TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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47 有馬記念

 12月27日。

 その年を締めくくる最後の大一番、有馬記念。

 中山レース場は、17万人を超える大観衆の熱気で、冬の寒さを物理的に押し返すほどの熱量に包まれていた。

 

 今年は、まさに「伝説」と呼ぶに相応しい一年だった。

 まず語られるべきは、ボクの同期であるタイキシャトルだ。

 彼女は高松宮記念、安田記念、ジャック・ル・マロワ賞、マイルCS、スプリンターズSを制覇。

 年間GⅠ5勝。しかも無敗。

 「世界最強のマイラー」の名を不動のものとし、彼女は笑顔で今年を締めくくった。

 

 そして、サイレンススズカ。

 ジャパンカップでの激闘の後、彼女は有馬記念を回避し、来年の海外遠征を見据えて英気を養っている。今日はスタンドから、ボクたちの戦いを見守ってくれているはずだ。

 

 そんな偉大な同期たちの活躍を背に、ボク、ロールフィヨルテは「日本総大将」として、このグランプリのパドックに立っていた。

 

「……空気が、重いな」

 

 周回しながら、肌に刺さるようなプレッシャーを感じる。

 それもそのはずだ。今年のメンバーは、歴代最強と言っても過言ではない。

 

 まずは「怪物」グラスワンダー。

 彼女はパドックでも静かだ。静かすぎて怖い。栗毛を揺らし、時折観客席に穏やかな視線を向けるその姿は、深窓の令嬢そのもの。だが、その内側には、全てを喰らい尽くすブラックホールのような闘争心が渦巻いている。

 

 その対角には、「策士」セイウンスカイ。

 彼女は猫背気味に歩きながら、しきりに空を見上げている。「あーあ、帰りてぇ」という心の声が聞こえてきそうだが、それが演技であることは全員が知っている。彼女の頭脳は、今この瞬間も何万通りものレース展開をシミュレーションしているはずだ。

 

 さらに、天皇賞(春)を制したメジロブライト、不屈の魂を持つキングヘイロー、昨年覇者のマチカネフクキタル、女帝エアグルーヴ。

 そして、ボクの最愛のパートナーにして、エリザベス女王杯を連覇したメジロドーベル。

 

 隙がない。

 全員が主役級。全員が、ボクの首を狙っている。

 

(さて……どう戦うか)

 

 ボクは脳内の作戦会議室を覗いた。

 そこは、カオスを極めていた。

 

『だから私が走ると言っているでしょう! 有馬記念は九冠の女帝が制圧するのよ!』

『ここはライスの出番だよ! 中山は……少し怖い場所だけど、だからこそライスが乗り越えて、一番になりたいの!』

『あらあら、お退きなさいな。完全無欠の私が……』

 

 アーモンドアイ、ライスシャワー、メジロラモーヌ。

 有馬記念未勝利の「持たざる者」たちが、我こそはと立候補し、収拾がつかなくなっている。

 一方で、ジェンティルドンナは部屋の隅で『有馬なんてコーナーが多くて狭苦しいコース、私の美学に反しますわ。絶対に出ません』とボイコット中だ。

 

(ゴルシ、どうする? 君が出るかい?)

 

 ボクが管理人に助けを求めると、ゴールドシップはニヤリと笑い、どこかへ「電話」をかけた。

 

『おー、もしもし? ああ、アタシだ。……おう、今から来れるか? ああ、可愛い妹も連れてな。……ん? 相変わらず暴君? 構わねぇよ、そういう奴が必要なんだ』

 

 電話を切ると、ゴルシは親指を立てた。

 

『助っ人を呼んだぜ。……このカオスな状況を打破できるのは、「黄金の血」を持つ最強の姉妹しかいねぇからな』

 

 その直後。

 脳内空間が金色に輝き、二つの影が現れた。

 

 一人は、小柄ながらも底知れぬ知性と威圧感を放つウマ娘。

 そしてもう一人は、派手な金髪に豪奢な装飾を纏った、王者の如き風格を持つウマ娘。

 

『……待たせたね、ゴールドシップ』

『ふん。久しいな、白いの。……また余をこんな狭苦しいところに呼ぶとは、いい度胸だ』

 

 現れたのは、ドリームジャーニーとオルフェーヴル。

 ステイゴールドの血を引く、最強の姉妹(史実では全兄弟)。

 サクラローレルとの戦いで力を貸してくれて以来の再会だ。

 ドリームジャーニーは愛おしそうに妹の髪を撫で、オルフェーヴルは不遜な態度で周囲を見回している。

 

(お久しぶりです、オルフェーヴルさん、ドリームジャーニーさん)

 

 ボクが挨拶すると、オルフェーヴル――金色の暴君と呼ばれた三冠ウマ娘――が、フンと鼻を鳴らしてこちらを見た。

 

『貴様か。……ふん、相変わらず何を考えているか分からん、食えない顔をしているな。……だが、その図太さは嫌いではないぞ』

『オル。……挨拶もなしに値踏みとは、相変わらず奔放だね』

 

 ドリームジャーニーが、うっとりとした口調で言った。

 

『でも、そんなところも可愛いよ。……さあ、挨拶なさい』

『……姉上がそう言うなら仕方あるまい。……余の名はオルフェーヴル。王にして暴君だ。再び力を貸してやる、光栄に思うがいい』

 

 尊大だ。

 だが、言葉遣いは理知的で丁寧。そして何より、ドリームジャーニーの言葉には素直に従っている。

 彼女たちの間には、他者が立ち入れない濃密な信頼関係――いや、共依存にも似た絆が見える。

 

『それで? 今回はグランプリ・有馬記念か。……相手は?』

(グラスワンダー、セイウンスカイ、メジロブライト……現役最強メンバーです)

『ほう……「怪物」に「策士」か。……悪くない。余の退屈しのぎにはなりそうだ』

 

 オルフェーヴルが口角を吊り上げ、凶暴な笑みを浮かべた。

 本物の「暴君」の威圧感。

 彼女は、相手が強ければ強いほど燃えるタイプだ。

 

『契約者さん。今回のプランはこう言う感じでどうでしょうか?』

 

 ドリームジャーニーが、ボクの脳内にコース図を展開する。

 彼女の瞳は冷徹な策士のものだが、時折オルフェーヴルに向ける視線だけは甘く蕩けている。

 

『今回は「追い込み」。……有馬記念はコーナーが多い。小手先の器用さで立ち回るより、私の「航法」で最短ルートを描き、最後の直線でオルの「暴力」を叩きつける』

『ふっ……姉上の描く航路に間違いはない。……余はただ、その道を蹂躙すればよいのだな?』

『ああ、そうだよ。……お前は誰よりも強く、誰よりも速い。私の可愛いオル、お前の強さを世界に見せつけておやり』

 

 ドリームジャーニーは、オルフェーヴルの頬に手を添えた。

 

『当然だ。……余が誰だと思っている。姉上の最高の妹だぞ?』

 

 バチバチと火花が散るような、しかし溺愛に基づいたやり取り。

 ゴルシがニヤニヤしながら見ている。

 

『へへっ、決まりだな。……おいマスター、今回は「黄金の姉妹」だ。豪華だろ?』

(ああ、最高だね。……お願いします、お二人とも!)

 

 交渉成立。

 ボクは武者震いを感じながら、パドックを後にした。

 体の中に、二つの強大な魂が宿る感覚。

 一つは冷徹な羅針盤。もう一つは、全てを焼き尽くす炉心。

 これなら、あの怪物たちとも渡り合える。

 

 地下道への坂を下りながら、ボクの脳内でオルフェーヴルが不敵に笑う。

 

『行くぞ契約者。……有馬のファンファーレは、王の凱旋行進曲だ。精々、派手に暴れさせてもらうぞ』

『頼むよ、オル。……さあ、行こうか』

 

 

 

 冬の西日が、中山の急坂を黄金色に染め上げる。

 ファンファーレ。

 手拍子が地鳴りのように響く。この瞬間、世界で一番熱い場所はここだ。

 ゲートイン。

 16人のウマ娘たちが、それぞれの枠に収まる。

 

 1番人気はボク、ロールフィヨルテ。

 2番人気はセイウンスカイ。

 3番人気にメジロブライト。

 この評価に応えるのがボクの仕事だ。

 

 ボクの枠は、大外16番。

 有馬記念において不利と言われる「ピンク帽子」。

 だが、今のボクには関係ない。

 

『大外……結構。雑草どもに揉まれてストレスを溜めるより、余にはおあつらえ向きだ』

 

 オルフェーヴルが鼻を鳴らす。

 

『オル、分かっているね? 道中は死んだふりだ。……解き放つのは、最後の直線だ』

『承知している。姉上の指示に従うまでだ。……だが、あの猫(セイウンスカイ)、何か企んでおるな』

 

 ゲートの向こう、最内枠のセイウンスカイが、不敵な笑みを浮かべているのが見えた。

 

 ガシャン!!

 

 ゲートが開いた。

 一斉のスタート――かと思いきや。

 

「お先にーっ!」

 

 セイウンスカイが、ロケットのようなスタートを決めた。

 彼女は迷いなくハナを奪い、そして――ペースを落とさない。

 大逃げ? 違う。

 彼女が選んだのは、「幻惑の逃げ」だ。

 1周目のスタンド前、歓声に包まれながら、スカイは後続を大きく引き離していく。

 

 その後ろ、離れた2番手にキングヘイロー。

 中団にグラスワンダー、エアグルーヴ、メジロドーベル。

 メジロブライトは後方。

 

 そして、ボクは最後方にいた。

 

『……ふん。小賢しい逃げだ。姉上、このまま行かせてよいのか?』

 

 オルフェーヴルが苛立ちではなく、冷静な闘志で問う。

 彼女の王としてのプライドが、前の獲物を狩りに行きたがっている。

 

『待ちなさい、オル。術中に嵌るべきではないでしょう』

 

 ドリームジャーニーが冷静に、しかし優しく手綱を引く。

 

『いい子だね。……力を溜めるんだ。オルの爆発力は、こんなところで使う安っぽいものではないからね』

『……御意』

 

 ジャーニーの言葉に、オルフェーヴルがスッと落ち着く。

 ボクはポツンと最後方で脚を溜める。

 オルフェーヴルの魂が、ギリギリと音を立てて圧縮されていく。

 不満、怒り、そして勝利への飢え。それらが凝縮され、爆発的なエネルギーへと変換されていく。

 

 前を行く集団が、ひと塊になって進んでいく。

 その中で、不気味なほど静かなのがグラスワンダーだ。

 彼女はスカイの逃げに動じることなく、淡々と、しかし確実にマークしている。

 「いつでも捕まえられる」という絶対の自信。

 その背中からは、「私以外は眼中にない」という傲慢さすら感じられる。

 

『……気に入らぬ』

 

 オルフェーヴルが低く唸る。

 

『まるで自分が勝者かのような顔をしおって。……引きずり下ろしてやる。絶望の底にな』

 

 1000m通過。60秒フラット。

 遅くはない。だが、スカイが作り出す独特のリズムのせいで、後続の脚が削がれていく。

 巧い。

 このまま行けば、スカイが逃げ切るか、あるいは早めに動いたグラスワンダーが押し切るか。

 

 向こう正面。

 レースが動く。

 グラスワンダーが上がっていった。

 それに呼応して、他の有力ウマ娘たちもペースを上げる。

 バ群が凝縮する。

 

『まだだ。……我慢だよ、オル』

『……姉上、まだか? まだなのか? 置いていかれるぞ?』

『中山の直線は短い。……だが、オルなら一瞬で十分だ。信じなさい、自分の脚を。……そして、私を』

 

 ドリームジャーニーの声は、絶対的な自信に満ちていた。

 オルフェーヴルは唇を噛みしめ、耐える。

 

 第3コーナー。

 グラスワンダーがセイウンスカイを射程圏内に捉える。

 その外から、メジロブライトがまくってくる。

 ドーベルも動く。

 

 勝負どころ。

 前が壁になる。

 だが、ボクは一番後ろにいる。壁なんてない。あるのは大外の走路だけ。

 

『……今だ』

 

 ドリームジャーニーが静かに、甘く告げた。

 

『お行き、私の可愛い暴君』

 

 その瞬間、鎖が解き放たれた。

 

『待っていたぞ……ッ!!! ひれ伏せ雑種どもォォォッ!!!』

 

 オルフェーヴルの咆哮と共に、ボクの体が弾けた。

 加速ではない。噴火だ。

 最後方から、大外を一気にまくり上げる。

 幻影の金色のたてがみをなびかせ、ボクは前の集団をごぼう抜きにする。

 

 4コーナー。

 グラスワンダーが先頭に立つ。

 強い。速い。

 セイウンスカイをねじ伏せ、独走態勢に入る。

 「怪物」の帰還。誰もが彼女の勝利を確信した瞬間。

 

「甘いんだよォォォッ!!」

 

 ボクは叫びながら、大外から突っ込んだ。

 遠心力? 関係ない。

 オルフェーヴルの「暴君」としての理不尽なパワーと、ドリームジャーニーの描く「最短の放物線」が、コーナーを直線に変える。

 

 直線。

 中山の急坂。

 先頭はグラスワンダー。

 それを追うボク。

 その差、5バ身。

 残り200mで5バ身。絶望的な差だ。

 

 だが。

 

『余は王だ! 絶対的な強者だ! こんなところで、あんな澄ました顔の女に負けてたまるかァァァッ!!』

 

 オルフェーヴルの魂が燃え上がる。

 阪神大賞典で見せた、一度止まってから差し返すようなデタラメな根性。

 凱旋門賞で見せた、世界を驚愕させた瞬発力。

 それらが、ボクの肉体を通して再現される。

 

 一歩ごとに差が縮まる。

 地面を叩く音が、銃声のように響く。

 

「なっ……!?」

 

 グラスワンダーが驚愕に目を見開く。

 彼女の計算にはなかったはずだ。

 最後方から、これほどの脚で飛んでくるウマ娘がいるなんて。

 

 残り100m。

 3バ身。

 2バ身。

 

 グラスワンダーも粘る。怪物の意地。

 しかし、今のボクは「暴君」だ。

 理屈も計算も通用しない。

 

『行け、オル! お前の強さを世界に刻んでこい!』

『応とも姉上! ……そこだァァァッ!!』

 

 ボクは最後のギアを上げた。

 音が消える。

 視界が金色に染まる。

 

 並ぶ。

 グラスワンダーと、ロールフィヨルテ。

 怪物の緑と、暴君の金が交錯する。

 

 ――ゴール!!

 

 

 

「……はぁ、はぁ、はぁ……ッ!!」

 

 ゴール板を過ぎ、ボクはよろめきながらスピードを緩めた。

 全身が熱い。肺が焼けそうだ。

 でも、視界はクリアだった。

 

 電光掲示板に、「レコード」の文字が光る。

 1着、ロールフィヨルテ。

 2着、グラスワンダー。

 その差は、クビ差。

 

『……ふん。まあ、合格点だな』

 

 脳内で、オルフェーヴルがぶっきらぼうに呟いた。

 だが、その声は弾んでいる。

 

『姉上! 見ましたか!? あのラストスパート! 余の脚、最強でしたでしょう!?』

『ああ、見ていたよ。良い走りだった。……さすがは私のオルだ』

 

 ドリームジャーニーが、心底愛おしそうにオルフェーヴルを抱きしめる(イメージ)。

 オルフェーヴルは満更でもなさそうに、しかし尊大に『当然である』と胸を張った。

 なんだかんだで、仲のいい姉妹だ。

 

「……負けました」

 

 横で、グラスワンダーが息を整えながら微笑んだ。

 悔しさはあるはずだ。だが、それ以上に清々しい表情をしていた。

 

「完敗です。……あそこから差されるなんて、計算外でした。やはり貴方は……魔王ですね」

「魔王じゃないよ。……ただの、強欲なウマ娘さ」

 

 ボクは彼女と握手を交わした。

 その手は熱く、力強かった。

 彼女はこれから、さらに強くなるだろう。黄金世代の筆頭として、ボクの最大のライバルであり続けるはずだ。

 

「ロール!」

 

 後方から、メジロドーベルが駆け寄ってきた。

 彼女は4着。

 掲示板には載ったが、上位3頭(ボク、グラス、ブライト)の争いには加われなかった。

 だが、彼女の顔に悲壮感はない。

 

「……凄かった。あんな脚、見たことない」

「君も頑張ったね、ドーベル」

「……うん。でも、次は負けない。アンタの隣に立つために、もっともっと強くなるから」

 

 彼女はボクの首に抱き着いた。

 衆目環視の中だが、気にする様子もない。

 スタンドからは冷やかしの口笛と、万雷の拍手が降り注ぐ。

 

 ボクは空を見上げた。

 冬の澄んだ空気が、火照った体に心地よい。

 有馬記念制覇。

 そして、春秋グランプリ制覇。

 1998年、激動の一年が終わろうとしている。

 

 スタンドの向こうには、来年を見据えるテイエムオペラオーやナリタトップロードたちの気配も感じる。

 時代は流れる。

 新しい怪物が次々と現れる。

 だが、ボクは走り続ける。

 最強の魂たちと共に。最愛のパートナーと共に。

 

 全距離制覇の夢の果て。

 そこにあるのは、終わりのない「黄金の旅路」だった。

 

「……帰ろうか、みんな」

 

 ボクは呟き、ウイニングランへと向かった。

 その背中には、目に見えない翼――黄金の翼と、青い薔薇と、白い不沈艦と、そして多くの仲間たちの想いが、力強く羽ばたいていた。




本日11時に掲示板回更新します。

本編はひとまずここで終わります。
今までありがとうございました。

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