ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
【北の聖域】
世界から「音」と「情報」が失われたあの日、大静寂(グレートサイレンス)は、北の山々にも等しく訪れた。
だが、東京を覆った「虚無(ノイズ)」とは、その性質をわずかに異にしていた。
東京のノイズが「情報の澱み」から生まれたものだとすれば、人気のない雪山のノイズは、広大すぎる静寂と、死を予感させる冷気が核となっていた。
それは、音もなく降り積もる「黒い雪」の姿をしていた。
触れた者の体温と、生きる気力そのものを奪い去る、冷たいヒス(Hiss)。
「ラミィ様…もう、動けません…燃料も…」
「寒い…寒いよ…」
南へ続く大動脈を、数十人の生存者キャラバンが進んでいた。
彼らの乗る古い観光バスやトラックは、本来なら寒さと燃料切れで止まっていてもおかしくなかった。
彼らの中心で、雪花ラミィは、降りしきる黒い雪を睨み据えていた。彼女もまた、淡い青を基調としたドレスを纏う「アバター」の姿で覚醒していた。
「(これ以上、みんなの体力を奪わせるわけには…!)」
彼女は、雪に埋もれかけた給油口に、自ら生成した透明な液体――「聖水」を注ぎ込んだ。
それは芳醇な香りを漂わせ、瞬く間にエンジンの鼓動を蘇らせた。
「この聖水は特別製だからね。車だって酔っ払って動くわよ」
ラミィは少し悪戯っぽく微笑むと、キャラバンの先頭車両の上に立ち、両手を広げた。
「『雪夜の抱擁(スノー・エンブレイス)』!」
ラミィの身体から放たれたのは、ノイズの「黒い雪」とは対極の、純白の冷気だった。
それは、生命を奪う寒さではなく、全てを清める絶対零度の「聖域」。
純白のブリザードが、襲い来る黒い雪(ヒス)と激突する。
「ギ…」
「ジジ…」
ノイズは、ラミィの聖域に触れた瞬間、その活動を物理的に「停止」させられ、不気味な氷のオブジェとなって砕け散った。
「(でも、これだけじゃ…)」
ラミィの力は、防衛に特化している。だが、ノイズを「浄化」することはできても、「消滅」させることはできない。
このまま南下を続けても、いつかジリ貧になる。
「(聞こえる…)」
それでも、彼女は進んだ。
フブキの「集結令」は、この雪山を超え、彼女の元にも届いていたからだ。
「東京に、希望の光がある。そこに行けば、きっと…」
南へ。
彼女たちは、関東平野を目指してひた走っていた。
同じ頃、日本の遥か沖合、太平洋。
大静寂(グレートサイレンス)は、海の上にも訪れた。
その時、がうる・ぐら(Gawr Gura)は、たった一人、気まぐれな長距離遊泳を楽しんでいた。
「Shark!」
彼女は、失われた都市アトランティスの末裔。
数千年の時を生きる彼女にとって、地上の文明崩壊など、さほど大きな出来事ではなかったのかもしれない。
ただ一つ、問題があった。
「(Hngh... Hungry...)」
お腹が空いたのだ。
海は、「黒いヒス」と、海の「絶望の記憶」を核としたスクリーマーで満ち溢れていた。
常人ならば発狂する死の海。
だが、頂点捕食者(Apex Predator)である彼女にとっては、それは「食べ放題のビュッフェ」に過ぎなかった。
ぐらは、目についたヒスの群れに突っ込んだ。
「One! Two!」
リズミカルな掛け声とともに、トライデントが閃く。
「深海の捕食者(アビス・プレデター)」
彼女が大きく開けた口は、物理的な生物だけでなく、ノイズという「概念」そのものを「捕食」する。
「(…Yucky.(マズイ))」
スクリーマーが放つ精神攻撃(幻聴)を、彼女は「不快な味」として認識し、その核ごと噛み砕き、自らのエネルギーへと変換した。
「(…Oh? Nice smell.)」
彼女は、本能的な「嗅覚」で、陸地の方角から漂う、二種類の「匂い」を感じ取っていた。
一つは、遥か南西、東京湾の方角から漂う「トモダチ(フブキや仲間たち)」の匂い。
そしてもう一つは、もっと近く、大きな川の河口付近から漂う、ひんやりとした――まるで極上のデザートのような「美味しそうな匂い」だった。
「(こっち、近い。行ってみる)」
ぐらは、尾びれを一振りすると、魚雷のような速度で海面を疾走した。
目指すは、この国最大の河川の河口。
県境を流れる大河。
その巨大な橋に、ラミィのキャラバンは差し掛かっていた。
ここを渡れば、千葉県の北端。目的地である東京までは、あと少しだ。
「ラミィ様、橋の上に…!」
生存者の一人が叫ぶ。
「(あれは…!)」
ラミィが息を呑む。
橋の中央、そして川面全体を覆うように、巨大な「黒い霧」が立ち込めていた。
霧の中から、無数の「腕」のような触手が蠢いている。
「デリーター・リバー」。
かつて水害や水難事故で失われた、数多の魂の「無念」が凝縮し、物理法則を捻じ曲げる「虚無の門番」と化していた。
「ギギギギギ…」
触手の一つが、先頭のバスに襲いかかる。
「『聖域』展開!!」
ラミィは咄嗟にバスの前面に飛び出し、氷の盾を展開した。
「ガギィイイ!」
触手が氷に弾かれる。だが、その衝撃でラミィは吹き飛ばされそうになった。
「(重い…! さっきまでのヒスとは、レベルが違う…!)」
デリーター再生能力は異常だった。凍らせた端から、黒い霧が氷を侵食し、「無」へと還していく。
「あ…あ…」
生存者たちが、パニックに陥る。
退路はない。後ろからは、追ってきた雪山のヒスたちが迫っている。
前門のデリーター、後門のヒス。
「(私が守らなきゃ…!)」
ラミィは、自らの命(MP)を削り、聖域の出力を上げた。
だが、視界が霞む。限界が近かった。
その時。
川の下流から、何かが猛スピードで遡上してくる気配を感じた。
「a」
静かな、しかしよく通る不思議なリズム――まるで「シティポップ」のビートのような音が響いたかと思うと、川面が爆発した。
飛び出してきたのは、青いパーカーを被った小柄な少女――がうる・ぐらだった。
彼女は橋脚に着地すると、犬のようにぶるぶると身体を震わせ、盛大に水飛沫を撒き散らした。
「Wait, that looks tasty!(待って、それ美味しそう!)」
ぐらは、空中でトライデントを構えると、デリーターの触手に向かって一直線に突っ込んだ。
「Don't touch my food!(私のエサに触るな!)」
「カプッ」
彼女は、触手の一本を、事もなげに噛み千切った。
「!?(食べた!?)」
ラミィが目を見開く。
「Yum! (うま!)」
ぐらにとって、高密度のノイズ(デリーターの一部)は、雑魚ヒスよりも栄養価の高い「ご馳走」だった。
彼女は、橋脚を足場にしてリズムを刻むように飛び回り、襲い来る触手を次々と「捕食」していく。
「One, two, chomp!」
「虚無」を「無」に還すデリーター。
「虚無」を「食料」にするプレデター。
相性は、最悪にして最高だった。
「Gura!?(ぐら!?)」
「Shark girl!?(サメの子!?)」
生存者たち(中には海外ニキもいたかもしれない)がざわめく。
ぐらは、デリーターの核(コア)と思わしき、橋の下の黒い渦に狙いを定めた。
「Aaaaaa!!(あーーーー!!)」
彼女は全身を回転させ、ドリルのように渦の中心へと突貫した。
数秒後。
川全体が大きく波打ち、黒い霧が晴れた。
後には、満足げにお腹をさするサメちゃんと、キラキラと輝く川面だけが残っていた。
「Burp.(ゲップ)」
「あなたは…」
ラミィが恐る恐る近づくと、ぐらは振り返った。
「a」
それが挨拶だった。
ぐらは、ラミィのドレスの裾をクンクンと嗅いだ。
「Snow... nice smell.(雪…いい匂い)」
「えっと…ぐらちゃん…よね?」
「Yeaaaah! Gura is here!(そーだよ! ぐらが来たよ!)」
ぐらは、Vサインを作って見せた。
そのあまりの軽さに、ラミィは力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
「よかった…本当に、よかった…」
「You okay?(大丈夫?)」
ぐらが、心配そうに顔を覗き込む。
その時、橋の向こう側――東の丘から、新たな影が近づいてきた。
「やっぱり! すごい気配がすると思ったら!」
黒髪のケモミミ少女が、手を振って走ってくる。
大神ミオだった。
「ミオ先輩!」
「ラミィちゃん! それに、ぐらちゃんも!?」
ミオは、近くの霊峰を拠点に生存者を守っていたが、フブキの集結令と自らの占いを頼りに、この合流地点まで出てきていたのだ。
ミオは懐からタロットカードの束を取り出し、慣れた手つきで一枚を引いた。狐耳がピクッと震える。
「占いで出た『猛進する戦車(THE CHARIOT)』って、ぐらちゃんのことだったんだね!」
「助っ人? No, Gura is just hungry.(助っ人? ううん、ぐらはお腹空いただけ)」
ぐらは首を傾げたが、ミオはお構いなしに抱きついた。
これで、役者は揃った。
北からの聖女(ラミィ)、海からの捕食者(ぐら)、そして西からの占い師(ミオ)。
「『こっち(東側)』から行くぞ!」
ミオが指差す。
その方角――千葉方面の空には、不穏な雲が立ち込めていたが、彼女の顔には希望があった。
一方、東京湾・お台場沖。
「ホロライブ・アーク」船団は、停止していた。
「(ダメだ…! 海の中から、何かが船底を侵食してる!)」
船内で、クロエが叫んだ。彼女は「静寂の掃除屋(サイレント・クリーナー)」の力で浸食を食い止めようと試みたが、黒い霧は彼女の手をするりと抜け、船底を蝕み続けていた。
「っ…! 掃除が、追いつかない…!」
「デリーター・お台場」の浸食は、静かに、しかし確実に船体を蝕んでいた。
「(このままじゃ、沈む…!)」
マリンが歯噛みする。
その時、フブキからの念話(集結令)が、彼女たちの脳内に響いた。
『みんな! 聞こえる!? ラミィちゃんと連絡がついたよ!
ミオしゃ、ぐらちゃんと合流して……今そっちに向かってるって!』
『ホントか!? 助かる!』
マリンが歓声を上げた、その時だった。
『Wait! No no no!』
通信越しに、ぐらの声が割り込む。
『Gura smells something REALLY good over there! Akiba! Not sea!
(ぐら、あっちからすっごいイイ匂いがする! アキバ! 海じゃない!)』
『えっ、ちょ、ぐらちゃん!? 待って!』
ラミィの焦る声。
『ああっ! 走って行っちゃった! マリン船長ごめん!
この子、アキバに直行しちゃったから、私たち追いかけるね!』
『はぁ!? なんでそうなるのよ!』
マリンが絶叫する。
だが、続いてミオの冷静な声が響いた。
『マリン船長、ごめんね。でも、占いで出たんだ。
「お台場の拠点は、嵐を耐え凌ぐ」って。そっちは、船長の力ならきっと大丈夫』
『ミオ先輩が言うなら……悪い気はしないけどさぁ!』
『……ただ、もう一枚、気になるカードが出てるの』
ミオの声が、少しだけ曇った。
『「死神(DEATH)」。
……これは「終わり」と「再生」の予兆。大きな犠牲が出るかもしれない』
通信が切れる。
東の空――千葉方面の空には、遠ざかっていく「光」と「氷」の気配だけが残された。
「……死神、か」
かなたが、自分の手のひらを見つめる。
そして、覚悟を決めたように、船の手すりを強く握りしめた。
「上等じゃないですか」
ミシ、ミシ……
強化金属の手すりが、かなたの握力で飴細工のように捻じ切れ、ぐしゃりと「星型」に潰れた。
「堕ちるなら、地獄の底まで付き合いますよ」
マリンが不敵に笑う。
背後の援護はなくなった。だが、迷いは消えた。
「全艦、戦闘用意! 『海』の戦いは、あたしたちだけでケリをつけるよ! ――ヨーソロー!!」
読んでくれてありがとうございました。
感想・ブクマ・評価、何でも嬉しいです。
書き溜め分を早く投稿することにしました。
ホロライブ非公式二次創作・非商用
登場人物は全てフィクションであり実在の人物とは一切関係ありません。