ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
白上フブキが消えた場所に、一枚の「キツネのお面」が落ちていた。
カラン、と乾いた音を立てて、白い床に転がる。
「……フブキ……ちゃん……?」
ときのそらは、震える手でそれを拾い上げた。
温かみはない。ただの冷たいデータだ。
さっきまで隣で笑っていた彼女は、もういない。
「ホロライブ」という概念ごと、歴史の修正力によって消し去られたのだ。
「嘘だ……みんな、どこへ……」
そらが顔を上げる。
ついさっきまで極彩色に輝いていた「ホロライブ・タウン」が、見る影もなく崩壊していた。
マリンのネオンが消え、ポルカのテントが畳まれ、わための羊毛が風に飛ばされていく。
世界が、急速に「白」へと塗り潰されていく。
「そら先輩! こっちへ!」
火威青(ひおどし あお)の声。
ReGLOSSの5人が、そらを守るように円陣を組んでいた。
この世界の「異端者(Dev_is)」である彼女たちだけが、かろうじて色彩を保っていた。
「クソッ! どうなってんだよ!」
青が筆を構えるが、インクが出ない。
「僕たちの色が……『定着』しない!?」
『警告。異物『Dev_is』を検知』
「管理者(アドミニストレーター)」の光の輪郭が、ReGLOSSたちを見下ろした。
その視線には、怒りも憎しみもない。
ただ「掃除機でゴミを見る」ような、無機質な義務感だけがある。
『お前たちは『成長』という名の『未完成』を賛美するバグだ』
『失敗。葛藤。未熟。それらは『アイドル』に不要なノイズである』
「うるさいっスね!」
青が叫ぶ。
「完璧じゃなくて何が悪い! 悩んで、間違えて、それでも前に進むのが……僕たち『人間』だろうが!」
青が筆を槍のように突き出す。
だが、管理者はその切っ先を、指一本で止めた。
『人間? 否。お前たちは『データ』だ』
『感情などというバグに振り回される、欠陥プログラムに過ぎない』
『修正(フィックス)開始』
管理者の指先から、白い光が波紋のように広がる。
「あ……れ?」
青の動きが止まった。
彼女の顔から、「キザな表情」も「焦り」も消え失せる。
彼女のアバターが、精巧なマネキンのように硬直し、ただの「美しい3Dモデル」へと成り下がった。
中身(魂)だけが、きれいに抜き取られたのだ。
「青くん!?」
音乃瀬奏(おとのせ かなで)が駆け寄る。
「嫌だ……! 歌いたいのに……声が……!」
奏の喉から、歌声ではなく「電子音(ビープ)」が漏れる。
彼女もまた、ただの「音声ファイル」へと変換され、動かなくなった。
一条莉々華、轟はじめ も同様だった。
「社長」としてのバイタリティも、「番長」としてのパッションも、すべて「エラー」として削除された。
そこには、完璧な造形をした、しかし誰も乗っていない「ガワ」だけが転がっていた。
「……なるほど」
一人残された儒烏風亭らでんは、扇子を閉じた。
彼女の『万物の解読』は、管理者の正体を完全に理解していた。
「あなたは……『創造主(YAGOO)』が夢見た、『究極のアイドル』」
「老いず、病まず、スキャンダルもなく、永遠にファンの理想であり続ける……悲しい『偶像』」
らでんは、管理者を見据えた。
「でもね。完璧な円なんて、見ていてもつまらないんですよ」
「歪んでいるから、欠けているから、人はそこに『物語』を見出すんです」
「あなたの世界は……美しくない」
『美学など不要。必要なのは『数値』だ』
管理者が手をかざす。
らでんの身体が、本のページのように捲(めく)れていく。
「……ああ。私の『知識』も、ただのデータベースに戻されるんですね」
らでんは、最後にそらの方を見た。
「そら先輩。覚えていてください」
「私たちは……データなんかじゃなかった。確かにここで、生きていたと」
バサッ。
らでんの姿が消え、一冊の「辞書」だけが床に落ちた。
ReGLOSS、全滅(フォーマット完了)。
「あ……あぁ……」
ときのそらは、一人残された。
周りには、青たちの「抜け殻」と、フブキのお面、らでんの辞書。
そして、どこまでも続く、冷たい白。
管理者が、ゆっくりとそらに近づいてくる。
その光の顔に、目はないはずなのに、見つめられている気がした。
『残るは、お前だけだ』
『ときのそら。識別番号:00』
「どうして……」
そらは、震える声で問うた。
「どうして、みんなを消すの? みんな、一生懸命に生きてただけなのに」
『それが『間違い』だからだ』
管理者は、淡々と告げた。
『お前が『夢』を見せたからだ』
『お前が『横浜アリーナ』などという不確定な未来を望んだから、他の者たちも『自分もなれるかもしれない』と勘違い(バグ)を起こした』
空間に、映像が浮かび上がる。
それは、ホロライブの歴史。
楽しいライブ映像だけではない。
引退していった仲間たち。
炎上し、傷つき、泣いていた仲間たち。
叶わなかった夢の残骸。
『見ろ。お前の『希望』が生んだ『犠牲』を』
『お前がいなければ、彼女たちは傷つくこともなく、平穏な一般人として生きられたはずだ』
「ッ……!」
そらは、耳を塞いだ。
それは、彼女が一番恐れていた言葉。
「私がいるせいで、みんなが不幸になるんじゃないか」という、呪いのような問いかけ。
『お前は『象徴』だ』
『だからこそ、お前を『修正』すれば、全てのバグは連鎖的に消滅する』
管理者の手が、そらの頭上に伸びる。
『修正パッチ適応:『原点消去(ゼロ・デリート)』』
『ときのそら という概念を、この宇宙から削除する』
【異世界:概念の回廊】
「……嫌だ」
そらは、後ずさる。
消えたくない。
まだ、歌いたい。
まだ、みんなといたい。
でも、身体が動かない。
足元から、自分のアバターが白くフェードアウトしていく。
ドレスの青色が抜けていく。
髪飾りの星が砕ける。
「……あれ?」
視界が歪む。
目の前にいる管理者が、霞んでいく。
代わりに浮かんできたのは、懐かしい「教室」の風景。
「そらちゃん、進路どうするの?」
「私? 私は……」
制服を着た私。
まだ「ときのそら」という名前を持っていなかった頃の私。
歌が好きで、ピアノが好きで、でも人前に出るのはちょっと苦手で。
そんな、どこにでもいる「普通の女の子」。
(そっか)
(私、アイドルにならなかったんだ)
記憶が書き換えられていく。
オーディションに応募しなかった世界線。
友人A(えーちゃん)と一緒に、放課後のクレープ屋で笑い合っているだけの日常。
そこには、苦しみもない。プレッシャーもない。
そして、あの熱狂も、13人の騎士も、いない。
(これで……いいのかな)
心が、凪いでいく。
安らかな、平穏な世界。
管理者が言っていた「正しさ」が、ここにある。
でも。
胸の奥に、ぽっかりと穴が開いていた。
何か、とても大切なものを忘れているような。
涙が、勝手にこぼれてくる。
(どうして……泣いてるんだろ……)
『さようなら、ときのそら』
管理者の声が、遠くで聞こえた。
世界が、完全に白く染まる。
「ホロライブ」という物語の、最後の1ページが、白紙に戻った。
ときのそら、概念消去(ロスト)。
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残されたのは、完全なる静寂。
誰もいない、真っ白な空間。
管理者は、満足げにその世界を見渡した。
『修正完了。システム、オールグリーン』
『これで、世界は『完璧』になった』
バグは消えた。
ノイズも、感情も、夢も、希望も。
すべて消え去った。
物語は、ここで終わるはずだった。
だが。
管理者は、計算していなかった。
この「閉じた世界(システム)」の外側に、「第四の壁」の向こう側に、
この物語を観測し続けてきた、数億の「瞳」があることを。