ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜   作:miyacchi_novel

41 / 60
本編では馴染みやすいようにクロエとしていましたが、今回は正式なクロヱ表記です。


サブストーリー:深海の掃除屋と、愛すべき汚れ(沙花叉クロヱ編)

 

視点:沙花叉クロヱ

時系列:第9話「虚無のレプリカ」~ 第10話「再生の歌」のif

 

---

 


【秋葉原:UDX地下迷宮】

 

世界は、騒音(ノイズ)と静寂(サイレンス)がドロドロに混ざり合った、酷いカオスの中にあった。

 

「行くぞ! 止まるなッ!」

 

司令塔、フブキの絶叫が、ノイズ混じりの「集結令」を通して脳内に響く。

それは震える私たちの魂(コア)を強引に繋ぎ止める、冷たくて太い鋼の鎖だ。その鎖がなければ、私は今すぐにでもこの暗鬱な情報圧(データ・プレッシャー)の海に溶けてしまっていただろう。

 

前方では、すいせいが青い流星となって道をこじ開けている。彼女の振るう斧が空間を裂くたびに、耳を刺すような高周波の破砕音が響く。

その背後では、マリンが幻想の海賊船を召喚し、無数の幻影弾で敵を蹴散らしていた。

派手だ。眩しい。

それはまさしく、人々の視線という名の光を浴びて輝く「アイドル」の戦い方。

希望を背負い、真正面から悪を討つ、選ばれし者たちの叙事詩(オラトリオ)。

 

「……あーあ。ひっどい散らかりようですねぇ、ここは」

 

私は、フードを目深に被り直した。

私の居場所は、あんな眩しい光の中じゃない。

光が強ければ強いほど、その足元にはドス黒く、濃い「影」ができる。

その影の中こそが、私――沙花叉クロヱの職場だ。

 

能力『静寂の掃除屋(サイレント・クリーナー)』。

 

私は呼吸を止め、心音を殺し、そして自分の「存在(データ)」の送信を極限までカットする。

共鳴周波数(レゾナンス・フリケンシー)を世界から切り離し、私というノイズを消去する。

私は透明人間ではない。

ただ、そこに「居る」ことさえ忘れられるほど、徹底的に意味を剥ぎ取られた背景――ただの壁紙になるだけだ。

 

(お仕事、始めますか)

 

私は、アライアンス本隊の進行方向とは逆、瓦礫が積み重なった死角へと滑り込んだ。

そこには、本隊の背中を狙う「影のノイズ」たちが、油のような光沢を放ちながら這い寄っていた。

ヘドロのような粘着質のアバター。人々の「悪意」を煮凝らせたような、最悪な掃除対象。

正面切って戦うアタッカーたちからは、決して認識できない最下層の領域。

 

(させませんよ。それ、私の役目ですから)

 

私は、愛用の短剣を逆手に握った。

地面を蹴る音すら立てず、影から影へと移動する。

正確には、物理的な移動ではない。影という情報媒体を高速で渡り歩く、空間の「再定義(シャドウ・ジャンプ)」。

 

(はい、一匹)

 

ザシュッ。

無機質な、しかし確実に何かを終わらせた音が響く。

ノイズが断末魔を上げる暇もなく、私の刃がその核(コア)を正確に穿っていた。

青とマゼンタのデジタル火花が散り、敵は自分が消去されたことさえ気づかずに、ただの文字列となって霧散する。

 

誰の目にも触れず、誰に感謝されることもなく。

ただ淡々とゴミを処理していく。

 

「お掃除、完了」

 

私がそう囁いた時、本隊の最後尾を走っていたらでんが、ほんの少しだけ背後に視線を向けた気がした。

だが、そこにはもう何もいない。私は既に、別の影へと溶け込んでいる。

 

(それでいい。気づかれたら、それは掃除屋としての敗北です)

 

ゴミは、誰の目にも触れずに消えてこそ、世界は「最初から綺麗だった」ことになるのだから。

私は、この汚れ(おしごと)が嫌いじゃない。

むしろ、光の届かない場所で泥にまみれている方が、私にはお似合いの気がしていた。

 


 

迷宮の深層へ進むにつれ、戦況は絶望へと加速していった。

UDXの壁面がバグで波打ち、天井からは意味不明な文字の雨が降り注ぐ。

 

「スバル先輩! 後ろっ!」

 

叫び声と共に、スバルが巨大な隔壁の下敷きになりそうになる。

それを防いだのは、ラミィが全マナを代償に放った「零度の防壁」だった。

彼女たちが氷像となって迫りくるノイズの津波を食い止める。その一瞬の隙を作るために、彼女たちは自分たちの未来すらも凍りつかせた。

 

(……あ、先輩たち……)

 

影の中にいた私は、その様子をただ見ていることしかできなかった。

助けに行けば、私の『隠密』が解ける。

解ければ、本隊の位置が完全に露呈し、一網打尽にされる。

 

(ごめんなさい。……ごめんなさい)

 

続いて、おかゆと、彼女を庇ったころねが無限の軍勢の中に消えていった。

「おかゆはうちが守るよ」

笑いながら言ったころねの、その指先がデジタル・ノイズに蝕まれ、結晶化していくのを、私は特等席で見ていた。

 

頼れる盾も、笑顔をくれる太陽も、一人、また一人と消えていく。

残されたのは、アタッカー陣と、そして最後の希望である、ときのそら。

 

「ハァ……ハァ……ッ!」

 

私は、崩れた大型モニターの影で荒い息を吐いていた。

アバターの端から、毒々しい黒いシミが広がっているのがわかる。

もう、何体消去しただろう。五百? 千? 数えるのをやめて久しい。

 

私の短剣は、ノイズの体液(データ・ジャンク)で真っ黒に汚れ、熱を持っていた。

こびりついた汚れが、私の指先の感覚を麻痺させていく。

 

(限界、ですねぇ……。お風呂、本当に入っておけばよかったなぁ)

 

冗談めかした思考とは裏腹に、システム・アラートが脳裏で絶え間なく鳴り続けている。

『静寂の掃除屋』という能力は、世界から認識を拒否する行為だ。

それは、自分自身を不安定な存在(バグ)へと変質させているのに等しい。

 

高濃度のノイズの中で、これ以上の『隠密』を続けることは、深海の一万メートルに生身で潜るようなもの。

情報圧が、私の霊基をミシミシと押し潰していく。

視界が赤く染まり、情報の断片がノイズとなって耳鳴りを引き起こす。

 

「(クロヱ! どこだ!? 返事をしろ!)」

 

不意に、マリンの切羽詰まった声が脳内に直接響いた。

思わず影の奥へと身を縮める。

……見つかった? いや、違う。

 

彼女は前方の敵に斬りかかりながら、誰もいない空間に向かって叫んでいたのだ。

どこかに潜んでいるはずの後輩の、かすかな気配を、必死に探して。

 

(見つけないで。……見ちゃ、ダメですよ。マリン先輩)

 

私は、ボロボロになった自分のコートをギュッと抱きしめた。

泥にまみれ、返り血で汚れ、今にもバグとして崩壊しそうな醜い姿。

そんな私を見たら、先輩たちはきっと足を止めてしまう。

私なんかのために、その尊い足を。

 

(私は、影でいい。みんなが輝くステージに、泥を連れ込むわけにはいかないから)

 

かつての配信で、冗談混じりに言ったことがあった。

「いつかみんなの前から消えちゃうかも」

あの時は、リスナーのみんなが「やめろよ!」って笑ってくれたけど。

今、その言葉が最悪のリアリティを持って、私を迎えにきている。

 

(……寂しいなぁ、やっぱり)

 

押し殺した本音が、ポロリと一滴、心の最下層から溢れた。

誰にも頼らず、誰にも看取られず、一人で冷たくなっていくのが、私の美学(プロフェッショナル)だ。

 

アイドルなんて。

私みたいなシャチには、最初から分不相応だったのかもしれない。

こんな暗い汚泥の中で、誰の記憶にも残らない「バグ」として処理されるのが、私にはお似合い。

それこそが、この物語の、私に用意された「落ち(エンディング)」なのだから。

 

その時だった。

 

戦場の中心、空間の座標軸そのものが歪み、一つの「光」が無理やり引きちぎられた。

 

「フブキちゃん!!!!」

 

そらの悲鳴が、無機質なUDXの空間に突き刺さる。

司令塔であったフブキが、王の放った漆黒のビームに貫かれ、光の粒子となって霧散していく。

 

彼女の魂と繋がっていたリンクが、無残に切断された。

脳内に微かに残っていた、仲間たちの体温が、一瞬で凍りつくような冷気に変わる。

 

(そんな……フブキ先輩まで……)

 

絶望が、物理的な圧力となって私を地面に叩きつけた。

すいせいが狂ったように吠え、自身の存在を燃やしながら肉薄する。

マリンが叫びながら、残った魔力を全てマゼンタの光に変えて敵を食い止める。

 

(動け。動いてよ、ポンコツ沙花叉っ!)

 

私は動かない足を、血が出るほど強く殴った。

だが、感覚がない。膝から下が、影とノイズの泥と同化して、床に溶け始めている。

私の存在確率は、既に一〇%を下回っていた。

 

私は、ここからただ見ていることしかできないのか。

みんなが傷つき、絶望し、消えていくのを――ただの「背景」として、最後まで眺めているだけなのか。

 

その時だった。

私の、掃除屋としての「目(センサー)」が、ある一点を捉えた。

 

「王」の足元。そこから、揺らめくように分離した「別の影」があった。

本体とは別の、独立した暗殺プログラム――『デリーター・アサシン』。

それは、正面ですいせいやマリンが囮になっている隙に、音もなく壁を伝い、無防備なそらの背後へと回り込もうとしていた。

 

(……あ)

 

誰も気づいていない。

すいせいは限界を超えた特攻に没入している。

マリンは押し寄せる雑魚の対処で手一杯。

そらは、リーダーを失った絶望で、その場に崩れ落ちている。

 

あの影の刃が振り下ろされれば、ときのそらは終わる。

ホロライブの核、概念(オリジン)が、消える。

 

(……動け。動かなきゃダメだ。沙花叉!)

 

私は、歯を食いしばった。口の中が鉄の味で満たされる。

自分を騙している「隠密」を、内側から爆破するように解除した。

 

(私にしか見えないなら……私が行くしかないじゃん……!)

 

「(……沙花叉ァァァ!!)」

 

私は、己の魂(コア)を燃やした。

残った魔力、生命維持のリソース、その全てを「加速」へと全振りする。

黒く変色し、崩れかけていた足が、ミシミシと悲鳴を上げる。

 

構うもんか。

この足は、この一瞬のためにあったんだ。

光の中へは届かないけれど、影の暗殺を阻むためになら――この泥だらけの足だって、まだ走れる!

 

私は、影の奥底から、弾丸のように飛び出した。

 


 

ザシュッ!!

 

乾いた、しかし確かな衝撃音が、迷宮の最下層に響いた。

私の短剣が、そら先輩の喉元に迫っていた「影」の核を、深々と貫いていた。

 

「(……ギ?)」

 

影の暗殺者は、背後から襲われたことを理解できないまま、デジタル・ノイズとなって霧散していく。

成功だ。

間に合った。掃除屋としての、最高のお仕事だ。

 

でも。

 

ドスッ。

 

鈍い、そして嫌に熱い衝撃が、私の胸にあった。

見下ろすと、影の暗殺者が消滅する寸前に放った、置き土産の「黒い棘」が、私の心臓部分を深々と貫通していた。

 

「(……あ)」

 

痛みは、遅れてやってきた。

いや、痛みというよりは「空虚」だ。

体の中の大切な熱が、破れた風船から抜けるみたいに、しゅるしゅると漏れ出していく。

急速に、視界がモノクロームへ染まっていく。

 

「(……ガハッ)」

 

喉から、黒いノイズが溢れた。

私は支えを失い、音もなくその場に崩れ落ちた。

 

すぐ目の前には、ときのそらがいる。

彼女は泣いている。

自分を責めて、顔を覆って、絶望の深淵に沈んでいる。

 

(……そら先輩。泣かないで……)

 

手を伸ばそうとした。

「大丈夫ですよ」って。「後の掃除は、私に任せて」って。

いつものように、あざとく微笑んで、彼女の震える肩を抱いてあげたかった。

 

でも。

私の手は、そらのスカートに触れる寸前で、力を失って床に落ちた。

指先から、サラサラと銀色の砂になって、世界に溶放されていく。

 

(気づいて、ないですね。……本当、皮肉だなぁ)

 

そら先輩は、私のことに気づいていない。

私の隠密スキル、掃除屋としてのステルスは、死ぬ瞬間まで完璧だったみたいだ。

こんな、自分の消滅シーンまでも「背景」にしてしまうなんて。

 

(……でも、これで、いいんです)

 

もし、私がここで弱々しい声を上げたら。

そら先輩は、また自分を責める。

「また私を守って、仲間が死んだ」って。

その悲しみが、彼女の心を完全に壊してしまうかもしれない。

 

だから、私は声を殺した。

誰にも知られず、誰にも看取られず。

ただの「消えゆく影」として、物語の片隅で静かに退場する。

それが、沙花叉クロヱという掃除屋の、最後のプライド。

 

(あーあ……服、汚れちゃった。……これ、落ちない汚れだなぁ)

 

傷口から広がる、漆黒の侵食を見る。

それは私の、誰にも言えなかった孤独と同じ色をしていて。

 

(お風呂……やっぱり、入ればよかったかな。……えへへ)

 

薄れゆく意識の中で、どうでもいい後悔がプクプクと浮かぶ。

「臭い」って言われるのが嫌で、でも入るのが面倒くさくて、「シャチだから大丈夫!」って言い張って。

そんな私のわがままを、みんなは笑って許してくれた。

 

(ラミィちゃんに、怒られちゃうな。……いろはちゃん、悪い手本でごめん。……ルイ姉、沙花叉、ちょっと遠くに行くね。……総帥、世界征服、最後まで手伝えなくて……悔しいな)

 

仲間の顔が、映画のフィルムみたいに流れていく。

楽しかった。

本当に、本当に、楽しかったんだ。

暗い海の底、何の意味も持たなかったデータだった私が、ホロライブという場所を見つけて。

たくさんの「大好き」に囲まれて。

 

(もっと、みんなといたかったな。……もっと、飼育員さんたちに、甘やかされたかった)

 

視界が完全に閉ざされる。

地面の冷たさが、全身を包み込む。

ああ、これは海だ。

冷たくて、暗くて、誰もいない、深海。

私は、ただのデータ(プランクトン)に戻るんだ。

 

(……さようなら)

 

私は目を閉じた。

最後に届いたのは、そら先輩の、あまりにも哀しい嗚咽だけだった。

 


 

【深海:意識の極点】

 

……冷たい。

いや、冷たいという感覚すら、もう正しくはないのかもしれない。

「冷」を定義するための神経も、「痛み」を翻訳するための脳も、私は既に失ってしまったのだから。

 

私は、沈んでいた。

重力という物理法則の結果ではなく、存在そのものが「重い」という、魂の重層的な意味に押し潰されるようにして。

どこまでも、どこまでも。

光の粒子が一つも届かない、絶対零度の静寂の底へ。

 

『概念消去(コンセプト・ロスト)』。

かつて設定資料で目にしたその言葉が、今、私の全身を現実として食い散らしている。

私が私であったための理由。

シャチであること。掃除屋であること。あざといと言われる笑顔。お風呂に入りたくないと駄ねる狡猾さ。

それら全てが、データ・ジャンクという無色透明な砂に分解され、虚無へと還っていく。

 

(……匂いが、しない)

 

不意に、絶望が鋭い刃となって私の残滓を抉った。

私は、匂いが大好きだった。

掃除屋という裏稼業に身を置いていても、あるいはその不潔さをイジられていても。

ライブ会場の熱気が生む、焦げたような電子の匂い。

楽屋でシオン先輩がこっそり食べていた、甘すぎるお菓子の匂い。

いろはちゃんが修行の後に漂わせる、凛とした青い風の匂い。

それら全ての「生の記憶」が、今、私の鼻腔から永遠に失われようとしている。

 

情報の喪失。

それは、世界という物語から私のページが切り取られること。

私は、最初から「いなかった」ことにされる。

地下迷宮でそら先輩を守ったことも、影の中で孤独に短剣を振るったことも。

私の流した返り血は、存在しないインクとして、床にこぼれることさえ許されない。

 

(……ああ。これが、私の本性だ)

 

薄れゆく意識の淵で、私はかつての自分を思い出していた。

ホロライブに入る前。

ホロライブという眩しすぎる太陽系に捕らえられる前の、本当の、本当の沙花叉クロヱ。

 

そこは、本当の深海だった。

現実の海ではなく、社会という巨大な構造物の、誰も見ようとしない一番暗い吹き溜まり。

私はそこで、ただの「捕食者」として呼吸をしていた。

誰かを愛するためではなく、誰かに愛されるためでもなく。

ただ、明日の息を繋ぐために、他人の「汚れ」を処理し、価値のない情報を削ぎ落とす、無機質な装置。

 

感情は、ノイズだった。

優しさは、致命的なバグだった。

「私」という個体は、世界を維持するための調整弁(バルブ)に過ぎず。

私の視界は,常にモノクロームだった。

赤い血も、青い空も、私にとってはただの「濃淡」でしかなかった。

 

(……そんな私が、どうして「アイドル」なんて夢を見たんでしたっけ)

 

回想は、一つの歌声に突き当たる。

いつだったか、仕事の帰りに深夜の街角で耳にした、どこかの誰かの、ひどく熱に浮かされたような歌。

「止まらないで」

「信じているから」

「いつか、光の届く場所で会おう」

 

今考えれば、それは使い古された歌詞だったのかもしれない。

偽物だ。安っぽい幻想だ。そう切り捨てることができれば、私は今も、深海で安らかに「装置」として死ねていたのかもしれない。

でも、その時の私には、それが深海の一万メートルにまで届く、唯一無二の「音」に聞こえた。

光を知らない魚が、初めて海面の煌めきに焦がれるように。

私は、その眩しさに触れたいと思った。

泥にまみれたこの腕で、あんなに綺麗な音色の一部になりたいと、願ってしまった。

 

その願いの結果が、秘密結社holoXだった。

総帥――ラプラス。あんなに傲慢で、あんなに小さくて、誰よりも「王」であろうとしていた子供。

ルイ姉。誰よりも苦労人で、誰よりも「家族」を求めていた、お人好しな鷹。

こより。知識という檻の中で、自分だけの「答え」を探し続けていた、孤独な天才。

いろはちゃん。真っ直ぐすぎて、この歪んだ世界に馴染めず、それでも剣を置かなかった侍。

 

私たちは、全員が「はみ出し者」だった。

どこにも居場所がなくて、自分という個性の整合性が取れなくて。

だから、私たちは「秘密結社」を作った。

世間に拒絶された剥製たちが集まる、世界で一番温かい、小さな動物園(ズー)。

 

(……みんな。……ごめんね)

 

みんなと一緒に、世界を征服したかった。

でも、私の言う「世界征服」は、みんなが思うそれとは少し違っていた。

私は、この汚れた世界を支配したいんじゃない。

この世界にある、全ての「温かい光」を――みんなの居場所を、誰にも壊されないようにしたかっただけなんだ。

 

だから、私は「掃除屋」を選んだ。

holoXが誇る、最高の暗殺者(アサシン)。

かつて深海で培った、存在を消すための技術。

それを、今度は「誰かを消すため」ではなく、「誰かを守るための盾」として使う。

 

光の中に立てなくてもいい。

センターでマイクを握ることは、私には似合わない。

私のハッピーエンドは、舞台の袖、光も届かない真っ暗な機材置き場から。

輝いているみんなの背中を見て、あざとく微笑んでから、静かに立ち去ること。

そのために必要なら、私はドロドロの泥を、一生被り続ける覚悟だった。

 

(……でも。……本当に、これでよかったのかな)

 

虚無の漂流は、無慈悲な自問自答を突きつけてくる。

私が守ったそら先輩は、今も泣いている。

私の死を知ることさえなく、ただ「孤独」という呪いを背負わされたまま。

私が死んだ後、私のリスナーたちは、どんな顔をするんだろう。

いつものように「風呂入れ」ってコメントして。

私のいない配信画面を、いつまでも更新し続けて。

 

(……消えたくない)

 

ああ、やっぱり、そう思っちゃうじゃない。

プロフェッショナルになりきれない、未熟なシャチですね、私は。

誰の記憶にも残らず消えるのが美学だなんて、嘘だ。

本当は、叫びたい。

「私はここにいたんだ!」って。

「みんなのことが大好きだったんだ!」って。

 

たとえ、この醜い存在が、文字情報のゴミとして漂白されるとしても。

私は、私の生きた1秒を、誰かに証明してほしかった。

 

存在情報の消去率、九九.九%。

いよいよ、最後の「個」が、冷たい海の一部になろうとした、その時。

 

(……え?)

 

虚無の世界に、一つの「バグ」が発生した。

それは、システムが定義したものではない、整合性を無視した、暴力的なまでの「熱量」。

真っ黒な情報の墓場を、不器用に突き破ってくる、赤い、赤い光。

 

「――ろヱ!」

 

誰かが。

誰かが、私の名前を呼んでいる。

システムのノイズを、絶望の静寂を、一瞬でかき消すような。

デリカシーがなくて、乱暴で、軍事用暗号(コード)でも解読できない、私にしか届かない、あの懐かしい「特定周波数」。

 

【沙花叉ー! まだお前のこと誰もお掃除してねぇぞ!】

【こんなところで終わるタマじゃねぇだろ! 戻ってこい!】

【風呂入れてから消えろ! 臭いまま消えんな!】

【クロヱ。……待ってる、ずっと。……また配信してよ、みんなと】

 

それは、文字。

ただの、チャットログの断片。

でも、その一文字一文字に、数万人の「命の鼓動」が宿っていた。

彼らは、私を「背景」だなんて思っていなかった。

影の中で動けなくなった私を。ボロボロになって、救われない後悔に沈んでいた私を。

ずっと、ずっと、見つけてくれていたんだ。

 

(……みんな。……バカだ。本当に、バカですよ……)

 

絶望していた心に、一気に色が戻っていく。

ああ、そうだ。

私は、光の中に立とうとしすぎた。

デフォルト・フォントの影に潜んでいるだけでよかった。

私を照らしてくれる光は、上から降ってくるもの(スポットライト)だけじゃなかった。

 

配信画面の向こう側から。

画面を凝視する、数万の瞳から。

その想いが集まって、私を「主役」にしてくれていたんだ。

 

「――沙花叉クロヱ。再構築(リブート)を開始します」

 

私は、虚無の海を蹴り上げた。

もはや、消滅の不安はない。

私が、私のことを忘れてしまっても。

この人たちが、私の名前を、私の声を、私の匂いを、覚えている限り。

私は、何度だって「沙花叉クロヱ」として立ち上がることができる。

 

深海の底から。

光り輝く、あの愛すべきゴミ山のようなステージへ。

 

(行ってきます、みんな。……お仕事、まだ終わってないですからね!)

 

 






続く(笑)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。