ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
「……これが、あなたたちの『世界』なのですか」
「Justice(正義)」のリーダー、エリザベスは、剣を下げた。
彼女の目の前には、ReGLOSSとJPメンバーたちが創り上げた「ホロライブ・タウン」が広がっている。
無秩序で、極彩色で、騒がしくて。
けれど、彼女が守ってきた「真っ白な静寂」よりも、遥かに温かかった。
「私たちの正義は、秩序を守ること。けれど……守るべき住民(データ)が笑っていないのなら、それは何のための正義なのでしょう」
エリザベスの言葉に、セシリアが銃を下ろし、ラオーラが筆を止める。
狂気の笑みを浮かべていたジジでさえ、ころねの頭を撫でながら、毒気を抜かれた顔をしている。
「エリザベスちゃん、わかってくれた?」
そらが、微笑みながら手を差し伸べる。
「こっちにおいでよ。一緒に、面白いことしよう?」
「……ええ。私の計算にはなかった『変数』ですが……」
エリザベスが、その手を取ろうとした。
その瞬間だった。
『ピシッ。』
エリザベスの美しい顔に、陶器のような亀裂が走った。
「エ……リ……ザ……?」
「……あ、れ? ……体が……動か、な……」
『ガシャァァァァァン!!』
エリザベスが、セシリアが、ラオーラが、ジジが。
一瞬にして「石像」へと変わり、砕け散った。
悲鳴を上げる間もなく。
ただの「不要なデータ」として、処理落ちしたかのように。
「な……ッ!?」
そらが、砕け散ったエリザベスの欠片に手を伸ばす。
『失望した』
空が、割れた。
そこから現れたのは、巨大な怪物ではない。
人の形をした、まばゆいばかりの「光の輪郭」。
表情はなく、感情もなく、ただ冷徹な「システム」としての意志だけが存在する。
この世界の神。
「管理者(アドミニストレーター)」。
「バグに汚染され、機能を停止したセキュリティソフトなど不要だ」
管理者の声は、音ではなく「定義」として、彼女たちの脳に直接書き込まれる。
「さあ、修正(フィックス)を始めよう」
「ふざけるなッ! 仲間をなんだと思ってるんだ!」
激昂したすいせいが飛び出した。
彼女の能力『星系の軌跡(ステラ・オービット)』。
光速を超え、物理法則を無視して対象を貫く、最強の矛。
「あんたが神だろうが何だろうが! 叩き割ってやるよ!」
すいせいは、青い彗星となって管理者の胸元へ肉薄した。
黄金の斧が、光の輪郭を捉える。
当たれば、世界が割れるほどの一撃。
だが。
管理者は、避けることもしなかった。
ただ静かに、すいせいに向かって「指」を向けただけだった。
『対象:星街すいせい。エラー原因:『承認欲求の肥大化』』
『修正パッチ適応:『原点回帰(オリジン・デリート)』』
『バシュン。』
音が消えた。
すいせいの身体を包んでいた青いオーラが、蝋燭の火を吹き消すように消失した。
彼女の黄金の斧が、ボロボロのマイクへと変わる。
煌びやかなアイドル衣装が、色あせたパーカーへと変わる。
「……え?」
すいせいは、空中で失速し、無様に地面へ転がった。
力が、入らない。
喉が、熱い。
(ここは……どこ?)
彼女の視界が歪む。
目の前にいるのは、管理者でも、そら先輩でもない。
薄暗い、狭い部屋。
光っているのは、パソコンのモニターだけ。
『残念ですが、今回は不採用とさせていただきます』
メールの文字。
まただ。また落ちた。
何回目だっけ。
私には才能がないのかな。
歌は好きなのに。誰よりも輝ける自信があるのに。
誰も、私を見てくれない。
(やめて……見ないで……)
「すいちゃん!? どうしたの!」
そらの声が遠くに聞こえる。
でも、すいせいの耳には、別のノイズが響いていた。
『個人勢なんて無理でしょ』
『企業に入れなかった落ちこぼれ』
(違う。私は……私は……!)
反論しようとして、言葉が出ない。
だって、今の私は「何も持っていない」から。
ホロライブの星街すいせいじゃない。
ただの、夢見がちで、痛々しい、一人の少女。
「痛い……寒いよ……」
すいせいは、自分の肩を抱いて震えた。
みんなとの思い出が、ホロライブで輝いた日々が、砂のように指の隙間からこぼれ落ちていく。
3Dライブの歓声も、武道館の景色も、みこちとの喧嘩も。
全部、「なかったこと」にされていく。
「嫌だ……忘れたくない……」
「私は……輝きたいのに……」
彼女の輪郭が、ノイズに溶けていく。
最後に残ったのは、誰にも届かなかった歌声の残響と、小さな「石ころ(原石)」だけ。
星街すいせい、概念消去(ロスト)。
「すいちゃんッ!!」
マリンが絶叫した。
最強のアタッカーが、一瞬で消された。
殺されたのではない。「存在しなかった」ことにされたのだ。
「よくも……! やらせないわよ!」
マリンは、背後に巨大な「ゴーストシップ」を召喚した。
『欲望の羅針盤(デザイア・コンパス)』。
彼女の妄想と情熱が具現化した、無敵の艦隊。
「全門斉射! この『現実(クソゲー)』ごと吹き飛びなさい!」
だが、管理者はまたしても、指先一つ動かしただけだった。
『対象:宝鐘マリン。エラー原因:『現実逃避への依存』』
『修正パッチ適応:『夢の終わり』』
『ドロリ。』
巨大な海賊船が、泥のように溶け出した。
極彩色のネオンが消え、威勢のいい砲撃音が、オフィスの電話のベル音に変わる。
「……あ、れ?」
マリンは、その場に膝をついた。
海賊のコートが消え、地味な事務服に変わっている。
手にはカットラスではなく、山積みの書類。
(すみません、課長。すぐやります)
(はい、残業大丈夫です)
(違う。私は海賊よ。一味のみんなが待ってるのよ)
頭では分かっているのに、心が「現実」に引き戻される。
満員電車。
死んだ目をした大人たち。
家に帰って、疲れた体でペンタブを握るけれど、何も描けない夜。
『いい年して、Vtuberなんて』
『もう、夢を見るのはやめなさい』
社会の常識という名の鎖が、彼女の首を絞める。
苦しい。息ができない。
「宝鐘マリン」という存在は、私が作り出した「痛い妄想」だったんじゃないか?
本当の私は、ただの、疲れた会社員で……。
「……いや」
「嫌よ……私は、まだ……若いのよ……!」
マリンは、必死に手を伸ばした。
その先に、フブキや、ぺこらの姿が見える。
あそこに行けば、私は自由になれる。
あそこには、私の「一味(キミたち)」がいる。
「……船長って、呼んでよ……」
「まだ……出航したばかりなのに……」
彼女の手が、空を掴む。
そして、書類の山に埋もれるように、彼女の姿は掻き消えた。
宝鐘マリン、概念消去(ロスト)。
「すいちゃん……マリンちゃん……」
フブキは、ガタガタと震えていた。
隣では、フレアが、ノエルが、次々と光になって消えていく。
フレアは、自分が「ハーフエルフ」であることを忘れ、ただの孤独な焼却炉の火になった。
ノエルは、「騎士」の誓いを忘れ、ただの筋肉質な迷子になった。
『過去こそが、お前たちの弱点だ』
管理者の光が、さらに強くなる。
それは攻撃ではない。
「正しい歴史」への修正。
「ホロライブ」というバグが発生しなかった世界線への、強制的な書き換え。
「やめろ……」
フブキは、自分の耳を押さえた。
『狐の集結令』が、悲鳴を上げている。
いや、違う。
「集結令」が……繋がらない。
「あれ?」
フブキは、隣にいたミオを見た。
ミオは、フブキのことを「知らない人」を見るような目で見つめ返していた。
「……あんた、誰?」
「ミオ……?」
「ウチ、家に帰らなきゃ。占いの館、開けなきゃいけないから」
ミオの姿が薄れる。
彼女は、フブキと出会う前の、ただの「占いが得意な女の子」に戻っていた。
ゲーマーズの絆も、一緒に過ごした日々も、全部「なかったこと」になっている。
「待って! 行かないで!」
フブキが手を伸ばすが、ミオは煙のように消えた。
「ぺこら!」
「……ニンジン、安売りしてたかな」
ぺこらも、マフラーを巻いた寂しそうな少女に戻り、消えていく。
「スバル!」
「バイト、行かなきゃ」
スバルも、キャップを被ったただの少女に戻り、消えていく。
次々と。
仲間たちが、「ホロライブに入る前の自分」に戻り、この世界からログアウトしていく。
残されるのは、フブキと、そらと、ReGLOSSだけ。
「……あはは」
フブキは、力なく笑った。
自分の手が、透け始めている。
(そっか。あたしも、消されるんだ)
記憶が逆流する。
白上フブキになる前。
学校の教室。周りの会話に入れない自分。
家で一人、アニメを見て、ゲームをして、画面の向こうのキャラクターに救われていた日々。
『誰かと、好きを共有したい』
『誰かと、繋がりたい』
その願いが、「白上フブキ」を生んだ。
でも、管理者は言う。
『それはエラーだ』と。
『お前は一人で、画面を見ていればよかったんだ』と。
「……そうかもね」
フブキは、自分の尻尾が消えるのを見た。
ここでの冒険も、アキバの復興も、全部「オタクが見た都合のいい夢」だったのかもしれない。
「フブキちゃん!!」
そらが、フブキに駆け寄ってくる。
まだ、そらだけは形を保っている。
さすが、最初のアイドル。存在強度が違う。
「ごめんね、そらちゃん」
フブキは、消えかけの手で、そらの頬に触れた。
「夢から、覚める時間みたい」
「でも……いい夢、だったよ……」
フブキの笑顔が、ノイズに飲まれる。
彼女がいた場所には、一枚の「キツネのお面」だけが残された。
白上フブキ、概念消去(ロスト)。
残されたのは、そら。
そして、この世界の異端者であるReGLOSSの5人だけ。
世界は、白く、静かに、完璧な姿へと戻ろうとしていた。
希望の光は、あと一つ。
だがその光も、風前の灯火だった。