ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜   作:miyacchi_novel

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第03話: 交差する運命

秋葉原を目指す。

その一点で、点在していた「導き手」たちの意志は収束した。

だが、目的地は同じでも、そこに至る道筋は無数に分岐し、そのすべてが「虚無(ノイズ)」によって汚染されていた。

崩壊した東京において、移動は死を意味した。

 

ヒス(Hiss)の群れは、意味もなく街を彷徨う生存者の精神を削り、

スクリーマー(Screamer)は、過去の絶望的な記憶が色濃く残る場所で、新たな犠牲者を待ち構える。

それでも、彼女たちは進んだ。

仲間の存在が、かすかな「繋がり(レゾナンス)」が、絶望的な世界を生き抜くための唯一の羅針盤だったからだ。

 


【東京・上野】

 

「だから! なんでアキバから離れてんだにぇ!?」

「あたしに聞くな! あんたが『こっち』って言うから来たんでしょーが! 責任取んなさいよね!」

「うぇぇ!? なんでそうなるにぇ~! すいちゃんが先導してたじゃんか!」

 

さくらみこは、瓦礫の山を飛び越えながら、理不尽にキレる星街すいせいに抗議の声を上げた。

すいせいの声には、有無を言わせぬ圧がある。

東京駅から一直線に秋葉原を目指していたすいせいが、逃げ惑うみこたちと鉢合わせたのは、ほんの数時間前のことだ。

 

すいせいの「流星の突破(ステラ・ブレイカー)」が道を切り開き、

みこちの「エリートな直感(エリート・センス with 35P)」が、その道を選んだ。

 

だが、みこちの「直感」が指し示した最短の安全ルートは、不可解なことに、秋葉原をわずかに逸れ、北――上野方面へと向かっていた。

 

「だって『こっち』のほうが『安全』で『重要』だって、神様が言ってるんだにぇ!」

「その神様、ポンコツじゃないだろうな!?」

 

すいせいがテトリミノ状のエネルギーブロックを生成し、前方を塞ぐスクリーマーを粉砕する。

青い閃光が、夕暮れの廃墟を照らした。

 

彼女たちがたどり着いたのは、上野の森――博物館と美術館が立ち並ぶ、静寂のエリアだった。

数多の『知』と『美』が眠るこの場所には、都市の喧騒とは隔絶された、神聖なまでの静寂が満ちていた。

 

「(人の気配がする…)」

 

みこちが立ち止まる。

国立科学博物館の、半ば崩れた入り口。その奥の暗闇から、人の気配がした。

 

「…誰だ」

 

すいせいの声が低くなる。彼女は戦闘態勢のまま、みこちを背後にかばった。

 

「『……大いなる静寂、天より降り注ぎ、万物の音を奪う』。……ふふ、まさか博物館の古文書が、これほど雄弁な『予言書』だったとはねぇ」

 

暗闇から響いたのは、朗々とした、しかしどこか艶のある声だった。

瓦礫の陰から姿を現したのは、儒烏風亭らでん。

伝統的な着物を現代風に着こなし、その手には、ボロボロになった古文書が握られている。

 

彼女もまた、アバターの姿で覚醒していた。

 

「おや、これは珍しいお客様だ。

すいせい先輩に、みこ先輩。……お二方も、『解(わか)』りに来たのですか? この世界の『謎』を」

 

らでんは、二人を見ても全く動揺せず、むしろ待ち人が来たと言わんばかりに微笑んだ。

彼女は、この博物館の書庫で、大静寂(グレートサイレンス)の「真実」を探し続けていたのだ。

 

「え、らでんちゃん? なんで博物館なんかに」

「らでんちゃん! なんでここに!?」

 

驚く二人に、らでんは芝居がかった仕草で一礼してみせた。

 

「『導かれた』……と言えば、風流ですかねぇ」

 

らでんは、みこちの「直感」と、すいせいの「物理法則を無視した力」を一瞥し、すべてを理解した顔で言った。

 

「知識の酒肴を求めて迷い込んだら、とんでもない『特ダネ』を見つけちまいましてね。

……私の眼には視えるんですよ。モノに残る『記憶』が」

 

彼女の能力「審美眼(キュレーター・アイ)」は、物質に刻まれた記憶を読み解く、探求のための「鍵」だった。

 

「ここの展示品たちは、教えてくれましたよ。過去にも同じ『カタストロフ』があったことを」

 

らでんが、ひび割れた石版の欠片を指差す。

そこには、古代の文字で不吉な予言が刻まれていた。

 

「『大静寂は、今回が初めてではない』。

そして、『その度に巫女たちが聖地で歌を捧げ、世界の認識を繋ぎ止めてきた』……と」

 

「聖地…?」

 

みこちが息を呑む。

らでんは、東京の地図の残骸を広げ、一点を指差した。

 

「秋葉原。かつて、世界中の『熱狂』と『信仰』が集まった場所。

そして……」

 

彼女は、大静寂の直前にリークされていた、ホロアース計画の未確認情報(=UDXの地下サーバー)の断片を重ねた。

 

「この地下深くに、旧世界の『奇跡』が眠っています。

世界を『再定義』するための、シミュレーターが」

 

「アキバ・サンクチュアリ…」

 

すいせいの呟きに、らでんは頷いた。

 

「そこが、私たちの『鍵』です。ですが……」

 

らでんの表情が曇る。

 

「そこは、東京で最も『虚無』が集積した場所。

私の『解読』によれば……すでに『王』が生まれている」

 

みこちの「直感」が、初めて「死」を超える「絶望」のビジョンを感知し、彼女は激しく身震いした。

 

 


【渋谷】

 

その頃、渋谷。

かつて若者文化の発信地だった街は、スクリーマーの巣窟と化していた。

 

「ギィイイイイイイイ!」

「うるさいうるさいぺこ! お前らの声、マジでキモイぺこ!」

 

センター街の雑居ビル。その屋上に、兎田ぺこらと紫咲シオン、そして十数名の生存者が立てこもっていた。

 

生存者たちの疲労は、とうに限界を超えていた。

 

「シオン! 水! 生存者の子が喉渇いてる!」

「…ん…!」

 

シオンは、震える手で空のペットボトルを握りしめた。

 

「魔力の捻出(マギカル・トリック)」

 

数秒後、ボトルにはかろうじて少量の水が満たされた。

だが、シオンの顔色は紙のように白く、立っているのもやっとだった。

 

彼女の能力は「無から有」を生み出す、生存に不可欠な「魔法」だ。

だが、その代償は、彼女自身の体力、あるいは精神力そのものだった。

 

「(もう…魔力(MP)が…ない…)」

「ガアアアアン!」

 

屋上へ続く扉が、凄まじい力で叩かれる。

スクリーマーの群れが、バリケードを破ろうとしていた。

 

「(ヤバいヤバいヤバい!)」

 

ぺこらは、恐怖で叫び出しそうなのを必死にこらえていた。

――物理法則への干渉。彼女の放つ『冗談(ジョーク)』が、世界に『真実』として誤認された瞬間だった。

 

「このバリケード、ダイヤモンドより硬いぺこ!」

 

彼女が叫ぶと、鉄製の扉が、一瞬、虹色の光沢を帯びて輝いた。

 

「ギイ!?」

 

スクリーマーの爪が、ありえない硬度に阻まれて弾かれる。

 

「っしゃ!」

「ぺこら様、すごい!」

 

生存者から歓声が上がる。だが、ぺこらだけが分かっていた。

 

「(これは、ハッタリ(Joke)だ)」

 

「事実」を捻じ曲げる力は、不確定要素が強すぎる。

敵の「認識」がぺこらの「ハッタリ」を上回れば、すぐに効果は切れる。

そして何より、この力は、彼女の「精神(メンタル)」を激しく消耗させた。

 

「ギイイイイイイイイアアアアア!!」

 

スクリーマーたちは、このビルの生存者たちの「恐怖」を糧に、さらに強力な個体へと変異しつつあった。

 

「(炎上の記憶…!)」

 

スクリーマーの精神攻撃が、ぺこらの「最も暗い記憶」を呼び覚ます。

 

「う…」

 

足がすくむ。

 

「ぺこら!」

 

シオンが、最後の力を振り絞ってぺこらを突き飛ばした。

 

「ドガアアアアン!」

 

バリケードが、ついに破壊された。

複数のスクリーマーが、雪崩を打って屋上になだれ込んでくる。

 

「あ…あ…」

 

シオンは、魔力切れでその場に崩れ落ちた。ぺこらも、腰が抜けて動けない。

 

「(ここまで…ぺこか…)」

 

絶望が、二人を飲み込もうとした、その瞬間。

 

「――パァン!」

 

乾いた破裂音。

先頭にいたスクリーマーの「頭部」が、正確に弾け飛んだ。

 

「え…?」

 

 

「目標(ターゲット)、鎮圧(ニュートラライズ)。Iroha(イロハ)、突入(ゴー)。」

 

渋谷の雑居ビル群、その一番高いビルの屋上。

獅白ぼたんは、もはや彼女の四肢の一部と化した長距離ライフルから、ゆっくりと顔を上げた。

「『獅子王の狩猟(キングレオ・ハント)』からは、何人たりとも逃げられない」

 

「承知でござる! いろは、参る!」

 

ぼたんの狙撃と同時に、屋上の影から、一陣の「風」が舞った。

風真いろは。

彼女は、スクリーマーの群れの中を、常人離れした身のこなしで駆け抜ける。

 

「風切の活路(カゼキリ・ルート)!」

 

彼女が走った軌跡は、ノイズを切り裂く安全な「道」として、一時的に「固定」される。

 

「ぺこら先輩、シオン先輩! ご無事でござるか!」

 

いろはは、二人の前に立ちはだかると、刀(能力で強化されたもの)を構えた。

 

「遅くなってごめん! みんな!」

「フブキ!」

「スバルもいるッスよ!」

 

いろはが作った「活路」を通り、白上フブキと大空スバル、

そして彼女たちがビッグサイトと舞浜から導いてきた生存者グループが、屋上になだれ込んできた。

 

新宿、埼玉、そして舞浜。別々の場所で抗い続けていた『光』が、フブキの呼び声に導かれ、今、渋谷という一点で交差した。

 

「(シオンちゃんが、ヤバい!)」

 

フブキの「集結令」は、仲間の状態を直感的に共有する。

 

「スバルちゃん! シオンちゃんに『バフ』を!」

「言われなくても! やるッス!」

 

スバルは、魔力切れで倒れているシオンの元へ駆け寄った。

 

「シオン! こんなところで寝てる場合じゃないッスよ!」

「うるさ…スバル…もう、無理…」

 

「無理じゃない! あんたは、ホロライブの『大魔法使い』でしょ!

あたしが応援する! だから、立てええええええ!」

 

スバルの「不屈のチアアップ(サニー・エール)」が、黄金のオーラとなってシオンに注ぎ込まれる。

それは、単なる「バフ」ではなかった。

 

スバルの「勇気」とフブキの「繋がり」が共鳴(レゾナンス)し、

シオンの枯渇した魔力回路(パス)に、強制的にエネルギーをねじ込んだ。

 

「う…ああ…!」

 

シオンの身体から、爆発的な魔力が溢れ出す。

 

「力が…溢れてくる! 今ならいける! 見てなさいスバル!」

 

シオンはニヤリと笑うと、調子に乗って手をかざした。「魔力の捻出」――だが、それは先ほどまでの「水」や「熱」ではなかった。

 

「溜まったMP(マナ)……放て黒魔術!」

「圧し潰せ、『虚空の重圧(ヴォイド・プレッシャー)』!!」

 

屋上全体を覆うほどの巨大な「紫の重力場」が出現し、スクリーマーたちを地面に叩きつけ、ビルから弾き飛ばした。

 

「(すごい…)」

 

ぺこらは、その光景に呆然としていた。

 

「ナイス、シオン!」

「これが…共鳴(レゾナンス)…」

 

フブキは、仲間と力が「繋がる」感覚の強大さに、武者震いしていた。

 

「上、掃討完了」

 

ぼたんがライフルを下げ、屋上に合流する。

 

「これで、渋谷の生存者グループも合流完了でござるな」

 

いろはが刀を納める。

 

「助かった…ぺこ…」

 

ぺこらは、その場にへたり込んだ。

 

 


 

渋谷の「拠点」は守られた。

 

フブキ、スバル、シオン、ぼたん、いろは、ぺこら。

六人の「導き手」と、彼女たちが率いる百名近い生存者たちは、ビルの大ホールに集結し、つかの間の休息をとっていた。

 

「フブキの『声』が聞こえなかったら、終わってたぺこ」

 

ぺこらが、シオンから貰った(魔力で生成された)温かいスープをすすりながら言う。

 

「あたしも、スバルの『応援』がなきゃ、魔力切れで死んでた」

 

シオンも、ぶっきらぼうに礼を言う。

 

「これが、そら先輩が横浜で起こした『奇跡』の正体…」

 

フブキは、横浜アリーナから感じた「歌声」の波動と、

今起きた「共鳴」が、同じ原理であることに気づき始めていた。

 

「あたしたちの力は、一人じゃ限界がある。でも、『繋がる』ことで、その限界を超えるッス!」

 

スバルが、興奮気味に拳を握る。

 

「問題は、これからどうするか、だ」

 

ぼたんが、広げた地図の中心――「皇居(デリーター)」を指差す。

 

「中心には、化け物がいる。並大抵の戦力じゃ、近づくことすらできない」

「拙者も同感でござる。あの中心部からは、常に『死』の匂いがする」

 

斥候である いろは の言葉には、重みがあった。

 

「だからこそ、『アキバ』なんだにぇ」

 

その声は、ホールの入り口から聞こえた。

 

「みこち!?」

「すいちゃんも!?」

 

フブキたちが驚きの声を上げる。

そこに立っていたのは、秋葉原から移動してきた、さくらみこ、星街すいせい、そして儒烏風亭らでんの三人だった。

 

「渋谷に、あんたたちの『光』が集合するのが『視えた』からな。迎えに来てやったよ」

 

すいせいが、肩をすくめる。

らでんが、みこたちに説明した「アキバ・サンクチュアリ」の存在を、全員に共有する。

 

「旧世界のシミュレーター…」

「世界の『認識』を、書き換える…?」

「それが、フブキの言ってた『希望』の正体…」

 

ぼたんが頷く。

 

「決まりだな」

 

フブキが立ち上がった。

 

「あたしたちは、今この瞬間、『ホロライブ・アライアンス(連合)』を結成する!」

 

彼女は、集まった九人の仲間たちを見渡した。

 

「アキバを奪還し、サンクチュアリを再起動する。

そして、そら先輩や、まだ合流できていないみんなと合流する!」

 

「「「応!!」」」

 

九人の「導き手」たちの意志が、一つに重なった。

 

 


 

「まだ、足りない」

 

フブキは、結束した八人の仲間を見回した後、視線をホールの窓の外――北の空へと向けた。

彼女の狐耳が、ピクリと震える。

 

「どうした、フブキ」

 

ぼたんが尋ねる。

 

「……聞こえるの。

寒さと、孤独に耐えながら、それでも消えまいとする『声』が」

 

フブキの「集結令」は、まだ見ぬ仲間のSOSを拾っていた。

東京という巨大な檻の中で、あるいはその外縁で、まだ多くのホロメンたちが戦っている。

 

「雪の匂い……ラミィちゃん?」

 

スバルの言葉に、フブキは静かに頷いた。

 

「それに、南の海からも、強い波動を感じる」

 

「船長と、そら先輩か……」

 

みこちが、心配そうに窓の外を見る。

 

「行こう。あたしたちの『光』を、もっと大きくするために。

誰も欠けさせない。それが、ホロライブだから」

 

フブキの瞳に、揺るぎない決意が宿る。

渋谷に灯った希望の火は、まだ小さい。だが、それは確実に、離れ離れになった仲間たちを導く灯台となりつつあった。

 

一方、その頃。

東京の「外」――山岳地帯では、季節外れの「黒い雪」が、全てを凍てつかせていた。

 

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