TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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閑話 ウオッカの勝負服

 GⅠに向けて本格的な準備が始まった頃、ボクたちの間ではある重要な議題が持ち上がっていた。それは、ウオッカがGⅠという最高の舞台で身に纏う「勝負服」のデザインについてであった。

 

 トレセン学園の談話室に広げられた真っ白なスケッチブックを前にして、ボクとメジロドーベル、そして当事者であるウオッカが顔を突き合わせていた。ボクは一応の指導者として、そしてドーベルは自らの勝負服をプロデュースし、ボクの衣装までも「魔改造」した実績を持つアドバイザーとしての参加であった。

 

「いいかい、ウオッカ。勝負服は単なる正装じゃない。それは君の筋肉の動きを補助し、空気抵抗を極限まで減らすための機能性パーツなんだ。ボクとしては、関節の可動域を一切阻害せず、かつ皮膚のように密着して筋肉の振動を抑える素材を推奨したい」

 

 ボクはトレーナーとしての観点から、機能美を追求した意見を述べた。いくらウマソウルの力で空気抵抗の影響がなくなるといえ、そもそもないに越したことはないのだ一方のドーベルは、手元の色鉛筆を走らせながら、ボクとは別の、しかし同様に熱を帯びた瞳でスケッチを描き込んでいった。

 

「ロールの言うことも分かるけれど、それだけじゃ『ウマ娘』としての魅力が足りないわ。ウオッカのあのしなやかで力強い脚のライン、そしてスレンダーで引き締まった腰つき。これを隠すのは罪悪よ。見る者に畏怖と、そして抗いがたい美しさを叩きつけるような構成にするべきだわ」

 

 ドーベルの意見には、かつてボクに黒光りするハイレグレオタードを着せた時と同じ、ある種の「職人的な偏執」が混じっていた。機能性を極限まで追求するボクと、肉体美を最大限に誇示しようとするドーベル。二人の天才(?)が数時間の議論と試行錯誤の末に導き出した回答は、一つの凄まじいデザインへと収束していった。

 

 それは、全身を光沢のある漆黒のレザーで包み込んだ、超高密度のレーサーズスーツであった。隙間なく肌に張り付き、身体のあらゆる凹凸を露骨なまでに強調するその衣装は、確かに空気抵抗をゼロにし、筋肉の動きを克明に外部へと伝える究極の戦闘服であった。だが、あまりにも「ぴったり」しすぎていて、もはや着ているというよりは全身を黒い塗料で塗りつぶしたかのような、扇情的なまでの圧迫感を放っていた。

 

「どうだい、ウオッカ。これなら阪神の坂も、府中の長い直線も、君の肉体の一部として風を切り裂けるはずだ。まさに機能の極致だよ」

 

 ボクが自信満々にそのデザイン画を提示すると、それまで黙って聞いていたウオッカの顔が、みるみるうちに引き攣っていった。彼女の視線はボクたちが自信作と称する漆黒のスーツと、そしてボクたちが今まさに着ている衣装の間を激しく往復していた。

 

 ボクの黒光りするハイレグや対魔忍スーツ、そしてドーベルの透けるシルクのドレス。ウオッカの脳裏には、そういったボク達の勝負服が脳裏をよぎっていたに違いない。彼女は震える指でデザイン画を指差し、絞り出すような声で言った。

 

「……アンタら、正気かよ。機能性がどうとか肉体美がどうとか言ってるけどさ……これ、ただの変態スーツじゃねぇか! 確かにアンタらの格好も大概だと思ってたけど、俺にまでこんな『あれ』なもんを着せようってのか!?」

 

「失礼ね、これは最新のスポーツ工学に基づいた……」

 

「うるせぇ! もういい、アンタらには任せられねぇ! 俺の服は、俺が自分で考える!」

 

 ウオッカはボクたちのデザイン画を乱暴に払いのけると、奪い取るようにスケッチブックとペンを握りしめた。彼女は「もっとこう、バイクとかロックな感じでさ……」とブツブツ呟きながら、猛烈な勢いでペンを走らせ始めた。ボクとドーベルは顔を見合わせ、少しだけ肩を落とした。ボクたちなりに彼女の勝利を願って考え抜いた結果だったのだが、若き女王にはまだ、この「正装」の深遠な美学を理解するのは早すぎたのかもしれない。

 

 数十分後。鼻息荒くペンを置いたウオッカが、満足げな表情でスケッチブックをこちらに向けた。

 

「見たか! これこそが俺の考える、世界で一番『カッコいい』勝負服だ!」

 

 ボクとドーベルは、彼女が描いたそのデザインを食い入るように見つめた。そこには確かに、ウオッカが切望したワイルドでパンクな要素が詰め込まれていた。そこかしこについたベルト、そしてレザージャケットのような上着。全体的に黒と黄を基調とした、いかにも彼女らしい反骨精神に溢れた「カッコいい」衣装に見えた。

 

 だが。

 

 ボクは、そのデザインの細部に目を向けた瞬間、背筋に奇妙な汗が流れるのを感じた。

 

「ねえ、ウオッカ。……ここ、お腹の部分が完全に露出しているけれど、これは風冷えしないかな? それから、この胸元のV字のカッティングも、かなり深いような……」

 

「あ? バカ言え、これが『ワイルド』ってやつだろ。これくらい風を通さないと、熱くなって走れねぇよ。それにこの短パンの丈も、脚を動かすにはこれくらい短いのが最高なんだ」

 

 ウオッカは至って真面目に、自分のこだわりを説明していた。彼女にとって、これはあくまで「カッコよさ」の追求であり、硬派な美学の帰結なのだ。しかし、第三者であるボクの目から見れば、それはボクたちの提示したレザースーツとはまた別の、極めて危険な破壊力を秘めていた。

 

 引き締まった腹筋をこれでもかと強調する「へそ出し」。前傾姿勢になった瞬間に視線を釘付けにするであろう「胸元の谷間」。そして、強靭な太ももの付け根を大胆に晒すショートパンツの「絶対領域」。レザーやベルトといった無骨な装飾が、皮肉にもその露出した肌の柔らかさと白さを際立たせ、見る者の劣情を、ボクたちのデザインよりも遥かに巧妙に、かつ残酷に刺激する構成になっていた。

 

 ボクが隣を見ると、ドーベルもまた、口元を押さえてプルプルと震えていた。彼女のプロデューサーとしての魂が、ウオッカの無自覚な「天才的な色気」に打ちのめされているようだった。

 

「……ウオッカ。君、これが本当に『硬派』だと思っているのかい?」

 

「当たり前だろ! 誰よりも強そうで、最高にクールじゃねぇか!」

 

 ウオッカは腰に手を当て、勝ち誇ったように笑った。彼女の瞳には一点の曇りもなく、ただひたすらに自分の理想の姿への陶酔があった。

 

 ボクは、これからこの衣装を纏ってターフに現れるウオッカを想像し、眩暈を覚えた。ボクたちの提案した「機能的な露出」は、ある意味で潔く、隠すつもりのない宣言のようなものだった。しかし、ウオッカが自ら生み出したこのデザインは、「カッコよさ」という隠れ蓑の下で、より深く、より執拗に観客の精神を侵食していくに違いない。

 

 ボクたちの「あれ」なセンスを拒絶したはずの教え子が、無自覚のうちに、師匠たちを遥かに凌駕する「エッチな勝負服」を完成させてしまったのだ。

 

「……ドーベル。これ、どう思う」

 

「……完璧だわ。ウオッカ、アンタ……恐ろしい子ね。私の『魅せる美学』なんて、アンタのその無邪気な露出の前には、ただの児戯に等しいわ……」

 

 ドーベルが力なく、しかし深い敬意を込めて呟いた。こうして、ウオッカの正式な勝負服は、彼女自身の「カッコいい」という勘違いと、ボクたちの「何も言えない」という沈黙によって決定されたのである。

 

 ボクは、この衣装を纏った彼女がゲートに入る瞬間を想像した。きっと全国のファンの性癖は、ボクが冬コミでやった時以上に、再起不能なまでに破壊し尽くされることになるだろう。

 

「よし、決まりだな! さあ、トレーナー、早くこれを作ってくれよ。俺、これを着てスカーレットをぶちのめすのが楽しみで仕方ねぇんだ!」

 

 天真爛漫に笑うウオッカの背中を見送りながら、ボクは深い溜息をついた。トレーナーという仕事は、なんと難しく、そして予期せぬ「不条理」に満ちているのだろうか。

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