ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜   作:miyacchi_novel

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第14話: 秩序と混沌

【秋葉原:交差点・防衛ライン】

 

「……来るよ。みんな、構えて」

 

ミオの警告が、張り詰めた空気を震わせた。

彼女の頭上の狼耳が、ピクリと不快そうに震えている。

 

「視えた? ミオしゃ」

「うん……あんまり、見たくないけどね」

 

大空スバルがメガホンを握りしめ、ゴクリと喉を鳴らした。

アキバ・サンクチュアリの南端の交差点。

かつては多くの人々が行き交ったその橋の向こう側――神田方面のビル街は、異様な「灰色」の霧に沈んでいた。

 

ノイズではない。

もっと粘着質で、重苦しい、ヘドロのような空気。

それが、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かって「流れて」くる。

ズ……ズズ……ズズズ……。

足音だ。

数人ではない。数百、いや、数千の足音が、一切の乱れなく同期している。

 

『業務連絡。業務連絡』

『ホロライブ・アライアンスに対し、直ちに退去を命じます』

『我々は「日本暫定政府(アンチ・アライアンス)」』

『秩序を。規律を。平穏を』

 

抑揚のない機械的なアナウンスと共に、その「軍団」は姿を現した。

 

「……うわぁ」

 

スバルは、思わず一歩後ずさった。

現れたのは、ゾンビでも、モンスターでもなかった。

スーツだ。

薄汚れたグレーのスーツに身を包み、疲弊しきった顔で、それでも背筋だけを不気味に伸ばした「サラリーマン」の大群。

彼らの目は死んでいた。

「絶望」すら通り越した、「無」の瞳。

手には、アタッシュケースや、丸めた新聞紙、あるいはゴルフのアイアンクラブ握られているが、それらは全て、ドス黒い「怨念(オーラ)」を纏って鈍く輝いている。

 

AA(アンチ・アライアンス)。

大静寂以降の過酷なサバイバルにおいて、「感情」を捨て、「管理」されることを選んだ人々。

自由奔放に振る舞う「ホロライブ」の輝きを、彼らは何よりも憎悪していた。

 

「……可哀想に。魂が、もう摩耗しきっておる」

 

バリケードの最前線。

百鬼あやめが、痛ましげに眉を寄せた。

彼女の周囲には、二対の式神『業(カルマ)』と『不知火(シラヌイ)』が、紅蓮の鬼火を纏って浮遊している。

 

「だが、通すわけにはいかん! ここは余たちの……人間様たちの、最後の希望の場所だ余!」

 

あやめが印を結ぶ。

『鬼神の結界』。

赤黒い紋様が空間に展開され、物理的・霊的な絶対不可侵領域を形成する。

 

その背後には、頼れる仲間たちの姿もあった。

 

「あやめ先輩、無理しないでくださいね! 漏れた敵は、拙者が斬ります!」

風真いろはが、愛刀「ちゃき丸」を構え、凛とした声で応える。

「そっちこそ突っ込みすぎんなよ〜。援護は任せろ」

獅白ぼたんが、瓦礫の上に築いたスナイパーネストから、重機関銃の照準を合わせる。

「私の氷結結界で、足場を固めるよ……! みんな、怪我しないでね」

雪花ラミィが、聖酒(ラミィ水)を振り撒き、地面を凍結させて迎撃の準備を整える。

 

鉄壁の布陣。

だが、AAの群れは止まらない。

 

『排除します』

『邪魔です』

『納期を守ってください』

 

AA部隊の先頭集団が、無言のまま突っ込んできた。

躊躇がない。恐怖がない。

彼らは、結界に触れると「ジュッ」と音を立てて焼かれるにも関わらず、表情一つ変えずに押し寄せてくる。

後続の兵士が、倒れた同僚を踏み越えて進む。

 

「……ッ!? 重い……!」

 

あやめが呻いた。

物理的な重さではない。「念」の重さだ。

「諦め」「嫉妬」「疲労」。

数千人分の負の感情が、ヘドロのように結界にへばりつき、その輝きを濁らせていく。

 

「あらあら、随分と溜め込んでいるようねぇ」

 

癒月ちょこが、妖艶に微笑みながらも、その瞳には鋭い光を宿した。

手にした巨大な注射器――魔導デバイス『エンジェル・キッス』のプランジャーを引く。

 

「悪い生徒諸君には、特別なお薬が必要かしら? 『あくまの誘惑(チャーム・ショット)』!」

 

ピンク色のガスが戦場に散布される。

吸い込んだ者の戦意を削ぐ、強力な鎮静剤だ。

兵士たちの足が、ゆらりと止まる。

 

「今ッス! スバル!」

 

ミオの合図と共に、スバルが前に出る。

彼女は息を深く吸い込み、メガホンを構えた。

相手はノイズじゃない。元は普通の、疲れ切った人間だ。

だったら――言葉は、声は、届くはずだ!

 

「お前らぁーーッ! 下向いて歩いてんじゃねぇぇぇ!!」

 

『不屈のチアアップ(サニー・エール)』。

腹の底から放たれたその一喝は、物理的な衝撃波となって灰色の空気を震わせた。

あやめの結界越しに、スバルの「太陽」のような熱量が、AAたちに降り注ぐ。

 

「推しを見ろ! 飯を食え! 寝て起きて、明日も生きろぉぉぉッ!」

 

その言葉は、シンプルゆえに強烈だった。

「管理」と「規律」で塗り固められた彼らの心の殻に、ヒビを入れる。

 

「あ……」

「俺……何を……」

「家に……帰らなきゃ……」

 

先頭の兵士たちの目から、ドス黒い光が消えていく。

握りしめていた武器が、カラン、と音を立てて地面に落ちた。

届いた。

スバルの「応援」が、彼らの人間性を取り戻させたのだ。

 

「よし! いけるぞ!」

スバルが確信し、さらに声を張り上げようとした、その時。

 

『プ、プ、プ、プレーゼント・フォー・ユー!』

 

唐突に。

戦場に軽快な電子音が鳴り響いた。

場違いなほど明るい、ポップなサウンド。

 

「は?」

 

正気に戻りかけたAAの兵士が、虚ろな目を空に向けた瞬間。

上空から、巨大な「ギフトボックス」が降ってきた。

 

ドォォォォォン!!

 

「うわぁっ!?」

スバルが悲鳴を上げる。

ギフトボックスは、武器を捨てた兵士たちを直撃し、押しつぶした。

だが、そこには血飛沫は上がらなかった。

代わりに舞い上がったのは、大量のコンフェッティ(紙吹雪)と、クラッカーの火薬の匂い。

 

「な、なんだ!?」

「人が……消えた!?」

 

土煙の中から現れたのは、潰された兵士たち……ではなかった。

彼らは、ペラペラの「ブリキのおもちゃ」や「ゼンマイ人形」に変えられ、キコキコと虚しく手足を動かしていた。

 

そして、その中央。

極彩色のパーカーを羽織り、自分の背丈ほどもある巨大なサイコロの上に座った少女が、ケラケラと笑っていた。

 

ハコス・ベールズ。

彼女は、おもちゃに変えられた元・人間たちをツンツンとつつきながら、残酷なほど無邪気に告げた。

 

「ダサい! ダサすぎるよ、君たち! Gray(灰色)一色なんて、今のトレンドじゃないよ?」

 

彼女がパチンと指を鳴らす。

瞬間。

世界が、狂った。

 

「『混沌(Chaos)』へようこそ! さあ、Partyの時間だ!」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

アキバの風景が、生き物のように波打ち、変質していく。

 

「う、うわぁぁぁ!? ビルが……溶ける!?」

 

スバルが絶叫した。

万世橋の赤レンガが、ドロドロの「ショートケーキ」に変質し、自重を支えきれずに崩壊(メルトダウン)を始めたのだ。

甘ったるい匂いと共に、瓦礫のスポンジとクリームの濁流が、AA部隊を飲み込んでいく。

 

「ぎゃあああ! 甘っ!? べとべとするぅぅ!?」

「体が……固まる……!」

 

クリームの海に飲まれた後続のサラリーマンたちが、砂糖漬けにされ、次々と「お菓子の彫像」へと変えられていく。

それは死ではないが、人間としての尊厳を奪われる、絶対的な敗北(ゲームオーバー)だった。

さらに、アスファルトは蛍光色の「スライム」に変わり、街灯はクネクネと踊る「キャンディ・ケイン」へと変貌する。

 

「な、なんなんスかこれぇぇぇ!?」

「世界が……バグってる余!?」

 

あやめたちも、足元のスライムに足を取られ、体勢を崩す。

これは「幻覚」ではない。「現実改変」だ。

しかも、極めて悪質で、逃げ場のない。

 

「ラミィちゃん!」

「わかってる! 『雪夜の抱擁』――ダイヤモンド・ダスト!」

 

ラミィが即座に杖を振るう。

絶対零度の吹雪が、押し寄せるクリームの波を凍結させ、巨大なアイスクリームの壁を作って食い止める。

だが、その壁すらも、次の瞬間には「パチパチキャンディ」になって弾け飛んだ。

 

「Order(秩序)もWork(労働)もNonsense! 世界はもっと、ColorfulでCrazyじゃなきゃ!」

 

ベールズが手を振ると、空に開いた「逆さまの鳥居」から、さらなる絶望が降り注ぐ。

 

『はあちゃまっちゃまー!』

 

赤井はあと。

彼女が着地した瞬間、周囲の空間が「歪んだ」。

信号機が「タランチュラ」の怪物に変わり、ガードレールが牙をむく。

「うわっ、キモッ!? 斬ります! 『風心解放』!」

いろはが刀を振るうが、斬った断面から増殖する怪物に、じりじりと押されていく。

 

『雨あめ、ふれふれ~♪』

 

こぼ・かなえる。

彼女が傘を回すと、空から降ってきたのは「極彩色の激しい雨」。

「うぐぁぁぁ! スーツが派手な柄になるぅぅ!」

雨に打たれた兵士たちが、強制的に「アロハシャツ」や「パーティグッズ」を装備され、戦意を喪失して踊りだす。

 

『……みんな、いなくなっちゃえばいいのに』

 

七詩ムメイ。

彼女はニコニコと笑いながら、手にした紙袋から「花」を取り出し、投げつける。

その花は、地面に着弾した瞬間、パックンフラワーのように巨大化し、踊る兵士たちをコミカルに、しかし確実に「捕食(収納)」していく。

 

地獄絵図。

いや、極彩色の「悪夢」だった。

敵であるAAが、「ネタ」として消費され、無力化されていく。

だが、このままではアキバそのものが「カオス」に食い尽くされ、消滅してしまう。

 

「させるかぁッ! 全員、防御陣形!」

 

あやめが叫ぶ。

もはや敵はAAではない。この「狂った世界」そのものだ。

彼女は全神経を集中し、結界の強度を最大まで引き上げる。

『鬼神の結界・全方位展開』!

赤黒いドームが、スバルたちを包み込み、カオスの侵食を弾き返す。

 

「はぁ……はぁ……! なんてデタラメな……!」

 

あやめの額に脂汗が滲む。

この結界さえあれば。

どんな物理攻撃も、どんなカオスも、内側までは届かない。

そう信じていた。

あの「サメ」が現れるまでは。

 

ザッパァァァァァン!!

 

唐突に、スライムの地面が割れ、巨大な背ビレが迫ってきた。

 

「え?」

「嘘だろ、ここコンクリートだぞ!?」

 

ぼたんが射撃するが、弾丸は背ビレをすり抜ける。

結界の目の前に、青いフードの少女が飛び出してきた。

迷子になっていたがうる・ぐら。

彼女の目は、完全に「焦点」が合っていなかった。

飢餓。

底なしの食欲だけが、そこにあった。

 

「……いただきまーす」

 

「まっ……!?」

 

ガブゥッ!!

 

乾いた音が響いた。

あやめが、信じられないものを見る目で、自分の手元を見た。

展開していたはずの「最強の結界」。

その一部が、まるで煎餅か何かのように、綺麗に「食い千切られて」いた。

 

「――っご!?」

 

ドクン、とあやめの心臓が跳ねた。

結界は、術者の精神とリンクしている。

それが「捕食」されたダメージが、ダイレクトに彼女を襲う。

 

「うぐっ……!?」

 

あやめが胸を強く押さえ、苦悶の表情で膝をついた。

心臓を直接鷲掴みにされたような、鋭い痛みが走る。

「あやめちゃん!?」

「嘘……結界を、食べた……!?」

ミオが悲鳴を上げる。

 

ぐらは、口元の結界の欠片をバリボリと咀嚼し、満足げに微笑んだ。

「a......Yummy(おいしい)。あずき味?」

「味の……感想……!?」

 

崩壊。

絶対防御が破られた穴から、ベールズの「カオス」がなだれ込んでくる。

極彩色の泥、踊る食器、狂った物理法則。

「嫌だ……嫌だ余……アキバが……みんなの場所が……!」

あやめの目から、涙が溢れる。

 

「終わりだね」

ベールズが、キメ顔で指を突きつけた。

「Good Bye, Order. Welcome to Chaos!」

 

絶体絶命。

誰もが、心を折られかけた。

その時。

 

「終わってたまるかぁぁぁぁぁッ!!」

 

裂帛の気合いが、カオスの空間を切り裂いた。

大空スバルだ。

彼女は、崩れかけた足場で仁王立ちし、メガホンを最大出力で構えていた。

足は震えている。

目の前の光景に、本当はちびりそうなほどビビっている。

それでも、彼女は「太陽」であることを辞めない。

 

「ビルがケーキ? 雨がスライム? だからなんだよッ!」

「こっちはなぁ! もっとわけわかんねぇ怪物(ノイズ)と戦って生きてきたんだよぉぉッ!」

 

スバルの絶叫。

それは、論理も理屈も超えた、純粋な「生命力(バイブス)」の塊。

『サニー・エール・オーバードライブ』!

彼女の声が衝撃波となり、迫りくるクリームの津波を真正面から押し返す。

 

「ミオしゃ! ちょこ先! あやめ先輩! 立って! まだ負けてねぇ!」

「スバル……」

ミオが、涙をぬぐって立ち上がる。

「そうだね……ウチらには、まだ『ツッコミ』が残ってる!」

 

ベールズが、驚いたように目を丸くした。

「Ha? まだやるの? 往生際が悪いなぁ……」

「うるせぇ! どんなに世界がおかしくなっても! ウチらが『ホロライブ』である限り! ここはウチらの場所だぁぁッ!」

 

スバルの瞳に、決して消えない炎が宿る。

カオス vs 根性。

アキバを巡る戦いは、泥沼の総力戦へと突入していった。

 


 

【高度10000m・成層圏「聖域」】

 

その「異変」を、遥か天空から見下ろしている存在がいた。

 

漆黒の宇宙(そら)と、青い地球の狭間。

衛星軌道上に浮かぶ、ダイヤモンドのような輝きを放つ結晶体。

そこは、誰にも侵されない、たった一人の「聖域」。

 

「……東京の『色』が、変わった」

 

結晶体の内部。

ステンドグラスのような翼を広げた少女が、眼下の日本列島を凝視していた。

IRyS(アイリス)。

大静寂の日から、孤独に地球を観測し続けてきた「希望の化身」。

 

彼女の瞳には、地上の「感情」が「色」として映る。

今まで、東京は「白(希望)」の輝きを取り戻しつつあった。

だが今、その中心であるアキバが、ドス黒い「灰色(アンチ)」と、毒々しい「極彩色(カオス)」に塗り潰されようとしている。

 

「……ベールズ。あなた、また悪い遊びを……」

 

IRySは、憂いを帯びた瞳を伏せた。

だが、その極彩色の渦の中心に、一つだけ、消えそうでいて、決して消えない「オレンジ色」の輝き(スバル)があることにも気づいていた。

 

「……まだ、希望は死んでいない」

 

彼女はおもむろに立ち上がり、自身の翼「セフィロト」を展開した。

空間に、光の鍵盤が浮かび上がる。

 

「行きましょう。世界の『調律』が乱れているなら……私が『歌』で直してあげる」

 

希望の歌姫が、地上へ向けて降下を開始する。

その軌跡は、夜明け前の空に、一筋の流星となって輝いた。

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