ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜   作:miyacchi_novel

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昨日に引き続きホロライブのメンバーは出ませんが、ほっこりとしたお話をお楽しみください。


サブストーリー:灰色世界の越冬日誌 ――親愛なる導き手たちへ

 

 

 静寂。無音。絶望。

 渋谷の地下。かつて地下鉄の駅だった場所は、今や数百人の難民が身を寄せ合う「シェルター」と化していた。

 首を垂れる信号機。主を失った墓標のように影を落とすビル群。電子音一つしない、耳が痛くなるほどの静寂。

 それがこの「灰色世界」の日常。

 

 だが、そんな廃墟の一角。地下鉄出口に近い雑居ビルの地下一階にある「元・純喫茶」だけは、どこか異質な、そして温かい空気を漂わせていた。

 

「よし。これで一分。……ふー、ふー、……めしあがれ」

 

 重厚なカウンターに置かれたのは、湯気を立てる陶器のカップ。中に入っているのは、どこかの倉庫から掘り出してきた粉末のココアだ。

 それを出したのは、目深にフードを被った少女。彼女の指先には、まだ淡い紫色の光が、名残惜しそうに揺れていた。

 

「サンキュー。助かるよ。この気温だと、火をおこすだけでも一苦労だからな」

 

 カップを受け取ったのは、赤い巫女装束を現代風にアレンジしたジャケットを着た青年だ。彼は「35P」と書かれた缶バッジを大切そうに胸に付けている。

 

「勘違いしないでよね。アンタのために使ったんじゃなくて、あたしが飲みたかったついでなんだから。……シオン様の魔力をこんなことに使ってるのがバレたら、きっと『生意気ー!』って怒られるわ」

 

 少女は口を尖らせながら、自分のカップを啜る。彼女は紫咲シオンのファン――通称『塩っ子』の一人だ。

 大静寂以降、一部のファンたちは、推しとの精神的な繋がりに応じて、その能力の極一部を引き継ぐようになった。これを『微細共鳴(マイクロ・シンクロ)』と呼ぶ。

 

 彼女の場合は、それが「熱と光の抽出」だった。

 電子レンジもガスコンロも死んだこの世界で、指先一つで液体を完璧な適温に温め、湿った薪を無理やり着火させる彼女の力は、この避難所(シェルター)の生命線と言っても過言ではない。

 

「はは、シオンちゃんなら『特別に許可してあげるわ!』ってドヤ顔で言いそうだけどな」

 

 青年は笑いながら、ココアの甘さに目を細めた。

 


 

 青年はこの避難所の「調達屋」だ。

 彼が持つ能力は、もっとあやふやで、それでいて強力なものだった。

 それは、さくらみこの『幸運(と、紙一重の不運回避)』の片鱗。

 

「ところで、今日の収穫は? まさかココアの粉末だけってことはないんでしょうね」

「まあ見てなよ。今日はちょっと『エリート』な勘が働いたんだ」

 

 青年は傍らに置いていた大きなリュックをひっくり返した。

 そこから出てきたのは、レトルトのカレー、大量のトイレットペーパー、そして――。

 

「えっ、たい焼き……!? なんでこんなものが残ってるのよ。賞味期限は?」

「いや、それがさ。お台場の方の商店街を歩いてたら、崩れた建物の隙間に、奇跡的にシェルター化してた保冷庫を見つけてね。中には冷凍されてたたい焼きがぎっしり。しかも自家発機が生きてたんだ」

「……アンタ、本当に運だけは良いわね。ノイズの群れには会わなかったの?」

 

「会ったよ。交差点の真ん中でスクリーマーの群れが踊ってた。でも、なんとなく『あ、今あそこの看板が落ちるな』って予感がしてさ。看板が落ちた音で連中がそっちに行ってる隙に、スタスタって通り抜けてきた。多分、みこちが守ってくれたんだと思う」

 

 青年は照れくさそうに笑いながら、たい焼きの一首を少女に差し出した。

 少女はそれを迷った末に受け取ると、再び指先に小さな紫の魔法陣を浮かべる。

 じゅわっ、と微かな音がして、冷えて硬かったたい焼きが、まるで出来立てのようなふっくらとした熱を帯びた。

 

「……半分、食べていいわよ。焦げそうだったし」

 

「サンキュー。エリートな幸運と、天才的な加熱魔法。最強のコンボだな」

 


 

 二人がたい焼きを分け合っていると、店の奥にある「工房(元は厨房)」から、ガチャンという金属音が響いた。

 かつては美味しいコーヒーを淹れるためのプレス機があった場所は今、無数の電子パーツと剥き出しの配線がのたうつ、不気味な要塞へと変貌している。

 

「……おい、そこまでだ。これ以上電圧を上げると、コンデンサが吹っ飛ぶぞ」

 

 低い声と共に現れたのは、グレーの作業着を着た大柄な男だ。彼のヘルメットには、獅白ぼたんのトレードマークであるライオンの耳が、どこか誇らしげに付けられている。

 彼はSSRB、通称「ぼたんのファン」の一人だ。

 

「おじさん! ストーブ、直ったんですか?」

 

「ああ。車の廃バッテリーと、古いエアコンのファン、それにそこらへんの鉄屑を組み合わせてな。ししろん(ぼたん)ほどじゃないが、俺たちの身の回りを温めるくらいなら十分な出力が出る。……まあ、見た目は最悪だがな」

 

 男が自作のスイッチを入れると、無骨な鉄製の筐体がシュンシュンと小気味よい音を立てて熱を発し始めた。

 それは魔法ではない。物理法則に則った、ただのジャンクの塊だ。だが、彼の手を通すと、それらはまるで命を吹き込まれたかのように精密に動き出す。

 SSRBの連中は、大静寂が始まってからというもの、狂ったように機械いじりに没頭した。

 ある者は廃材からライフルを作り、ある者は爆弾を作ったが、この男のような古参たちは、まず「仲間のためのインフラ」を整えることを選んだ。

 

「ししろんが言ってたんだ。『準備は万全にしろ』ってな。……俺たちが暗い顔して飢えてるのを見たら、あいつはきっと鼻で笑いながら、もっと効率的なサバイバル術を叩き込みに来るだろうよ」

 

 男は不器用な手つきで、青年から渡されたたい焼きを口に運んだ。

 かつての配信で、彼女が気だるげに、けれど楽しそうに最新のPCスペックを語っていた声が、ストーブの作動音に重なって聞こえた気がした。

 


 

 夜が深まり、シェルターの隅にあるラジオ(もちろん、電波は入らない)の傍らで、静かにタロットカードを繰る人物がいた。

 狼の耳を模したカチューシャを付けた女性。彼女は大神ミオのファン、『ミオファ』だ。

 

「……ねえ、明日の天気はどうなりそう?」

 

 少女が不安げに尋ねると、女性は最後に引いた一枚――『太陽』のカードをじっと見つめ、優しく微笑んだ。

 

「大丈夫だよ。明日の午前十時。雲がほんの一瞬だけ切れて、お台場の方まで視界が開けるわ」

「えっ、わかるんですか? 気象台も死んでるのに」

「ミオしゃの力には及ばないけど……カードを通じて、ほんの少しだけ『運命の気配』を感じるの。……ほら、ミオしゃがよく『大丈夫、うまくいくよ』って言ってくれてたでしょ? あの時と同じ、背中に温かい手が置かれるような感覚がするのよ」

 

 ミオファたちの微細共鳴は、こうした「直感と安らぎ」だった。

 彼女たちが「大丈夫」と言えば、それは単なる気休めではなく、本当にそうなると人々が信じてしまうような、不思議な説得力を持っていた。

 女性はカードを片付けると、大事そうに胸元のお守り(ミオのメンバーシップ景品だったもの)を握りしめた。

 その温かさは、氷点下の地下室でも決して失われることはなかった。

 


 

 深夜零時。シェルターの扉が、ドカアン! と文字通り蹴破らんばかりの勢いで開いた。

 

「おはスバああぁぁぁ!! 支援物資お届けだああぁぁ!!」

 

 凍てつく外気と共に飛び込んできたのは、汗だくのスポーツウェアを纏った少年だ。彼は大空スバルのファン『スバ友』の一人。

 

「うるさいわよ! 夜中に叫ばないでっていつも言ってるでしょ!」

 

 少女が怒鳴るが、スバ友の少年はどこ吹く風で、担いできた二つの特大コンテナをドサリと床に置いた。

 彼は横浜のアーク船団から、この渋谷の拠点まで、直線距離にして数十キロを、完全に重武装の「ノイズ」が徘徊する中、ノンストップで走ってきたのだ。

 

「いやー、途中でデリーター(巨大な虚無)に追いかけられたんだけどさ! 『止まってたまるかァ!』って叫びながら走り続けたら、なんか足が全然疲れなくて! スバルちゃんの……あの、太陽みたいな叫び声が、背中をドカドカ叩いてくれた気がしたんだよ!」

 

 少年は肩で息をしながらも、底抜けに明るい笑顔を見せる。

 これがスバ友の微細共鳴――「不屈の足」と、そして「絶望をかき消す、やかましいほどの明るさ」だ。

 彼が拠点に来るだけで、どんよりと沈んでいた空気が、無理やり物理的に持ち上げられるような錯覚を覚える。

 

「アンタ本当にバカね。……でも、ありがと。お米、本当に切らしてたのよ」

 

「へへ、お礼ならスバルちゃんに言ってくれよ! それと、これ! 沙花叉のところの『飼育員』たちが浄化した水だ! 泥臭くない、真っさらな水だぞ!」

 

 少年がコンテナから出したボトルには、透き通った水が入っていた。

 沙花叉クロエのファンたちが、その「洗浄(サニタイズ)」の能力を駆使して、死にかけた水源から作り出した、生存のための滴だ。

 彼女たちは自ら「汚染された水」を飲み干し、それを自身の体内で魔法的に濾過して抽出するという、過酷な自己犠牲(?)を伴う方法で水を作っているという噂もあったが、本人は「掃除しただけですよぉ、えへへ」と笑っていたという。

 


 

 ストーブの火を囲み、温かいたい焼きを食べ、純度の高い水を飲む。

 壁には、誰かが持ってきたメンバーカラーのペンライトが、ごく微かな魔力で淡く交互に点滅している。

 

「……なあ。たまに思い出すんだ。あの、コメントが流れる速度とか、スーパーチャットの光とかさ」

 

 35Pの青年が天井を見上げて呟いた。

 かつて、自分たちは自分の居場所から、何万人という仲間と共に、一人の少女を見ていた。

 今は、その少女たちがアバターとなって、この灰色の世界を救おうと戦っている。

 

「思い出すんじゃないわよ。まだ終わってないんだから」

 

 塩っ子の少女がココアの残りを飲み干し、キッと青年を睨む。

 その瞳には、かつて「最強の魔女」に憧れた少女の、強い意志が宿っていた。

 

「あたし、シオン様が戻ってきたら、一番にスパチャ投げるんだから。……一番高いやつ、赤いやつをね。そのために、この汚いコインをコツコツ貯めてるんだから」

「はは、それいいね。俺も、みこちに『全ロスせずに戻ってきたね』って、煽り抜きのメッセージを送るよ」

「……あ、今の失礼だぞ。みこちはエリートなんだから!」

 

 他愛もない言い合い。

 だが、そのやり取りこそが、彼らが「人間」である証拠だった。

 ノイズに精神を食われ、何も考えられない「スクリーマー」になるのを防いでいるのは、こうした「くだらない、けれど大切な記憶」だ。

 

「俺たちがこうして、微かな力を使えるのは、彼女たちがまだ戦ってる証拠だ」

 

 作業着の男が、直ったばかりのストーブの温度を調整しながら言った。

 彼らの能力は、ホロライブメンバーという「核」があるからこそ機能する二次的な波動だ。

 彼女たちが、虚無の中に消えず、必死にこの世界に意味を留めようとしている。

 それはかつて、彼女たちがモニター越しに、自分たちに「生きる意味」を与えてくれていたのと、何ら変わりはなかった。

 

「彼女たちが世界を救うまで、俺たちがバテちゃったら格好つかないだろ? 彼女たちが戻ってきた時、この街が真っ暗だったら悲しむからな」

 

 男はヘルメットを脱ぎ、短く刈られた頭を掻いた。

 その目には、未来を見据える戦士の光があった。

 


 

 深い静寂に包まれた渋谷。

 外では今も、ヒスが黒い霧となって廃墟を舐めるように蠢いている。

 けれど、地下の一室から漏れる、微かな、けれど確かな光を、虚無は決して消し去ることはできなかった。

 

 それは、歴史の教科書に残るような英雄譚ではないかもしれない。

 名もなきファンたちが、ただたい焼きを温め、水を汲み、未来の推し活の予定を立てながら笑い合っているだけの、ちっぽけな物語。

 

 だが、この「ほのぼのとした抵抗」の全てが、やがて来るべき反撃の時――。

 そらやフブキ、そして二十人の導き手たちが放つ、究極の歌声「Song of Rebirth」の底流となり、世界を書き換えるための莫大なエネルギーへと繋がっていく。

 

 夜はまだ深い。

 けれど、彼らはもう、暗闇を恐れてはいなかった。

 

 耳を澄ませば聞こえるはずだ。

 モニターの向こうから、時間を超えて届く、あの日と同じ笑い声が。

 「また明日ね」と約束した、あの指切りの温かさが。

 

 灰色の世界で。

 彼らは。

 今日も笑いながら、推しと共に生きている。

 

 

 

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