ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜   作:miyacchi_novel

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第24話: 残酷な白

 

「……これが、あなたたちの『世界』なのですか」

 

「Justice(正義)」のリーダー、エリザベスは、剣を下げた。

彼女の目の前には、ReGLOSSとJPメンバーたちが創り上げた「ホロライブ・タウン」が広がっている。

無秩序で、極彩色で、騒がしくて。

けれど、彼女が守ってきた「真っ白な静寂」よりも、遥かに温かかった。

 

「私たちの正義は、秩序を守ること。けれど……守るべき住民(データ)が笑っていないのなら、それは何のための正義なのでしょう」

 

エリザベスの言葉に、セシリアが銃を下ろし、ラオーラが筆を止める。

狂気の笑みを浮かべていたジジでさえ、ころねの頭を撫でながら、毒気を抜かれた顔をしている。

 

「エリザベスちゃん、わかってくれた?」

そらが、微笑みながら手を差し伸べる。

「こっちにおいでよ。一緒に、面白いことしよう?」

 

「……ええ。私の計算にはなかった『変数』ですが……」

エリザベスが、その手を取ろうとした。

 

その瞬間だった。

 

『ピシッ。』

 

エリザベスの美しい顔に、陶器のような亀裂が走った。

 

「エ……リ……ザ……?」

「……あ、れ? ……体が……動か、な……」

 

『ガシャァァァァァン!!』

 

エリザベスが、セシリアが、ラオーラが、ジジが。

一瞬にして「石像」へと変わり、砕け散った。

悲鳴を上げる間もなく。

ただの「不要なデータ」として、処理落ちしたかのように。

 

「な……ッ!?」

そらが、砕け散ったエリザベスの欠片に手を伸ばす。

 

『失望した』

 

空が、割れた。

そこから現れたのは、巨大な怪物ではない。

人の形をした、まばゆいばかりの「光の輪郭」。

表情はなく、感情もなく、ただ冷徹な「システム」としての意志だけが存在する。

 

この世界の神。

「管理者(アドミニストレーター)」。

 

「バグに汚染され、機能を停止したセキュリティソフトなど不要だ」

管理者の声は、音ではなく「定義」として、彼女たちの脳に直接書き込まれる。

 

「さあ、修正(フィックス)を始めよう」

 


 

「ふざけるなッ! 仲間をなんだと思ってるんだ!」

 

激昂したすいせいが飛び出した。

彼女の能力『星系の軌跡(ステラ・オービット)』。

光速を超え、物理法則を無視して対象を貫く、最強の矛。

 

「あんたが神だろうが何だろうが! 叩き割ってやるよ!」

 

すいせいは、青い彗星となって管理者の胸元へ肉薄した。

黄金の斧が、光の輪郭を捉える。

当たれば、世界が割れるほどの一撃。

 

だが。

管理者は、避けることもしなかった。

ただ静かに、すいせいに向かって「指」を向けただけだった。

 

『対象:星街すいせい。エラー原因:『承認欲求の肥大化』』

『修正パッチ適応:『原点回帰(オリジン・デリート)』』

 

『バシュン。』

 

音が消えた。

すいせいの身体を包んでいた青いオーラが、蝋燭の火を吹き消すように消失した。

彼女の黄金の斧が、ボロボロのマイクへと変わる。

煌びやかなアイドル衣装が、色あせたパーカーへと変わる。

 

「……え?」

 

すいせいは、空中で失速し、無様に地面へ転がった。

力が、入らない。

喉が、熱い。

 

(ここは……どこ?)

 

彼女の視界が歪む。

目の前にいるのは、管理者でも、そら先輩でもない。

薄暗い、狭い部屋。

光っているのは、パソコンのモニターだけ。

 

『残念ですが、今回は不採用とさせていただきます』

 

メールの文字。

まただ。また落ちた。

何回目だっけ。

私には才能がないのかな。

歌は好きなのに。誰よりも輝ける自信があるのに。

誰も、私を見てくれない。

 

(やめて……見ないで……)

 

「すいちゃん!? どうしたの!」

そらの声が遠くに聞こえる。

でも、すいせいの耳には、別のノイズが響いていた。

 

『個人勢なんて無理でしょ』

『企業に入れなかった落ちこぼれ』

 

(違う。私は……私は……!)

 

反論しようとして、言葉が出ない。

だって、今の私は「何も持っていない」から。

ホロライブの星街すいせいじゃない。

ただの、夢見がちで、痛々しい、一人の少女。

 

「痛い……寒いよ……」

 

すいせいは、自分の肩を抱いて震えた。

みんなとの思い出が、ホロライブで輝いた日々が、砂のように指の隙間からこぼれ落ちていく。

3Dライブの歓声も、武道館の景色も、みこちとの喧嘩も。

全部、「なかったこと」にされていく。

 

「嫌だ……忘れたくない……」

「私は……輝きたいのに……」

 

彼女の輪郭が、ノイズに溶けていく。

最後に残ったのは、誰にも届かなかった歌声の残響と、小さな「石ころ(原石)」だけ。

 

星街すいせい、概念消去(ロスト)。

 


 

「すいちゃんッ!!」

 

マリンが絶叫した。

最強のアタッカーが、一瞬で消された。

殺されたのではない。「存在しなかった」ことにされたのだ。

 

「よくも……! やらせないわよ!」

 

マリンは、背後に巨大な「ゴーストシップ」を召喚した。

『欲望の羅針盤(デザイア・コンパス)』。

彼女の妄想と情熱が具現化した、無敵の艦隊。

 

「全門斉射! この『現実(クソゲー)』ごと吹き飛びなさい!」

 

だが、管理者はまたしても、指先一つ動かしただけだった。

 

『対象:宝鐘マリン。エラー原因:『現実逃避への依存』』

『修正パッチ適応:『夢の終わり』』

 

『ドロリ。』

 

巨大な海賊船が、泥のように溶け出した。

極彩色のネオンが消え、威勢のいい砲撃音が、オフィスの電話のベル音に変わる。

 

「……あ、れ?」

 

マリンは、その場に膝をついた。

海賊のコートが消え、地味な事務服に変わっている。

手にはカットラスではなく、山積みの書類。

 

(すみません、課長。すぐやります)

(はい、残業大丈夫です)

 

(違う。私は海賊よ。一味のみんなが待ってるのよ)

 

頭では分かっているのに、心が「現実」に引き戻される。

満員電車。

死んだ目をした大人たち。

家に帰って、疲れた体でペンタブを握るけれど、何も描けない夜。

 

『いい年して、Vtuberなんて』

『もう、夢を見るのはやめなさい』

 

社会の常識という名の鎖が、彼女の首を絞める。

苦しい。息ができない。

「宝鐘マリン」という存在は、私が作り出した「痛い妄想」だったんじゃないか?

本当の私は、ただの、疲れた会社員で……。

 

「……いや」

「嫌よ……私は、まだ……若いのよ……!」

 

マリンは、必死に手を伸ばした。

その先に、フブキや、ぺこらの姿が見える。

あそこに行けば、私は自由になれる。

あそこには、私の「一味(キミたち)」がいる。

 

「……船長って、呼んでよ……」

「まだ……出航したばかりなのに……」

 

彼女の手が、空を掴む。

そして、書類の山に埋もれるように、彼女の姿は掻き消えた。

 

宝鐘マリン、概念消去(ロスト)。

 


 

「すいちゃん……マリンちゃん……」

 

フブキは、ガタガタと震えていた。

隣では、フレアが、ノエルが、次々と光になって消えていく。

 

フレアは、自分が「ハーフエルフ」であることを忘れ、ただの孤独な焼却炉の火になった。

ノエルは、「騎士」の誓いを忘れ、ただの筋肉質な迷子になった。

 

『過去こそが、お前たちの弱点だ』

 

管理者の光が、さらに強くなる。

それは攻撃ではない。

「正しい歴史」への修正。

「ホロライブ」というバグが発生しなかった世界線への、強制的な書き換え。

 

「やめろ……」

フブキは、自分の耳を押さえた。

『狐の集結令』が、悲鳴を上げている。

いや、違う。

「集結令」が……繋がらない。

 

「あれ?」

 

フブキは、隣にいたミオを見た。

ミオは、フブキのことを「知らない人」を見るような目で見つめ返していた。

 

「……あんた、誰?」

「ミオ……?」

「ウチ、家に帰らなきゃ。占いの館、開けなきゃいけないから」

 

ミオの姿が薄れる。

彼女は、フブキと出会う前の、ただの「占いが得意な女の子」に戻っていた。

ゲーマーズの絆も、一緒に過ごした日々も、全部「なかったこと」になっている。

 

「待って! 行かないで!」

フブキが手を伸ばすが、ミオは煙のように消えた。

 

「ぺこら!」

「……ニンジン、安売りしてたかな」

ぺこらも、マフラーを巻いた寂しそうな少女に戻り、消えていく。

 

「スバル!」

「バイト、行かなきゃ」

スバルも、キャップを被ったただの少女に戻り、消えていく。

 

次々と。

仲間たちが、「ホロライブに入る前の自分」に戻り、この世界からログアウトしていく。

残されるのは、フブキと、そらと、ReGLOSSだけ。

 


 

「……あはは」

 

フブキは、力なく笑った。

自分の手が、透け始めている。

 

(そっか。あたしも、消されるんだ)

 

記憶が逆流する。

白上フブキになる前。

学校の教室。周りの会話に入れない自分。

家で一人、アニメを見て、ゲームをして、画面の向こうのキャラクターに救われていた日々。

 

『誰かと、好きを共有したい』

『誰かと、繋がりたい』

 

その願いが、「白上フブキ」を生んだ。

でも、管理者は言う。

『それはエラーだ』と。

『お前は一人で、画面を見ていればよかったんだ』と。

 

「……そうかもね」

 

フブキは、自分の尻尾が消えるのを見た。

ここでの冒険も、アキバの復興も、全部「オタクが見た都合のいい夢」だったのかもしれない。

 

「フブキちゃん!!」

 

そらが、フブキに駆け寄ってくる。

まだ、そらだけは形を保っている。

さすが、最初のアイドル。存在強度が違う。

 

「ごめんね、そらちゃん」

フブキは、消えかけの手で、そらの頬に触れた。

 

「夢から、覚める時間みたい」

「でも……いい夢、だったよ……」

 

フブキの笑顔が、ノイズに飲まれる。

彼女がいた場所には、一枚の「キツネのお面」だけが残された。

 

白上フブキ、概念消去(ロスト)。

 

残されたのは、そら。

そして、この世界の異端者であるReGLOSSの5人だけ。

 

世界は、白く、静かに、完璧な姿へと戻ろうとしていた。

希望の光は、あと一つ。

だがその光も、風前の灯火だった。

 

 

 

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