TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
12月半ば。
ジャパンカップでの熱狂も冷めやらぬ中、トレセン学園は早くも年末の空気――有馬記念一色に染まっていた。
一年を締めくくるグランプリレース。
ファン投票によって選ばれた、現役最強のウマ娘たちが中山の2500mに集う夢の祭典。
ボク、ロールフィヨルテは、ジャパンカップを制し「日本総大将」の座を死守したものの、息つく暇もなかった。
なぜなら、今年の有馬記念のメンバーは、はっきり言って「異常」だからだ。
「……はぁ、はぁ、はぁッ!!」
早朝のトレーニングコース。霜柱が立つほどの寒さの中、鬼気迫る形相で走り込んでいるウマ娘がいる。
キングヘイローだ。
彼女は黄金世代の一角でありながら、GⅠタイトルにはまだ届いていない。だが、その走りに悲壮感はあっても、諦めはない。
「私は……キングよ! 一流の私が、ここで終わるわけにはいかないのよッ!」
泥を跳ね上げて駆け抜けていく彼女。
その姿を、コース脇からピンク髪の小柄なウマ娘が応援している。
「キングちゃーん! がんばれー! かっこいいよー!」
ハルウララだ。
彼女の屈託のない笑顔は、張り詰めた空気の中での一服の清涼剤だ。
「やあ、ウララちゃん。キングの応援かい?」
「あ、ロールちゃん! うん! キングちゃんね、すっごく気合入ってるの! だから私も、いーっぱい応援するんだ!」
ウララちゃんがボクを見て、ニカっと笑う。
ボクは彼女の頭を撫でた。
「そういえば前に力を貸してくれてありがとうね」
「えへへ、よくわかんないけど、お役に立ててよかった! ロールちゃんも有馬記念、がんばってね! 私も応援してるから!」
小さいころ、彼女の力を借りたこともあったなと思い出し、お礼を言ったが覚えていないようだ。そんなものか。
彼女の純粋なエールを受け取り、ボクはキングヘイローの背中を見送った。
「……精が出ますねぇ、ロールさん」
コース脇でストレッチをしていたボクに、のんびりとした声がかけられた。
見上げると、そこには空色の髪をしたウマ娘が、あくびを噛み殺しながら立っていた。
セイウンスカイ。
皐月賞と菊花賞を制した二冠ウマ娘。稀代のトリックスター。
「やあ、スカイ。君こそ、随分と余裕そうだね」
「余裕なんてないですよぉ。私みたいな凡人が、ロールさんみたいな怪物相手にどうやって勝てばいいのか、悩んで夜も眠れませんって」
彼女はひょうひょうと言ってのけるが、その瞳の奥は笑っていない。
彼女の武器は、変幻自在の逃げ。
スローに落とすか、ロングスパートをかけるか、それとも奇襲に出るか。
読めない。全く読めない。
「嘘だね。君の頭の中では、もうボクを嵌める罠が完成してるんじゃないかい?」
「さあ、どうでしょう? ゲートが開いてみないと分かりませんよ。……私はただ、楽しく走れればいいかなーって」
スカイは猫のように伸びをした。
「でも、気をつけてくださいねロールさん。……今回のレース、一番怖いのは私じゃありませんから」
「……分かっているよ」
ボクは視線をコースの奥へと向けた。
そこに、圧倒的な存在感を放つ「怪物」がいることを知っていたからだ。
栗毛の美しいウマ娘が、静かにターフを踏みしめていた。
グラスワンダー。
昨年の朝日杯を圧倒的な強さで制し、「怪物」と呼ばれた彼女。
今年の春、骨折の危機にあった彼女を、ボクは半ば強引に止めた。
その結果、彼女は順調に経験を重ね、秋の毎日王冠ではサイレンススズカに敗れはしたが、続くアルゼンチン共和国杯を楽勝し、有馬記念へと駒を進めてきた。
彼女がこちらに気づき、淑やかに歩み寄ってくる。
「ごきげんよう、ロールさん。……ジャパンカップ、素晴らしかったです」
「ありがとう、グラスちゃん。君も、調子は良さそうだね」
「はい。おかげさまで、不安は一切ありません」
彼女は深々と頭を下げた。
大和撫子のような立ち振る舞い。だが、その身体から発せられるオーラは、以前とは比較にならないほど鋭く、重くなっていた。
鞘に収まりきらない日本刀のような、切れ味鋭い気配。
「ロールさん。……私、ずっとこの時を待っていました」
「この時?」
「はい。貴方と同じ舞台で、万全の状態で戦える日を」
グラスワンダーが顔を上げた。
その瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われた。
彼女の瞳。
普段は穏やかなその瞳の奥に、青白く燃える鬼火が見えたからだ。
「春、貴方が私を止めてくださらなければ、私は終わっていたかもしれません。その感謝は、言葉では尽くせません」
「……うん」
「ですから……お礼をしたく」
彼女が一歩、踏み出してくる。
圧力が凄い。ジェンティルドンナのフィジカルパワーとは違う、魂そのものの質量。
「私は怪物と呼ばれました。……でも、今の最強は貴方です。全距離制覇を成し遂げ、ジャパンカップを制した貴方こそが、倒すべき『魔王』」
「魔王か……。手厳しいな」
「全力で来てください。……私はお礼として全力で貴方を喰らいに行きます。手加減や遠慮などされたら……一生、許しませんよ?」
ニコリと笑ったその笑顔が、この世で一番恐ろしかった。
彼女は本気だ。
恩人のボクを、感謝の気持ちを込めて、完膚なきまでに叩き潰そうとしている。
それが彼女なりの「誠意」なのだ。
『……おいおい、とんでもねぇのが目を覚ましちまったな』
脳内で、ゴールドシップが珍しく真面目な声を出した。
『あいつ、ヤベェぞ。今までお前さんと戦えない間に「飢え」を溜め込んでやがる。……解き放たれた猛獣だ』
(ああ……。ボクが育ててしまったようなものかもしれないね)
だが、後悔はない。
万全のグラスワンダーと戦える。それは競馬ファンとしてのボクにとって、至上の喜びでもあるのだから。
午後。
長距離用のトレーニングコースでは、別の「怪物」たちが牙を研いでいた。
「……まだまだ、行きますわよ」
メジロブライトだ。
春の天皇賞ウマ娘。
彼女はメルボルンカップを制して帰国した後も、全く疲れを見せず、黙々と走り込みを続けている。
スタミナの塊。
有馬記念の2500mは、彼女にとっては短距離走のようなものかもしれないが、そのタフネスは驚異だ。
「ブライトさん、少し休憩しませんか? オーバーワークです」
タオルを持ったメジロドーベルが、心配そうに声をかける。
だが、ブライトは首を振った。
「いいえ。……わたくしにはスピードが足りません。ならば、誰よりも長く、強く脚を使い続けるしかありませんの」
おっとりとした口調の中に、芯の通った強さがある。
ドーベルはそんなブライトを見て、小さく溜息をつき、それからボクの方へと歩いてきた。
「……お疲れ、ロール」
「やあ、ドーベル。ブライトちゃんは相変わらずタフだね」
「ええ。……みんな、打倒ロールフィヨルテに燃えてるわよ」
ドーベルがボクにスポーツドリンクを渡してくれる。
彼女自身も、エリザベス女王杯を連覇し、絶好調だ。
有馬記念にはファン投票で選ばれ、出走を決めている。
「アンタ、ジャパンカップで勝って調子に乗ってないでしょうね?」
「まさか。……今日のグラスちゃんの顔を見たら、浮かれている余裕なんてないよ」
「そう。……ならいいけど」
ドーベルは少し躊躇い、それからボクの袖をギュッと掴んだ。
「……私も、負けないから」
「え?」
「春の宝塚記念……あの時は3着だった。アンタとスズカさんの背中が、まだ少し遠かった」
彼女の瞳に、強い意志が宿る。
「でも、今の私は違う。……私も強くなったの。……私の愛がどれだけ重くて強いか、レースで証明してあげる」
意味深な、というか事実そのものの言葉に、ボクはドキリとする。
彼女はもう、守られるだけのヒロインではない。
共に戦い、共に高みを目指す、最強のパートナーだ。
「お手柔らかに頼むよ、ドーベル」
「全力で行くわよ。……覚悟してなさい」
そして、もう一人。
忘れてはならない存在がいた。
「むむむ……! むむむむむ……ッ!!」
コースの隅で、水晶玉と睨めっこをしているウマ娘。
マチカネフクキタル。
昨年の有馬記念覇者。ディフェンディングチャンピオンだ。
彼女は秋の天皇賞でボクとスズカをまとめて差し切り、その実力がフロックではないことを証明した。
「……どうしたの、フクちゃん」
「あ、ロールさん! 大変です!」
彼女は涙目で水晶玉を突き出してきた。
「占っても占っても……『混沌』としか出ないんです!」
「混沌?」
「はい! 誰が勝つとか、どういう展開になるとか、全く見えません! ただ、とてつもないエネルギーがぶつかり合って、中山レース場がビッグバンを起こす未来しか見えません!」
彼女の占いは、当たる時は怖いほど当たる。
ビッグバン。
それは比喩ではなく、それくらいの熱量が渦巻くということだろう。
「神様(シラオキ様)も言ってます。『人の領域を超えた戦いになるぞ、心してかかれ』って……」
「そうか。……なら、楽しみだね」
「楽しみ!? ロールさん、頭打ちましたか!? 怖くないんですか!?」
フクキタルは信じられないという顔をしている。
怖い?
いや、楽しみがあふれているとしか思えない。
だが、それ以上に……ボクの脳内も、負けじとカオスなことになっていた。
(さて……有馬記念、誰の力を借りようか)
ボクが脳内で問いかけると、凄まじい勢いで挙手合戦が始まった。
ただし、そのメンバー構成が奇妙だった。
『私が出るわ! 当然でしょう?』
真っ先に声を上げたのは、アーモンドアイだ。
彼女は仁王立ちでアピールしてくる。
『2500m? 問題ないわ。ジャパンカップ(2400m)を勝っている私が、たかが100m伸びただけで走れないわけがない。有馬記念こそ、九冠の女帝が座るべき玉座よ』
強気だ。
だが、史実の彼女は有馬記念を勝ったことがない。というか、1回出走して、9着という唯一掲示板を外した惨敗のレースが有馬記念だ。
そのコンプレックスの裏返しなのか、やけに鼻息が荒い。
『い、いやいや! そこはライスの出番だよ!』
青い薔薇のウマ娘、ライスシャワーも負けじと主張する。
『長距離はライスの庭みたいなものだもん! 天皇賞春を2回勝っているし、ステイヤーとしての実績なら誰にも負けないよ! ロールさん、ライスを使って! 今度こそ、有馬で一番になりたいの!』
ちなみに彼女もまた、史実の有馬記念では勝てていない(8着、3着)。
だからこそ、「もしも」の歴史を掴み取りたいという渇望が強い。
『あら、お退きなさいな、ひよっこ共』
さらに、優雅な声が割り込んできた。
メジロラモーヌさんだ。
珍しく脳内まで割り込んできた彼女は扇子を広げ、不敵に微笑んでいる。
『グランプリ……ふふ、いい響きよね。完全無欠の三冠女王である私が出れば勝つのは間違いないわ。それを証明してあげる』
自信満々だ。
だがボクはラモーヌさんが道中無茶苦茶にされて有馬記念で9着と惨敗したのを忘れていない。
要するに、有馬記念未勝利組が、「自分なら勝てる」という根拠のない、しかし強烈な自信を持って立候補しているのだ。
その一方で、実際に有馬記念を勝った経験のある「強者」たちはというと――。
『ひぃぃぃ……もう勘弁してくださいですわ……』
脳内空間の隅っこで、ジェンティルドンナが体育座りをして震えていた。
ジャパンカップでの勝利後、彼女は完全に引きこもりモードに入っていた。
『有馬記念なんて、あんな狭くてコーナーの多いコース、繊細な私には向きませんの! それに、外には怖い人たちがいっぱいですわ……! 絶対に出ません! お布団から出たくありません!』
断固拒否の構えだ。
そして、もう一人の有馬覇者、ゴールドシップはというと。
『ギャハハハハ! 見ろよマスター! ドンナの奴、あんな図体してプルプル震えてやがる! 生まれたての小鹿かよ! ウケるー!』
彼はジェンティルドンナの頬をツンツンとつつきながら、腹を抱えて笑っている。
『ほらほら、出ろよゴリラ女! お前のパワーなら中山の坂なんて平地だろ? 行ってこいって!』
『嫌ですわーーッ! 触らないでください白い悪魔! シッシッ!』
(……ゴルシ、君はどうなんだい? 君も有馬は得意だろう?)
ボクが尋ねると、ゴルシは鼻をほじりながら答えた。
『アタシ? んー、まあ気が向いたらな。……でもよぉ、今回は「持たざる者」の執念が渦巻いてる感じじゃね? アタシらみたいに「持ってる」奴が出しゃばるのも野暮ってもんだろ?』
彼は有馬記念を勝っているし、引退レースで盛大に散った経験もある。
だからこそ、今のアーモンドアイたちの「勝ちたい」という飢餓感を面白がっているようだ。
(……なるほどね。カオスだ)
ボクは溜息をついた。
未勝利組の過剰なやる気と、勝利組のやる気のなさ。
この温度差をどうまとめるか。
しかし、誰を選んでも「最強」であることに変わりはない。
ボクは夕暮れの空を見上げた。
冬の風が、冷たく頬を撫でる。
決戦の時は近い。
98世代最強の意地と黄金世代、全てが交差する有馬記念。
ボクの「全距離制覇」の物語は、ここで一つの集大成を迎えることになる。
「……行くよ、みんな」
ボクは誰にともなく呟き、走り出した。
足取りは軽い。
恐怖よりも、興奮が勝っていた。
だってボクは、この時代の、この熱狂の中にいられるのだから。