ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
視点:獅白ぼたん
時系列:第9話「虚無のレプリカ」~ 第10話「再生の歌」のif
【詰み盤面の最適解】
戦場の空気は、私の好きなFPSゲームの「高難易度レイド」に似ていた。
ただし、リスポーン(復活)機能なしの、ハードコアモードだけどな。
「ハァ……ハァ……! 敵影、さらに増加! 止まらないでござる!」
前方を走るいろはの声が裏返る。
彼女の愛刀「チャキ丸」は、すでに数百のノイズを斬り捨てて刃こぼれし、その袴はどす黒い返り血で染まっていた。
(真面目だねぇ、サムライは)
私は、愛用のアサルトライフルを構えながら、冷静に戦況をスキャンした。
私の視界には、常に半透明の「戦術眼(FPSビジョン)」が展開されている。
* 前方敵影:大型種含む約200体。アタッカー(すいせい、マリン)が拘束中。
* 後方増援:小型高速種(ラッシュタイプ)約500体以上。接近まで30秒。
* 味方損耗率:全開。スキルゲージ、危険域。
* 弾薬残量:予備マガジン2つ。グレネード3つ。SSRB(自爆型使い魔)……残り全機。
(……あーあ。こりゃ「詰み(チェックメイト)」だな)
脳内CPUが、0.1秒で戦況をシミュレートする。
この狭いUDX地下通路で、前後から挟み撃ち。
前方のアタッカー陣は手一杯。後方の増援を抑えられる広範囲火力持ちは、もう私しか残っていない。
だが、私も弾切れ寸前だ。
あと30秒で、後方の波に飲み込まれて全滅(ワイプ)する。
(全員で突っ込む? → 弾薬不足で押し負ける。全滅率98%)
(全員で戻る? → 退路なし。全滅率100%)
(誰かが残って、道を塞ぐ? → ……これしかない)
「殿(しんがり)」が必要だ。
それも、確実に敵を足止めし、かつ「死ぬことが確定している」役回りが。
(誰が残る?)
(いろは? ダメだ。あいつは近接特化だ。この数を一人で抑える範囲火力がない)
(そら先輩? 論外。大将を捨て駒にするバカはいない)
(他の連中も……みんな、生きようと必死な顔をしてる)
なら、私だ。
(……はぁ。めんどくさ)
私は、ヘルメットの中で小さくため息をついた。
走るのも、汗かくのも、湿っぽいお別れも嫌いだ。
ここで残って、ドカンとやって、終わらせる。
それが一番「効率的(スマート)」で、私らしい。
それに――。
私は、チラリと前を走る金髪のサムライを見た。
まだデビューして間もない、可愛い後輩。
秘密結社holoXの用心棒なんて名乗ってるけど、中身はただの純粋な少女だ。
(若い芽を摘むのは、趣味じゃないんでね)
「……いろは。お前、ちょっと足止まってるぞ」
私は通信機ごしに声をかけながら、彼女の隣に滑り込んだ。
「ぼたん先輩! すみません、足元のノイズが……!」
いろはの足元には、移動を阻害する粘着性のノイズが絡みついていた。
高速機動が売りのサムライが、足を止められたらただの的だ。
このままじゃ、彼女が最初の犠牲になる。
(ま、ちょうどいい言い訳(理由)だ)
「しゃーねぇな」
私は銃を背中に回し、無防備な彼女の背中を――思いっきり蹴り飛ばした。
ドガッ!!
「へ……!?」
軍用ブーツのソールの感触。
いろはの小さな体が、砲弾のように前方へ――本隊の安全圏へと吹き飛んでいく。
粘着ノイズがブチブチと千切れる音が心地いい。
「し、ぼたん先輩!? 何を……!?」
地面を転がり、受け身を取ったいろはが、目を白黒させてこちらを見ている。
私は立ち止まり、彼女に背を向けた。
「本隊を連れて、先に行け。ここは狭すぎて、私の射線が通らない」
嘘だ。
狭いほうが、グレネードの効果範囲が重なって好都合だ。
でも、この真面目なサムライには、そう言わないと通じない。
私は、通路の支柱に、手持ちの「SSRB」を全てセットし始めた。
まんまるボディに導火線がついた、可愛い爆弾たち。
彼らは「poi?」と小首をかしげながら、私の指示に従って配置についていく。
「そんな! 配置って……まさか、通路ごと!? ぼたん先輩も巻き込まれるでござる!」
いろはが叫び、戻ってこようとする。
やっぱりな。
お前は、そういう奴だ。
だからこそ、ここで行かせなきゃならない。
私はハンドガンを抜き、いろはの足元の地面を撃った。
パンッ!
乾いた銃声が、彼女の足を止める。
「来んな」
私はゴーグル越しに、冷たい視線を送った。
FPSゲーマーの、感情を排した「キル・モード」の目。
「お前がいると、爆破範囲(エリア)が狭まる。邪魔だ」
「私は『狙撃手』だ。接近戦で守ってやる余裕はない」
「……ッ!」
いろはが唇を噛む。
悔しさと、理解と、そして悲しみが混ざり合った顔。
賢い子だ。
私が何をしようとしているのか、本当は分かっているんだろう。
「……必ず、追いついてくださいよ」
「ああ。掃除が終わったらな」
いろはは一瞬だけ敬礼し、踵を返した。
涙を拭う動作が見えた気がしたが、見なかったことにした。
彼女の背中が遠ざかり、本隊と合流するのを確認して、私はフッと息を吐いた。
「……さて」
私は回れ右をして、迫りくる黒い波に向き直った。
視界を埋め尽くす数百の敵影。
耳障りなノイズの咆哮。
死の匂いが濃厚に漂う、絶望的なロケーション。
残弾数、アサルトライフル・マガジン1、ハンドガン・マガジン1。
グレネード、設置済み。
HP、満タン。
アビリティ、クールダウン中。
私は、口元をニヤリと歪めた。
「キルスコア(戦果)稼ぎといくか」
私の、最後のゲームが始まった。
【ゲームオーバーの美学】
ダダダダダダッ!!
狭い通路に、銃声が反響する。
私のエイムに狂いはない。
ヘッドショット。ヘッドショット。ダブルキル。
トリガーを引くたびに、敵の頭が赤いポリゴンとなって弾け飛ぶ。
(楽しいねぇ)
死ぬかもしれない状況で、脳内麻薬(エンドルフィン)が出ているのを感じる。
これはゲームだ。
クリア不可能な「負けイベント」だ。
開発者(GM)が「ここで死ね」と用意した、理不尽なステージだ。
なら、その理不尽をどこまでバグらせて、どこまでハイスコアを伸ばせるか。
それが、ゲーマーの意地ってやつだろ?
「オラオラ! 顔出しすぎだぞ!」
「芋ってねぇで突っ込んでこいよ!」
リロード。
空のマガジンを投げ捨て、新しいマガジンを叩き込む。0.8秒。
その隙を狙って飛びかかってきたラッシュタイプを、ブーツの踵で蹴り砕く。
しかし、敵の数が減らない。
倒しても倒しても、壁のシミのように湧いてくる。
私の『戦術眼』の警告アラートが、赤く点滅しっぱなしだ。
『WARNING: AMMO LOW』
『WARNING: ENEMY PROXIMITY』
「チッ……弾切れかよ」
アサルトライフルのトリガーが、虚しくカチカチと鳴る。
私は舌打ちして、ライフルを鈍器として敵の顔面に叩きつけた。
「ギギギ……!」
敵の刃が、私の脇腹を掠める。
熱い。
アバターの装甲が削れ、データが露出する感覚。
痛覚設定はオンにしている。痛みがないと、反応速度が遅れるからだ。
(痛てぇなぁ……)
(これ、マジで死ぬやつか)
ハンドガンに持ち替える。残り7発。
敵の包囲網が狭まる。
前後左右、360度、ノイズの壁。
(……ま、こんなもんか)
私は、壁にもたれかかった。
十分に稼いだ。
いろは達は、もう安全圏まで逃げただろう。
私は、左手に握りしめていた「起爆スイッチ」を親指で弄んだ。
通路の支柱に仕掛けた、大量のSSRBたち。
これを使えば、この区画ごと崩落を起こせる。
敵を生き埋めにできる。
もちろん、私も一緒にな。
(ポルカ、ラミィ、ねね)
ふと、同期の顔が浮かんだ。
やかましくて、手のかかる連中。
ねぽらぼのDiscordサーバーは、いつも通知がうるさくて、ミュート推奨だった。
でも、あの通知音が鳴らないと、落ち着かない自分もいた。
(またみんなで、ラーメン食べたかったな)
特に、ラミィと一緒に飲む日本酒は美味かった。
ポルカの突っ込みは心地よかった。
ねねの無邪気な笑顔は癒やしだった。
(……悪いな、先抜け(ログアウト)するわ)
私は、敵の群れに向かって、中指を立てた。
ニヤリと笑う。
最期くらい、クールに決めさせろよ。
「……『POI』」
起爆スイッチを押す。
カチッ。
ドガァァァァァァァァァァン!!
閃光。
爆音。
そして、圧倒的な熱量。
天井が崩れ、数万トンの瓦礫が落ちてくる。
私の視界が、炎と瓦礫で埋め尽くされる。
『YOU DIED』
脳裏に、慣れ親しんだゲームオーバーの文字が浮かんだ気がした。
(GG(グッドゲーム)……)
私は目を閉じた。
意識が、ブラックアウトした。
【ロビーでの待機時間】
……
…………。
暗い。
静かだ。
ここはリスポーン地点か? それともロビーか?
(何もねぇな)
私は、虚無の中で大の字に寝転がっていた。
体がない。感覚がない。
PCの電源を落とした後の、黒いモニターの中にいる気分だ。
(……寝るか)
戦わなくていい。走らなくていい。
最高に怠惰な時間だ。
FPSゲーマーにとって、睡眠時間は貴重なリソースだ。
このまま永遠にスリープモードでも、悪くない。
いや、むしろそれがいい。布団から出たくない。
そう思って、意識のプラグを抜こうとした時。
『……ろん!』
『……しろん!』
(あ?)
ノイズか?
いや、違う。
爆発音? 銃声?
いや、もっと騒がしい、聞き慣れた音だ。
『ししろん、ナイスファイト!』
『SSRB、起爆準備よし!』
『草』
『今のエイム見た!? 神かよ!』
(……は?)
私は、存在しないはずの耳をそばだてた。
その声は、私の配信のコメント欄そのものだった。
いつも私のプレイを見て、茶化して、褒めて、一緒に戦ってくれる連中。
「SSRB(ししろぼたん)」たち。
『まだ終わりじゃねーぞ!』
『再戦(リマッチ)しよーぜ!』
『姉さん、起きて!』
暗闇の中に、灰色の光がポツポツと灯る。
それは、導火線の火花のように、チロチロと燃えている。
(うるせぇなぁ……お前ら)
私は苦笑した。
死んでまで、追いかけてくんじゃねぇよ。
ストーカーかよ。
でも、その「うるささ」が、冷え切った私のコアを温めていく。
FPSは、ソロでやるより、野良でVC(ボイスチャット)繋いでやるほうが面白い。
気心の知れたクランメンバーとなら、なおさらだ。
(……そうだな)
私は、ゲームオーバー画面でコントローラーを投げ出すタイプじゃなかった。
「クソゲー!」って叫びながら、即座にコンティニューボタンを押すタイプだ。
(まだ、ハイスコア更新できる気がするわ)
そして。
ロビーの上空から、決定的なBGMが降ってきた。
『――♪』
そら先輩の歌声。
「再生」のファンファーレ。
その歌が、バラバラになった私のデータを、再構築(リビルド)していく。
カシャッ! カシャッ!
アバターが組み上がる音。
武器がリロードされる音。
そして、満タンまで回復するHPバー。
私は、目を開けた。
そこはもう、虚無のロビーじゃない。
戦場のド真ん中だ。
(……待たせたな、野郎ども)
私は立ち上がり、アサルトライフルのコッキングレバーを引いた。
ジャキッ! という金属音が、心地よく響く。
「はぁ……めんどくせぇ。延長戦(オーバータイム)、開始だ」
【ヘッドショット・フィナーレ】
場所:アキバ・サンクチュアリ最深部
そら先輩の「再生の歌」が響き渡る中。
「デリーター・レプリカ(王)」は、焦燥していた。
自らの体内に取り込んだはずの「ホロライブのデータ」が、制御できないほどの熱量を持って暴れ回っている。
「ええい、鎮まれ! 私の中で大人しく……!」
王が体勢を立て直そうと、コアを露出させた瞬間。
ドンッ!!!!
重い銃声が、戦場を切り裂いた。
「……ッ!?」
王のコアの直上、数ミリの位置にあった防壁が、弾け飛んだ。
ありえない距離からの、超長距離狙撃。
「誰だ!?」
王が視線を巡らせる。
遥か遠く、崩落したはずの通路の瓦礫の上。
そこに、一人のスナイパーが立っていた。
獅白ぼたん。
瓦礫の山を玉座のように踏みつけ、巨大な対物ライフルを構える「怠惰な王」。
「よう、デカブツ」
私は、スコープ越しに王と目を合わせた。
風速、修正なし。
距離、1500。
間に分厚い岩盤と瓦礫の山があるが――関係ない。
今の私には、障害物が「透けて」見えている。
ウォールハック(透視チート)? いいや、これは正当な「仕様(スキル)」だ。
ターゲット、眉間。
「私の昼寝を邪魔した罪は、重いぞ?」
私の背後に、無数のSSRBたちが浮かび上がる。
彼らは一斉に導火線に火をつけ、ケタケタと笑っている。
「ししろん!」
「生きてたでござるか!」
無線から、トワといろはの声が聞こえる。
泣いてるな、あいつら。
後でラーメンでも奢ってやるか。
「さあ、クライマックスだ」
私は、トリガーに指をかけた。
SSRBたちの「想い」が、弾丸に宿る。
それはただの物理攻撃じゃない。
数万人のファンの「視線」と「期待」を乗せた、概念的な必殺の一撃。
「笑って死ね」
「『獅子の領域(プレデター・サイト)』――・ヘッドショット!」
ズドンッ!!!!
閃光が走る。
弾丸は一直線に王へ向かい、その再生能力ごと「頭部」を消し飛ばした。
「ギャアアアアアアア!!」
王が崩れ落ちる。
ナイスキル。
私はライフルを下ろし、フゥーッと硝煙を吹き飛ばした。
スコープから目を離すと、そこには仲間たちの笑顔があった。
「……遅いよ、ししろん」
青い髪のエルフが、涙目で杖を握りしめている。
雪花ラミィ。私の相棒。
「わりぃ。回線落ちしててな」
私は短く答える。
多くは語らない。それで通じるのが、ねぽらぼだ。
まったく、騒がしい連中だ。
「……ま、悪くないゲームだったな」
私は小さく笑い、勝利のVサインを掲げた。
【配信アーカイブ:最強スナイパーの帰還】
配信タイトル:【CoD】世界を救ったAIMを見てけ!【獅白ぼたん/ホロライブ】
「ぽいっ! ホロライブ5期生の獅白ぼたんです」
いつものショッピングカート風の待機画面から、切り替わる。
今日はFPS『Call of Duty』のランクマッチ配信だ。
しかし、コメント欄の熱量はいつもと違っていた。
【Chat】
: 姉さんおかえり!!
: 待ってたぞ!
: 生存確認ヨシ!
: あのスナイプ、マジで神だった
: 感動して泣いたわ
: 夢の話だけどなw
「ん? お前ら、何の話してんの?」
ぼたんは、すっとぼけた顔でコメントを拾う。
もちろん、知っている。
昨晩見た、あの長くてリアルな夢のこと。
瓦礫の下で聞いた、あいつらの騒がしい声のこと。
「ま、夢か現実かは置いといて。今日のししろんは一味違うぞ?」
彼女は不敵に笑い、マッチングを開始した。
「今日のAIMはな、なんか『乗ってる』んだよ」
ゲーム開始。
戦場を駆けるアバターの動きは、神がかっていた。
敵が見える前に撃つ。
壁越しの予測撃ち。
そして、吸い付くようなヘッドショットの連続。
「はい、一人」
「そこ、見えてるよー」
「POI」
『VICTORY』
圧倒的なスコアで勝利。
コメント欄が「草」と「神」で埋め尽くされる。
【Chat】
: 強すぎワロタ
: 昨日の夢の経験値引き継いでるだろw
: 覚醒ししろん
: これがホロライブの守護神か
: 一生ついていくわ
「へへッ。ま、こんなもんよ」
ぼたんは満足げに笑い、エナジードリンクをプシュッと開けた。
「言っただろ? ししろんは最強だって」
喉を潤す炭酸の刺激。
ああ、生きてるって味がする。
「お前らが後ろで見ててくれるなら、どんな無理ゲーでもクリアしてやるよ。……だからさ」
彼女は、少しだけ照れくさそうに、モニターの向こう側を見た。
数万人のSSRBたちに向けて。
「これからも、弾薬補給(応援)よろしくな」
【Chat】
: 了解!
: 弾薬庫になるわ
: 任せろ!
: 姉さん一生推す!
: ラーメン行こうぜ
「おう、ラーメンな。ラミィたちも誘って行くか」
平和な日常が戻ってきた。
でも、その日常は、夢の中の死闘と、確かな絆の上に成り立っている。
最強の獅子は、今日も笑顔で戦場(ゲーム)を駆け抜ける。