ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
視点:紫咲シオン
フェーズ:概念消去 ~ 伝説級覚醒
【白い空間】
私の身体が、足元から「データ」の光になって分解されていく。
「嘘でしょ……ウチの魔法が、効かない……?」
必死に詠唱した黒魔術は、管理者の指先一つで霧散した。
杖は折られ、帽子は踏みつけられた。
圧倒的な「現実(リアル)」という名の暴力。
『対象:紫咲シオン。構成要素:『傲慢』『妄想』『生意気』』
『判定:社会的不適合。修正パッチを適用する』
「やだ……離せよ……!」
身体が動かない。
悔しさで視界が滲む。
何が大魔法使いだ。何がハーバード卒だ。
結局、ウチはただの口だけのガキだったのか?
みんなを守るどころか、自分の記憶さえ守れないなんて。
「……みんな……ごめん……」
「ウチ、なんにもできなかった……」
『さようなら。次は『まともな大人』として目覚めなさい』
意識がブラックアウトする。
最後に残ったのは、情けない自分の泣き顔と、「もう二度と、魔法なんて信じない」という強烈な自己嫌悪だけだった。
【大学:大講義室】
「……さん。紫咲さん!」
「……さん。紫咲さん!」
「……あ?」
顔を上げると、教授が不機嫌そうに私を見下ろしていた。
大講義室。何百人もの学生。
私は、ただのその中の一人。
「また居眠りか。単位、足りてるんだろ?」
「……すみません」
口から出たのは、死ぬほど聞き分けのいい謝罪。
パーカーのフードを深く被り直す。
今の私は、どこにでもいる、やる気のない大学生・紫咲。
重い。
空気が重い。リュックが重い。
この世界には「重力」という絶対的な鎖がある。
空を飛ぶ? 瞬間移動?
ハッ、寝言は寝て言えよ。
私はスマホの画面を見る。SNSには「就活」「内定」「現実」の文字。
「だっる……」
魔法なんてない。
あるのは、バイトのシフトと、奨学金の返済と、ため息が出るような退屈な未来だけ。
私は「特別」なんかじゃなかった。
ただの、口が悪くて態度のデカい、量産型のモブだったんだ。
【帰り道:夕暮れの公園】
コンビニバイトの帰り道。
廃棄の弁当が入った袋をぶら下げて歩く。
みじめだ。
元・大魔法使いの成れ果てがこれだ。
公園の横を通りかかった時、甲高い声が聞こえた。
「お前、どんくせーんだよ!」
「帽子返してほしかったら取ってみろよー!」
小学生のいじめっ子グループ。
その中心で、突き飛ばされている小さな女の子。
髪の色は、鮮やかなピンク色。
頭には、泥で汚れた青いリボン。
「……ッ」
心臓が跳ねた。
あの子を知ってるわけじゃない。
なのに、胸の奥がざわつく。
『シオンちゃーん!』『ねぇねぇ!』
脳内にこびりついている、あのウザくて、愛おしい声。
「関わるな」
そう言い聞かせて、足を早める。
逃げろ。見なかったことにしろ。
そうやって生きていくのが「大人」なんだろ?
【車道付近】
プァァァァァァァッ!!
空気を切り裂くトラックのクラクション。
振り返ると、いじめっ子たちが投げた帽子を追って、あのピンク髪の子が車道に飛び出していた。
信号は赤。
トラックは減速していない。
物理的に、衝突は不可避。
「あ……」
思考が止まる。
「助からない」
「今から走っても間に合わない」
「私が飛び出せば、私も死ぬ」
管理者の声が聞こえる。
「見捨てろ。お前に救える命はない」
正論だ。完璧な論理だ。
でも。
「――うるっせぇんだよ、バカ!!!!」
理屈より先に、身体が勝手に弾け飛んでいた。
魔法? ない!
バリア? ない!
あるのは、この貧弱な足と、沸騰した脳みそだけ!
アスファルトを蹴る。靴底が悲鳴を上げる。
排気ガスの熱風。死の恐怖。
でも、あんな色の髪をしたバカが、目の前で潰れるのなんて見たくない!
「どけぇぇぇぇぇぇッ!!」
私は、女の子に向かって、無様に頭から突っ込んだ。
ドォン!!
衝撃。
世界が回る。
コンクリートに叩きつけられる痛み。
肘と膝から、じわっと熱いものが流れる。
……。
…………。
目を開けると、ガードレールの内側だった。
トラックは数メートル先で止まり、運転手が怒鳴り散らしている。
私の腕の中には、気絶しそうな顔をしたピンク髪の女の子。
「……っ、だっ、っ……」
痛い。死ぬほど痛い。
服はボロボロ。最悪だ。
でも、心臓は動いてる。こいつの心臓も、動いてる。
【夜の公園】
その後は最悪だった。
警察には怒られ、運転手には怒鳴られ、野次馬にはジロジロ見られ。
女の子の親が来て、ペコペコ頭を下げられたけど、私は「あー、うん、大丈夫なんで」と逃げるように立ち去った。
「……ついてない」
公園のベンチに座り込む。
膝の怪我が痛む。
結局、私は泥だらけの迷子だ。
魔法使いになんて、なれっこなかったんだ。
「おねえちゃん」
不意に声をかけられた。
さっきのピンク髪の子だ。
モジモジしながら、私の前に立っている。
「……なに? お礼ならいいよ、帰んな」
私はわざと冷たく言った。
でも、女の子はニシシ、と悪戯っぽく笑って、一枚の紙切れを押し付けてきた。
「これ、あげる! おねえちゃんにぴったり!」
そう言うと、あっかんべーをして、走り去っていった。
「は? なんだあいつ……」
手元に残されたのは、チラシの裏にクレヨンで書かれた手紙。
字が汚い。ミミズがのたうち回ったみたいな字。
そこには、こう書かれていた。
『まほうつかい(?)の おねえちゃんへ』
『ころがりかた、めっちゃ ダサかったよ!ww』
『かおも ドロドロで ちょーウケる!』
『でも まぁ……』
『たすけてくれて ありがとう。』
『死ぬなよ! バーカ!!』
時が止まった。
「……は?」
ダサい? ウケる? バカ?
命の恩人に向かって、なんだこの口の利き方は。
「……ふっ」
乾いた笑いが漏れた。
それから、肩が震えだした。
「……くっ、ふふっ……あはははは!」
笑いが止まらない。
なんだよこれ。
「ありがとう、かっこいいお姉ちゃん」なんて言われるより、100億倍……。
「しっくり、来るじゃねーか……!」
この生意気さ。この煽り。
まるで、私の配信のコメント欄みたいだ。
まるで、あの玉ねぎ頭の相棒みたいだ。
『ダサかったよw』
『バーカ!』
その罵倒の文字が、私の胸の中で燻っていた残り火に、ガソリンを注いだ。
そうだ。私は優等生じゃない。
「紫咲さん」なんてガラじゃない。
私は、生意気で、口が悪くて、煽り合いが大好きな……。
「クソガキ魔法使い様だろーがよ!!」
私は手紙を握りしめた。
ボッ!
手紙が紫色の炎になって燃え上がる。
それは灰にならず、一本の「黒檀の杖」へと姿を変えた。
「(上等だよ……!)」
私は立ち上がった。
膝の痛み? 知るかよ。
ニヤリと笑う。世界で一番生意気な笑みで。
「ウチを『ダサい』って言ったこと……」
「本物の魔法で、後悔させてやるからな!」
【上空:管理者の領域】
『警告。対象の魔力数値、測定不能。エラー。エラー』
管理者の空間に、赤い警告灯が点滅する。
私は、宙に浮いていた。
足元の重力? そんなもん、ウチの気分次第でどうにでもなるんだよ。
「おい管理者。さっきウチのこと『無力』って言ったよな?」
私は杖を突きつけた。
その先端には、さっきの手紙から溢れ出した紫色の炎が渦巻いている。
「ウチ一人なら、そうかもね。でもさぁ……」
ニヤリと笑う。
空間に、亀裂が入る。
その亀裂から、ドロドロとした、でもキラキラと輝く「文字の濁流」が溢れ出してくる。
『シオンよー、やっと起きたか』
『寝坊しすぎ』
『ダッサw でも好き』
『生きろよクソガキ!』
『愛してるぞバーカ!』
塩っ子(リスナー)たちだ。
あの子の手紙が鍵(キー)になって、閉ざされていたゲートが開いたんだ。
「聞こえる? この汚くて、うるさくて、最高の雑音(ノイズ)が」
『理解不能。これらはただの悪口だ。精神的ダメージになるはずだ』
「ハッ! バッカじゃないの?」
私は、降り注ぐ罵倒を全身で浴びた。
痛くない。
むしろ、体の奥底から力が湧いてくる。
あいつらの「バーカ」は「頑張れ」だ。
あいつらの「草」は「魔力」だ。
「ウチらはね、こうやってプロレスして生きてきたんだよ!」
【魔法詠唱】
私は杖を高く掲げた。
管理者を見下ろす。
さあ、見せてやるよ。ハーバード卒(自称)の超高密度言語魔法を。
……すぅ。
息を吸い込む。
世界中の空気を支配するように。
「――天に星、地に花、ウチには生意気な愚民ども!」
私の言葉に合わせて、空間に紫色の魔法陣が幾重にも展開される。
一つ、二つじゃない。百、千、万。
視界を埋め尽くす幾何学模様。
「我は謳う! 常識? 退屈? そんなモンは燃えるゴミに出した!!」
「聞けよ世界! 重力なんてウチの『わがまま』の前じゃ無意味なんだよ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
大気が震える。
リスナーのコメント一つ一つが、魔法陣のルーン文字として吸い込まれていく。
『草』が爆発の術式に。
『w』が連射の術式に。
『かわいい』が……まあ、防御バフくらいにはしてやるか!
「昏き深淵、紫の瞳! 黒魔術の真髄はここにある!」
「優等生の仮面は割れた! 泥だらけの服こそが正装だ!」
「笑え! 呆れろ! そしてひれ伏せ!!」
「ウチが! 紫咲シオン様が! 帰ってきたんだよおおおお!!!」
魔力が臨界点を超える。
私の背後に、巨大な紫色の三日月と、禍々しくも美しい翼が出現する。
管理者の白い空間が、私の「色」に侵食されていく。
『解析不能! システム崩壊! 止めろ、これ以上は――』
「止まらねーよ! お前が始めたんだろ!?」
私は杖をライフルのように構えた。
先端に、全リスナーの魂と、私の全プライドを圧縮する。
「詠唱続行(アンコール)!!」
「(汝、傲慢なる理性の牢獄よ!)」
「(この『クソガキ』のエネルギー係数を計算してみろ!)」
「(答えは無限大(インフィニティ)だ、バーカ!!!)」
7. 必殺技:メイジ・オブ・バレット
極限まで圧縮された魔力が、黒い極光となって唸りを上げる。
狙うは、この灰色の世界の「核(コア)」。
「あの子がくれた『魔法使い』の称号……」
「この一撃で、証明してやる!!」
私は叫んだ。
喉が裂けてもいい。
今、この瞬間、世界で一番かっこいいのは私だ!
「全弾装填(フル・ロード)!! リスナーの愛(罵倒)を力に変えて!!」
「穿てぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
「最終奥義――『メイジ・オブ・バレット』!!!!」
ズドォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
放たれたのは、弾丸なんて可愛いものじゃなかった。
それは、紫色の奔流。
数億のコメントが、螺旋を描いて敵を食い破る「言葉の光線(ビーム)」。
『いけえええええええ!』
『最強! 最強!』
『シオンちゃんかっこいいいい!』
リスナーの声が弾頭となり、管理者の絶対防御を紙切れのように貫通する。
『ガ、ガガ……ありえ、ない……非科学的、だ……』
『これが……魔法……!?』
「そーだよ! ビビったか!!」
光の中で、私はニカっと笑った。
「理屈じゃねーんだよ!」
「ウチらが『ある』って言ったら、あるんだよおおお!!」
カッッッ!!!!
視界が真っ白に染まり、そして――鮮やかな「紫色」に塗り替えられた。
灰色のビルも、重たい空気も、全部吹き飛んだ。
【公園:エピローグ】
気がつくと、私は元の公園に立っていた。
空は晴れ渡り、綺麗な青空が広がっている。
服は泥だらけのまま。膝の傷もそのままだ。
でも、手の中には、確かに「黒檀の杖」が握られている。
「……ふぅ。あっぶねー、魔力切れで倒れるとこだった」
私は大きく息を吐いて、ベンチにドカッと座った。
スマホを取り出す。画面の割れはそのままだが、通知が止まらない。
Twitter(X)も、YouTubeも、みんなが「シオンちゃん!」って叫んでる。
「……へへっ」
画面を撫でる。
やっぱり、この騒がしい世界が一番だ。
「あ! おねえちゃん!」
遠くから、あのピンク髪の女の子が走ってくるのが見えた。
その後ろには、玉ねぎ頭のメイド服っぽい影も、幻影として見えた気がした。
私は立ち上がり、ローブの裾を払った。
帽子を被り直す(いつの間にか戻っていた魔女帽を)。
「待たせたな、塩っこたち!」
私は空に向かって、Vサインを突き上げた。
「第2章、開幕だ!」
「ウチについてこれる奴だけ、ついてきな!」
世界はもう、灰色じゃない。
生意気で、やかましくて、最高に鮮やかな魔法の色だ。
「ね、わかる?」