ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
【アキバ・サンクチュアリ・コアサーバー室】
「(…私が『起点』だから、みんな死んだんだ…)」
ときのそらの瞳から、光が消えた。
アキバ・サンクチュアリの「王座」。
ぺこら、かなた、ラミィ、ちょこ、ミオ、みこ――六つの「光」を犠牲にして、ようやくたどり着いたその場所で、彼女は「王」本体が放つ、決定的な絶望の言葉に打ちのめされていた。
「(そうだ。お前が『希望』を持ったから、お前の仲間は『絶望』した)」
「(『始まり』があるから、『終わり』の恐怖が生まれるのだ)」
「王」――コアサーバーと融合した、巨大な「虚無の集合体」――は、ゆっくりとそらに近づく。
「(消えろ。)」
「王」の身体から、無数の黒い触手が放たれた。
「(させないよッ!!)」
最初の一撃を受け止めたのは、ころねだった。
彼女は「不屈のガッツ」で全身を黄金に輝かせ、そらの前に立ちはだかる。
「(ぐっ…ぐうぅっ…!)」
「(ころね!)」
「(大丈夫ッスよ! まだ…まだスバルの『応援(バフ)』は、おくるッス!)」
だが、「王」の出力は桁違いだった。
ころねの盾が、ガラスのように砕け散る。
ころねとスバルは吹き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられた。
「(ころね!スバル先輩!)」
いろはがちゃき丸を構えて飛び出すが、ノイズの奔流に弾き返される。
あやめの「鬼哭」も、シオンの「魔力」も通じない。
「(く…硬すぎる!)」
ぼたんがライフルで威嚇し、クロエが隙を突いて斬り込むが、王の再生速度が上回る。
おかゆが機動力を活かして撹乱するが、質量差がありすぎて有効打にならない。
「(ハハッ…! こいつ、マジで『ラスボス』って感じだな!)」
すいせいが、血を吐くように笑った。
彼女のテトリミノは、もう点滅を繰り返し消滅寸前だった。
それでも彼女は、倒れたスバルを背にかばい、ふらつく足で立ち上がった。
「(すいちゃん、もうダメ! アンタの『青』も、もう真っ黒だよ!)」
「(だ、まれ…! ここで引いたら…誰が『アイドル』を守るんだよ…!)」
すいせいの身体から、ノイズの火花が散る。
データ崩壊の兆候(予兆)。限界なんて、とっくに超えていた。
残された十三人の仲間たち。
彼女たちは、精神攻撃の重圧で動けないそらを守るためだけに、命を削り、魂を燃やして、絶望的な防衛ラインを維持していた。
「(やめて…もう、やめて…)」
そらの心がきしむ。
私のために傷つかないで。私が消えれば、みんな助かるのに。
その絶望が、足を縫い止める。
「(逃げるな、ときのそらァ!!)」
その悲痛な空気を切り裂いたのは、白上フブキの絶叫だった。
「(ッ!?)」
「(私たちが何のために戦ってると思ってるの! そらちゃんを守るためじゃない! そらちゃんと『生きる』ためだ!!)」
フブキもまた、ボロボロだった。左腕はノイズに侵食され、もう動かない。
それでも彼女は、一歩も退かずに「王」を睨みつけている。
「(そらちゃんが諦めたら! 全部!!無駄になるんだよ!!)」
その言葉が、雷のようにそらの魂を貫いた。
ドクン、と心臓が跳ねる。
視界が滲む。その極限の感情の高ぶりが、サーバー内の演算領域を超え――本来、繋がるはずのない「階層」へのパスを繋いだ。
『――そら先輩』
『――そらちゃん』
聞こえるはずのない声。
ノイズの向こう側から、温かい光が漏れ出す。
「(…みんな?)」
そらの脳裏に、六つの影が浮かび上がる。
ぺこら、かなた、ラミィ、ちょこ、ミオ、みこ。
彼女たちは消えていなかった。データの海に溶けながらも、その魂で必死に、今の十三人を支えていたのだ。
『背中はウチらが支えるにぇ』
『だから、前を見てください』
彼女たちの手が、そらの背中を優しく、けれど強く押す。
その感触が、そらの記憶の扉を開いた。
――あの日も、そうだった。
ふと、過去の記憶がフラッシュバックする。
まだ「ホロライブ」なんて名前が知られていなかった頃。
誰もいない客席。終わらないレッスン。増え続けるタスクと、結果が出ない焦燥感。
『もう、無理だよ…』
『私には、才能なんてない。普通の女の子に戻りたい』
泣き言を漏らして、うずくまった夜があった。辞めようと思った。ここから逃げ出してしまおうと思った。
でも、その時。
踏み出せなくなった私の手を、強く引いてくれたのは誰だった?
ファンじゃない。まだファンなんていなかった。
それは――。
『そらなら、できるよ。私が一番知ってるから』
そう言って笑ってくれた、「たった一人の親友」の手だった。
彼女が信じてくれたから。仲間たちが隣に並んでくれたから。
だから私は、今日まで歌い続けてこられたんじゃないか。
「(…そうだ)」
そらの瞳に、かつてない強い光が宿る。
恐怖は消えた。罪悪感も消えた。
あるのはただ、愛おしい仲間たちへの感謝と、未来への渇望。
「(ごめんね、みんな。…もう、迷わない)」
そらが一歩、前に踏み出す。
その瞬間、彼女の身体から溢れ出したオーラが、物理的な衝撃となって「王」の触手を弾き飛ばした。
「(な…!?)」
「王」が驚愕する中、そらは天を仰ぐ。
「原初の歌声(ソング・オブ・オリジン)――全開(フル・ブルーム)。」
純白の光がそらを包む。だが、それだけでは終わらない。
限界を超えて戦う十三人の魔力。
データの海で微笑む六人の魂。
そのすべてが、奔流となって「ときのそら」という器(コア)へとなだれ込む。
「(みんなの想いを……私に!)」
白が、赤へ、青へ、黄色へ。
無数の色が混ざり合い、決して濁ることのない「虹色」へと昇華する。
それは個人の能力を超越した、絆の結晶。
そして、瞳が輝く。
「(これが、私たちが紡ぐ……未来!)」
覚醒――『二十色の協奏曲(シンフォニー・オブ・ホロライブ)』。
「(…すごい)」
その光景を見ていたフブキが、震える手でコンソールを叩いた。
「(この『歌』なら…この『光』なら、届く!)」
「(フブキ・フレンズコール――出力最大! 全日本(オール・ジャパン)ブロードキャスト!!)」
シュババババッ!
フブキの拡散によって、そらの歌声が、アキバの地下空間だけでなく、電波に乗って日本全土へと満たされていく。
それは、攻撃的な浄化の光ではなかった。
七色の、虹のような温かい光。
「(あ…あ…あ…)」
「王」の黒い身体から、ノイズが剥がれ落ちていく。
その下から現れたのは、サイリウムを握りしめ、涙を流しながら笑っていた、かつての「彼ら(ファン)」の記憶(すがた)だった。
「(そうだ…我は…ただ、もっと…見ていたかった…)」
「(好きだ。ただ、大好きだった)」
「(その気持ちが濁って、黒くなる前に)」
「(この光の中で、元の『好き』に戻れてよかった)」
「(ありがとう…)」
「王」の姿が、完全にほどけ、無数の「虹色の光の粒子」へと変わっていく。
それは消滅ではない。本来あるべき場所――「思い出」という名のアーカイブへ還るための昇華。
虹色の光は、天井を突き抜け、アキバの上空へと舞い上がっていく。
そして、その光の一部が、サンクチュアリの奥にある、閉ざされていた巨大な「ゲート」へと降り注いだ。
ギギギギギ…
錆びついていたゲートが、光を受けてゆっくりと音を立てて開き始める。
眩い光が、ゲートの向こうから溢れ出す。
「(まさか…)」
そらが、息を呑む。
光の奔流の中から、六つの影が、ゆっくりとこちらへ歩いてくるのが見えた。
「(お待たせぺこ!)」
「(ふぅ、重かったー)」
「(ただいま、そらちゃん)」
ぺこらが、かなたが、ラミィが、ちょこが、ミオが、みこが。
光の中から、実体を持って帰還した。
一度はデータへと還りかけた彼女たちが、浄化された「王(ファン)」の祈りの力と、そらの歌声によって、再構築(リブート)されたのだ。
「(みんな…!)」
そらは、駆け出した。
もう言葉はいらなかった。二十人は、泣きながら、笑いながら、互いに抱き合った。
数時間後。
UDXの屋上。
朝日は完全に昇り、見渡す限りの青空が広がっていた。
ノイズの霧は晴れ、アキバの街はボロボロながらも、静かな朝を迎えていた。
「ん゙〜! 生き返った〜!」
ぺこらが、瓦礫の上に座り込み、マリンがどこかから調達してきたコーラ(ぬるい)を美味そうに煽る。
「はい、かなたちゃんも」
「あ、ありがとうございます。…握力、戻ってよかった」
かなたは、自分の手をグーパーさせて、安堵の表情を浮かべる。傍らには、彼女が守りきった仲間たちが、疲れ切って眠っている。
「それにしても、みこちの大博打は心臓に悪かったにぇ…」
「結果オーライだにぇ! これぞエリート!」
みことミオが、煤けた顔を見合わせて笑う。
そらは、その光景を少し離れた場所から、穏やかに見つめていた。
隣には、フブキとすいせいが並ぶ。
「終わったね」
「ああ」
すいせいが、短く答える。
「私たちの『日常』、取り戻せたかな」
「これからだよ。街を直して、配信環境整えて…やること山積みだ」
フブキが苦笑いする。
でも、その顔には悲壮感はない。
「ま、とりあえず今日は解散! 泥のように眠るぺこ!」
「賛成〜!」
全員が、緊張の糸が切れたように笑い合う。
世界は救われた。仲間も戻った。
最高のハッピーエンドだ。
…誰もが、そう思った。
その時だった。
「(…皆さん。喜んでいるところ、水を差して申し訳ありません)」
空気の読めない声が、一つ。
コンソールから顔を上げた 儒烏風亭らでん が、真っ青な顔で振り返った。
「どうした、らでんちゃん? まだ何か?」
そらが首を傾げる。
らでんは、震える指で、上空を指差した。
「(警告:高次元存在による『大静寂』の『本体』が、いまのブロードキャスト(希望の歌)を検知しました)」
「は?」
全員の動きが止まる。
「『本体』って…あの『王』より上がいるのかよ?」
ぼたんが眉をひそめる。
「(あれは、ただの『日本エリア(JPサーバー)』の管理個体に過ぎません)」
「(今、そら先輩の歌が世界に響いたことで…世界各地の『王』たちが、目を覚ましました)」
らでんは、絶望的な事実を、淡々と告げた。
「(北米(EN)、インドネシア(ID)…世界中の支部(ブランチ)からの救難信号、受信)」
「(戦いの舞台は、もうここだけじゃありません。…次は、『世界』が相手です)」
青空の向こう。
見えない「海」の向こうから、巨大な何かが動き出す気配がした。
私たちの戦いは、まだ始まったばかり――次は、世界だ。