラついた光があった。

 

「それと、ロールフィヨルテ君」

「はいっ?」

「昨日の試験。……見せてもらったよ。この目でね」

 

 ドキリとした。

 やはり、あの時スタンドにいたのは幻覚ではなかったのだ。

 

「凄まじいレコードだった。……いや、タイムだけではない。あの爆発的な加速、あのフォーム。まるで『マイルの極致』を見せつけられたようだった」

 

 ルドルフが一歩踏み出す。

 空気がビリビリと震える。

 

「正直に言おう。……火がついたよ。久々に、私の奥底にある『皇帝』としての血が騒いだ。君のような規格外のルーキーが現れたことにね」

「き、恐縮です……」

 

 なんだかんだで寛容な態度しか見たことがないボクは、今まで見たことのない鋭い視線を向けられて腰が引ける。

 

「期待しているよ。その規格外の能力で、この学園にどんな嵐を巻き起こすのか」

 

 そして、彼女の視線はボクの背後のドーベルにも向けられた。

 

「ドーベル君もだ。メジロのおばあさまからは、君の素質の高さを聞いている。メジロの悲願……君なら、あるいは」

「っ……! は、はい……!」

 

 ドーベルが小さく、しかし力強く頷く気配がした。

 

「よし、用件はそれだけかな? 私もそろそろ次の会議がある。それではな」

 

 

 

 廊下に出ると、ボクたちは同時に大きく息を吐いて、その場にへたり込んだ。

 

「……し、死ぬかと思った……」

「心臓に悪いわよ……。あの人、笑いながら目が燃えてたわよ……」

 

 ドーベルが胸を押さえて荒い息をつく。

 ボクも同感だ。

 まさかあんなに真正面から「火がついた」宣言をされるとは思わなかった。

 

「でも、助かったよドーベル。君がいてくれてよかった」

「……私は何もしてないわよ。ただ後ろにいただけ」

「それが大事なんだよ。……さて、これで夏コミの件は確定だな。女騎士のコスプレでもなんでもやってやるよ」

「ふふ、言質取ったからね。逃がさないわよ」

 

 ボクたちは顔を見合わせて、小さく笑った。

 

 窓の外では、桜の花びらが舞っている。

 これから始まる学園生活。

 同期には、タイキシャトルやサイレンススズカといった怪物たちがいる。

 そして、上にはあんな恐ろしい皇帝がいる。

 

「ねえ、ロール」

「ん?」

「……アンタは、どうしたいの? この学園で」

 

 ドーベルが、不意に真面目な顔で聞いてきた。

 

「私は……人前に出るのは苦手だし、目立つのも嫌いだけど……でも」

 

 彼女は自分の手をぎゅっと握りしめた。

 

「ティアラが、欲しいの」

「ティアラ?」

「うん。トリプルティアラ。……メジロの家の悲願とか、そういうのもあるけど。私自身が、あの輝きに憧れてる。……ラモーヌさんみたいな、強いウマ娘になりたい」

 

 内気な彼女の奥底にある、確かな熱。

 それは、ボクが知っている「メジロドーベル」という名牝の輝きそのものだった。

 

「そっか。……応援するよ、ドーベル」

「……アンタは?」

 

 ボクは空を見上げた。

 何物でもないボク。空っぽの器。

 だけど、そこには今、いろいろな魂と、それらに協力してもらった身体と技術があった。

 

「ボクは……見せたいんだ」

「何を?」

「『あらゆる走り』を。古今東西、すべての名バたちの輝きを、この体で再現して証明したい」

 

 ボクは拳を握りしめる。

 

「何者でもないからこそ、何にでもなれる。……ボクは、この世界で一番自由で、一番変幻自在なウマ娘になってみせるよ」

 

 それは、途方もない夢だ。

 でも、口に出してみると、不思議と体の底から力が湧いてくる気がした。

 

「……ふーん。欲張りね」

「まあね。君の漫画のネタには困らせない自信があるよ」

「期待しとくわ。……つまんなかったら、修正液で消してやるから」

 

 ボクたちは立ち上がり、廊下を歩き出した。

 筋肉痛の足はまだ痛む。胃もまだ痛い。

 だけど、隣には夢を語れる幼馴染がいて、前には無限の走路(ターフ)が広がっている。

 

 ボクたちの「黄金の物語」は、まだ始まったばかりだ。




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