ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
第21話: ReGLOSS
光が、死んでいた。
空に刻まれた赤い警告灯――『Critical Error: Update Request Denied.』。
あの無機質な断罪の後に残されたのは、色彩を剥ぎ取られた、冷たい「白」の地獄だった。
次元の壁を突き破った拍子に、超弩級・魔導戦艦「ホロライブ・アーク(改)」は、システムの「強制排除(デフラグ)」を受け、装甲を紙細工のように削られながら墜落していた。
「(……なん、て……)」
そら が、震える手で自分の身体を確かめる。
世界を照らした神話級のアイドル衣装は、もはや影も形もない。
身に纏っているのは、デビュー当時の記憶を想起させるような、ポリゴン数の極端に低い、のっぺりとした「デフォルト・モデル」の練習着だった。
装飾は消え、輝きは失われ。
けれど、そのあまりの「軽さ」に、そらは不思議と、心のどこかで深く安堵している自分に気づいた。
――ああ、そうだ。私は、ずっとこれが怖かった。
「始まりのアイドル」という看板。皆の希望を一身に背負う「符号」。
その重さは、いつしか、「ときのそら」という人格の輪郭を、内側から押し潰していた。
笑いたいときに笑えない。泪を見せられない。「皆の太陽」であり続けなければならないという、透明な呂律。
けれど、今、その仮面が剥がれ、ただの「自分」に戻れたような、静かな感覚。
「(真っ白……?)」
見上げた視界の全てが、完全な「白」で埋め尽くされている。影がない。遠近感がない。
管理者に「不正データ」として検疫され、ゴミ箱(スラム)へと放り込まれる直前の、真っさらな虚無。
「(フブキちゃん、ここは?)」 そら が尋ねる。 フブキ は、虚空を見つめながら、青ざめた顔で狐耳を震わせていた。
「(……ない)」 「(ない?)」 「(サーバーが、見つからない。地球のネットワークも、アキバのサンクチュアリも……『圏外』だ)」
フブキの神話級能力『全知の狐(ワールド・サーバー)』が、ここでは機能していない。 脳内に返ってくるのは、冷たいエラーメッセージだけ。 『Error 404: World Not Found.』
「(ねえ、これどうなってんの?)」 すいせい が、甲板に出る。 「(重力がおかしい。船が浮いてるのはいいけど、あたしたちの体が……軽い?)」
かなた が、手すりを掴もうとして、空振りした。 「(距離感が……掴めません。この空間、座標が『固定』されてない?)」
ここは、物理法則すら未定義の領域。 地球で手に入れた「神話級」の力が、ここでは「バグったプログラム」のように、不協和音を奏でていた。
その「白」の静寂を破ったのは、整然とした機械的な足音だった。
カツ、カツ、カツ。
何もない虚空から、四つの影が「滲み出て」きた。 アークの進路を塞ぐように、空中に整列する四人の少女たち。
「(不法な外部データの流入を確認。識別コード……なし)」
「(存在定義……エラー。システム規約への著しい違反行為を検知)」
「(判定……『隔離対象のウイルス』と認定。直ちにデリートプロセスを開始せよ)」
先頭に立つのは、深紅の髪と、威厳ある軍服を纏った女性。
彼女は、巨大な「剣」を構え、低解像度(デフォルト)に退化させられた そら たちを、汚物を見るような冷徹な瞳で見下ろした。
「(我々は『Justice(正義)』。この世界『システム・ホロアース』の治安維持プログラムである)」
エリザベス・ローズ・ブラッドフレイム。
その声は、神話級の力を剥ぎ取られた そら たちの鼓膜を、物理的な圧力で叩くほどの破壊的な響きを持っていた。
「(直ちに武装を解除し、投じたプログラムの消去を待て。さもなくば……)」
彼女の隣で、自動人形のような少女――セシリア・イマーグリーンが、巨大な銃火器を変形させる。
「(不整合なゴミとして『一括削除(ワイプ)』します。お茶の時間に遅れたくありませんから)」
「(はあ!? 何言ってんのコイツら!)」
兎田ぺこら が前に出る。彼女の自慢のバニーガール衣装も、今はテクスチャがバグり、一部が灰色の影のように欠落している。
「(いきなりゴミ扱いとか、失礼極まりないぺこ! こっちは世界を救ってきた英雄様ぺこよ!)」
「(英雄?)」 猫耳の少女――ラオーラ・パンテーラが、巨大な筆をくるくると回した。 「(この世界に、英雄はいりません。必要なのは『完璧な秩序(アート)』だけ)」
「(キャハハ! 壊しちゃおうよ! バグなんでしょ!?)」 小柄な少女――ジジ・ムリンが、狂気的な笑みを浮かべて飛び跳ねる。
「(問答無用かよ……!)」 すいせい がマイク(斧)を構える。 「(上等だ。邪魔するなら、どいてもらう!)」
「(行くよ、かなたん!)」 「(はい!)」
すいせい と かなた が、アークから飛び出した。 地球で見せた、あの無敵のコンビネーション。
「(『星系の軌跡(ステラ・オービット)』!!)」 すいせい が青い流星となり、エリザベスへ突撃する。 光速の斬撃。物理法則を無視した一撃。 本来なら、どんな装甲も貫くはずだった。
だが。
キンッ。
軽い音がして、すいせい の攻撃は、エリザベスの「指先一本」で止められた。 「(なっ……!?)」 「(遅いですね)」 エリザベスは、悲しげに首を振った。 「(この世界の『最高速度』は、管理者が定義しています。あなたの速度は『違反(イリーガル)』として修正されました)」
すいせい の体が、見えない鎖に絡め取られたように重くなる。 「(体が……動かねぇ!?)」
「(すいちゃん!)」 かなた が、エリザベスの背後に回り込み、空間ごと掴みにかかる。 「(『神の掌(アトラス・ハンド)』!!)」 どんな座標も固定し、握りつぶす神の力。
しかし。 「(掴め……ない!?)」 かなた の手が、エリザベスの体をすり抜けた。 まるで、幽霊を掴もうとしているかのように。
「(無駄です)」 ラオーラ が、筆で空中に「四角形」を描く。 「(『絶対領域(キャンバス・シールド)』)」 「(この世界では、私が『描いた』もの以外は、実体を持ちません)」
「(嘘でしょ……!)」
かなた が愕然とする。
ここでは、彼女たちの「物理干渉」という概念自体が、「管理者のルール(設定)」の下位互換に落とされているのだ。
「(終わりです)」 セシリア が、無機質な笑顔でトリガーを引く。 「(『正義の鉄槌(ジャスティス・カノン)』)」
純白の閃光が、動けない二人と、アークを飲み込む。
ドォォォォォォン!!
「(きゃぁぁぁぁぁ!)」 「(船の装甲が……剥がれていく!?)」 シオンの魔力障壁も、ころねの不死の加護も、この「白紙化(ホワイトニング)」の光の前では、紙のように脆かった。 アークが半壊し、真っ白な虚空へと墜落していく。
「(全滅……する……!)」 フブキ が、為す術なく落下する仲間たちを見て、絶望に歯噛みした。 力が通じない。 こちらの「常識(ルール)」が、根本から否定されている。
エリザベスが、とどめの一撃を放とうと剣を振り上げた。 「(不完全なデータよ。無(null)に還りなさい)」
その時。
バシャッ!!
エリザベスの純白の軍服に、ドス黒い「インク」がぶち撒けられた。
「(……!?)」 エリザベスが動きを止める。 完璧な白の世界に、汚らわしい「黒」のシミが広がる。
「(おいおい、正義の味方さんよぉ!)」 「(弱い者いじめは、感心しないっスねぇ!)」
虚空の裂け目から、一隻の「グラフィティだらけのボロ船」が飛び出してきた。 その甲板に立っているのは、5人の異様な少女たち。
「(あれは……!?)」 そら が目を見開く。
「(くらえ! 青春の泥団子!)」 音乃瀬奏(おとのせ かなで)が、謎の黒い塊を投げつける。 「(うわっ、汚な!)」 ジジが悲鳴を上げて避ける。
「(今のうちに逃げるっスよ!)」 火威青(ひおどし あお)が、巨大な筆(ラオーラのものより粗雑だが、力強い)を振り回し、真っ白な空間に「黒いトンネル」を描き殴った。 「(この『落書き』の中なら、奴らのルールは及ばない!)」
「(先輩たち! 早く、アークをこっちへ!)」 一条莉々華 が手招きする。 「(押忍! エンジン全開でござる!)」 轟はじめ(とどろき はじめ)が、ボロ船でアークを強引に押す。
「(……不器用な描き方をするわね、後輩たちは)」
聞き覚えのある、涼やかな声。
落書きのトンネルからひょいと顔を出したのは、ついさっきまでアークで行動を共にしていたはずの、儒烏風亭らでん だった。
だが、その姿はアークにいた時とは違う。莉々華たちと同じ、ReGLOSSの揃いの制服を纏っている。
「(らでんちゃん!? なんで、あんたまであっちに――)」
すいせいが驚きに目を見開く中、らでんは少し困ったように肩をすくめた。
「(あの『警告音』がした瞬間、データ的に本来の所属先へ強制送還(バグ・ソート)されちゃいましてね。……お待たせしました、先輩方)」
「(逃がしません!)」 セシリアが追撃しようとするが、青が描いた「落書きのトンネル」は、物理法則を無視してぐにゃぐにゃと曲がりくねり、照準を狂わせる。
「(バイビ~! 正義のカタブツさんたち~! あとは任せたよ、らでんちゃん!)」
奏が茶目っ気たっぷりにあかんべーをして、アークと共に闇の中へと消えていった。
残されたJusticeの4人は、汚された制服と、真っ白な世界に残った「黒いシミ」を、忌々しげに見つめていた。
【地下スラム/Dev_is】
「(……助かった、のか?)」
長い落下と、乱暴な着陸。 アークのメンバーたちが目を開けると、そこは「白」ではなかった。 薄暗く、ごちゃごちゃとしていて、ノイズとデータの残骸が積み上がった、巨大なジャンクヤード。 上空には、さっきまでの「白い世界」が天井として広がっている。
「(ここは……?)」 そら が周囲を見渡す。
「(『スラム』っスよ)」 火威青 が、壁にもたれかかって髪をかき上げた(キメ顔)。 「(管理者に『不要』と判断されたデータが捨てられる、世界の掃き溜め)」
「(あー、怖かった! まじで死ぬかと思った~!)」 奏 が地面に大の字になる。 「(青くん、あの筆使い、ちょっとカッコよかったよ? ちょっとだけ)」 「(ふっ、当然だろ?)」
「(皆、無事だったんだね……!)」 フブキ が、安堵の表情で彼女たちに駆け寄る。
そこに並んだ、5人の少女たち。
アークへの乗船を願っていた、愛すべき後輩たちの姿。
彼女たちからは、先程のJusticeのような「完成された(システムの)強さ」は感じられない。
けれど、泥臭く、不安定で、でも決して消えない――あの「ReGLOSS」特有の、青臭いほどに熱いパッションが、そこには確かに息づいていた。
「(改めて――お迎えに上がりました、先輩方!)」
一条莉々華 が、使い古された名刺(のようなデータ)を差し出した。
「(私たちは『ReGLOSS』。……皆さんがこの世界を開けてくれるのを、ずっと信じて待っていました!)」
「(『Dev_is』……。皆、ここでずっと戦っていたんだね)」
「(ええ。先輩たちが来るまで、このガラクタ溜めを『アジト』にして暴れていたってわけっスよ!)」
青 が、頼もしくニカっと笑った。
「(そら先輩たちが来ることは、らでんちゃんから聞いて分かってました)」
莉々華 が、誇らしげに胸を張る。
「(あのライブで皆さんが放った『グローバル・レゾナンス』。あれが、この閉じた世界に『風穴』を開けてくれたんです)」
「(だから、私たちもようやく動き出せた)」
らでん は、天井の「白い世界」を指差した。
「(あそこは、感情のない『管理者(アドミニストレーター)』が支配する、冷たい楽園)」
「(私たちは、あそこに『色』を塗りたいんです。……先輩たちの、あの最高に熱いライブの色を)」
そら は、ボロボロになった仲間たちを見渡した。
能力は制限され、アークは半壊。
いきなり最強の敵に追われ、ゴミ溜めに落ちた。
でも。
そら の目には、絶望の色はなかった。
「(……ふふっ)」
そら が笑った。
「(なんだか、懐かしいね)」
「(え?)」
「(デビューしたての頃みたい。何もないところから、手探りで、泥臭く這い上がっていく感じ)」
そら は、拳を握りしめた。
「(上等だよ。真っ白な世界なんて、つまんないもんね)」
「(塗り替えてやろうよ。私たちの――ホロライブの色に!)」
スラムの暗闇の中で、25人の瞳が、ギラリと輝いた。
神話級の力を封じられた彼女たちが、再び手にする武器。
それは「創造(クリエイティブ)」と「反骨心(レジスタンス)」。
逆襲の異世界攻略戦、スタート。