TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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うちのドンちゃんはへちょへちょゴリラです。


45 ジャパンカップ

 11月下旬。東京レース場。

 日本レース界の総決算、ジャパンカップ。

 世界各国の強豪ウマ娘と、日本が誇る精鋭たちが激突する国際GⅠ。

 その舞台裏、検量室前のベンチで、ボク、ロールフィヨルテは頭を抱えていた。

 

「……参ったな」

 

 ボクが身に纏っているのは、先日新調したばかりの「対魔忍スーツ(と周囲に呼ばれている和風戦闘服)」だ。

 見た目の恥ずかしさはさておき、機能性は抜群。ドーベルによる「耐久テスト」もクリア済みで、準備は万端のはずだった。

 だが、肝心の手伝ってもらう中身、ウマソウルが決まっていない。

 

 当初の予定では、東京2400mという舞台に最も適した、あの女帝にお願いするつもりだった。

 

(……アイさん。そこをなんとか、お願いできませんか?)

 

 ボクは脳内で、必死に頭を下げていた。

 相手はアーモンドアイ。芝GⅠ9勝、ジャパンカップを2度制した絶対女王。

 彼女以上の適任はいない。

 

 だが、返ってきたのは冷ややかな拒絶だった。

 

『嫌よ。絶対に嫌』

 

 彼女はそっぽを向いて、ネイル(幻覚)の手入れをしている。

 

『安田記念のこと、忘れたわけじゃないでしょうね? 「私の技術があれば大丈夫」なんておだてておいて、蓋を開ければあの泥んこ祭り。……私の美貌が泥まみれになった屈辱、まだ許してないわ』

(あれは天候のせいで……今日は良バ場ですよ!)

『信用できないわ。それに、今のあなたは「迷い」こそ吹っ切れたみたいだけど、どこか荒っぽい。……私の繊細なステアリングには合わないわ』

 

 取り付く島もない。

 彼女は一度ヘソを曲げると長いのだ。

 

(困った……。スズカに、エルコンドルパサーにスペシャルウィーク。相手は化け物揃いだ。生半可な魂じゃ太刀打ちできない)

 

 ジャパンカップを勝ち切れる、圧倒的な力を持つウマ娘。

 東京2400mを得意とし、アーモンドアイに匹敵する実績を持つ存在。

 ……一人、心当たりがあった。

 

(……彼女しかいないか)

 

 ボクは記憶に一頭の競走馬が浮かぶ。

 ジェンティルドンナ。

 牝馬三冠を達成し、ジャパンカップを連覇。有馬記念、ドバイシーマクラシックも制した、歴史に残る名牝。

 その異名は「貴婦人」。

 だが、レースぶりは貴婦人とは程遠い。

 正直、苦手なタイプだと思っていた。

 ゲームやメディアでの彼女は、常に尊大で、自信に満ち溢れ、「私がルールです」と言わんばかりの圧力を放っている。

 今のボクの精神状態で、そんな強烈な自我を御しきれるだろうか。

 

(でも、背に腹は代えられない。……ジェンティルドンナさん! 応答願います!)

 

 ボクは意を決してアクセスした。

 すると、脳内の空間が歪み、重厚な鉄扉のようなものが現れた。

 ギギギ……と重々しい音を立てて扉が開く。

 そこから現れたのは――。

 

『……ひぃっ!?』

 

 悲鳴だった。

 現れたウマソウルは、想像していた「尊大な女帝」ではなかった。

 身長は高い。筋肉の付き方も素晴らしい。

 だが、彼女は背中を丸め、ビクビクと周囲を警戒し、部屋の隅で体育座りをして縮こまっていた。

 

『な、ななな、何ですかここ……! 人がいっぱい……視線がいっぱい……! 怖い……帰りたい……おうちに帰りたいですわ……!』

 

(……はい?)

 

 ボクは目をパチクリさせた。

 これが、ジェンティルドンナ? あの、オルフェーヴルを弾き飛ばした女傑?

 

 すると、今まで黙っていたゴールドシップが、ニヤリと笑って身を乗り出した。

 

『おう、久しぶりだなゴリラ女! 元気してたかァ?』

『ひぃいいいいいッ!! し、白い悪魔!? なんでここにいますのーーッ!?』

 

 ジェンティルドンナが、ゴルシを見るなり真っ青になって後ずさった。

 そうか。彼らは同年代でシニア級で何度も対戦した仲だ。

 どうやら彼女にとって、ゴールドシップはトラウマ級の「関わりたくない相手」らしい。宝塚で跳ね飛ばされていたしな……

 

『おいマスター、こいつ、リングの外じゃこんなナリなんだよ。「極度の外弁慶」ってやつだな』

 

 ゴルシが爆笑している。

 ジェンティルドンナは、涙目になりながらボクに訴えかけてきた。

 

『あ、あの……私、知らない人と話すの苦手なんですの……。外に出ると疲れるし、みんなジロジロ見るし……。部屋で筋トレして、プロテイン飲んで寝てたいんですの……』

 

 彼女は、極度の「引きこもり」のようだった。

 その恵まれた体格と才能を持ちながら、精神(メンタル)は小動物のように脆い。

 だが、そのオドオドした仕草、上目遣いで助けを求める視線。

 どこか、既視感があった。

 

(……ドーベル?)

 

 そう。昔の、人見知りで、男の人が苦手で、ボクの後ろに隠れてばかりいた頃のメジロドーベルにそっくりなのだ。

 才能を持っているのに、自分に自信がなく、世界を怖がっている。

 

 ――可愛い。

 

 ボクの中で、庇護欲にも似たスイッチが入った。

 

(大丈夫ですよ、ジェンティルさん。怖くないですから)

『ほ、本当ですの……? でも、外には怖いウマ娘がいっぱい……それに、あの白いのもいますし……』

(ボクがついてます。貴女のその「力」を貸してください。……すぐに終わらせて、お部屋に帰してあげますから)

『す、すぐに帰れますの? 約束ですわよ?』

 

 彼女はコクコクと頷き、恐る恐るボクの手(イメージ)を握り返してきた。

 その手は震えていたが、握力は万力のように強かった。骨がミシミシと音を立てた。

 

『わ、わかりましたわ……。さっさと終わらせて、引きこもりますわ……!』

 

 交渉成立。

 「力こそパワー」。

 繊細な技術も、複雑な駆け引きもいらない。

 ただ、圧倒的なフィジカルでねじ伏せればいい。

 ボクは、この「へちょい貴婦人」と共に、世界を相手に喧嘩を売ることに決めた。

 

 

 

 パドック。

 晩秋の陽光が、ボクの紫紺のボディスーツを艶めかしく照らし出す。

 14万人を超える大観衆の熱気。

 その中心で、ボクは震えるジェンティルドンナの魂をなだめながら周回していた。

 

『ううう……人が多いですわ……酸素が薄いですわ……目が合ったら石化しそうですわ……』

(大丈夫、みんな貴女の美しさに見惚れてるだけですよ。……胸を張ってください。貴女は最強なんです)

 

 ボクが宥めると、彼女は少しだけ背筋を伸ばした。素直で可愛い。

 

「デース! ロール先輩! そのスーツ、改めて見るとクレイジーでクールデース!」

 

 元気よく声をかけてきたのは、怪鳥のマスクをつけたエルコンドルパサーだ。

 NHKマイルカップ覇者にして、底知れぬポテンシャルを秘めた黄金世代の怪鳥。

 彼女の筋肉は、バネのようにしなやかで、爆発的なエネルギーを内包している。

 

「やあ、エル。調子は良さそうだね」

「モチロン! 今日はミーが主役デース! 先輩もスズカさんも、まとめてテイクオフさせてもらいマス!」

 

 その隣には、日本ダービーウマ娘、スペシャルウィークがいる。

 彼女は緊張した面持ちだが、その瞳には「日本総大将」の座を奪い取るという野心が燃えていた。

 

「ロール先輩……。負けません。私、日本一のウマ娘になるって約束したんです!」

 

 さらに、その奥。

 静かに闘志を研ぎ澄ませているのは、サイレンススズカ。

 秋の天皇賞での敗北を経て、彼女の逃げはさらに鋭さを増しているはずだ。

 そして、女帝エアグルーヴも、虎視眈々と復権を狙っている。

 

 そして――ボクの後ろを、ニヤニヤしながら歩く不穏な影。

 

「よう、優等生。今日もいいケツしてんじゃねぇか」

 

 ステイゴールドだ。

 相変わらずの悪童ぶりだが、その目は笑っていない。

 彼は今日も「何か」をやらかす気満々だ。

 

 まさに、オールスター。

 このメンバーの中にいるだけで、ジェンティルさんは『ひぃぃ……猛獣の檻ですわ……やっぱり帰りたいですわ……』と震え上がっている。

 だが、ボクは知っている。

 この震える貴婦人が本気を出した時、誰よりも凶暴な「猛獣」になることを。

 

「……行くよ、ジェンティルさん。ボクたちの力を見せつけよう」

『は、はい……。早く終わらせて、お風呂に入りたいですわ……』

 

 

 

 ファンファーレが鳴り響く。

 ゲートイン。

 1番人気はサイレンススズカ。2番人気はエルコンドルパサー。

 ボク、ロールフィヨルテは3番人気。秋天の敗北と、連敗続きの戦績が響いている。

 だが、それが逆に心地よい。

 挑戦者として、暴れられるからだ。

 

 ガシャン!!

 

 ゲートが開いた。

 好スタート。

 まずはサイレンススズカが飛び出す。予想通りの展開だ。

 彼女は迷いなくハナを切り、1コーナーへと飛び込んでいく。

 それを追うのがエルコンドルパサー。彼女はスズカをマークし、早めに潰す作戦か。

 

 ボクは中団、6番手あたりにつけた。

 ジェンティルドンナの戦法は、好位からの力押し。

 位置取りにこだわる必要はない。前が開けば、そこが道になるからだ。

 

『……速いですわ。みんな生き急いでますの?』

 

 ジェンティルさんが呆れたように呟く。

 1000m通過、58秒台。

 スズカが作るハイペース。だが、今のバ場状態なら決して無謀ではない。

 縦長の展開。

 ボクはリラックスして追走する。

 ジェンティルさんの魂が同調し、ボクの筋肉が「岩」のように硬く、重く、しかし滑らかに駆動し始める。

 軽いスピードではない。

 地面を陥没させるような、質量の伴った力強い走り。

 

 第3コーナーから4コーナー。

 レースが動く。

 エルコンドルパサーが動いた。

 彼女はスズカとの差を一気に詰めにかかる。

 それに呼応して、スペシャルウィークも外から上がっていく。

 エアグルーヴも動く。

 

 そして、事件は起きた。

 

 バ群が凝縮する勝負どころ。

 スペシャルウィークの背後に、忍び寄る影があった。

 ステイゴールドだ。

 彼は前が詰まってイライラしていたのか、それとも単なる気まぐれか。

 あろうことか、前を走るスペシャルウィークの尻尾に向けて――。

 

 ガブッ!!

 

「ひゃいっ!?」

 

 スペシャルウィークが素っ頓狂な悲鳴を上げた。

 ステイゴールドが、彼女の尻尾に噛みついたのだ。

 物理的なダメージは微々たるものだが、精神的なショックは計り知れない。

 スぺちゃんは驚いてバランスを崩し、急減速。

 噛みついたままのステイゴールドも、当然巻き込まれて減速する。

 

「なっ、何すんだテメェ!」

「離してくださいぃぃぃ!」

 

 黄金の暴君と、黄金の総大将候補が、揃ってバ群の中に沈んでいく。

 カオスだ。これぞジャパンカップ(?)。

 

『うわぁ……野蛮ですわ……民度が低いですわ……』

 

 ジェンティルさんがドン引きしている。

 だが、その混乱の煽りを受けて、ボクの前も完全に塞がれてしまった。

 内はエアグルーヴ、前はエルコンドルパサー、外は沈んでいくスぺ&ステゴの残骸。

 袋小路。

 普通なら、ブレーキをかけて立て直す場面だ。

 

 だが。

 

『……邪魔ですわ』

 

 脳内で、ジェンティルさんの声色が低く、ドスの利いたものに変わった。

 

『私、早く帰りたいんですの。行きますわよ!』

 

 彼女の「引きこもり願望」が、障害物を排除するための「破壊衝動」へと変換される。

 ボクは心の中の手綱を引かなかった。

 彼女は強引に走路をこじ開けるわけではなかった。

 彼女が示した走路は、さらに常識外れの一手だった。

 

「……失礼!!」

 

 ボクはバ群の中で、大きく横に跳んだ。

 ステップではない。跳躍(ジャンプ)だ。

 ドバイシーマクラシックで見せた、あの伝説の走り。

 内に包まれた状態から、一瞬で大外へとワープする、物理法則を無視した真横への大ジャンプ。

 

 ドォォォォン!!

 

 地面が揺れた。

 ボクの巨体が、バ群を飛び越えるようにして、大外の更地へと着地する。

 エアグルーヴが、風圧でよろめいた。

 

「なっ……!?」

 

 前を行っていた女帝が驚愕に目を見開く。

 ボクは道を作ったのだ。

 

 直線。

 目の前が開けた。

 先頭はサイレンススズカ。まだ足は残っている。

 それを捕らえにかかるエルコンドルパサー。怪鳥の末脚が唸る。

 

 ボクは、一番外から襲い掛かる。

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

 雄叫びと共に、アクセルをベタ踏みする。

 加速。

 それは、風を切るような鋭い切れ味ではない。

 大気を殴りつけ、空間をねじ曲げるような、暴力的な突進。

 一歩踏み込むたびに、地面が悲鳴を上げている気がする。

 

『帰るんですの! 私の城(へや)へ! 誰にも邪魔はさせませんわーーッ!!』

 

 ジェンティルさんの魂の絶叫。

 それがボクの背中を押す。

 「力こそパワー」。

 単純にして至高の真理。

 

 残り200m。

 エルコンドルパサーに並ぶ。

 

「デース!? なんですかそのプレッシャーは!?」

 

 エルが驚愕する。

 ボクの体から発せられる質量圧が、彼女を怯ませる。

 競り合う? そんなチャチなもんじゃない。

 すり潰す。

 

 エルを置き去りにし、ボクは先頭のスズカに襲い掛かる。

 

「スズカ! 終わりだ!」

「……っ、速い!」

 

 スズカも必死に逃げる。

 だが、今のボクは貴婦人(フィジカルゴリラ)だ。

 どんなスピードも、テクニックも、圧倒的なパワーの前には粉砕される。

 

 残り100m。

 かわした。

 先頭に立つ。

 ボクの周りには、ジェンティルドンナのすべてを拒絶するようなオーラが展開されている。

 誰も寄せ付けない。

 早く帰りたいという執念が、最強の結界となっている。

 

 ――ゴール!!

 

 1着、ロールフィヨルテ。

 2着、エルコンドルパサー。

 3着、サイレンススズカ。

 

 黄金世代を、そしてスズカを、力だけでねじ伏せた完勝。

 そしてはるか後方では、尻尾を押さえて泣くスペシャルウィークと、係員に捕獲されるステイゴールドの姿があった。

 

 

 

「……はぁ、はぁ。……勝った」

 

 ゴール後、ボクは拳を突き上げた。

 全身の筋肉がパンプアップして熱い。

 心地よい疲労感。

 

『……ふぅ。やっと終わりましたわ』

 

 脳内で、ジェンティルさんが安堵の息をつく。

 

『怖かったですわ……。変な人が噛みついてるし、白い悪魔も見てるし……。もう二度と出たくないですの』

(あはは。でも、最強でしたよ。貴女のパワーは)

『当然ですわ。……邪魔するものは全部吹き飛ばせば、一番早く帰れますもの』

 

 彼女はそう言い残すと、そそくさと脳内の自室(引きこもり部屋)へと帰っていった。

 ボクは苦笑しながら、ウイニングランへと向かった。

 

 スタンドからは、「日本総大将!」の大合唱。

 あの恥ずかしい対魔忍スーツも、勝ってしまえば「新時代の戦闘服」に見える……かもしれない。

 

「……ロール先輩! 完敗デース!」

 

 エルコンドルパサーが、清々しい顔で近づいてきた。

 

「あの大外からの強襲……まさにゴリラ……いや、モンスター級デース」

「あはは、褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 そして、スタンドの一角。

 メジロドーベルが、感極まった表情で手を振っているのが見えた。

 彼女の目には、ボクの姿が、どんな衣装を着ていても「世界一かっこいいヒーロー」として映っているはずだ。

 

 ジャパンカップ制覇。

 これでボクは日本の頂点に返り咲いた。

 だが、まだ終わりではない。

 次は年末。有馬記念。

 そこには、また黄金世代のメンバーが待っている。




 ジェンティルドンナのことゴリラっていうのやめろよ!
 ゴリラがかわいそうだろ!!
 ゴリラはもっと繊細な森の賢者なんだぞ!!

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