ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
【アキバ・UDX・2F アキバ・スクエア】
戦いが終わり、夜が明けた。
アキバを覆っていたノイズの霧は、そらの「歌」によって浄化され、今はただ、どこまでも澄み渡る青空が広がっている。
だが、腹は減る。
世界が救われても、感動の涙を流しても、生存本能としての空腹は容赦なく襲ってくるものだ。
「と、いうわけで!」
ミオが、真っ白な割烹着を着て、おたまを高々と掲げた。
「これより、『アキバ奪還・祝勝会』兼、『残り物食材・大放出パーティー』を開催するよ~!!」
「「「うおおおおおおお!!」」」
野太い歓声(と、数名の黄色い悲鳴)が、アキバ・スクエアに響き渡った。
今回のシェフは、ホロライブきっての料理上手、ちょこ先とミオの最強タッグだ。
UDX内のレストラン街、および近隣のコンビニ、スーパーマーケット跡地から回収された「賞味期限不明(だが、ノイズ汚染されていない)」食材たちが、二人の手によって次々と調理されていく。
「はい、こっちは『即席・悪魔のフルコース風・缶詰アヒージョ』! 熱いから気をつけてね」
「こっちは『ミオ特製・とりあえずあるもの全部入れた勝利の豚汁』だよ! おかわり自由!」
香ばしいニンニクの香りと、心安らぐ味噌の香りが混ざり合い、戦いで疲弊しきったメンバーの鼻腔をくすぐる。
それは、久しぶりの「日常」の匂いだった。
「ん゙〜!! 沁みるぺこ〜!!」
一番乗りで豚汁にありついた ぺこらが、涙目で汁を啜る。
ニンジン代わりの乾燥野菜が、出汁を吸ってふっくらと戻っている。その温かさが、一度はデータとなりかけた身体に物理的な熱を伝えていく。
「生きててよかった…! マジで!」
「ほんとだにぇ…エリートな味がするにぇ…」
隣で みこ も、ハフハフと熱い具材を頬張っている。
二人は一度、完全に消滅した。その記憶があるからこそ、この一杯の豚汁の味が、魂レベルで理解できた。
「あ、そうだ。ミオしゃ、おかわり!」
「はいよ! …って、あんたたち、喧嘩してなかった?」
「今は休戦協定だにぇ。……それに」
みこが、ちらりと隣の兎を見る。
「こいつがいねーと、張り合いがねーしな」
「はんっ! ぺこらがいないと寂しくて泣いちゃうくせに、素直じゃないぺこねぇ〜!」
「あぁん!? 言ったなこの野兎!」
「やるかポンコツ!」
ガチャン! と食器がぶつかる音。
いつものプロレス。いつもの喧嘩。
ミオは「はいはい」と苦笑しながら、その光景を眩しそうに見つめた。
(よかった。……本当に、戻ってきたんだね)
***
会場の一角では、別の悲劇(?)が起きていた。
「いただきまーす! …あれ?」
かなたが、紙コップを持とうとした瞬間だった。
グシャッ。
握力50kgの伝説を持つ彼女の手の中で、紙コップが無惨にもプレスされ、中に入っていたオレンジジュースが噴水のように飛び散った。
「あわわわわ!? ご、ごめん!」
「かなた先輩、汚いでござるよ〜! 」
近くにいた いろは が慌ててタオルを渡す。
だが、かなたの悲劇はそれで終わらなかった。
「ごめん、拭くね…」
ビリッ!!
渡されたタオルが、まるで濡れたティッシュのように引き裂かれる。
「……え?」
かなたが、自分の手のひらを呆然と見つめる。
第10話の激闘で覚醒させた『天圧の防壁(ソウル・グリップ・リミットブレイク)』、通称「握力解放」。
数億トンの瓦礫を支えきったその腕力は、戦いが終わった今もなお、完全には収束していなかったらしい。
「出力調整! 出力調整して!!」
「わ、わかってるんだけど! 感度がバグってるっていうか! 感覚としては『綿毛(わため)』を持ってるつもりなのに、『鉄骨』になっちゃうんだよ!」
「どんなバグだよ!」
「お、お箸なら…硬いからいけるはず…」
かなたが、恐る恐る割り箸に手を伸ばす。
指先が触れる。
バキィッ!
粉砕。木っ端微塵。
「うそでしょぉぉぉぉ!? ご飯が食べられないよぉぉぉぉ!!」
頭を抱えて絶叫するかなた。その背中を、誰かがバンと叩いた。
「ガハハ! かなた、不便だなあ! ほら、これで食えよ!」
ぼたんが差し出したのは、戦闘用ナイフ(チタン合金製)だった。
「これなら折れねーだろ」
「ワイルドすぎるよ獅白さん!? 私、アイドルだよ!?」
「今更だろ。ほら、あーんしてやるよ」
「うぅ…ありがとう…同期の優しさが痛い…」
結局、かなたはしばらくの間、ぼたんと(なぜか世話焼きに目覚めた)いろはの二人に、「介護」されながら食事をすることになった。
その光景は、微笑ましくもあり、少しだけ「最強の代償」を感じさせるものでもあった。
***
宴もたけなわ。
UDXのあちこちで、酒盛りが始まっていた。
未成年組はジュースで乾杯しているが、成人組(特に酒豪勢)のリミッターは、完全に外れていた。
「ぷはーーーーーっ!!!」
ラミィが、どこから調達したのか、一升瓶(銘柄は『雪夜月』のラベルが貼られた謎の液体)を空にし、テーブルに叩きつけた。
「足りなーい! 全然足りないよぉ! ちょこ先、次のお酒どこー!?」
「ラミィちゃん、飲み過ぎよ…。まだ昼間だし、これから片付けも…」
「ええええ! 生還祝いだよ!? 私たち、一回死んだんだよ!? 幽霊になったんだよ!? もっとこう、パァーッとやらないと割に合わないよぉぉぉ!」
ラミィの顔は真っ赤だ。完全に「雪民(リスナー)」が見たらスクショ連打するレベルの、だらしない(可愛い)酔い方だった。
彼女は、近くを通りかかった おかゆ に抱きつく。
「おかゆ〜! むぎゅ〜!」
「うおっと。ラミィ、お酒くさーい」
「いい匂いって言ってよぉ! ほら、おかゆんも飲みなよぉ。おにぎりばっかり食べてないでさあ」
「僕は『おにぎりゃー』だからね。でも、まあ、一杯だけなら」
おかゆが、ラミィの差し出した杯を受ける。
それぞれのグループが、それぞれの場所で、互いの無事を噛み締めていた。
それは、当たり前のようで、奇跡のような光景だった。
***
喧騒から少し離れた、UDXのテラス。
そこには、二人の影があった。
ときのそらと、白上フブキ。
秋葉原の風は、もうノイズ混じりではない。澄んだ空気が、二人の髪を揺らす。
「…静かだね」
「うん」
そらが、手すりに寄りかかりながら呟く。
眼下には、崩壊したアキバの街が広がっている。
ビルは倒壊し、道路はひび割れ、電気も通っていない死の街。
それでも、そこには「光」があった。
仲間たちの笑い声。調理の煙。生きている気配。
「みんな、凄かったね」
「正直、ダメかと思った瞬間が何度かあったよ」
フブキが、缶コーヒー(ブラック)を開ける。
「そらちゃんが『歌』を歌った時。……私、見たんだ」
「え?」
「世界中に、光が届いていくのを。私の『フレンズコール』は、ただの拡散装置だと思ってた。でも違った。あれは、世界中の『アンテナ』を強制的に起動させる鍵だったんだ」
フブキの表情が、少しだけ険しくなる。
彼女は、宴会の席で見せたらでんの解析データ――「世界地図」のことを思い出していた。
「私たちだけじゃなかった。アメリカも、インドネシアも、ヨーロッパも。世界中が『大静寂』に沈んでた。……でも、そらちゃんの歌で、みんな『目覚めた』」
「……うん。聞こえた気がしたの」
そらが、胸に手を当てる。
「歌っている時、遠くから……すごく遠くから、誰かの声が。……『Here』とか、『Help』とか。……あと、『Shark』? って聞こえたかも」
「サメ……ああ、あの子たちのことかな」
フブキが苦笑する。
ホロライブEN。海の向こうの仲間たち。
連絡は途絶えて久しいが、彼女たちがただ黙って滅びるようなタマじゃないことは、フブキが一番よく知っていた。
「助けに行かなきゃね」
「うん。……でも、海を越えるのは大変だよ?」
「そのための『船』、誰かさんが用意してくれるんじゃない?」
二人の視線の先。宴会場の中心で、「あ〜はっはっは! 出航じゃ〜!」と高笑いしている マリン の姿があった。
「ふふっ。頼もしい船長だ」
「だね」
そらが笑う。
その笑顔には、もう以前のような「背負いすぎた重圧」はない。
頼れる仲間がいて、守りたい未来がある。
それは「アイドル」として、そして「一人の女の子」として、最高に輝いている姿だった。
その時だった。
「……ん?」
フブキが、狐の耳をピクリと動かした。
風に乗って、何かが漂ってくる。
匂い。
豚汁の匂いではない。もっと甘い、お菓子のような……あるいは、「羊」の匂い?
「誰か、来る」
そらも気配に気づく。
敵意はない。むしろ、ふらふらとした、頼りない足取り。
UDXの入り口の方角。瓦礫の山の向こうから、小さな影が三つ、現れた。
「はぁ…はぁ…い、いい匂いがするのら…」
「ええ〜、ルーナ、もう歩けないよぉ〜…」
「わためぇ、お腹すいてもうダメ…」
ボロボロの服。煤けた顔。
しかし、そのシルエットは、見間違えようもなかった。
「あ…!」
そらが、声を上げる。
影の一つが、こちらに気づいて顔を上げた。
薄汚れているが、その瞳は意志の強さを宿している。
「あ! そらちゃん!? フブキちゃん!?」
「「「まつりちゃん!!?」」」
そこに立っていたのは、まつり。
そして、彼女に支えられるようにして歩く、わため と ルーナ だった。
「うわああああん! よかったぁぁぁ! アキバ、静かになっちゃったから全滅したかと思ったぁぁぁ!」
まつりが、泣き叫びながら駆け寄ってくる。
宴会場の全員が、その声に振り返る。
「まつりちゃん!? わためぇ! ルーナ!」
「生きてたのか!」
スバルが、アヒルみたいな声で絶叫して飛び出していく。
ミオが、おたまを持ったまま駆け寄る。
ちょこが、即座に「診察モード」の目で怪我の確認に走る。
「わためぇ、生きてるよぉ…ジンギスカンになってないよぉ…」
「んなぁ…お姫様、つかれたのら…だっこ…」
わため が崩れ落ちそうになるのを、かなたが(今度は力加減を最大限に注意して)優しく受け止める。
ルーナは、スバルの背中に「おんぶぅ」と飛びついた。
「お前ら、どこにいたんだよ! 心配させやがって!」
「ずっと、地下鉄の…その、地下シェルターに隠れてて…」
「そしたら、すっごい綺麗な歌が聞こえてきて…外に出たら、晴れてて…」
「匂いにつられて、来ちゃったのら」
三者三様の報告に、全員が笑った。
生きていれば、腹も減る。歌も聞こえる。匂いにも釣られる。
それが「生」だ。
「よし! 追加の客だ! ミオしゃ、豚汁まだある!?」
「あるよあるよ! どんどん食べて!」
「今日は祭りだぁぁぁぁ!」
まつりの到着によって、宴会は「祝勝会」から、さらに混沌とした「生存者合流パーティー」へと進化した。
増えていく仲間。広がる笑顔。
そらとフブキは、顔を見合わせて頷き合った。
まだ、世界には仲間がいる。
きっと、どこかで待っている。
「行こう、フブキちゃん」
「うん。みんなのところへ」
二人はテラスを離れ、温かい喧騒の輪の中へと戻っていった。
戦いは終わったのではない。
ここからが、始まりなのだ。
世界を繋ぐ、新しい「ホロライブ」の物語の。