ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
秋葉原を目指す。
その一点で、点在していた「導き手」たちの意志は収束した。
だが、目的地は同じでも、そこに至る道筋は無数に分岐し、そのすべてが「虚無(ノイズ)」によって汚染されていた。
崩壊した東京において、移動は死を意味した。
ヒス(Hiss)の群れは、意味もなく街を彷徨う生存者の精神を削り、
スクリーマー(Screamer)は、過去の絶望的な記憶が色濃く残る場所で、新たな犠牲者を待ち構える。
それでも、彼女たちは進んだ。
仲間の存在が、かすかな「繋がり(レゾナンス)」が、絶望的な世界を生き抜くための唯一の羅針盤だったからだ。
【東京・上野】
「だから! なんでアキバから離れてんだにぇ!?」
「あたしに聞くな! あんたが『こっち』って言うから来たんでしょーが! 責任取んなさいよね!」
「うぇぇ!? なんでそうなるにぇ~! すいちゃんが先導してたじゃんか!」
さくらみこは、瓦礫の山を飛び越えながら、理不尽にキレる星街すいせいに抗議の声を上げた。
すいせいの声には、有無を言わせぬ圧がある。
東京駅から一直線に秋葉原を目指していたすいせいが、逃げ惑うみこたちと鉢合わせたのは、ほんの数時間前のことだ。
すいせいの「流星の突破(ステラ・ブレイカー)」が道を切り開き、
みこちの「エリートな直感(エリート・センス with 35P)」が、その道を選んだ。
だが、みこちの「直感」が指し示した最短の安全ルートは、不可解なことに、秋葉原をわずかに逸れ、北――上野方面へと向かっていた。
「だって『こっち』のほうが『安全』で『重要』だって、神様が言ってるんだにぇ!」
「その神様、ポンコツじゃないだろうな!?」
すいせいがテトリミノ状のエネルギーブロックを生成し、前方を塞ぐスクリーマーを粉砕する。
青い閃光が、夕暮れの廃墟を照らした。
彼女たちがたどり着いたのは、上野の森――博物館と美術館が立ち並ぶ、静寂のエリアだった。
数多の『知』と『美』が眠るこの場所には、都市の喧騒とは隔絶された、神聖なまでの静寂が満ちていた。
「(人の気配がする…)」
みこちが立ち止まる。
国立科学博物館の、半ば崩れた入り口。その奥の暗闇から、人の気配がした。
「…誰だ」
すいせいの声が低くなる。彼女は戦闘態勢のまま、みこちを背後にかばった。
「『……大いなる静寂、天より降り注ぎ、万物の音を奪う』。……ふふ、まさか博物館の古文書が、これほど雄弁な『予言書』だったとはねぇ」
暗闇から響いたのは、朗々とした、しかしどこか艶のある声だった。
瓦礫の陰から姿を現したのは、儒烏風亭らでん。
伝統的な着物を現代風に着こなし、その手には、ボロボロになった古文書が握られている。
彼女もまた、アバターの姿で覚醒していた。
「おや、これは珍しいお客様だ。
すいせい先輩に、みこ先輩。……お二方も、『解(わか)』りに来たのですか? この世界の『謎』を」
らでんは、二人を見ても全く動揺せず、むしろ待ち人が来たと言わんばかりに微笑んだ。
彼女は、この博物館の書庫で、大静寂(グレートサイレンス)の「真実」を探し続けていたのだ。
「え、らでんちゃん? なんで博物館なんかに」
「らでんちゃん! なんでここに!?」
驚く二人に、らでんは芝居がかった仕草で一礼してみせた。
「『導かれた』……と言えば、風流ですかねぇ」
らでんは、みこちの「直感」と、すいせいの「物理法則を無視した力」を一瞥し、すべてを理解した顔で言った。
「知識の酒肴を求めて迷い込んだら、とんでもない『特ダネ』を見つけちまいましてね。
……私の眼には視えるんですよ。モノに残る『記憶』が」
彼女の能力「審美眼(キュレーター・アイ)」は、物質に刻まれた記憶を読み解く、探求のための「鍵」だった。
「ここの展示品たちは、教えてくれましたよ。過去にも同じ『カタストロフ』があったことを」
らでんが、ひび割れた石版の欠片を指差す。
そこには、古代の文字で不吉な予言が刻まれていた。
「『大静寂は、今回が初めてではない』。
そして、『その度に巫女たちが聖地で歌を捧げ、世界の認識を繋ぎ止めてきた』……と」
「聖地…?」
みこちが息を呑む。
らでんは、東京の地図の残骸を広げ、一点を指差した。
「秋葉原。かつて、世界中の『熱狂』と『信仰』が集まった場所。
そして……」
彼女は、大静寂の直前にリークされていた、ホロアース計画の未確認情報(=UDXの地下サーバー)の断片を重ねた。
「この地下深くに、旧世界の『奇跡』が眠っています。
世界を『再定義』するための、シミュレーターが」
「アキバ・サンクチュアリ…」
すいせいの呟きに、らでんは頷いた。
「そこが、私たちの『鍵』です。ですが……」
らでんの表情が曇る。
「そこは、東京で最も『虚無』が集積した場所。
私の『解読』によれば……すでに『王』が生まれている」
みこちの「直感」が、初めて「死」を超える「絶望」のビジョンを感知し、彼女は激しく身震いした。
【渋谷】
その頃、渋谷。
かつて若者文化の発信地だった街は、スクリーマーの巣窟と化していた。
「ギィイイイイイイイ!」
「うるさいうるさいぺこ! お前らの声、マジでキモイぺこ!」
センター街の雑居ビル。その屋上に、兎田ぺこらと紫咲シオン、そして十数名の生存者が立てこもっていた。
生存者たちの疲労は、とうに限界を超えていた。
「シオン! 水! 生存者の子が喉渇いてる!」
「…ん…!」
シオンは、震える手で空のペットボトルを握りしめた。
「魔力の捻出(マギカル・トリック)」
数秒後、ボトルにはかろうじて少量の水が満たされた。
だが、シオンの顔色は紙のように白く、立っているのもやっとだった。
彼女の能力は「無から有」を生み出す、生存に不可欠な「魔法」だ。
だが、その代償は、彼女自身の体力、あるいは精神力そのものだった。
「(もう…魔力(MP)が…ない…)」
「ガアアアアン!」
屋上へ続く扉が、凄まじい力で叩かれる。
スクリーマーの群れが、バリケードを破ろうとしていた。
「(ヤバいヤバいヤバい!)」
ぺこらは、恐怖で叫び出しそうなのを必死にこらえていた。
――物理法則への干渉。彼女の放つ『冗談(ジョーク)』が、世界に『真実』として誤認された瞬間だった。
「このバリケード、ダイヤモンドより硬いぺこ!」
彼女が叫ぶと、鉄製の扉が、一瞬、虹色の光沢を帯びて輝いた。
「ギイ!?」
スクリーマーの爪が、ありえない硬度に阻まれて弾かれる。
「っしゃ!」
「ぺこら様、すごい!」
生存者から歓声が上がる。だが、ぺこらだけが分かっていた。
「(これは、ハッタリ(Joke)だ)」
「事実」を捻じ曲げる力は、不確定要素が強すぎる。
敵の「認識」がぺこらの「ハッタリ」を上回れば、すぐに効果は切れる。
そして何より、この力は、彼女の「精神(メンタル)」を激しく消耗させた。
「ギイイイイイイイイアアアアア!!」
スクリーマーたちは、このビルの生存者たちの「恐怖」を糧に、さらに強力な個体へと変異しつつあった。
「(炎上の記憶…!)」
スクリーマーの精神攻撃が、ぺこらの「最も暗い記憶」を呼び覚ます。
「う…」
足がすくむ。
「ぺこら!」
シオンが、最後の力を振り絞ってぺこらを突き飛ばした。
「ドガアアアアン!」
バリケードが、ついに破壊された。
複数のスクリーマーが、雪崩を打って屋上になだれ込んでくる。
「あ…あ…」
シオンは、魔力切れでその場に崩れ落ちた。ぺこらも、腰が抜けて動けない。
「(ここまで…ぺこか…)」
絶望が、二人を飲み込もうとした、その瞬間。
「――パァン!」
乾いた破裂音。
先頭にいたスクリーマーの「頭部」が、正確に弾け飛んだ。
「え…?」
「目標(ターゲット)、鎮圧(ニュートラライズ)。Iroha(イロハ)、突入(ゴー)。」
渋谷の雑居ビル群、その一番高いビルの屋上。
獅白ぼたんは、もはや彼女の四肢の一部と化した長距離ライフルから、ゆっくりと顔を上げた。
「『獅子王の狩猟(キングレオ・ハント)』からは、何人たりとも逃げられない」
「承知でござる! いろは、参る!」
ぼたんの狙撃と同時に、屋上の影から、一陣の「風」が舞った。
風真いろは。
彼女は、スクリーマーの群れの中を、常人離れした身のこなしで駆け抜ける。
「風切の活路(カゼキリ・ルート)!」
彼女が走った軌跡は、ノイズを切り裂く安全な「道」として、一時的に「固定」される。
「ぺこら先輩、シオン先輩! ご無事でござるか!」
いろはは、二人の前に立ちはだかると、刀(能力で強化されたもの)を構えた。
「遅くなってごめん! みんな!」
「フブキ!」
「スバルもいるッスよ!」
いろはが作った「活路」を通り、白上フブキと大空スバル、
そして彼女たちがビッグサイトと舞浜から導いてきた生存者グループが、屋上になだれ込んできた。
新宿、埼玉、そして舞浜。別々の場所で抗い続けていた『光』が、フブキの呼び声に導かれ、今、渋谷という一点で交差した。
「(シオンちゃんが、ヤバい!)」
フブキの「集結令」は、仲間の状態を直感的に共有する。
「スバルちゃん! シオンちゃんに『バフ』を!」
「言われなくても! やるッス!」
スバルは、魔力切れで倒れているシオンの元へ駆け寄った。
「シオン! こんなところで寝てる場合じゃないッスよ!」
「うるさ…スバル…もう、無理…」
「無理じゃない! あんたは、ホロライブの『大魔法使い』でしょ!
あたしが応援する! だから、立てええええええ!」
スバルの「不屈のチアアップ(サニー・エール)」が、黄金のオーラとなってシオンに注ぎ込まれる。
それは、単なる「バフ」ではなかった。
スバルの「勇気」とフブキの「繋がり」が共鳴(レゾナンス)し、
シオンの枯渇した魔力回路(パス)に、強制的にエネルギーをねじ込んだ。
「う…ああ…!」
シオンの身体から、爆発的な魔力が溢れ出す。
「力が…溢れてくる! 今ならいける! 見てなさいスバル!」
シオンはニヤリと笑うと、調子に乗って手をかざした。「魔力の捻出」――だが、それは先ほどまでの「水」や「熱」ではなかった。
「溜まったMP(マナ)……放て黒魔術!」
「圧し潰せ、『虚空の重圧(ヴォイド・プレッシャー)』!!」
屋上全体を覆うほどの巨大な「紫の重力場」が出現し、スクリーマーたちを地面に叩きつけ、ビルから弾き飛ばした。
「(すごい…)」
ぺこらは、その光景に呆然としていた。
「ナイス、シオン!」
「これが…共鳴(レゾナンス)…」
フブキは、仲間と力が「繋がる」感覚の強大さに、武者震いしていた。
「上、掃討完了」
ぼたんがライフルを下げ、屋上に合流する。
「これで、渋谷の生存者グループも合流完了でござるな」
いろはが刀を納める。
「助かった…ぺこ…」
ぺこらは、その場にへたり込んだ。
渋谷の「拠点」は守られた。
フブキ、スバル、シオン、ぼたん、いろは、ぺこら。
六人の「導き手」と、彼女たちが率いる百名近い生存者たちは、ビルの大ホールに集結し、つかの間の休息をとっていた。
「フブキの『声』が聞こえなかったら、終わってたぺこ」
ぺこらが、シオンから貰った(魔力で生成された)温かいスープをすすりながら言う。
「あたしも、スバルの『応援』がなきゃ、魔力切れで死んでた」
シオンも、ぶっきらぼうに礼を言う。
「これが、そら先輩が横浜で起こした『奇跡』の正体…」
フブキは、横浜アリーナから感じた「歌声」の波動と、
今起きた「共鳴」が、同じ原理であることに気づき始めていた。
「あたしたちの力は、一人じゃ限界がある。でも、『繋がる』ことで、その限界を超えるッス!」
スバルが、興奮気味に拳を握る。
「問題は、これからどうするか、だ」
ぼたんが、広げた地図の中心――「皇居(デリーター)」を指差す。
「中心には、化け物がいる。並大抵の戦力じゃ、近づくことすらできない」
「拙者も同感でござる。あの中心部からは、常に『死』の匂いがする」
斥候である いろは の言葉には、重みがあった。
「だからこそ、『アキバ』なんだにぇ」
その声は、ホールの入り口から聞こえた。
「みこち!?」
「すいちゃんも!?」
フブキたちが驚きの声を上げる。
そこに立っていたのは、秋葉原から移動してきた、さくらみこ、星街すいせい、そして儒烏風亭らでんの三人だった。
「渋谷に、あんたたちの『光』が集合するのが『視えた』からな。迎えに来てやったよ」
すいせいが、肩をすくめる。
らでんが、みこたちに説明した「アキバ・サンクチュアリ」の存在を、全員に共有する。
「旧世界のシミュレーター…」
「世界の『認識』を、書き換える…?」
「それが、フブキの言ってた『希望』の正体…」
ぼたんが頷く。
「決まりだな」
フブキが立ち上がった。
「あたしたちは、今この瞬間、『ホロライブ・アライアンス(連合)』を結成する!」
彼女は、集まった九人の仲間たちを見渡した。
「アキバを奪還し、サンクチュアリを再起動する。
そして、そら先輩や、まだ合流できていないみんなと合流する!」
「「「応!!」」」
九人の「導き手」たちの意志が、一つに重なった。
「まだ、足りない」
フブキは、結束した八人の仲間を見回した後、視線をホールの窓の外――北の空へと向けた。
彼女の狐耳が、ピクリと震える。
「どうした、フブキ」
ぼたんが尋ねる。
「……聞こえるの。
寒さと、孤独に耐えながら、それでも消えまいとする『声』が」
フブキの「集結令」は、まだ見ぬ仲間のSOSを拾っていた。
東京という巨大な檻の中で、あるいはその外縁で、まだ多くのホロメンたちが戦っている。
「雪の匂い……ラミィちゃん?」
スバルの言葉に、フブキは静かに頷いた。
「それに、南の海からも、強い波動を感じる」
「船長と、そら先輩か……」
みこちが、心配そうに窓の外を見る。
「行こう。あたしたちの『光』を、もっと大きくするために。
誰も欠けさせない。それが、ホロライブだから」
フブキの瞳に、揺るぎない決意が宿る。
渋谷に灯った希望の火は、まだ小さい。だが、それは確実に、離れ離れになった仲間たちを導く灯台となりつつあった。
一方、その頃。
東京の「外」――山岳地帯では、季節外れの「黒い雪」が、全てを凍てつかせていた。