ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
視点:兎田ぺこら
フェーズ:概念消去 ~ 伝説級覚醒
オチのない幕切れ
(あーあ。つまんない終わり方ぺこな)
それが、消えゆく私の、最後の感想だった。
目の前には、光り輝く「管理者」。
私の足元から、愛用していた「人参ロケットランチャー」がサラサラと砂になって崩れていく。
自慢のうさ耳も、ふわふわの衣装も、三つ編みの髪も。
「兎田ぺこら」を形作っていた全てのテクスチャが、白い光に漂白されていく。
「対象:兎田ぺこら。修正パッチ適応」
「エラー原因:『過剰な自己顕示欲』および『騒音』」
管理者の声が、脳に直接響く。
騒音。
ああ、そうかもね。
私の配信は、いつだってうるさくて、ガサツで、品がなくて。
この完璧で静寂な世界からすれば、一番いらないゴミみたいな音だったんだろうね。
「……ふざけんな、ぺこ」
口を動かそうとしたけれど、声が出ない。
喉が熱い。
悔しい。
死ぬのが怖いんじゃない。
こんな、何一つ面白くない、誰も笑えない「バッドエンド」で終わらされることが、エンターテイナーとして死ぬほど許せない。
(みんな、ごめんぺこ)
視界の端で、そら先輩が叫んでいるのが見えた。
フブキ先輩が、手を伸ばしているのが見えた。
でも、その手は届かない。
私の意識は、急速に冷えていく。
まるで、配信が終わって、PCの電源を落とした後の、あの静まり返った部屋みたいに。
(暗いな)
(寒いな)
プツン。
世界から「兎田ぺこら」の信号が途絶えた。
灰色の街、笑わない少女
「……」
気がつくと、私は雑踏の中にいた。
空は曇っている。
行き交う人々は、みんな灰色の服を着て、足早に過ぎ去っていく。
私もその一部だ。
地味なコートを着て、マフラーで顔を半分隠して、ただ流されるままに歩いている。
(ここ……どこだっけ)
見覚えのあるような、ないような街。
アキバに似ている気もするけど、決定的な何かが足りない。
派手な看板がない。
街頭ビジョンから流れる音楽がない。
そして何より――誰も「笑って」いない。
みんな、能面のような顔でスマホを見ている。
画面に映っているのは、ニュースや天気予報といった「正しい情報」だけ。
面白い動画も、ふざけたコメントも、そこにはない。
『……』
私は、マフラーを口元まで引き上げた。
寒い。
気温のせいじゃない。
この世界全体の空気が、冷たくて、乾燥していて、喉が張り付くようだ。
(私、なんで歩いてるんだろ)
家に帰らなきゃ。
でも、家ってどこ?
そもそも、私って誰?
(「兎田ぺこら」……?)
その名前が、頭の隅をよぎる。
でも、それが誰のことなのか、うまく思い出せない。
なんだか、すごく騒がしくて、生意気で、でも最高に輝いていたような気がするけれど。
今の私とは、別人のような気がする。
ふと、ショーウィンドウに映った自分と目が合う。
そこにいるのは、疲れ切った目をした、どこにでもいる少女。
華やかさの欠片もない。
オーラもない。
ただの、群衆の一人。
「そうだ。それがお前の正体だ」
頭の中で、ノイズ交じりの声がした。
「お前は『特別』なんかじゃない。ただの、孤独で臆病な少女だ」
「静かに暮せ。目立つな。笑うな。それが、この世界のルールだ」
(……そうかもね)
私は、視線を落とした。
特別なことなんて、起きない。
奇跡なんて、起きない。
私はただ、この灰色の波に埋もれて、静かに息をしていればいい。
そう思って、再び歩き出そうとした時だった。
「……ぷっ」
耳に、異質な音が飛び込んできた。
(え?)
それは、この静寂な世界にはあまりにも不釣り合いな音。
空気を震わせる、破裂音。
何かが漏れ出したような音。
「……あはっ、あはははは!」
笑い声だ。
私は、弾かれたように顔を上げた。
雑踏の向こう。
信号待ちをしている人々の群れの中で、一人の男性が、スマホを見ながら肩を震わせていた。
周りの人々は、彼を「異常者」を見るような目で見て、避けていく。
でも、彼は止まらない。
腹を抱えて、涙を流して、必死に声を殺そうとしながらも、笑い続けている。
ドクン。
私の心臓が、大きく跳ねた。
なんだろう、この感覚。
懐かしいような。
羨ましいような。
そして、猛烈に「悔しい」ような。
(君は……何を見て笑ってるの?)
足が勝手に動いていた。
私は、白い目で見られることへの恐怖も忘れて、その男性に近づいていく。
「あの……」
声をかけようとした瞬間。
彼が、ふと顔を上げた。
目が合った。
彼は、泣き笑いの顔で、私を見つめてきた。
その目は、私を知っているような気がした。
「……笑わないのか?」
彼が、小さく呟いた。
声に出していないかもしれない。
でも、確かにそう聞こえた。
「お前は、笑わなくていいのか?」
(私は……)
答えられない私に、彼はニカっと笑って、自分のスマホを突き出してきた。
「見ろよ。最高に面白いぞ」
その画面を見た瞬間。
私の世界が、止まった。
アブソリュート・ジョーカー
スマホの画面の中。
そこには、馴染みのある配信サイトのUIがあった。
でも、配信画面は真っ黒だ。
何も映っていない。
なのに。
コメント欄だけが、異常な速度で流れていた。
『いつまで寝てんだよクソガキ!』
『オチ待ってんだぞ!』
『ここで終わったら三流だぞ!』
『はよ起きんとニンジン捨てるぞ!』
『草』
『草』
『大草原』
(……あ)
文字が、目に飛び込んでくる。
ただのテキストデータのはずなのに。
一文字一文字が、熱を持っている。
体温を、感情を、魂を持っている。
『ぺこらー! 愛してるぞー!』
『お前がいないと世界がつまんねーんだよ!』
『笑わせろ! 俺たちをもっと笑わせてくれよ!』
ドクン!! ドクン!!
心臓が、早鐘を打つ。
マフラーで隠した口元が、勝手に歪む。
泣きそう?
違う。
笑いそうだ。
「……っ、くくっ」
喉から、声が漏れる。
一度漏れ出したら、もう止まらない。
「あはっ……あはははは!」
私もまた、その男性と同じように、街の真ん中で笑い出していた。
周りの人々が驚いて振り返る。
「なんだ?」「頭がおかしいのか?」
うるさい!
知ったことか!
私は、男性からスマホをひったくった(あるいは、彼が私に託したのかもしれない)。
「……ありがとぺこ」
私は、画面に向かって、かつてないほど深く息を吸い込んだ。
灰色の空気を全部吸い込んで、極彩色の光に変えるように。
「おいおい、野うさぎども!!」
私が心の中で叫んだ瞬間。
スマホの画面から、猛烈な光の柱が立ち昇った。
ズドォォォォォン!!
灰色の空を貫き、雲を焼き、管理システムの論理壁を物理的に「圧し折る」青と白の極光。
その輝きは、もはや画面の中だけには留まらない。
スマートフォンの「枠」を食い破り、私の指先を、腕を、そしてこの灰色の街そのものを、虹色のノイズで塗り替えていく!
「そんなシケたツラして見てんじゃねーぺこ!」
「これから始まるのは……伝説の喜劇(コント)ぺこよォ!!」
私は、首元のマフラーをむしり取った。
「常識」という名の拘束具を引きちぎるように。
宙に舞ったマフラーは、一億のリスナーの『好き』という熱量で着火し、七色の炎を上げる王者のマントへと変生した。
地味なコートが、内側から溢れ出す極彩色のエネルギーに耐えきれず爆散する。
現れたのは、どの銀河の宝石よりも眩しく、どの道化師よりも不敵な、あの『兎田ぺこら』だ!
その瞬間、私の背後の空中には、巨大な「スーパーチャット」の赤い帯が物理的な足場として展開され、戦場全体が「配信ライブ会場」へと強制上書き(レンダリング)されていく。
『きたああああああああああああ!』
『うおおおおおおお!!』
『待ってた!』
スマホから溢れ出した「草」のエネルギーが、街を侵食していく。
灰色のビルが、人参の塔に変わる。
アスファルトが、お花畑に変わる。
無表情だった通行人たちが、驚きのあまり顎を外してコミカルな顔になる。
「ふっ……」
私は、サングラス(どこから出した?)を装着した。
世界が、私の色に染まっていく。
「準備はいいか、お前ら!」
私は、空に向かって中指を立てた(もちろんモザイク付きで)。
「この退屈な世界を……笑いの渦に叩き落としてやるぺこ!!」
喜劇王の帰還
【ホロアース深層】
管理者は、困惑していた。
削除領域が「爆発」した。
それも、物理的な爆発ではない。
「意味」の爆発だ。
「警告。システム論理が書き換えられています」
「シリアス値:低下。コミカル値:限界突破」
「な、なんだ……このふざけたデータ改変は!?」
管理者の目の前。
空間が裂け、そこから巨大な「スマートフォンの画面」のようなゲートが出現した。
『HA HA HA HA HA HA!』
耳をつんざくようなBGM。
そして、その画面から、一人の少女が飛び出してきた。
その後ろには、数億の「草」の文字を従えて。
兎田ぺこら、再臨。
「よォ、管理者。元気してたぺこ?」
彼女は、空中に浮かぶ巨大な人参の上に座って、ニヤニヤしながら手を振った。
伝説級能力:『虚構の全肯定(アブソリュート・ジョーカー)』。
「貴様……! 世界を汚すな!」
管理者が、消去ビームを放つ。
直撃すれば即死の、絶対的な攻撃。
だが、ぺこらは動かない。
ただ、ニヤリと笑っただけだ。
「それ、ネタフリぺこ?」
ボワン!
ビームがぺこらに当たった瞬間、それは「ファンファーレ」と共に無数の紙吹雪とタライに変化した。
ガシャーン!!
頭上から降ってきた金属製のタライが、管理者の頭に直撃する。
「……は?」
管理者が目を白黒させる。
「物理法則がおかしい! なぜ攻撃が無効化される!?」
「バーカ! ぺこらの配信で、そんなマジレス攻撃が通じると思ってんのかぺこ!」
ぺこらは人参から飛び降り、ガトリング砲を構えた。
その背後。管理者の展開した「絶対秩序宇宙」の端が、ベリベリと音を立てて剥がれ落ちた。
そこから覗いたのは、木組みの骨組みと、キャンバスの裏側――。
この世界の「正しさ」なんて、彼女の笑いの前では、安っぽい舞台の『ハリボテ』に過ぎない。
「ここはもう、ぺこらの『枠』なんだよ!」
「ここでは、面白いやつが一番強い! 笑わせたもん勝ちぺこ!」
彼女は引き金を引いた。
放たれたのは、「HAHAHA」という文字の形をした、数千層に重なる高密度の感情弾。
弾丸が管理者に命中するたび、彼の背後には、虚空から突き抜けてきた『リアルな視聴者のコメント』が物理的な矢となって突き刺さる。
デバイスの境界線を突破し、多次元から注がれる「草」の奔流。
「くっ……身体が……勝手に……笑う……!?」
「あはっ、いいリアクションぺこじゃん! ほら、エンドロールの準備はいいぺこか?」
空間の端から、映画の終わりのような黒い帯(スタッフロール)がせり上がってくる。
管理者の足元を掬い、彼の存在そのものを「喜劇の一幕」としてアーカイブへ押し込もうとする、無慈悲で最高に愉快な『メタ・エンディング』。
ぺこらは、戦場を駆け回る。
その姿は、あまりにも自由で、あまりにも無敵だった。
「そら先輩! 今なら歌えるぺこ!」
「BGMは任せるぺこ!」
「うん! ありがとう、ぺこらちゃん!」
ぺこらの作った「空気」が、他のメンバーにも伝播する。
絶望的な戦場が、一瞬にして「エンタメ」のステージへと変わった。
(見てるぺこか、あの時の『彼』!)
(あんたが教えてくれたスマホの中には、こんなに楽しい世界が詰まってたぺこよ!)
ぺこらは、カメラ(第四の壁)に向かって、最高のドヤ顔を決めた。
「さあ、ラストまで駆け抜けるぺこよ!」
「この物語のオチは……全人類の『笑顔』ぺこ!!」