TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
12月27日。
その年を締めくくる最後の大一番、有馬記念。
中山レース場は、17万人を超える大観衆の熱気で、冬の寒さを物理的に押し返すほどの熱量に包まれていた。
今年は、まさに「伝説」と呼ぶに相応しい一年だった。
まず語られるべきは、ボクの同期であるタイキシャトルだ。
彼女は高松宮記念、安田記念、ジャック・ル・マロワ賞、マイルCS、スプリンターズSを制覇。
年間GⅠ5勝。しかも無敗。
「世界最強のマイラー」の名を不動のものとし、彼女は笑顔で今年を締めくくった。
そして、サイレンススズカ。
ジャパンカップでの激闘の後、彼女は有馬記念を回避し、来年の海外遠征を見据えて英気を養っている。今日はスタンドから、ボクたちの戦いを見守ってくれているはずだ。
そんな偉大な同期たちの活躍を背に、ボク、ロールフィヨルテは「日本総大将」として、このグランプリのパドックに立っていた。
「……空気が、重いな」
周回しながら、肌に刺さるようなプレッシャーを感じる。
それもそのはずだ。今年のメンバーは、歴代最強と言っても過言ではない。
まずは「怪物」グラスワンダー。
彼女はパドックでも静かだ。静かすぎて怖い。栗毛を揺らし、時折観客席に穏やかな視線を向けるその姿は、深窓の令嬢そのもの。だが、その内側には、全てを喰らい尽くすブラックホールのような闘争心が渦巻いている。
その対角には、「策士」セイウンスカイ。
彼女は猫背気味に歩きながら、しきりに空を見上げている。「あーあ、帰りてぇ」という心の声が聞こえてきそうだが、それが演技であることは全員が知っている。彼女の頭脳は、今この瞬間も何万通りものレース展開をシミュレーションしているはずだ。
さらに、天皇賞(春)を制したメジロブライト、不屈の魂を持つキングヘイロー、昨年覇者のマチカネフクキタル、女帝エアグルーヴ。
そして、ボクの最愛のパートナーにして、エリザベス女王杯を連覇したメジロドーベル。
隙がない。
全員が主役級。全員が、ボクの首を狙っている。
(さて……どう戦うか)
ボクは脳内の作戦会議室を覗いた。
そこは、カオスを極めていた。
『だから私が走ると言っているでしょう! 有馬記念は九冠の女帝が制圧するのよ!』
『ここはライスの出番だよ! 中山は……少し怖い場所だけど、だからこそライスが乗り越えて、一番になりたいの!』
『あらあら、お退きなさいな。完全無欠の私が……』
アーモンドアイ、ライスシャワー、メジロラモーヌ。
有馬記念未勝利の「持たざる者」たちが、我こそはと立候補し、収拾がつかなくなっている。
一方で、ジェンティルドンナは部屋の隅で『有馬なんてコーナーが多くて狭苦しいコース、私の美学に反しますわ。絶対に出ません』とボイコット中だ。
(ゴルシ、どうする? 君が出るかい?)
ボクが管理人に助けを求めると、ゴールドシップはニヤリと笑い、どこかへ「電話」をかけた。
『おー、もしもし? ああ、アタシだ。……おう、今から来れるか? ああ、可愛い妹も連れてな。……ん? 相変わらず暴君? 構わねぇよ、そういう奴が必要なんだ』
電話を切ると、ゴルシは親指を立てた。
『助っ人を呼んだぜ。……このカオスな状況を打破できるのは、「黄金の血」を持つ最強の姉妹しかいねぇからな』
その直後。
脳内空間が金色に輝き、二つの影が現れた。
一人は、小柄ながらも底知れぬ知性と威圧感を放つウマ娘。
そしてもう一人は、派手な金髪に豪奢な装飾を纏った、王者の如き風格を持つウマ娘。
『……待たせたね、ゴールドシップ』
『ふん。久しいな、白いの。……また余をこんな狭苦しいところに呼ぶとは、いい度胸だ』
現れたのは、ドリームジャーニーとオルフェーヴル。
ステイゴールドの血を引く、最強の姉妹(史実では全兄弟)。
サクラローレルとの戦いで力を貸してくれて以来の再会だ。
ドリームジャーニーは愛おしそうに妹の髪を撫で、オルフェーヴルは不遜な態度で周囲を見回している。
(お久しぶりです、オルフェーヴルさん、ドリームジャーニーさん)
ボクが挨拶すると、オルフェーヴル――金色の暴君と呼ばれた三冠ウマ娘――が、フンと鼻を鳴らしてこちらを見た。
『貴様か。……ふん、相変わらず何を考えているか分からん、食えない顔をしているな。……だが、その図太さは嫌いではないぞ』
『オル。……挨拶もなしに値踏みとは、相変わらず奔放だね』
ドリームジャーニーが、うっとりとした口調で言った。
『でも、そんなところも可愛いよ。……さあ、挨拶なさい』
『……姉上がそう言うなら仕方あるまい。……余の名はオルフェーヴル。王にして暴君だ。再び力を貸してやる、光栄に思うがいい』
尊大だ。
だが、言葉遣いは理知的で丁寧。そして何より、ドリームジャーニーの言葉には素直に従っている。
彼女たちの間には、他者が立ち入れない濃密な信頼関係――いや、共依存にも似た絆が見える。
『それで? 今回はグランプリ・有馬記念か。……相手は?』
(グラスワンダー、セイウンスカイ、メジロブライト……現役最強メンバーです)
『ほう……「怪物」に「策士」か。……悪くない。余の退屈しのぎにはなりそうだ』
オルフェーヴルが口角を吊り上げ、凶暴な笑みを浮かべた。
本物の「暴君」の威圧感。
彼女は、相手が強ければ強いほど燃えるタイプだ。
『契約者さん。今回のプランはこう言う感じでどうでしょうか?』
ドリームジャーニーが、ボクの脳内にコース図を展開する。
彼女の瞳は冷徹な策士のものだが、時折オルフェーヴルに向ける視線だけは甘く蕩けている。
『今回は「追い込み」。……有馬記念はコーナーが多い。小手先の器用さで立ち回るより、私の「航法」で最短ルートを描き、最後の直線でオルの「暴力」を叩きつける』
『ふっ……姉上の描く航路に間違いはない。……余はただ、その道を蹂躙すればよいのだな?』
『ああ、そうだよ。……お前は誰よりも強く、誰よりも速い。私の可愛いオル、お前の強さを世界に見せつけておやり』
ドリームジャーニーは、オルフェーヴルの頬に手を添えた。
『当然だ。……余が誰だと思っている。姉上の最高の妹だぞ?』
バチバチと火花が散るような、しかし溺愛に基づいたやり取り。
ゴルシがニヤニヤしながら見ている。
『へへっ、決まりだな。……おいマスター、今回は「黄金の姉妹」だ。豪華だろ?』
(ああ、最高だね。……お願いします、お二人とも!)
交渉成立。
ボクは武者震いを感じながら、パドックを後にした。
体の中に、二つの強大な魂が宿る感覚。
一つは冷徹な羅針盤。もう一つは、全てを焼き尽くす炉心。
これなら、あの怪物たちとも渡り合える。
地下道への坂を下りながら、ボクの脳内でオルフェーヴルが不敵に笑う。
『行くぞ契約者。……有馬のファンファーレは、王の凱旋行進曲だ。精々、派手に暴れさせてもらうぞ』
『頼むよ、オル。……さあ、行こうか』
冬の西日が、中山の急坂を黄金色に染め上げる。
ファンファーレ。
手拍子が地鳴りのように響く。この瞬間、世界で一番熱い場所はここだ。
ゲートイン。
16人のウマ娘たちが、それぞれの枠に収まる。
1番人気はボク、ロールフィヨルテ。
2番人気はセイウンスカイ。
3番人気にメジロブライト。
この評価に応えるのがボクの仕事だ。
ボクの枠は、大外16番。
有馬記念において不利と言われる「ピンク帽子」。
だが、今のボクには関係ない。
『大外……結構。雑草どもに揉まれてストレスを溜めるより、余にはおあつらえ向きだ』
オルフェーヴルが鼻を鳴らす。
『オル、分かっているね? 道中は死んだふりだ。……解き放つのは、最後の直線だ』
『承知している。姉上の指示に従うまでだ。……だが、あの猫(セイウンスカイ)、何か企んでおるな』
ゲートの向こう、最内枠のセイウンスカイが、不敵な笑みを浮かべているのが見えた。
ガシャン!!
ゲートが開いた。
一斉のスタート――かと思いきや。
「お先にーっ!」
セイウンスカイが、ロケットのようなスタートを決めた。
彼女は迷いなくハナを奪い、そして――ペースを落とさない。
大逃げ? 違う。
彼女が選んだのは、「幻惑の逃げ」だ。
1周目のスタンド前、歓声に包まれながら、スカイは後続を大きく引き離していく。
その後ろ、離れた2番手にキングヘイロー。
中団にグラスワンダー、エアグルーヴ、メジロドーベル。
メジロブライトは後方。
そして、ボクは最後方にいた。
『……ふん。小賢しい逃げだ。姉上、このまま行かせてよいのか?』
オルフェーヴルが苛立ちではなく、冷静な闘志で問う。
彼女の王としてのプライドが、前の獲物を狩りに行きたがっている。
『待ちなさい、オル。術中に嵌るべきではないでしょう』
ドリームジャーニーが冷静に、しかし優しく手綱を引く。
『いい子だね。……力を溜めるんだ。オルの爆発力は、こんなところで使う安っぽいものではないからね』
『……御意』
ジャーニーの言葉に、オルフェーヴルがスッと落ち着く。
ボクはポツンと最後方で脚を溜める。
オルフェーヴルの魂が、ギリギリと音を立てて圧縮されていく。
不満、怒り、そして勝利への飢え。それらが凝縮され、爆発的なエネルギーへと変換されていく。
前を行く集団が、ひと塊になって進んでいく。
その中で、不気味なほど静かなのがグラスワンダーだ。
彼女はスカイの逃げに動じることなく、淡々と、しかし確実にマークしている。
「いつでも捕まえられる」という絶対の自信。
その背中からは、「私以外は眼中にない」という傲慢さすら感じられる。
『……気に入らぬ』
オルフェーヴルが低く唸る。
『まるで自分が勝者かのような顔をしおって。……引きずり下ろしてやる。絶望の底にな』
1000m通過。60秒フラット。
遅くはない。だが、スカイが作り出す独特のリズムのせいで、後続の脚が削がれていく。
巧い。
このまま行けば、スカイが逃げ切るか、あるいは早めに動いたグラスワンダーが押し切るか。
向こう正面。
レースが動く。
グラスワンダーが上がっていった。
それに呼応して、他の有力ウマ娘たちもペースを上げる。
バ群が凝縮する。
『まだだ。……我慢だよ、オル』
『……姉上、まだか? まだなのか? 置いていかれるぞ?』
『中山の直線は短い。……だが、オルなら一瞬で十分だ。信じなさい、自分の脚を。……そして、私を』
ドリームジャーニーの声は、絶対的な自信に満ちていた。
オルフェーヴルは唇を噛みしめ、耐える。
第3コーナー。
グラスワンダーがセイウンスカイを射程圏内に捉える。
その外から、メジロブライトがまくってくる。
ドーベルも動く。
勝負どころ。
前が壁になる。
だが、ボクは一番後ろにいる。壁なんてない。あるのは大外の走路だけ。
『……今だ』
ドリームジャーニーが静かに、甘く告げた。
『お行き、私の可愛い暴君』
その瞬間、鎖が解き放たれた。
『待っていたぞ……ッ!!! ひれ伏せ雑種どもォォォッ!!!』
オルフェーヴルの咆哮と共に、ボクの体が弾けた。
加速ではない。噴火だ。
最後方から、大外を一気にまくり上げる。
幻影の金色のたてがみをなびかせ、ボクは前の集団をごぼう抜きにする。
4コーナー。
グラスワンダーが先頭に立つ。
強い。速い。
セイウンスカイをねじ伏せ、独走態勢に入る。
「怪物」の帰還。誰もが彼女の勝利を確信した瞬間。
「甘いんだよォォォッ!!」
ボクは叫びながら、大外から突っ込んだ。
遠心力? 関係ない。
オルフェーヴルの「暴君」としての理不尽なパワーと、ドリームジャーニーの描く「最短の放物線」が、コーナーを直線に変える。
直線。
中山の急坂。
先頭はグラスワンダー。
それを追うボク。
その差、5バ身。
残り200mで5バ身。絶望的な差だ。
だが。
『余は王だ! 絶対的な強者だ! こんなところで、あんな澄ました顔の女に負けてたまるかァァァッ!!』
オルフェーヴルの魂が燃え上がる。
阪神大賞典で見せた、一度止まってから差し返すようなデタラメな根性。
凱旋門賞で見せた、世界を驚愕させた瞬発力。
それらが、ボクの肉体を通して再現される。
一歩ごとに差が縮まる。
地面を叩く音が、銃声のように響く。
「なっ……!?」
グラスワンダーが驚愕に目を見開く。
彼女の計算にはなかったはずだ。
最後方から、これほどの脚で飛んでくるウマ娘がいるなんて。
残り100m。
3バ身。
2バ身。
グラスワンダーも粘る。怪物の意地。
しかし、今のボクは「暴君」だ。
理屈も計算も通用しない。
『行け、オル! お前の強さを世界に刻んでこい!』
『応とも姉上! ……そこだァァァッ!!』
ボクは最後のギアを上げた。
音が消える。
視界が金色に染まる。
並ぶ。
グラスワンダーと、ロールフィヨルテ。
怪物の緑と、暴君の金が交錯する。
――ゴール!!
「……はぁ、はぁ、はぁ……ッ!!」
ゴール板を過ぎ、ボクはよろめきながらスピードを緩めた。
全身が熱い。肺が焼けそうだ。
でも、視界はクリアだった。
電光掲示板に、「レコード」の文字が光る。
1着、ロールフィヨルテ。
2着、グラスワンダー。
その差は、クビ差。
『……ふん。まあ、合格点だな』
脳内で、オルフェーヴルがぶっきらぼうに呟いた。
だが、その声は弾んでいる。
『姉上! 見ましたか!? あのラストスパート! 余の脚、最強でしたでしょう!?』
『ああ、見ていたよ。良い走りだった。……さすがは私のオルだ』
ドリームジャーニーが、心底愛おしそうにオルフェーヴルを抱きしめる(イメージ)。
オルフェーヴルは満更でもなさそうに、しかし尊大に『当然である』と胸を張った。
なんだかんだで、仲のいい姉妹だ。
「……負けました」
横で、グラスワンダーが息を整えながら微笑んだ。
悔しさはあるはずだ。だが、それ以上に清々しい表情をしていた。
「完敗です。……あそこから差されるなんて、計算外でした。やはり貴方は……魔王ですね」
「魔王じゃないよ。……ただの、強欲なウマ娘さ」
ボクは彼女と握手を交わした。
その手は熱く、力強かった。
彼女はこれから、さらに強くなるだろう。黄金世代の筆頭として、ボクの最大のライバルであり続けるはずだ。
「ロール!」
後方から、メジロドーベルが駆け寄ってきた。
彼女は4着。
掲示板には載ったが、上位3頭(ボク、グラス、ブライト)の争いには加われなかった。
だが、彼女の顔に悲壮感はない。
「……凄かった。あんな脚、見たことない」
「君も頑張ったね、ドーベル」
「……うん。でも、次は負けない。アンタの隣に立つために、もっともっと強くなるから」
彼女はボクの首に抱き着いた。
衆目環視の中だが、気にする様子もない。
スタンドからは冷やかしの口笛と、万雷の拍手が降り注ぐ。
ボクは空を見上げた。
冬の澄んだ空気が、火照った体に心地よい。
有馬記念制覇。
そして、春秋グランプリ制覇。
1998年、激動の一年が終わろうとしている。
スタンドの向こうには、来年を見据えるテイエムオペラオーやナリタトップロードたちの気配も感じる。
時代は流れる。
新しい怪物が次々と現れる。
だが、ボクは走り続ける。
最強の魂たちと共に。最愛のパートナーと共に。
全距離制覇の夢の果て。
そこにあるのは、終わりのない「黄金の旅路」だった。
「……帰ろうか、みんな」
ボクは呟き、ウイニングランへと向かった。
その背中には、目に見えない翼――黄金の翼と、青い薔薇と、白い不沈艦と、そして多くの仲間たちの想いが、力強く羽ばたいていた。
本日11時に掲示板回更新します。
本編はひとまずここで終わります。
今までありがとうございました。
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