ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
場所:アキバ・サンクチュアリ最深部
そら先輩の「再生の歌」が響き渡る中。
「デリーター・レプリカ(王)」は、焦燥に駆られていた。
取り込んだはずの、消去したはずのアイドルたちが、次々と内側から復活し、絶望を塗り替えていくからだ。
「(おのれ……! なぜだ! データの墓場から戻れるはずがない!)」
王が、足元の影に潜ませていた暗殺兵を一斉に起動しようとした。
だが。
「(……その影、お掃除させていただきますね?)」
冷ややかで、しかし最高に愛らしい声が、王の足元から響いた。
「(……!?)」
王が愕然として足下を見る。
王自身の影が、不自然に波打ち、漆黒の液体となって噴き出した。
そして、そこから――一振りの巨大な鎌を担いだ、泥まみれの少女が、ゆらりと立ち上がった。
ザンッ!!
一閃。
出現しようとした影の兵隊たちが、その根源ごと真っ二つに切り裂かれ、デジタル・ノイズとなって弾け飛んだ。
「(ギャアアアア! 貴様、どの座標から現れた!?)」
「(ずっといましたよ。あなたの、その汚い影の中に)」
沙花叉クロヱ、完全復活。
私は砕けた仮面の破片を投げ捨て、ニッコリと微笑んだ。
いつもの、あざとくて、可愛い、そして最強の笑顔で。
「(クロヱちゃん!)」
足元で震えていたそらが、目を見開いて私を見上げている。
「(やっほー、そら先輩! 沙花叉、ちょっとお待たせしちゃいました!)」
「(……全く、油断も隙もない後輩だね。カッコつけすぎだよ)」
上空から、復活したすいせいが呆れたように、でも嬉しそうに笑う。
私は、手に持った鎌を軽く回した。
もう、重くない。足の感覚だって、ハッキリしている。
飼育員たちの意志という名の熱が、私の全身に満ち溢れている。
「(ねえ、王様。……私、お風呂は嫌いなんですけど)」
私は、小首をかしげて王を見上げた。
「(お掃除だけは……プロフェッショナルなんですよ?)」
私の背後に、巨大なシャチのオーラが立ち昇る。
共鳴周波数(レゾナンス・フリケンシー)、最大。
「『静寂の掃除屋(サイレント・クリーナー)』――・殲滅執行(エクスキューション)!」
私は影に溶け、王の懐へと飛び込んだ。
誰よりも速く。誰よりも鋭く。
光のアイドルたちが道を切り拓き、影の掃除屋がその「トドメ」を刺す。
ズバババババッ!
無数の斬撃が、王の概念を、その歪んだ正義を刻んでいく。
「(見ててくださいね、飼育員さん! これが、沙花叉の本気です!)」
最後の一撃。
私は王の核(コア)の真上に躍り出た。
仮面の下の瞳が、紅く、美しく輝く。
「(ぽえっ!)」
可愛い掛け声と共に、容赦のない一撃が振り下ろされた。
闇を切り裂く真紅の軌跡。
それが、ハッピーエンドへの扉をこじ開ける、最後の一押しとなった。
配信アーカイブ:深海のシャチが見た、温かい悪夢の話
配信タイトル:【雑談】変な夢を見たので聞いてください!…お風呂は入ってないけど!【沙花叉クロヱ/ホロライブ】
【序章:汚部屋の片隅で】
カチカチ、というマウスのクリック音が静かな部屋に響く。
ここは秘密結社holoXのアジト……の一角にある、沙花叉クロヱの自室。
通称「汚部屋」。
脱ぎ散らかした衣装、飲みかけのペットボトル、数日放置された洗濯物の山。
この混沌(カオス)こそが、彼女にとって世界で一番心地よい、自分だけの「深海」だった。
クロヱは、愛用のゲーミングチェアの上で体育座りをしながら、モニターを眺めていた。
配信開始前、待機所には既に三万人を超える飼育員が集まり、コメント欄が音速で流れている。
『沙花叉、生きてるか?』
『夢の話、全ホロメンがしてる模様』
『昨日の配信なかったの心配したんだぞ』
『【定期】風呂入れ』
「……むぅ。またお風呂の話してるし」
クロヱは頬を膨らませた。
今日は、どうしても話したいことがあった。
昨晩見た、長く、苦しく、そして最後には最高に眩しかった、あの「夢」の話。
起きた時、頬を伝っていた涙の跡が、まだ少しだけ突っ張っていて、それがなんだか誇らしかった。
(……怖かったなぁ、やっぱり)
夢の中の自分は、いつもの「ぽえぽえ」した沙花叉じゃなかった。
鋭くて、冷徹で、孤独を誇る、一匹の掃除屋。
あれが「偽物の自分」だなんて、言い切れない。
私の心の奥底には、ああいう冷たい影が、今でもずっと居座っているのを知っている。
でも。
夢の最後で、私の名前を呼んでくれた「みんなの声」が、その影を温かく溶かしてくれた。
「よし!」
クロヱはパンパンと自分の頬を叩き、気合を入れた。
今日、ちゃんと話そう。
いつもの雑談だけど、沙花叉クロヱの、一番大切な「核(コア)」の話。
マウスを操作し、配信開始ボタンを力強くクリックする。
画面が切り替わり、ポップなBGMが鳴り響く。
「ぽえ~! こんこんきーつね! ……じゃなかった! 間違えた! ばっくばっくばくーん!沙花叉だよ~!!」
【第一章:いつものポンコツ、いつもの匂い】
【配信画面】
画面には、Live2Dの沙花叉クロヱ。
背景は、実録・汚部屋。
クロヱ「みんなどうも~! 秘密結社holoXの掃除屋、インターン生の沙花叉クロヱでしゅ! ……あ、噛んだ。今のはマイクのバグでしゅ!」
【Chat】
: 噛んだw
: でしゅw
: 背景がリアルすぎて草
: 臭ってきそう
: 【定期】風呂入れ
クロヱ「も~! 開始数秒でお風呂の話禁止! 沙花叉、今日はね、大事な話を真面目にしにきたんだからね! ……あ、背景? これはね、昨日の夜、ちょっと『世界のお掃除』が忙しくて片付けられなかっただけ! 掃除屋は、他人のゴミは消すけど、自分のは保管する主義なの!」
【Chat】
: 保管(放置)
: ゴミ屋敷の掃除屋w
: 昨日、配信なかったのそれのせい?
: 世界のお掃除(笑)
クロヱ「笑わないでよ~! 本当に、昨日はすっごく大変だったんだから……。……みんな、もう他の人の配信見た? フブキ先輩とか、そら先輩とか」
【Chat】
: 見たよ。全員同じ夢見てるっぽいな
: 異変解決の夢でしょ?
: 集合意識のバグかなにかか?
: 沙花叉、お前もいたのか?
クロヱ「……うん。いた。沙花叉もね、いたんだよ。……その夢の世界に」
クロヱは、マイクとの距離を少し縮めた。
コメント欄を追う目が、わずかに細められる。
クロヱ「夢の中の世界はね、UDXが迷宮になってて、真っ暗だったの。……空にはノイズが渦巻いてて、みんなが傷つきながら戦ってて。……沙花叉はね、ずっと影の中にいたんだ」
【Chat】
: 影?
: 逃げてたのか?
: さすが捕食者(笑)
クロヱ「違うよ、逃げてないよ。……沙花叉はね、『掃除』をしてたの。みんなが光の中で戦ってる裏側で、忍び寄る悪いやつらを、一人で、コソコソと消してたんだ。……だって、沙花叉は掃除屋だから。かっこいいところは先輩たちに任せて、泥を被るのが、自分の仕事だと思ってたから」
画面の中のクロヱが、少しだけ寂しそうに微笑む。
クロヱ「夢の中の沙花叉はね、すっごく強かったんだよ。隠密(ステルス)して、短剣で敵をザシュッ!って。……誰にも気づかれずに。……でもね、すっごく、切なかった。目の前でみんなが傷ついてるのに、声をかけちゃいけない気がして。『助けて』なんて、掃除屋が言っちゃいけない気がしてさ」
【Chat】
: 沙花叉……
: それ、寂しすぎるだろ
: 全然そんなことないのに
: お前、真面目すぎ
クロヱ「それでね……最後、そら先輩が、本当にピンチになっちゃったの。王様の影から、暗殺者が現れて……。誰も気づかなかった。……気づいたのは、同じ影にいた沙花叉だけだった」
【第二章:赤い光と、再生の歌】
クロヱは、言葉を噛みしめるように話し続けた。
彼女が影から飛び出した時の、あの足の痛み。
自分の胸を貫いた、冷たい棘の感触。
そして――消えてしまおうと思った時に、聞こえてきた「声」。
クロヱ「……倒れた時、目の前でそら先輩が泣いてて。沙花叉のことに、全然気づいてなくて。……ああ、このまま消えるのが一番いいんだなって。掃除屋らしく、静かに消えようって思ったの。……でもね」
クロヱは、モニターの向こう側にいる「三万人」を真っ直ぐに見つめた。
クロヱ「聞こえたんだよ。『沙花叉!』って。『起きろ!』って。……みんなの声がさ。真っ暗な海の底みたいな場所に、ポツポツって、赤いペンライトの光が灯りだして」
【Chat】
: ……
: それ、俺たちか
: 画面越しに叫んでたよ
: 沙花叉、消えるなよ
クロヱ「うん。届いてた。……『お前は最高の掃除屋だ』って、『カッコいいぞ』って、みんなが言ってくれたんだよ。誰も見てないと思ってたのに、みんな……沙花叉のこと、ずっと見ててくれたんだよね。……ボロボロで、汚れてて、臭いかもしれない沙花叉のことを」
クロヱは、鼻をすすった。
Live2Dのアバターが、彼女のリアルな震えを不器用にトレースしている。
クロヱ「バカだよね、沙花叉。……掃除屋は孤独だなんて、勝手に思い込んで。……こんなにたくさんの飼育員さんが、ずっと、隣にいてくれたのにね。……あーあ、泣いちゃった。配信で泣くの、恥ずかしいから禁止なのに~!」
【Chat】
: 泣け泣け
: ずっと見てるぞ、沙花叉
: お前がいないと寂しいんだよ
: 風呂は明日でいいから、今日は泣け
クロヱ「えへへ……ありがと。……でね、みんなの声のおかげで、沙花叉、大復活しました! ドカーン!って影から出て、王様をボコボコにして、みんなで『ただいま!』って言って……」
クロヱは、大げさにジェスチャーをしてみせた。
暗い雰囲気はここまでだ。
彼女は今、最高に「明るい場所」で、大好きな人たちに囲まれているのだから。
【終章:愛すべき汚れ、そして浴室へ】
クロヱ「……とまあ、そんな不思議な夢を見たんだ。……ねえ、みんな。これ、ただの夢かもしれないけど。……沙花叉はね、忘れないよ。みんなが私の名前を呼んでくれた、あの瞬間の熱」
彼女は、胸に手を当てた。
クロヱ「もし……もし、本当にいつか、世界が大変なことになっても。……沙花叉は、隠れないよ。堂々と泥を被って、みんなが愛してくれるホロライブを、絶対に守り抜くから。……だから、これからもよろしくね、飼育員さん!」
【Chat】
: 任せろ!
: 約束だぞ!
: シャチの底力見せてくれ!
: よかった、沙花叉が沙花叉で
クロヱ「ん! ……あ、そうだ! あと一つ、大事なこと思い出した! 夢の最後、復活した後に、シオン先輩がね……抱きついた後に、『臭いッ!』って言ったんだよ! ……あれ、夢なのにひどくない!? 失礼しちゃうよねぇ!」
【Chat】
: 草
: リアリティありすぎw
: シオン先輩、正論。
: 夢の中でも臭いのかw
クロヱ「むぅー!! 臭くないもん! ……でも、まあ……。……あのね、その時感じたシオン先輩の体温とか、汗の匂いとか。……それが、なんだかすごく『生きてる』感じがして。……私、嫌いじゃなかったんだ」
クロヱは、少し頬を赤らめて囁いた。
クロヱ「……だから。……今日は、お風呂、入ろうかなぁ。……シオン先輩と、明日コラボで会うし。……嫌われたくないし。……ね?」
【Chat】
: !!
: ついに!?
: 沙花叉が、風呂に!?
: 歴史的転換点
: 頑張れ、沙花叉。
クロヱ「じゃあ! 今日は本当におしまい! みんな、お話聞いてくれてありがと! 愛してるよ~! ……バイバイ! おつクロ~!!」
配信が終了し、画面に「Offline」の文字が浮かぶ。
クロヱはヘッドセットを外し、ふぅ、と深い溜息をついた。
部屋は散らかったままだ。
でも、昨日の夜、夢の中で感じたあの重苦しい「汚れ」とは、何かが決定的に違う。
これは、私がここで生きて、戦って、みんなと笑い合った「証」なのだ。
「(……ま、綺麗にして、明日シオン先輩を驚かせますか)」
クロヱは、乱雑に置かれたバスタオルを手に取り、立ち上がった。
浴室へと向かう彼女の足取りは、いつになく軽やかだった。
その口からは、夢の最後にみんなで歌った、あの眩しい「再生の歌」がこぼれていた。