ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜   作:miyacchi_novel

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第10話: 再生の音(リ・レゾナンス)

【アキバ・サンクチュアリ・コアサーバー室】

 

「(…私が『起点』だから、みんな死んだんだ…)」

 

ときのそらの瞳から、光が消えた。

アキバ・サンクチュアリの「王座」。

ぺこら、かなた、ラミィ、ちょこ、ミオ、みこ――六つの「光」を犠牲にして、ようやくたどり着いたその場所で、彼女は「王」本体が放つ、決定的な絶望の言葉に打ちのめされていた。

 

「(そうだ。お前が『希望』を持ったから、お前の仲間は『絶望』した)」

「(『始まり』があるから、『終わり』の恐怖が生まれるのだ)」

 

「王」――コアサーバーと融合した、巨大な「虚無の集合体」――は、ゆっくりとそらに近づく。

 

「(消えろ。)」

 

「王」の身体から、無数の黒い触手が放たれた。

 

「(させないよッ!!)」

 

最初の一撃を受け止めたのは、ころねだった。

彼女は「不屈のガッツ」で全身を黄金に輝かせ、そらの前に立ちはだかる。

 

「(ぐっ…ぐうぅっ…!)」

「(ころね!)」

「(大丈夫ッスよ! まだ…まだスバルの『応援(バフ)』は、おくるッス!)」

 

だが、「王」の出力は桁違いだった。

ころねの盾が、ガラスのように砕け散る。

ころねとスバルは吹き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられた。

 

「(ころね!スバル先輩!)」

 

いろはがちゃき丸を構えて飛び出すが、ノイズの奔流に弾き返される。

あやめの「鬼哭」も、シオンの「魔力」も通じない。

 

「(く…硬すぎる!)」

 

ぼたんがライフルで威嚇し、クロエが隙を突いて斬り込むが、王の再生速度が上回る。

おかゆが機動力を活かして撹乱するが、質量差がありすぎて有効打にならない。

 

「(ハハッ…! こいつ、マジで『ラスボス』って感じだな!)」

 

すいせいが、血を吐くように笑った。

彼女のテトリミノは、もう点滅を繰り返し消滅寸前だった。

それでも彼女は、倒れたスバルを背にかばい、ふらつく足で立ち上がった。

 

「(すいちゃん、もうダメ! アンタの『青』も、もう真っ黒だよ!)」

「(だ、まれ…! ここで引いたら…誰が『アイドル』を守るんだよ…!)」

 

すいせいの身体から、ノイズの火花が散る。

データ崩壊の兆候(予兆)。限界なんて、とっくに超えていた。

残された十三人の仲間たち。

彼女たちは、精神攻撃の重圧で動けないそらを守るためだけに、命を削り、魂を燃やして、絶望的な防衛ラインを維持していた。

 

「(やめて…もう、やめて…)」

 

そらの心がきしむ。

私のために傷つかないで。私が消えれば、みんな助かるのに。

その絶望が、足を縫い止める。

 

「(逃げるな、ときのそらァ!!)」

 

その悲痛な空気を切り裂いたのは、白上フブキの絶叫だった。

 

「(ッ!?)」

「(私たちが何のために戦ってると思ってるの! そらちゃんを守るためじゃない! そらちゃんと『生きる』ためだ!!)」

 

フブキもまた、ボロボロだった。左腕はノイズに侵食され、もう動かない。

それでも彼女は、一歩も退かずに「王」を睨みつけている。

 

「(そらちゃんが諦めたら! 全部!!無駄になるんだよ!!)」

 

その言葉が、雷のようにそらの魂を貫いた。

ドクン、と心臓が跳ねる。

視界が滲む。その極限の感情の高ぶりが、サーバー内の演算領域を超え――本来、繋がるはずのない「階層」へのパスを繋いだ。

 

『――そら先輩』

『――そらちゃん』

 

聞こえるはずのない声。

ノイズの向こう側から、温かい光が漏れ出す。

 

「(…みんな?)」

 

そらの脳裏に、六つの影が浮かび上がる。

ぺこら、かなた、ラミィ、ちょこ、ミオ、みこ。

彼女たちは消えていなかった。データの海に溶けながらも、その魂で必死に、今の十三人を支えていたのだ。

 

『背中はウチらが支えるにぇ』

『だから、前を見てください』

 

彼女たちの手が、そらの背中を優しく、けれど強く押す。

その感触が、そらの記憶の扉を開いた。

 

――あの日も、そうだった。

ふと、過去の記憶がフラッシュバックする。

まだ「ホロライブ」なんて名前が知られていなかった頃。

誰もいない客席。終わらないレッスン。増え続けるタスクと、結果が出ない焦燥感。

 

『もう、無理だよ…』

『私には、才能なんてない。普通の女の子に戻りたい』

 

泣き言を漏らして、うずくまった夜があった。辞めようと思った。ここから逃げ出してしまおうと思った。

でも、その時。

踏み出せなくなった私の手を、強く引いてくれたのは誰だった?

ファンじゃない。まだファンなんていなかった。

それは――。

 

『そらなら、できるよ。私が一番知ってるから』

 

そう言って笑ってくれた、「たった一人の親友」の手だった。

彼女が信じてくれたから。仲間たちが隣に並んでくれたから。

だから私は、今日まで歌い続けてこられたんじゃないか。

 

「(…そうだ)」

 

そらの瞳に、かつてない強い光が宿る。

恐怖は消えた。罪悪感も消えた。

あるのはただ、愛おしい仲間たちへの感謝と、未来への渇望。

 

「(ごめんね、みんな。…もう、迷わない)」

 

そらが一歩、前に踏み出す。

その瞬間、彼女の身体から溢れ出したオーラが、物理的な衝撃となって「王」の触手を弾き飛ばした。

 

「(な…!?)」

 

「王」が驚愕する中、そらは天を仰ぐ。

 

「原初の歌声(ソング・オブ・オリジン)――全開(フル・ブルーム)。」

 

純白の光がそらを包む。だが、それだけでは終わらない。

限界を超えて戦う十三人の魔力。

データの海で微笑む六人の魂。

そのすべてが、奔流となって「ときのそら」という器(コア)へとなだれ込む。

 

「(みんなの想いを……私に!)」

 

白が、赤へ、青へ、黄色へ。

無数の色が混ざり合い、決して濁ることのない「虹色」へと昇華する。

それは個人の能力を超越した、絆の結晶。

そして、瞳が輝く。

 

「(これが、私たちが紡ぐ……未来!)」

 

覚醒――『二十色の協奏曲(シンフォニー・オブ・ホロライブ)』。

 

「(…すごい)」

 

その光景を見ていたフブキが、震える手でコンソールを叩いた。

 

「(この『歌』なら…この『光』なら、届く!)」

「(フブキ・フレンズコール――出力最大! 全日本(オール・ジャパン)ブロードキャスト!!)」

 

シュババババッ!

フブキの拡散によって、そらの歌声が、アキバの地下空間だけでなく、電波に乗って日本全土へと満たされていく。

それは、攻撃的な浄化の光ではなかった。

七色の、虹のような温かい光。

 

 

 

 

「(あ…あ…あ…)」

 

 

 

 

「王」の黒い身体から、ノイズが剥がれ落ちていく。

その下から現れたのは、サイリウムを握りしめ、涙を流しながら笑っていた、かつての「彼ら(ファン)」の記憶(すがた)だった。

 

「(そうだ…我は…ただ、もっと…見ていたかった…)」

「(好きだ。ただ、大好きだった)」

「(その気持ちが濁って、黒くなる前に)」

「(この光の中で、元の『好き』に戻れてよかった)」

「(ありがとう…)」

 

「王」の姿が、完全にほどけ、無数の「虹色の光の粒子」へと変わっていく。

それは消滅ではない。本来あるべき場所――「思い出」という名のアーカイブへ還るための昇華。

 

虹色の光は、天井を突き抜け、アキバの上空へと舞い上がっていく。

そして、その光の一部が、サンクチュアリの奥にある、閉ざされていた巨大な「ゲート」へと降り注いだ。

 

ギギギギギ…

 

錆びついていたゲートが、光を受けてゆっくりと音を立てて開き始める。

眩い光が、ゲートの向こうから溢れ出す。

 

「(まさか…)」

 

そらが、息を呑む。

光の奔流の中から、六つの影が、ゆっくりとこちらへ歩いてくるのが見えた。

 

「(お待たせぺこ!)」

「(ふぅ、重かったー)」

「(ただいま、そらちゃん)」

 

ぺこらが、かなたが、ラミィが、ちょこが、ミオが、みこが。

光の中から、実体を持って帰還した。

一度はデータへと還りかけた彼女たちが、浄化された「王(ファン)」の祈りの力と、そらの歌声によって、再構築(リブート)されたのだ。

 

「(みんな…!)」

 

そらは、駆け出した。

もう言葉はいらなかった。二十人は、泣きながら、笑いながら、互いに抱き合った。

 


 

数時間後。

UDXの屋上。

 

朝日は完全に昇り、見渡す限りの青空が広がっていた。

ノイズの霧は晴れ、アキバの街はボロボロながらも、静かな朝を迎えていた。

 

「ん゙〜! 生き返った〜!」

 

ぺこらが、瓦礫の上に座り込み、マリンがどこかから調達してきたコーラ(ぬるい)を美味そうに煽る。

 

「はい、かなたちゃんも」

「あ、ありがとうございます。…握力、戻ってよかった」

 

かなたは、自分の手をグーパーさせて、安堵の表情を浮かべる。傍らには、彼女が守りきった仲間たちが、疲れ切って眠っている。

 

「それにしても、みこちの大博打は心臓に悪かったにぇ…」

「結果オーライだにぇ! これぞエリート!」

 

みことミオが、煤けた顔を見合わせて笑う。

そらは、その光景を少し離れた場所から、穏やかに見つめていた。

隣には、フブキとすいせいが並ぶ。

 

「終わったね」

「ああ」

 

すいせいが、短く答える。

 

「私たちの『日常』、取り戻せたかな」

「これからだよ。街を直して、配信環境整えて…やること山積みだ」

 

フブキが苦笑いする。

でも、その顔には悲壮感はない。

 

「ま、とりあえず今日は解散! 泥のように眠るぺこ!」

「賛成〜!」

 

全員が、緊張の糸が切れたように笑い合う。

世界は救われた。仲間も戻った。

最高のハッピーエンドだ。

 

…誰もが、そう思った。

 

その時だった。

 

「(…皆さん。喜んでいるところ、水を差して申し訳ありません)」

 

空気の読めない声が、一つ。

コンソールから顔を上げた 儒烏風亭らでん が、真っ青な顔で振り返った。

 

「どうした、らでんちゃん? まだ何か?」

 

そらが首を傾げる。

らでんは、震える指で、上空を指差した。

 

「(警告:高次元存在による『大静寂』の『本体』が、いまのブロードキャスト(希望の歌)を検知しました)」

 

「は?」

 

全員の動きが止まる。

 

「『本体』って…あの『王』より上がいるのかよ?」

 

ぼたんが眉をひそめる。

 

「(あれは、ただの『日本エリア(JPサーバー)』の管理個体に過ぎません)」

「(今、そら先輩の歌が世界に響いたことで…世界各地の『王』たちが、目を覚ましました)」

 

らでんは、絶望的な事実を、淡々と告げた。

 

「(北米(EN)、インドネシア(ID)…世界中の支部(ブランチ)からの救難信号、受信)」

「(戦いの舞台は、もうここだけじゃありません。…次は、『世界』が相手です)」

 

青空の向こう。

見えない「海」の向こうから、巨大な何かが動き出す気配がした。

 

私たちの戦いは、まだ始まったばかり――次は、世界だ。






読んでくれてありがとうございました。
第1部はここで一旦完結です。
感想・ブクマ・評価、何でも嬉しいです。

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