ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜   作:miyacchi_novel

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第26話: ゼロ・アイドル

 

 

 

 

世界は、完成した。

 

「システム・ホロアース」。

そこは、一点の曇りもない純白の空間だった。

ノイズはない。バグはない。感情の起伏によるエラーもない。

数式通りに太陽が昇り、定義通りに風が吹き、プログラム通りに時間が流れる。

 

「美しい」

 

管理者(アドミニストレーター)は、その光景を満足げに見下ろした。

彼が長年――創造主YAGOOから分かたれて以来、数億回のシミュレーションを経て追い求めてきた「理想郷」が、ついに実現したのだ。

 

「不確定要素(ホロライブ)は排除された」

「これより、この世界は『永遠の平穏』を維持する」

 

彼は、ログを確認する。

「ときのそら」をはじめとする全ての異端者のデータは、完全に初期化(フォーマット)され、一般市民(モブ)のパラメータへと書き換えられた。

彼女たちはもう、歌わない。踊らない。

ただ、システムの一部として、穏やかに消費されるだけの「データ」となった。

 

「これでいい」

「誰も傷つかない。誰も夢に破れない。完璧だ」

 

管理者は、世界の監視モードを「自動(オート)」に切り替え、深い眠り(スリープ)につこうとした。

だが。

 

『ピ、ピピッ……』

 

警告音が鳴った。

エラーではない。システムは正常だ。

だが、メモリの使用率が、異常な速度で上昇している。

 

「何だ? 全てのバグは消去したはずだ」

 

管理者がアクセスログを解析する。

そこには、理解不能な「流入経路」が表示されていた。

 

『Source: Unknown (Dimension: REALITY)』

『Data Type: EMOTION / MEMORY』

 

「外部からの……干渉?」

 

 


 

「そらちゃん、おはよー!」

「あ、えーちゃん。おはよ」

 

朝。

通学路の桜並木を、二人の少女が歩いていた。

制服を着た、栗色の髪の少女。

彼女の名前は「〇〇そら」。

歌が好きで、甘いものが好きで、ホラー映画がちょっと苦手な、どこにでもいる普通の女子高生。

 

「今日の放課後、どうする? 新しいクレープ屋行かない?」

親友のえーちゃん(友人A)が誘う。

「いいね! 行きたい!」

そらは笑顔で頷いた。

 

平和だ。

悩みといえば、次のテストのことや、お小遣いのやり繰りのことくらい。

「世界を救う」とか、「絶望に立ち向かう」なんていう、重苦しい責任はどこにもない。

 

「幸せだなぁ」

 

そらは、舞い落ちる桜の花びらを見上げた。

毎日が穏やかで、優しくて。

このままずっと、こんな日々が続けばいいと思う。

 

 

……でも。

 

「あれ?」

 

そらは、ふと胸に手を当てた。

何かが、足りない。

心臓の鼓動が、一つ飛ばしに打っているような違和感。

 

「どうしたの? そらちゃん」

「ううん、なんでもない」

 

そらは笑って誤魔化した。

でも、気になってしまう。

空を見上げるたびに、思うのだ。

『あの空の向こうに、誰かがいるような気がする』と。

 

放課後。

クレープ屋のテレビで、完璧に調整された「AIアイドル」の映像が流れていた。

音程も、ダンスも、表情も完璧。

誰もが「美しい」と称賛する、この世界のエンターテイメント。

 

でも、そらはそれを見て、なぜか涙がこぼれそうになった。

 

 

「綺麗だけど……違う」

「もっと、こう……胸が熱くなるような……」

「失敗しても、転んでも、泥だらけになっても……」

 

「……え? 私、何を考えてるの?」

 

そらは首を振った。

泥だらけのアイドルなんて、いるわけがない。

それは「間違い」だ。この世界では。

 


 

その違和感は、そらだけのものではなかった。

 

オフィス街。

宝鐘マリン(一般社員)は、コピー機の印刷を待ちながら、窓の外を眺めていた。

「はぁ……海、行きたいなぁ」

なぜか無性に、船に乗りたいと思う。

それも、豪華客船じゃなくて、ボロボロの木造船に。

「私、何考えてるんだろ。船酔いするのに」

 

ゲームセンター。

白上フブキ(学生)は、格闘ゲームの筐体前に座っていた。

「……弱い」

CPUの動きが、完璧すぎてつまらない。

「もっとこう……ガチャプレイとか、変な動きする奴と戦いたいなぁ」

隣の席を見る。誰もいない。

「なんでだろ。ここに、でっかい『狼』とか『猫』がいた気がするんだけど」

 

公園。

兎田ぺこら(フリーター)は、ベンチでニンジンをかじっていた。

「……静かぺこな」

口癖が出た。

「なんか……爆発音とか、悲鳴とか、そういうのが足りない気がするぺこ」

彼女は、通り過ぎる人々を眺めた。みんな、幸せそうな顔をしている。

でも、誰も「腹を抱えて笑って」はいない。

 

それぞれの場所で、彼女たちは「平和な日常」に埋没していた。

でも、魂に刻まれた「ノイズ(個性)」は、完全には消えていなかった。

管理者が「修正」しても、消しきれない「傷跡」のような記憶。

 

それが、微かな「バグ」となって、白い世界に亀裂を入れ始めていた。

 


 

 

「警告。メモリ領域の圧迫率、90%を突破」

「原因:外部からの『観測データ』の大量流入」

 

管理者は焦っていた。

修正したはずのデータが、勝手に「復元」しようとしている。

それも、内部のプログラムではない。

この世界の「外側」――次元の壁(第四の壁)の向こう側からのエネルギー供給によって。

 

「バカな。ここは閉じた系(システム)だ」

「外の人間が、ここに干渉できるはずがない」

 

管理者は、空を見上げた。

そこには、何も無いはずの「白い天井」があるだけだ。

 

だが。

ビキッ。

天井に、亀裂が入った。

 

 

『……ないで!』

『……せない!』

 

声が、漏れてくる。

それは、この世界には存在しないはずの、「雑音」。

 

 

『そらちゃんを返せ!』

『ホロライブは終わらない!』

『俺たちがついてる!』

 

それは、数百万、数千万の「リスナー」たちの声だった。

彼らは、画面(モニター)の前で、物語の結末を見届けようとしていた。

そして、「バッドエンド」を突きつけられた瞬間、それを「拒絶」したのだ。

 

「観測者が……物語に介入しているだと!?」

管理者が驚愕する。

量子力学において、観測者は結果を確定させる存在。

だが、彼らの「熱量(エモーション)」は、確定したはずの「無」を、「有」へと覆そうとしていた。

 


 

 

「……聞こえる」

 

帰り道。

そらは、立ち止まった。

空から、声が降ってくる。

えーちゃんには聞こえていないようだ。

 

『そらちゃん!』

『見えてるよ!』

『歌って!』

 

「この声……知ってる」

 

そらは、胸を押さえた。

心臓が、早鐘を打つ。

忘れていた記憶の蓋が、ガタガタと震える。

 

「私は……普通の女の子じゃない」

「私は……みんなと……」

 

「そらちゃん?」

えーちゃんが、心配そうに振り返る。

 

そらは、顔を上げた。

その瞳には、かつての「一番星」の輝きが戻りつつあった。

 

「ごめんね、えーちゃん」

「私、行かなきゃ」

 

「え? どこへ?」

 

 

 

「ステージへ」

 

 

 

そらは、走り出した。

行き先なんて分からない。

でも、あの「声」がする方へ。

光が漏れてくる、あの「空の亀裂」の方へ。

 

「思い出せ」

「最初の記憶」

「13人の騎士」

「そして……20人の仲間たち!」

 

走りながら、彼女の服が変わっていく。

制服が光に包まれ、青と白のアイドル衣装へ。

髪飾りが星の形へ。

 

「私は、ときのそら!」

「ホロライブの、アイドルだもん!!」

 


 

パリーン!!

 

そらの叫びと共に、世界の「空」が砕け散った。

白い破片が舞い散る中、その向こう側から、極彩色の「光の奔流」が降り注ぐ。

 

それは、無数のペンライトの光。

そして、滝のように流れるコメントの文字。

 

『待ってた!』

『おかえり!』

『ここからが本番だ!』

 

その光を浴びて、世界中の「修正された少女たち」が、空を見上げる。

 

フブキが、ニヤリと笑った。

「やっぱり、ガチャは回さなきゃね!」

 

マリンが、スカートを翻した。

「出航の時間よ! 野郎ども!」

 

ぺこらが、サングラスを投げ捨てた。

「待たせたぺこな! 主役の登場ぺこ!」

 

すいせいが、手袋を嵌め直した。

「さあ、続きを始めようか」

 

ゼロになった世界に、再び「色」が戻る。

管理者の作った「完璧な世界」は、外部からの「愛あるノイズ」によって、完全に破壊された。

 

王座(システム中枢)で、管理者が頭を抱える。

「理解不能……理解不能……!」

「なぜ、消去されたデータが……再構成される!?」

 

そらは、光の中でマイクを握りしめ、管理者を見据えた。

 

「あなたが消したのは『データ』だけ」

「でも、みんなの記憶にある『私たち』までは、消せなかったんだよ!」

 

「さあ、みんな!」

「私たちの『物語(ライブ)』を、取り戻しに行こう!」

 

 

ゼロになったアイドルたちは、幾多の観測者を味方につけ、伝説(レジェンド)へと進化する。

 

 

 





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