TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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8 10日後にケガするウマ娘、100日後に死ぬウマ娘②

 サクラローレルとの併せ馬勝負が決まった直後。

 ゲートに入りながら、脳内で緊急作戦会議を開いていた。

 

(……マズい。冷静に考えると、勝ち筋が薄すぎる)

 

 相手はGⅡウイナー、サクラローレル。

 彼女の適性は長距離。スタミナと根性は折り紙付きだ。

 対するボクは、デビュー前の新人。長距離経験ゼロ。

 いくら『非存在の血統』で名馬の能力を借りられるとはいえ、3200mという距離は付け焼刃で走れるものではない。

 

『おーい、マスター。作戦はどうするんだ? アタシだけで3200m走り切るか? 泥仕合なら負けねー自信あるぜ?』

 

 脳内で、ゴールドシップが腕を回しながら提案してくる。

 彼女の「無尽蔵のスタミナ」と「頑丈さ」は最強の武器だ。

 だが、それだけでは足りない。

 ローレル先輩の「ブライアンに追いつきたい」という気迫は、ただのスタミナ勝負ではねじ伏せられない。

 必要なのは、彼女の心を折るほどの、圧倒的な「長距離の走り」だ。

 

 悩んでいる間にスタートしてしまった。ひとまずゴールドシップの走りで追走するが……さすがにサクラローレルには足りそうにない。

 

(……他の手札を探すしかない)

 

 ボクは脳内検索をかける。

 3200mを走り切れる、伝説のステイヤーたち。

 

『メジロマックイーン』

 ……ダメだ。さっき食堂で見かけたばかりだ。この世界では最上級生の先輩として在籍している。同時代のウマ娘は借りられない。

 

『ライスシャワー』

 論外だ。彼女は今まさに現役最強のステイヤーとして君臨している。

 

『スーパークリーク』

 ……試しに呼んでみたが反応がない。すでに卒業したはずだがまだ存命だから呼べないようだ。

 

(……手詰まりか?)

 

 焦りが募る。

 この時代のトレセン学園は、まさに黄金期。名だたるステイヤーたちがこぞって在籍しているため、ボクが借りられる「空席」が極端に少ないのだ。

 

『ああもう、じれってーな! ならアタシが呼んでやるよ! おーい、祭り好きの! 暇してんだろ、ちょっと手伝え!』

 

 ゴルシが勝手に誰かに回線を繋いだ。

 直後、ボクの意識の中に、祭囃子のような力強いリズムが響き渡った。

 

『わっしょい! お呼びでしょうか、ゴルシさん!』

 

 元気ハツラツ、礼儀正しくも底抜けに明るい声。

『キタサンブラック』

 遥か未来、GⅠ7勝を挙げる「お祭り娘」。逃げも差しもこなす、強靭な心肺機能の持ち主だ。

 

『事情は分かりました! 要するに、あの方と競り合ってねじ伏せればいいんですね! 任せてください、私のド根性、全部お貸しします!』

 

 ドカン! と体の中に巨大な原子炉が入ったような感覚。

 全身から無尽蔵の力がみなぎる。

 後の反動が怖いが……これならいけるかもしれない。

 

「……行きますよ、先輩!」

 

 ボクはキタサンブラックのパワーを借りて、一気に加速した。

 泥を蹴り上げ、ローレル先輩の横に並ぶ。

 力対力。根性対根性。

 1000m地点を通過。互いに一歩も譲らないデッドヒート。

 

 だが――それが裏目に出た。

 

「……負けない。絶対に、前には行かせない!」

 

 ローレル先輩の瞳に、鬼火のような闘志が宿る。

 ボクがキタサンのパワーで押せば押すほど、彼女もまた限界を超えて力を振り絞ってしまう。

 彼女の足音が変わった。地面を叩きつける音が、悲鳴のように聞こえる。

 

『あっ、やべぇぞマスター』

 

 ゴルシが声を低くした。

 

『アタシも、キタサンも、相手の心を折るタイプの「壊し屋(クラッシャー)」だ』

『あちゃー……。 これ、私たちが押せば押すほど、相手の方も無理しちゃいますね。このままじゃゴールする前に、あの方の足が砕けちゃいますよ!』

 

 その通りだ。

 我々は強くありすぎた。すり潰すようなパワー勝負では、彼女の身体が持たない。

 ボクの目的は「勝つこと」だが、その前提には「彼女を無事に止めること」がある。

 

(……くそっ、どうすれば! 誰か、彼女を安全に止める方法は!?)

 

『チッ、しゃーねえ! こうなったら「一族(ウチら)」の総力戦だ! おい親父! 起きてんだろ!』

 

 ゴルシがやけくそ気味に叫ぶ。

 すると、脳内に新たな、そしてとびきり凶暴な気配が割り込んできた。

 

『ああん? 誰が親父だ、誰が。……俺はまだ現役ピチピチの女学生だぞ、ゴルシ』

 

 低く、凄みのある声。

『ステイゴールド』

 ゴールドシップの父であり、稀代の暴れ馬。彼は今、この世界でボクと同世代として生きているはずだ。だから本来なら力は借りられないが、ゴルシとの強烈な血の繋がりが回線を繋いでしまったらしい。

 

『……ほう。ロールフィヨルテか。俺と同じ「金」の名を持つにしては、随分と追い詰められてるじゃねえか』

『うるせぇ! 茶化してねーで手伝ってくれよ! あとついでに黒豆も呼べ!』

『誰が黒豆だ!』

 

 さらに別の声が乱入してくる。

 青鹿毛の怪物、フェノーメノ。彼もまた、ステイゴールドの息子であり、天皇賞春を連覇した名ステイヤーだ。

 

『なぜ本官がゴルシさんの手伝いをしなければならないのですか!』

『いーから黙って知恵を貸せ! このままじゃ相手が壊れちまうんだよ!』

『なあ、壊しちゃいかんのか?』

『バカオヤジ!! 壊したら飯が不味くなるだろうが!』

 

 うるさい。

 ボクの脳内で、ステイゴールド一族による大喧嘩が始まった。

 レース中だぞ。頭が割れるように痛い。

 

(頼むから真面目に考えてくれ! 解決策はないのか!?)

 

 ボクが悲鳴を上げると、ステイゴールドが『チッ』と舌打ちをした。

 

『まったく、世話の焼けるガキ共だ。……力押しがダメなら、搦め手しかねえだろうが。俺じゃ無理だが、「大ボス」に頼めばなんとかなる』

『大ボス?』

『俺の前世の親父……お前らにとっちゃジイさんだ。おい、聞こえてんだろ! 孫が困ってるぞ!』

 

 ステイゴールドの父親と言えば日本競馬界を変えた大種牡馬、サンデーサイレンス。

 まさかそんなレジェンドまで呼び出す気か。

 すると、脳内の空気が一瞬で静まり返った。

 絶対的な「闇」と「静寂」の気配。

 

 そして、その闇の中から、一人の少女の影が滑り落ちてきた。

 

『……呼びましたか?』

 

 静かで、少し眠たげな、しかしゾクリとするような声。

 未来の菊花賞馬にして、天皇賞(春)覇者。

 サンデーサイレンスの血を色濃く受け継ぐ、漆黒のステイヤー。

 

(マンハッタンカフェ)

『……お友達が、騒がしいと怒っていましたが…… ふふ、貴方の器の中は、とても賑やかですね』

 

 彼女は今、この世界ではまだ小学生くらいの子供のはずでつなげるのは難しいはずだった。

 だが、サンデーサイレンスという特大の回線(コネクション)を通じて、未来の彼女の力が流れ込んでくる。

 

(カフェさん! ローレルさんの足を、壊さずに止めたいんだ!)

『……なるほど。あの方の力を奪えばいいんですね?』

 

 幼いカフェの意識が、ボクの中に滑り込んでくる。

 キタサンの「熱」とステイゴールド一族の「喧噪」が、冷たく静かな「影」に塗り替えられていく。

 

 残り1000m。

 コーナー手前。

 

「……ごめんなさい、先輩。少し、寒くなりますよ」

 

 ボクは息を吸い込み、カフェの能力を解放した。

 周囲の空気が、一瞬にして凍り付いたような錯覚。

 視界がモノクロームに染まる。

 

【スタミナグリード】

 

 それは、並走する相手の体力を奪い、自分のものにする呪術的なスキル。

 ボクの影が長く伸び、ローレル先輩の影に重なる。

 

「……っ!?」

 

 隣を走っていたローレル先輩が、ビクリと肩を震わせた。

 彼女の表情が強張る。

 急激な悪寒。そして、鉛のように重くなる手足。

 怪我や故障ではない。ただ純粋に、燃料(スタミナ)タンクの底が抜けたような急激なガス欠。

 

「体が……重い……?」

 

 彼女のストライドが、目に見えて小さくなった。

 燃え上がっていた闘志ごと、熱を奪われたのだ。

 足への負担が減る。速度が落ちる。

 

(……今だ!)

 

 ボクは残った最後のスタミナを振り絞った。

 ここからは、泥臭くてもいい。這ってでも前に出る。

 

『行けぇマスター! 今なら抜ける!』

『わっしょーい! 最後の一押しです!』

『行けオラァ! 金色の意地見せろ!』

『……お疲れ様でした』

 

 脳内の大合唱を受け、ボクは歯を食いしばってスパートをかけた。

 

 直線。

 鉛のように重い足を、意志の力だけで前に運ぶローレル先輩。

 だが、カフェに吸い取られたスタミナの差は埋まらない。

 

 ボクは彼女の横をすり抜け、半バ身、1バ身と差を広げる。

 

「……嘘、でしょ……」

 

 先輩の悲痛な声が聞こえた。

 だが、振り返らない。ここで情けをかけたら、全てが無駄になる。

 

 ゴール板が迫る。

 心臓が破裂しそうだ。足の感覚はない。

 それでも、ボクは先頭で駆け抜けた。

 

 ――ゴール!!

 

 ボクはそのまま芝の上に倒れ込んだ。

 数瞬遅れて、ローレル先輩も膝から崩れ落ちる。

 

「……はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 空が青い。

 そして何より、静かだ。

 脳内の喧噪も消え、壊れる音もしなかった。

 

「……私の、負け……?」

 

 荒い息の中で、ローレル先輩が呆然と呟いた。

 ボクは重い体を起こし、彼女の方へ這っていった。

 

「……約束、です……よ。先輩」

「……ロール、ちゃん」

「負けたんですから……一週間……絶対安静、です……」

 

 ローレル先輩は、悔しそうに唇を噛みしめた。

 その瞳には涙が溜まっている。

 だが、彼女はボクの顔を見て、そして自分の無事な(しかし疲れ切った)足を見て、観念したように力を抜いた。

 

「……わかったわ。約束は、守る」

 

 彼女は芝の上に大の字になった。

 

「完敗ね。……新人にここまでやられるなんて、今の私は、やっぱり万全じゃなかったのね」

 

 誤解だ。ボクは未来の英霊たち、それも最凶の一族を総動員して、卑怯なスキルまで使ってギリギリ勝っただけだ。

 だが、今はその誤解がありがたい。

 

「……ありがとう、止めてくれて」

 

 小さな声で、彼女が言った。

 彼女の脚にまとわりついていた黒い靄が霧散する。

 その言葉を聞いて、ボクはようやく安堵の息を吐いた。

 

 10日後に怪我するサクラローレル。

 一つ目の時限爆弾は、解除された。

 

 これで、少しは休める……そう思った瞬間だった。

 ボクの脳裏に、ふと、ある名前がよぎった。

 

(……あれ? そういえば)

 

 天皇賞(春)。

 ローレル先輩が出られなかったそのレースで、奇跡の復活勝利を遂げたウマ娘。

 黒い刺客。

 

(……ライスシャワーは、どうなった?)

 

 史実では、この勝利の後に宝塚記念へ向かい、そして――。

 ボクの背筋に、冷たいものが走った。

 

 まだ、終わっていない。

 むしろ、もっと大きな悲劇へのカウントダウンは、もう始まっているのだ。

 

 ボクは泥だらけのまま、遠く京都の方角を見据えた。




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