TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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46 年の暮れの練習場にて

 12月半ば。

 ジャパンカップでの熱狂も冷めやらぬ中、トレセン学園は早くも年末の空気――有馬記念一色に染まっていた。

 一年を締めくくるグランプリレース。

 ファン投票によって選ばれた、現役最強のウマ娘たちが中山の2500mに集う夢の祭典。

 

 ボク、ロールフィヨルテは、ジャパンカップを制し「日本総大将」の座を死守したものの、息つく暇もなかった。

 なぜなら、今年の有馬記念のメンバーは、はっきり言って「異常」だからだ。

 

「……はぁ、はぁ、はぁッ!!」

 

 早朝のトレーニングコース。霜柱が立つほどの寒さの中、鬼気迫る形相で走り込んでいるウマ娘がいる。

 キングヘイローだ。

 彼女は黄金世代の一角でありながら、GⅠタイトルにはまだ届いていない。だが、その走りに悲壮感はあっても、諦めはない。

 

「私は……キングよ! 一流の私が、ここで終わるわけにはいかないのよッ!」

 

 泥を跳ね上げて駆け抜けていく彼女。

 その姿を、コース脇からピンク髪の小柄なウマ娘が応援している。

 

「キングちゃーん! がんばれー! かっこいいよー!」

 

 ハルウララだ。

 彼女の屈託のない笑顔は、張り詰めた空気の中での一服の清涼剤だ。

 

「やあ、ウララちゃん。キングの応援かい?」

「あ、ロールちゃん! うん! キングちゃんね、すっごく気合入ってるの! だから私も、いーっぱい応援するんだ!」

 

 ウララちゃんがボクを見て、ニカっと笑う。

 ボクは彼女の頭を撫でた。

 

「そういえば前に力を貸してくれてありがとうね」

「えへへ、よくわかんないけど、お役に立ててよかった! ロールちゃんも有馬記念、がんばってね! 私も応援してるから!」

 

 小さいころ、彼女の力を借りたこともあったなと思い出し、お礼を言ったが覚えていないようだ。そんなものか。

 彼女の純粋なエールを受け取り、ボクはキングヘイローの背中を見送った。

 

 

 

 

「……精が出ますねぇ、ロールさん」

 

 コース脇でストレッチをしていたボクに、のんびりとした声がかけられた。

 見上げると、そこには空色の髪をしたウマ娘が、あくびを噛み殺しながら立っていた。

 セイウンスカイ。

 皐月賞と菊花賞を制した二冠ウマ娘。稀代のトリックスター。

 

「やあ、スカイ。君こそ、随分と余裕そうだね」

「余裕なんてないですよぉ。私みたいな凡人が、ロールさんみたいな怪物相手にどうやって勝てばいいのか、悩んで夜も眠れませんって」

 

 彼女はひょうひょうと言ってのけるが、その瞳の奥は笑っていない。

 彼女の武器は、変幻自在の逃げ。

 スローに落とすか、ロングスパートをかけるか、それとも奇襲に出るか。

 読めない。全く読めない。

 

「嘘だね。君の頭の中では、もうボクを嵌める罠が完成してるんじゃないかい?」

「さあ、どうでしょう? ゲートが開いてみないと分かりませんよ。……私はただ、楽しく走れればいいかなーって」

 

 スカイは猫のように伸びをした。

 

「でも、気をつけてくださいねロールさん。……今回のレース、一番怖いのは私じゃありませんから」

「……分かっているよ」

 

 ボクは視線をコースの奥へと向けた。

 そこに、圧倒的な存在感を放つ「怪物」がいることを知っていたからだ。

 

 

 

 栗毛の美しいウマ娘が、静かにターフを踏みしめていた。

 グラスワンダー。

 昨年の朝日杯を圧倒的な強さで制し、「怪物」と呼ばれた彼女。

 今年の春、骨折の危機にあった彼女を、ボクは半ば強引に止めた。

 その結果、彼女は順調に経験を重ね、秋の毎日王冠ではサイレンススズカに敗れはしたが、続くアルゼンチン共和国杯を楽勝し、有馬記念へと駒を進めてきた。

 

 彼女がこちらに気づき、淑やかに歩み寄ってくる。

 

「ごきげんよう、ロールさん。……ジャパンカップ、素晴らしかったです」

「ありがとう、グラスちゃん。君も、調子は良さそうだね」

「はい。おかげさまで、不安は一切ありません」

 

 彼女は深々と頭を下げた。

 大和撫子のような立ち振る舞い。だが、その身体から発せられるオーラは、以前とは比較にならないほど鋭く、重くなっていた。

 鞘に収まりきらない日本刀のような、切れ味鋭い気配。

 

「ロールさん。……私、ずっとこの時を待っていました」

「この時?」

「はい。貴方と同じ舞台で、万全の状態で戦える日を」

 

 グラスワンダーが顔を上げた。

 その瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われた。

 彼女の瞳。

 普段は穏やかなその瞳の奥に、青白く燃える鬼火が見えたからだ。

 

「春、貴方が私を止めてくださらなければ、私は終わっていたかもしれません。その感謝は、言葉では尽くせません」

「……うん」

「ですから……お礼をしたく」

 

 彼女が一歩、踏み出してくる。

 圧力が凄い。ジェンティルドンナのフィジカルパワーとは違う、魂そのものの質量。

 

「私は怪物と呼ばれました。……でも、今の最強は貴方です。全距離制覇を成し遂げ、ジャパンカップを制した貴方こそが、倒すべき『魔王』」

「魔王か……。手厳しいな」

「全力で来てください。……私はお礼として全力で貴方を喰らいに行きます。手加減や遠慮などされたら……一生、許しませんよ?」

 

 ニコリと笑ったその笑顔が、この世で一番恐ろしかった。

 彼女は本気だ。

 恩人のボクを、感謝の気持ちを込めて、完膚なきまでに叩き潰そうとしている。

 それが彼女なりの「誠意」なのだ。

 

『……おいおい、とんでもねぇのが目を覚ましちまったな』

 

 脳内で、ゴールドシップが珍しく真面目な声を出した。

 

『あいつ、ヤベェぞ。今までお前さんと戦えない間に「飢え」を溜め込んでやがる。……解き放たれた猛獣だ』

(ああ……。ボクが育ててしまったようなものかもしれないね)

 

 だが、後悔はない。

 万全のグラスワンダーと戦える。それは競馬ファンとしてのボクにとって、至上の喜びでもあるのだから。

 

 

 

 午後。

 長距離用のトレーニングコースでは、別の「怪物」たちが牙を研いでいた。

 

「……まだまだ、行きますわよ」

 

 メジロブライトだ。

 春の天皇賞ウマ娘。

 彼女はメルボルンカップを制して帰国した後も、全く疲れを見せず、黙々と走り込みを続けている。

 スタミナの塊。

 有馬記念の2500mは、彼女にとっては短距離走のようなものかもしれないが、そのタフネスは驚異だ。

 

「ブライトさん、少し休憩しませんか? オーバーワークです」

 

 タオルを持ったメジロドーベルが、心配そうに声をかける。

 だが、ブライトは首を振った。

 

「いいえ。……わたくしにはスピードが足りません。ならば、誰よりも長く、強く脚を使い続けるしかありませんの」

 

 おっとりとした口調の中に、芯の通った強さがある。

 ドーベルはそんなブライトを見て、小さく溜息をつき、それからボクの方へと歩いてきた。

 

「……お疲れ、ロール」

「やあ、ドーベル。ブライトちゃんは相変わらずタフだね」

「ええ。……みんな、打倒ロールフィヨルテに燃えてるわよ」

 

 ドーベルがボクにスポーツドリンクを渡してくれる。

 彼女自身も、エリザベス女王杯を連覇し、絶好調だ。

 有馬記念にはファン投票で選ばれ、出走を決めている。

 

「アンタ、ジャパンカップで勝って調子に乗ってないでしょうね?」

「まさか。……今日のグラスちゃんの顔を見たら、浮かれている余裕なんてないよ」

「そう。……ならいいけど」

 

 ドーベルは少し躊躇い、それからボクの袖をギュッと掴んだ。

 

「……私も、負けないから」

「え?」

「春の宝塚記念……あの時は3着だった。アンタとスズカさんの背中が、まだ少し遠かった」

 

 彼女の瞳に、強い意志が宿る。

 

「でも、今の私は違う。……私も強くなったの。……私の愛がどれだけ重くて強いか、レースで証明してあげる」

 

 意味深な、というか事実そのものの言葉に、ボクはドキリとする。

 彼女はもう、守られるだけのヒロインではない。

 共に戦い、共に高みを目指す、最強のパートナーだ。

 

「お手柔らかに頼むよ、ドーベル」

「全力で行くわよ。……覚悟してなさい」

 

 

 

 そして、もう一人。

 忘れてはならない存在がいた。

 

「むむむ……! むむむむむ……ッ!!」

 

 コースの隅で、水晶玉と睨めっこをしているウマ娘。

 マチカネフクキタル。

 昨年の有馬記念覇者。ディフェンディングチャンピオンだ。

 彼女は秋の天皇賞でボクとスズカをまとめて差し切り、その実力がフロックではないことを証明した。

 

「……どうしたの、フクちゃん」

「あ、ロールさん! 大変です!」

 

 彼女は涙目で水晶玉を突き出してきた。

 

「占っても占っても……『混沌』としか出ないんです!」

「混沌?」

「はい! 誰が勝つとか、どういう展開になるとか、全く見えません! ただ、とてつもないエネルギーがぶつかり合って、中山レース場がビッグバンを起こす未来しか見えません!」

 

 彼女の占いは、当たる時は怖いほど当たる。

 ビッグバン。

 それは比喩ではなく、それくらいの熱量が渦巻くということだろう。

 

「神様(シラオキ様)も言ってます。『人の領域を超えた戦いになるぞ、心してかかれ』って……」

「そうか。……なら、楽しみだね」

「楽しみ!? ロールさん、頭打ちましたか!? 怖くないんですか!?」

 

 フクキタルは信じられないという顔をしている。

 怖い?

 いや、楽しみがあふれているとしか思えない。

 だが、それ以上に……ボクの脳内も、負けじとカオスなことになっていた。

 

 

 

(さて……有馬記念、誰の力を借りようか)

 

 ボクが脳内で問いかけると、凄まじい勢いで挙手合戦が始まった。

 ただし、そのメンバー構成が奇妙だった。

 

『私が出るわ! 当然でしょう?』

 

 真っ先に声を上げたのは、アーモンドアイだ。

 彼女は仁王立ちでアピールしてくる。

 

『2500m? 問題ないわ。ジャパンカップ(2400m)を勝っている私が、たかが100m伸びただけで走れないわけがない。有馬記念こそ、九冠の女帝が座るべき玉座よ』

 

 強気だ。

 だが、史実の彼女は有馬記念を勝ったことがない。というか、1回出走して、9着という唯一掲示板を外した惨敗のレースが有馬記念だ。

 そのコンプレックスの裏返しなのか、やけに鼻息が荒い。

 

『い、いやいや! そこはライスの出番だよ!』

 

 青い薔薇のウマ娘、ライスシャワーも負けじと主張する。

 

『長距離はライスの庭みたいなものだもん! 天皇賞春を2回勝っているし、ステイヤーとしての実績なら誰にも負けないよ! ロールさん、ライスを使って! 今度こそ、有馬で一番になりたいの!』

 

 ちなみに彼女もまた、史実の有馬記念では勝てていない(8着、3着)。

 だからこそ、「もしも」の歴史を掴み取りたいという渇望が強い。

 

『あら、お退きなさいな、ひよっこ共』

 

 さらに、優雅な声が割り込んできた。

 メジロラモーヌさんだ。

 珍しく脳内まで割り込んできた彼女は扇子を広げ、不敵に微笑んでいる。

 

『グランプリ……ふふ、いい響きよね。完全無欠の三冠女王である私が出れば勝つのは間違いないわ。それを証明してあげる』

 

 自信満々だ。

 だがボクはラモーヌさんが道中無茶苦茶にされて有馬記念で9着と惨敗したのを忘れていない。

 要するに、有馬記念未勝利組が、「自分なら勝てる」という根拠のない、しかし強烈な自信を持って立候補しているのだ。

 

 その一方で、実際に有馬記念を勝った経験のある「強者」たちはというと――。

 

『ひぃぃぃ……もう勘弁してくださいですわ……』

 

 脳内空間の隅っこで、ジェンティルドンナが体育座りをして震えていた。

 ジャパンカップでの勝利後、彼女は完全に引きこもりモードに入っていた。

 

『有馬記念なんて、あんな狭くてコーナーの多いコース、繊細な私には向きませんの! それに、外には怖い人たちがいっぱいですわ……! 絶対に出ません! お布団から出たくありません!』

 

 断固拒否の構えだ。

 そして、もう一人の有馬覇者、ゴールドシップはというと。

 

『ギャハハハハ! 見ろよマスター! ドンナの奴、あんな図体してプルプル震えてやがる! 生まれたての小鹿かよ! ウケるー!』

 

 彼はジェンティルドンナの頬をツンツンとつつきながら、腹を抱えて笑っている。

 

『ほらほら、出ろよゴリラ女! お前のパワーなら中山の坂なんて平地だろ? 行ってこいって!』

『嫌ですわーーッ! 触らないでください白い悪魔! シッシッ!』

 

(……ゴルシ、君はどうなんだい? 君も有馬は得意だろう?)

 

 ボクが尋ねると、ゴルシは鼻をほじりながら答えた。

 

『アタシ? んー、まあ気が向いたらな。……でもよぉ、今回は「持たざる者」の執念が渦巻いてる感じじゃね? アタシらみたいに「持ってる」奴が出しゃばるのも野暮ってもんだろ?』

 

 彼は有馬記念を勝っているし、引退レースで盛大に散った経験もある。

 だからこそ、今のアーモンドアイたちの「勝ちたい」という飢餓感を面白がっているようだ。

 

(……なるほどね。カオスだ)

 

 ボクは溜息をついた。

 未勝利組の過剰なやる気と、勝利組のやる気のなさ。

 この温度差をどうまとめるか。

 しかし、誰を選んでも「最強」であることに変わりはない。

 

 ボクは夕暮れの空を見上げた。

 冬の風が、冷たく頬を撫でる。

 決戦の時は近い。

 

 98世代最強の意地と黄金世代、全てが交差する有馬記念。

 ボクの「全距離制覇」の物語は、ここで一つの集大成を迎えることになる。

 

「……行くよ、みんな」

 

 ボクは誰にともなく呟き、走り出した。

 足取りは軽い。

 恐怖よりも、興奮が勝っていた。

 だってボクは、この時代の、この熱狂の中にいられるのだから。




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