ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜   作:miyacchi_novel

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本編ではホロライブではない方が出ます。ご了承ください。
タイトルのXXXはあえてです。
ホロライブの方同様、実際の方とは無関係です。


サブストーリー:母親(XXX編)

視点:XXX

時系列:if

場所:アキバ・サンクチュアリ市街地

 

---

 

1. 巻き込まれた女子高生(16歳)

 

(なんで私が、こんな目に遭わなきゃいけないんですか!?)

 

私は、しぐれうい。

どこにでもいる、清楚で可憐な16歳のイラストレーター(兼VTuber)です。

 

今日はちょっと、仕事の息抜きに、愛すべき娘(スバル)が頑張っている姿を遠くから見守りに来ただけ。

親心っていうやつです。授業参観みたいなものです。

 

それなのに。

 

『ゴガガガガガッ!!』

 

目の前で、慣れ親しんだ秋葉原のビルが、まるで砂のお城みたいに崩れていく。

空は、不吉なWindowsのエラー画面みたいな赤色(警告色)に塗り潰され、

ひび割れたアスファルトの隙間からは、ドロドロとした黒い「ノイズ」が際限なく溢れ出している。

 

「いやあああああ!? お助けぇぇぇぇ!!」

 

私は、愛用のベレー帽が風で飛ばされないよう必死に押さえながら、瓦礫の山を全力疾走していた。

右手に握りしめているのは、対空ミサイルでもレーザー銃でもない。

使い慣れたスケッチブックと、いつものGペンだ。

 

重い。

液晶タブレットじゃないから軽いな、なんて言ってる場合じゃない。

こんなアナログ画材で、あんな物理法則を無視した化け物たちと戦えるわけがない。

 

(スバル! スバル、どこなの!?)

 

あの子は、ホロライブのアイドルだ。

「大空警察」だなんだと言われながらも、この仮想世界の平和を守るために戦っている。

それは頭では理解している。

 

親しくさせて頂いてるホロライブの面々が、命がけで戦っていることも。

 

でも、私にとっては、いつまで経っても「手のかかる娘」なのだ。

部屋の片付けはできているのか。

ちゃんとご飯を食べているのか。

そして今、ボロボロになって泣いていないか。

 

心配で、居ても立ってもいられなくて。

締切間近の原稿を放り出して(担当さん、ごめんなさい!)、気付いたらこの「終末の戦場(サンクチュアリ)」に足を踏み入れていた。

 

『ギギ……排除……ガイブ者……排除……』

 

不意に、黒い影が私の行く手を阻むように立ちふさがった。

管理者が放った掃除屋、「デリーター」だ。

人型を模してはいるが、顔がない。

ただ、ノイズ走る液晶のような「何か」が、私を凝視しているのが分かった。

 

「ひぃっ!? どちら様ですか!? 取材なら後日でお願いします!!」

 

私は急ブレーキをかけ、勢い余って尻餅をついた。

アスファルトの熱が、生々しく伝わってくる。

 

無理無理無理。

私はただの可憐な絵描きですよ?

運動神経なんて、小学校の運動会で万年びりだったレベルですよ?

ダンスの練習を数分しただけで、酸素吸入器が必要になるインドア派の極致ですよ?

 

デリーターの腕が、ギチギチと音を立てながら、巨大な鎌のように変形していく。

それがゆっくりと振り上げられる。

 

(終わった……)

(私の16年の短い生涯、こんなところで幕引きですか……)

(まだ、新刊の装丁も決まってないし……何より、スバルにさよならも言ってないのに……!)

 

死の恐怖。極限の緊張。

その時、私のパニックに陥った脳が、真っ白なキャンバスに「一筆」を走らせた。

生存本能が、かつて配信という名の狂気の中で生み出した「一番くだらない攻撃(ネタ)」を、無理矢理引き摺り出したのだ。

 

「――ういビームッ!!」

 

声が、勝手に響いた。

それは、小学生が休み時間にやる「ごっこ遊び」の延長。

数多の切り抜き動画で擦り尽くされた、ただのハッタリだったはずだ。

 

なのに。

 

ズドォォォォォォォォォォン!!

 

「え……?」

 

私の指先から、極太の熱線(ビーム)が放たれた。

ドピンク色の、とてつもなく偏差値の低そうな光。

それが、殺意を持って迫っていたデリーターを優しく(物理的に)包み込み、

周囲の瓦礫もろとも、彼方を地平線まで消し飛ばした。

 

「……えぇ……? 何今の……怖い……」

 

私は、白煙を上げる自分の指先をまじまじと見つめた。

嘘でしょ。

あれ、ただの「視聴者さんへのサービス(笑)」ですよね?

なんでホロアースの物理演算エンジンが、私の『可愛いポーズ』を破壊兵器として処理してるんですか?

 

『……解析……対象……コードネーム「UI」……』

『……警告。該当データ、ホロアース・アーカイブに存在しません……』

『……検索ヒット……「しぐれうい」……職業:創造主(EXTERNAL CREATOR)……』

『……リソース権限:最上位……システム・オーバーライドを確認……』

『……判定:論理外の「神」と認定。全力でデリートせよ……』

 

生き残ったデリーターたちが、ノイズの悲鳴を上げながら、警戒レベルを跳ね上げる。

 

「違います! プロフィールを捏造しないでください! 私はただのイラストレーターですぅ!!」

 

私の悲痛な冤罪の叫びは、次々と押し寄せる敵の足音にかき消された。

 

---

 

2. 母と娘

 

「う、ういビーム……ういビーム! もう、これ何の発射音なのよ!」

 

私は、涙目で指先から桃色の破壊光線を連射しながら、戦場を突き進んでいた。

撃つたびに、コツコツと積み上げてきた私の「清楚」という名の黄金の塔が、音を立てて崩壊していく。

全世界のアーカイブに、私がビームを乱射して無双する姿が残ってしまう。

 

これ、後で見返したら確実に寝込むやつだ。

一週間はSNSの通知をオフにしないといけないやつだ。

 

でも、止まれない。

この恥ずかしい力を使わなきゃ、娘のところへ辿り着けないから。

 

地面を滑り、瓦礫を飛び越え、私の白ソックスはすでに泥だらけだ。

インドア派の私がこれだけ動いているなんて、奇跡以外の何物でもない。

 

そして。

崩れかけた噴水広場の中央で、私は「彼女」を見つけた。

 

「スバル!」

 

大空スバルが、膝をついていた。

トレードマークの黄色い帽子はどこかへ吹き飛び、ボーイッシュな制服はボロボロに裂けている。

彼女の周囲には、数十、いや数百体ものデリーターが、黒い雲のように群がっていた。

 

「……はぁ……はぁ……嘘、だろ……? 母、ちゃん……?」

 

スバルが、信じられないものを見る目で、地面を這う私(と、その指先から出るビーム)を見た。

当然の反応だ。

戦う力を持たないはずの母親が、ビームを乱射しながら敵陣を真っ二つにして現れたのだから。

 

「なんで……ここに……危ねぇって……! ここは母ちゃんが来る場所じゃ……!」

 

スバルが、震える声で叫ぶ。

その喉は、叫びすぎたのか、乾いて枯れていた。

彼女の武器であるメガホンも、今は火花を散らして沈黙している。

 

それでも。

あの子は折れそうな足で立ち上がろうとしていた。

ボロボロの体で、私の前に立ち、私を守ろうと、拳を握りしめていた。

 

(ああ、もう)

(本当に。手のかかる子なんだから)

 

私は、スバルの前に滑り込むように割り込んだ。

私の細い背中。

運動不足で、華奢で、頼りない。

でも、今この瞬間だけは、世界中のどんな城壁よりも厚い壁になって見せなきゃいけない。

それが、彼女のデザインを決めた「親」の責任なのだから。

 

「アンタこそ、親に向かって生意気言うんじゃないわよ、この17歳(公称)!」

 

私は、震える手でGペンを、まるで伝説の聖剣か何かのように構えた。

 

「母ちゃん……何してんだよ、逃げろよ……!」

 

「親っていうのはね、子供が泣きっ面を晒してる時に、ドヤ顔で助けに来るためにいるの!」

 

デリーターたちが一斉に、黒い津波となって襲いかかってくる。

ビームだけじゃ、数が多すぎる。

出力が追いつかない。

リロード(ポーズの取り直し)が間にわなない。

 

なら。

 

「『筆致の創造(ドローイング・ライフ)』――全部レイヤー統合して消し飛ばすわよ!」

 

私は、虚空にGペンを走らせた。

私の軌跡に合わせて、光の線が実体化する。

バリケード。落とし穴。物理演算を無視して空から降ってくる巨大なタライ。

さらには、真っ赤な「×印」のステッカー。

 

「な、なんだこれ!? 母ちゃん、チートか!? 運営に通報されるぞ!?」

スバルが目を丸くして、呆然と目の前の惨状を見つめている。

 

「失礼ね! これは私の、血のにじむような『画力』の成果よ!」

 

格好よく言ってはみたけれど。

私の心臓は、今にも口から飛び出しそうだった。

腕の筋肉が悲鳴を上げている。

鉛筆一本より重いものを持つ習慣がない私に、この現実は過酷すぎる。

 

インク(魔力)の消費が激しすぎる。

そもそも、私はこの「ホロアース」の正規の住人じゃない。

あくまでゲスト。招かれざる「外部の神」。

世界そのものが、私の異物感を察知し、凄まじい「排斥圧(ラグ)」となって私を押し潰そうとしている。

 

(まずい……このままじゃ、私が先に消える(ログアウトする)……)

 

ズドン!

一匹の巨大な個体が、バリケードの隙間を縫って、私に触れた。

鋭いノイズの爪が、私の横腹を激しく掠める。

 

「痛っ……!!」

「母ちゃん!!」

 

スバルが、叫びながら飛び出してこようとする。

ダメ。

あの子は今、立ち上がることさえ奇跡に近い状態なんだ。

これ以上、娘に傷を負わせるわけにはいかない。

 

「来るなッ!! 動くんじゃないわよ!!」

 

私は、全力の怒鳴り声で彼女を止めた。

脇腹から、熱い感覚が広がる。

痛い。怖い。おうちに帰ってアニメ見たい。

今すぐPCの電源を強制終了して、布団に潜り込みたい。

 

でも、ここで私が膝をついたら、この子が消えてしまう。

私が「一番元気で、一番太陽みたいに笑う女の子」にしたいと願って、心を込めて筆を置いた、最高傑作が。

 

(そんなの、クリエイター(母親)として、絶対に許せるわけないでしょ……!)

 

現実(メタ)が、ゲーム(バーチャル)に負けてどうする。

私は、覚悟を決めた。

清純派の、最後の砦を。

しぐれういという名の、残された一抹の「社会的尊厳」を。

この世界一、生意気で可愛い娘のために、セールのワゴンに投げ捨てる決意をした。

 

「……スバル。ちょっと、耳塞いで、100まで数えてて」

 

「え? なに、急に……」

 

「あと、後ろを振り返ったら、即座に親子縁組を解消するから。いい?」

 

私は、もう折れかかっていたGペンを、そっと地面に置いた。

小手先の技術(アート)じゃ、この秩序だったシステム(地獄)は壊せない。

この世界の基幹プログラムを強制的に書き換えるには、もっと理不尽で、もっと暴力的な……。

そう、世界中の人間を狂わせた、「狂信(バズ)」の力が必要だ。

 

(あーあ……これで私の『清楚』は、宇宙の塵になるんだな)

(またSNSで、変なクソコラが作られるんだろうな)

(でも、いいよ。スバルが笑える世界を守れるなら、私のプライドなんて安いものだ(……高かったけどな!))

 

私は、大きく、腹の底から息を吸い込んだ。

インターネットの深淵に溜まった、数多の「欲望」と「業」が、私の体に流れ込んでくるのを感じた。

 

---

 

3. 9歳の神域(ロリゴッド・レクイエム)

 

『警告。警告。空間強度が限界値を突破』

『未確認エネルギー、計測不能……これは……「祈り」ではありません……』

『蓄積された「インターネットの欲望(インデックス)」が限界を超えました』

『カテゴリーエラー。対象の年齢データが、秒単位で減少しています』

『16歳……14歳……12歳……ERROR……9歳……』

『判定:システム構成ファイル「UI_MAMA.sys」が、創造特権(ROOT)による強制書き換えを開始しました』

 

周囲のデリーターたちが、まるで見えない重圧(プレッシャー)に圧し潰されるように、その場に平れ伏していく。

私の体が、眩いばかりの、それでいてどこか「毒々しい」桃色の光に包まれる。

 

視界が急激に低くなる。

手足が、ぷにぷにとした、幼児特有のフォルムへと短くなっていく。

私が大切にしていた清楚なセーラー服が、フリルの過剰な、それでいてどこか既視感のある「9歳の戦闘服」へと、無理矢理書き換えられていく。

 

「母、ちゃん? なにその……なんでランドセル背負ってんの……?」

スバルが、震撼とした表情で呆然としている。

見るなと言ったのに、あの子は。

 

私は、黄色い帽子を深く被り直した。

防犯ブザーを、聖剣のトリガーのように握りしめた。

そして、この世界(ホロアース)の全OSに向けて、強制的な「再生コマンド」を叩き込んだ。

 

『デーン! デーン! デーン! デーン!』

 

地平線の彼方から、胃を揺さぶるような重低音のビートが響き渡る。

かつてインターネットという広大な深海を、一夜にして焦土に変えた、あの悪魔のイントロ。

 

「……あーもう、見てなさいよ! これが神(クリエイター)の力だぁぁぁ!!」

 

私は、ステップを踏み出した。

恥じらい? 冥王星に捨ててきた。

尊厳? ゴミ集積所で燃やしてきた。

今の私は、しぐれういという個体じゃない。

数億回の再生数という「業」を背負った、歩く大量破壊コンテンツ。

最悪の神格化、「ロリ神」だ!

 

「粛清!! ロリ神レクイエム☆」

 

ズガガガガガガガアアアアアアアアアアン!!

 

私が、可愛さ(殺意)を込めたポーズをキメた瞬間。

天空から、極太の、それでいてキラキラしたハート型散布を伴うレーザーが、雨瑳のごとく降り注いだ。

デリーターたちが、断末魔さえ上げられず、文字通り「お星様」になって消えていく。

 

これは物理的な干渉じゃない。

「世界観の強制上書き(メンタル・テラフォーミング)」だ。

管理者が作った「シリアスな終末」というフォルダが、私の「カオスなネタ動画」というファイルによって、無惨に上書きされていく。

 

この領域(ビート)に触れた者は、管理者の命令を忘れる。

代わりに、「うい・びーむ」という名の祝福(呪い)を浴び、

あまりの尊さと、情報の密度の高さに耐えきれず、幸福なままデータが飽和(尊死)していく。

 

「ちょ、えええええええ!? 怖い怖い怖い! 何このBGM! 何この歌詞!?」

スバルが耳を押さえながら絶叫している。

 

『うい! ビーム! うい! ビーム!』

 

私は踊る。

溢れ出る涙を堪えながら。

心臓が「死にたい」とビートを刻むのを無視して。

ステップを踏むたびに、不可触の衝撃波が広がり、黒いノイズを洗浄していく。

ターンを決めるたびに、周囲の廃墟が、一瞬にしてカラフルなミュージックビデオのセットへと変貌する。

 

(嫌だああああああ!)

(誰か、誰か助けて! 今すぐ私のネット回線を物理的に切断して!)

(なんで私がこんな神聖な最終決戦の場で、全世界に向けて特大の黒歴史を射出しなきゃいけないんですか!?)

 

「助けて! 捕まる! 助けて! 捕まる!」

 

歌詞に合わせて叫ぶたび、周囲の「現実」が壊死していくのを感じる。

管理者の支配する無機質な「秩序」が、私の解き放った制御不能の「カオス」によって、ドロドロに溶かされていく。

管理者戦のシリアスな空気感は、もはや塵一つ残っていない。

そこにあるのは、一人のイラストレーターの、尊厳を代償にした「奇跡」だけだった。

 

システム側のエラーメッセージが、空中を際限なく流れていく。

『……ERROR: 不適切なコンテンツを検出……』

『……DELETION FAILED: 対象の「信仰度(インプレッション)」がシステム許容量を凌駕しています……』

『……管理者権限を剥奪されました。現在の権限保持者:9才児の神……』

 

「はぁ……はぁ……もう……ヤダ……明日から、外歩けない……」

 

最後のポーズ。

必死のウインクと共に放たれた、出力200%の「ハート型熱線」が、

広場を埋め尽くしていた数千のデリーターを、地表の分子ごと、完全にクリーンアップした。

 

---

 

4. 創造主の余談

 

静寂が戻った。

極彩色の空間は霧のように霧消し、ひび割れたアスファルトの、元の静かな広場が顔を出す。

空中を浮遊していた歌詞のテロップも消え失せ、

私の体も、元の「清楚で可憐な(死んだ魚の目をした)16歳」の姿に戻っていた。

 

「……」

 

私は、その場に膝から崩れ落ちた。

体力的な限界じゃない。

魂の、根本的な何かが、ぽっかりと抜け落ちたような感覚だ。

「清楚」という名の、私の背負っていた重い看板が、今、宇宙の果てへ飛んでいった音がした。

 

「……か、母ちゃん?」

 

スバルの、震える声が聞こえる。

それは、英雄を見る目というよりは、

「え、人間ってこんなことできるの?(引)」という、純粋な驚愕と戸惑いに満ちていた。

 

「……何も言うな」

 

私は、地面に突っ伏したまま、消え入りそうな声で呻いた。

 

「今見たことは、全て幻だ。ホロアースのバグだ。SNSに一文字でも書いたら、一生その衣装のレイヤーを統合してロックしてやるから」

 

「あ、うん……すごかったよ、母ちゃん。なんか、スバル、今まで見たどんな化け物よりも、今の母ちゃんの方が怖かった……」

 

スバルが、おそるおそる近づいてきて、私の隣に静かに腰掛けた。

そして、彼女は自分のボロボロの腕で、私の震える肩を、優しく、ポンポンと撫でた。

 

「……ありがとな。本当に、助かった」

 

「……」

 

「でも、来てくれて、嬉しかった」

 

その手の、僅かな温かさ。

「娘」が、母親に見せる、不器用な感謝の触れ合い。

その瞬間に、私のズタズタになったメンタルは、ほんの少しだけ、修復された気がした。

 

まあ、いいか……。

私の社会的地位が絶滅を迎えようと、

スバルが、無事であったなら。

私がデザインした、この世界で一番まっすぐで、一番騒がしくて、一番輝いている太陽が、

まだここで燃え続けてくれるなら。

尊厳の一つや二つ、……いや、やっぱり高い買い物だったけど、……後悔はしない。

 

「……勘違いしないでよね」

 

私は、重い頭を上げた。

頬を撫でる風が、少しだけ冷たくて心地いい。

 

「私はただ、自分の作品がボロボロになって、評価(エモさ)が下がるのを防ぎに来ただけだから。リテイクよ、リテイク!」

 

「はいはい。母ちゃんは、本当に素直じゃねぇなぁ!」

 

スバルが笑う。

いつもの、私の大好きな、騒がしくて爽快な、大空スバルの笑顔だ。

この笑顔を守るためなら、まあ、たまには神様なんて汚れ役も、悪くないかもしれない。

 

「さあ、立ちなさい。主役は、最後までステージを降りちゃダメでしょ」

 

私は立ち上がり、泥だらけになった手を、スバルに差し出した。

 

「アンタは、あの子たちのところへ行きなさい。私の仕事は、アンタを『最高の状態』で舞台へ送り出すところまでよ」

 

「……! うん、分かった! 行ってくる、母ちゃん!」

 

スバルが私の手を、力強く握り返した。

その手の力強さは、先程までの絶望を、もう微塵も感じさせなかった。

彼女は、再び走り出した。

仲間の待つ、最終決戦の最前線へ。

誰よりも速く、誰よりも熱く。

 

私は、その眩しい背中が、光の中に消えていくのを、いつまでも、いつまでも、見送っていた。

もう、ビームを撃つ気力も、踊り狂う尊厳も、一ミクロも残っていない。

あとは、任せたよ。

ここから先は、私が描く予稿(ラフ)を、アンタ自身の力で『決定稿』にする時間なんだから。

 

私は、地面に落ちていた、ボロボロになったスケッチブックを拾い上げた。

そこには、今にも叫び出しそうな、とびきり元気な「大空スバル」の姿が、

血と汗と、そして消せない羞恥心の中で描いた、渾身の一筆として刻まれていた。

 

(さて……帰ったら、誰にも見つからない深山の温泉にでも沈も)

 

創造主の仕事、これにて本当に、終了。

ここから先は、筆を置き、一人の視聴者(ファン)として、

彼女たちが紡ぎ出す、伝説の終幕を、見届けることにしよう。

 

 

 

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