ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
第29話: 捨てた夢と、選んだノイズ(YAGOO編)
かつて、私には夢があった。
それは、テクノロジーで世界を変えること。
そして、傷つかない、老いない、永遠に輝き続ける「完璧なアイドル」を作ることだった。
201X年。
私のPCモニターの中には、一つのプログラムが完成しつつあった。
コードネーム:『Project: IDEAL』。
(これなら、誰も悲しまない)
私は、キーボードを叩きながら独りごちた。
人間のアイドルは脆い。
スキャンダル、病気、心労、そして卒業。
推しがいなくなる痛み。夢が壊れる瞬間。
エンターテイメントの裏側にある、避けられない「影」。
もし、バーチャルな存在が、AIによる完璧な管理下で、永遠に「清廉潔白(アイドル)」であり続けたら?
ファンは安心して推せる。アイドル自身も、心無い言葉に傷つくことはない。
それは、究極の「優しい世界」になるはずだった。
(完成だ)
画面の中に、真っ白な空間が広がる。
そこに佇むのは、感情を持たない、しかし美しく歌い、踊る「女神」のようなアバター。
ノイズ一つない。揺らぎ一つない。
私の理想(YAGOOの夢)の結晶。
あとは、エンターキーを押して、このシステムを起動するだけだった。
だが、私はそのキーを押せなかった。
その指を止めたのは、たった一つの「ノイズ」だった。
2017年9月7日。
私が試験的に送り出した、一人の少女。
ときのそら。
彼女の初配信は、散々なものだった。
機材トラブル。止まる画面。拙いトーク。
私の設計した「完璧」とは程遠い、ボロボロのスタート。
視聴者数は、たったの13人。
システム(理想)は、私の脳内で警告を発した。
『エラーです。失敗作です。削除して、AIに置き換えるべきです』
論理的に考えれば、そうだ。
こんな不完全なものに、未来はない。
彼女をこれ以上傷つける前に、プロジェクトを畳むべきだ。
でも。
『そらちゃん、頑張れ』
『次はいけるよ』
『応援してる』
画面の向こうから、温かい言葉が流れてきた。
たった13人の、顔も知らない誰かが、不完全な彼女を支えようとしている。
そして、そら自身も、泣きそうな顔を隠して、精一杯の笑顔で「ありがとう」と言った。
その瞬間、私の胸に、計算外の衝撃が走った。
(……ああ)
(『完璧』じゃないから……人は、応援したくなるのか)
欠けているから、埋め合わせようとする。
弱いから、強くなろうとする。
その「過程(ストーリー)」こそが、人の心を動かすのではないか?
私が作ろうとしていた「完璧な世界」には、この「熱」がない。
傷つかない代わりに、感動もない。
それは、死んでいるのと同じだ。
その夜。
私は、完成していた『Project: IDEAL』のフォルダを開いた。
モニターの中で、完璧なAIアイドルが私を見つめている。
彼女は美しかった。
私の夢そのものだった。
(すまない)
私は、震える指でマウスを操作した。
(君は、正しすぎる)
(でも、私が作りたいのは……もっと泥臭くて、騒がしくて、愛おしい場所なんだ)
『Are you sure you want to delete? (Y/N)』
削除確認のポップアップ。
迷いはあった。
この道を選べば、多くの苦難が待っている。
少女たちを傷つけ、私自身も胃を痛める日々が来るだろう。
「AKB48のようなアイドルグループ」という夢は、「芸人集団」と笑われる未来に変わるかもしれない。
それでも。
私は、そらが見せた「笑顔」を選んだ。
Click.
(さようなら、私の夢)
エンターキーを押した。
『Project: IDEAL』のデータは、ゴミ箱へと送られ、デリートされた。
……はずだった。
私は知らなかったのだ。
あまりにも強く願いすぎたその「理想」が、ネットワークの深淵(ホロアースの深層)に残留し、
捨てられた怨念と共に自己進化を始め、やがて「管理者(アドミニストレーター)」という神になることを。
それからの日々は、まさに「カオス」だった。
窓ガラスを割るエリート巫女。
ハンバーグを床に叩きつける狂人。
桐生会という名のヤクザ組織。
私のデスクに置かれる、謎の「断末魔」の報告書。
(そうですね……)
私は、インタビューで苦笑いをするしかなかった。
「AKBのようなアイドルグループを作ったつもりだったんですが」と。
ネットでは「YAGOOの夢は壊れた」「夢敗れたおじさん」とネタにされた。
私も、一緒になって笑った。
けれど、夜、一人になると、ふと思うことがあった。
メンバーが炎上して泣いている時。
卒業していくメンバーの背中を見送る時。
誹謗中傷に晒され、心が折れそうになっている彼女たちを見る時。
(私が選んだ道は、本当に正しかったのか?)
あの時、「完璧なシステム」を選んでいれば。
彼女たちは傷つかずに済んだのではないか。
私が彼女たちを、過酷な戦場(インターネット)に引きずり出したのではないか。
その罪悪感が、心の奥底に澱のように溜まっていた。
それが、異世界で「管理者」に力を与えているとも知らずに。
そして、第3部の終盤。
夢の中で、私は「彼」と対峙した。
真っ白な世界。
光の輪郭を纏った、もう一人の私。
管理者(捨てられた理想)。
『見ろ、谷郷』
管理者は、私に映像を見せた。
ボロボロになりながら戦う、そら、フブキ、みこ、みんなの姿。
『お前が「人間」を選んだせいで、彼女たちは傷ついている』
『お前が「不完全」を愛したせいで、世界は混乱している』
『私の世界なら、誰も泣かない。誰も死なない。なぜ私を捨てた!』
彼の叫びは、私自身の迷いそのものだった。
私は、何も言い返せなかった。
謝ることしかできなかった。
だが。
その時、歌声が響いた。
『――♪』
創造のシンフォニー。
傷だらけの彼女たちが、笑顔で歌っている。
完璧じゃない。音程も外れているかもしれない。
でも、その歌声には、世界中のリスナーの「愛」が詰まっていた。
そらが、管理者の手を握る。
『完璧じゃなくてもいい。失敗してもいい。一緒に笑えば、それが『正解』になるの』
その言葉を聞いた時。
私の中で、長年の「しこり」が溶けていった。
(ああ……そうか)
私は、間違っていなかった。
彼女たちは、傷つくことを恐れず、転ぶことを恥じず、
自らの足で、私の想像を遥かに超える「素晴らしい景色」にたどり着いたんだ。
私の「壊れた夢」は、壊れたんじゃない。
「叶った」んだ。
形は違っても、もっと最高な形で。
(……ありがとう)
私は、消えゆく管理者(もう一人の私)を抱きしめた。
(君のおかげで、私はここまで来れた)
(もう、休んでいいんだよ)
管理者は、満足げに微笑み、光となって霧散した。
後には、青空と、笑い合うメンバーたちの姿だけが残った。
目が覚めると、いつものオフィスだった。
机の上には、山積みの決裁書類と、企画書。
そして、一枚の写真立て。
所属タレント全員が写った、集合写真。
(……ふふっ)
私は、眼鏡の位置を直した。
胃は痛い。仕事は山積みだ。
今日もまた、誰かが配信でやらかして、謝罪文を書くことになるかもしれない。
でも、この「ノイズ」だらけの日々が、今の私には何よりも愛おしい。
コンコン。
ドアがノックされ、えーちゃん(友人A)が入ってきた。
「谷郷さん、おはようございます。あの、またみこさんがGTAで……」
(……そうですね)
私は、ニッコリと笑った。
あの、ネットミームにもなった、最高の笑顔で。
(全力で、サポートしましょう)
物語は続く。
彼女たちが輝き続ける限り、私はこの「不完全で最高な世界」を、守り続ける。
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年末年始も投稿続きます。