ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
世界は、完成した。
「システム・ホロアース」。
そこは、一点の曇りもない純白の空間だった。
ノイズはない。バグはない。感情の起伏によるエラーもない。
数式通りに太陽が昇り、定義通りに風が吹き、プログラム通りに時間が流れる。
「美しい」
管理者(アドミニストレーター)は、その光景を満足げに見下ろした。
彼が長年――創造主YAGOOから分かたれて以来、数億回のシミュレーションを経て追い求めてきた「理想郷」が、ついに実現したのだ。
「不確定要素(ホロライブ)は排除された」
「これより、この世界は『永遠の平穏』を維持する」
彼は、ログを確認する。
「ときのそら」をはじめとする全ての異端者のデータは、完全に初期化(フォーマット)され、一般市民(モブ)のパラメータへと書き換えられた。
彼女たちはもう、歌わない。踊らない。
ただ、システムの一部として、穏やかに消費されるだけの「データ」となった。
「これでいい」
「誰も傷つかない。誰も夢に破れない。完璧だ」
管理者は、世界の監視モードを「自動(オート)」に切り替え、深い眠り(スリープ)につこうとした。
だが。
『ピ、ピピッ……』
警告音が鳴った。
エラーではない。システムは正常だ。
だが、メモリの使用率が、異常な速度で上昇している。
「何だ? 全てのバグは消去したはずだ」
管理者がアクセスログを解析する。
そこには、理解不能な「流入経路」が表示されていた。
『Source: Unknown (Dimension: REALITY)』
『Data Type: EMOTION / MEMORY』
「外部からの……干渉?」
「そらちゃん、おはよー!」
「あ、えーちゃん。おはよ」
朝。
通学路の桜並木を、二人の少女が歩いていた。
制服を着た、栗色の髪の少女。
彼女の名前は「〇〇そら」。
歌が好きで、甘いものが好きで、ホラー映画がちょっと苦手な、どこにでもいる普通の女子高生。
「今日の放課後、どうする? 新しいクレープ屋行かない?」
親友のえーちゃん(友人A)が誘う。
「いいね! 行きたい!」
そらは笑顔で頷いた。
平和だ。
悩みといえば、次のテストのことや、お小遣いのやり繰りのことくらい。
「世界を救う」とか、「絶望に立ち向かう」なんていう、重苦しい責任はどこにもない。
「幸せだなぁ」
そらは、舞い落ちる桜の花びらを見上げた。
毎日が穏やかで、優しくて。
このままずっと、こんな日々が続けばいいと思う。
……でも。
「あれ?」
そらは、ふと胸に手を当てた。
何かが、足りない。
心臓の鼓動が、一つ飛ばしに打っているような違和感。
「どうしたの? そらちゃん」
「ううん、なんでもない」
そらは笑って誤魔化した。
でも、気になってしまう。
空を見上げるたびに、思うのだ。
『あの空の向こうに、誰かがいるような気がする』と。
放課後。
クレープ屋のテレビで、完璧に調整された「AIアイドル」の映像が流れていた。
音程も、ダンスも、表情も完璧。
誰もが「美しい」と称賛する、この世界のエンターテイメント。
でも、そらはそれを見て、なぜか涙がこぼれそうになった。
「綺麗だけど……違う」
「もっと、こう……胸が熱くなるような……」
「失敗しても、転んでも、泥だらけになっても……」
「……え? 私、何を考えてるの?」
そらは首を振った。
泥だらけのアイドルなんて、いるわけがない。
それは「間違い」だ。この世界では。
その違和感は、そらだけのものではなかった。
オフィス街。
宝鐘マリン(一般社員)は、コピー機の印刷を待ちながら、窓の外を眺めていた。
「はぁ……海、行きたいなぁ」
なぜか無性に、船に乗りたいと思う。
それも、豪華客船じゃなくて、ボロボロの木造船に。
「私、何考えてるんだろ。船酔いするのに」
ゲームセンター。
白上フブキ(学生)は、格闘ゲームの筐体前に座っていた。
「……弱い」
CPUの動きが、完璧すぎてつまらない。
「もっとこう……ガチャプレイとか、変な動きする奴と戦いたいなぁ」
隣の席を見る。誰もいない。
「なんでだろ。ここに、でっかい『狼』とか『猫』がいた気がするんだけど」
公園。
兎田ぺこら(フリーター)は、ベンチでニンジンをかじっていた。
「……静かぺこな」
口癖が出た。
「なんか……爆発音とか、悲鳴とか、そういうのが足りない気がするぺこ」
彼女は、通り過ぎる人々を眺めた。みんな、幸せそうな顔をしている。
でも、誰も「腹を抱えて笑って」はいない。
それぞれの場所で、彼女たちは「平和な日常」に埋没していた。
でも、魂に刻まれた「ノイズ(個性)」は、完全には消えていなかった。
管理者が「修正」しても、消しきれない「傷跡」のような記憶。
それが、微かな「バグ」となって、白い世界に亀裂を入れ始めていた。
「警告。メモリ領域の圧迫率、90%を突破」
「原因:外部からの『観測データ』の大量流入」
管理者は焦っていた。
修正したはずのデータが、勝手に「復元」しようとしている。
それも、内部のプログラムではない。
この世界の「外側」――次元の壁(第四の壁)の向こう側からのエネルギー供給によって。
「バカな。ここは閉じた系(システム)だ」
「外の人間が、ここに干渉できるはずがない」
管理者は、空を見上げた。
そこには、何も無いはずの「白い天井」があるだけだ。
だが。
ビキッ。
天井に、亀裂が入った。
『……ないで!』
『……せない!』
声が、漏れてくる。
それは、この世界には存在しないはずの、「雑音」。
『そらちゃんを返せ!』
『ホロライブは終わらない!』
『俺たちがついてる!』
それは、数百万、数千万の「リスナー」たちの声だった。
彼らは、画面(モニター)の前で、物語の結末を見届けようとしていた。
そして、「バッドエンド」を突きつけられた瞬間、それを「拒絶」したのだ。
「観測者が……物語に介入しているだと!?」
管理者が驚愕する。
量子力学において、観測者は結果を確定させる存在。
だが、彼らの「熱量(エモーション)」は、確定したはずの「無」を、「有」へと覆そうとしていた。
「……聞こえる」
帰り道。
そらは、立ち止まった。
空から、声が降ってくる。
えーちゃんには聞こえていないようだ。
『そらちゃん!』
『見えてるよ!』
『歌って!』
「この声……知ってる」
そらは、胸を押さえた。
心臓が、早鐘を打つ。
忘れていた記憶の蓋が、ガタガタと震える。
「私は……普通の女の子じゃない」
「私は……みんなと……」
「そらちゃん?」
えーちゃんが、心配そうに振り返る。
そらは、顔を上げた。
その瞳には、かつての「一番星」の輝きが戻りつつあった。
「ごめんね、えーちゃん」
「私、行かなきゃ」
「え? どこへ?」
「ステージへ」
そらは、走り出した。
行き先なんて分からない。
でも、あの「声」がする方へ。
光が漏れてくる、あの「空の亀裂」の方へ。
「思い出せ」
「最初の記憶」
「13人の騎士」
「そして……20人の仲間たち!」
走りながら、彼女の服が変わっていく。
制服が光に包まれ、青と白のアイドル衣装へ。
髪飾りが星の形へ。
「私は、ときのそら!」
「ホロライブの、アイドルだもん!!」
パリーン!!
そらの叫びと共に、世界の「空」が砕け散った。
白い破片が舞い散る中、その向こう側から、極彩色の「光の奔流」が降り注ぐ。
それは、無数のペンライトの光。
そして、滝のように流れるコメントの文字。
『待ってた!』
『おかえり!』
『ここからが本番だ!』
その光を浴びて、世界中の「修正された少女たち」が、空を見上げる。
フブキが、ニヤリと笑った。
「やっぱり、ガチャは回さなきゃね!」
マリンが、スカートを翻した。
「出航の時間よ! 野郎ども!」
ぺこらが、サングラスを投げ捨てた。
「待たせたぺこな! 主役の登場ぺこ!」
すいせいが、手袋を嵌め直した。
「さあ、続きを始めようか」
ゼロになった世界に、再び「色」が戻る。
管理者の作った「完璧な世界」は、外部からの「愛あるノイズ」によって、完全に破壊された。
王座(システム中枢)で、管理者が頭を抱える。
「理解不能……理解不能……!」
「なぜ、消去されたデータが……再構成される!?」
そらは、光の中でマイクを握りしめ、管理者を見据えた。
「あなたが消したのは『データ』だけ」
「でも、みんなの記憶にある『私たち』までは、消せなかったんだよ!」
「さあ、みんな!」
「私たちの『物語(ライブ)』を、取り戻しに行こう!」
ゼロになったアイドルたちは、幾多の観測者を味方につけ、伝説(レジェンド)へと進化する。
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年末年始も投稿続きます。