ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
【視点:Mori Calliope】
【フェーズ:概念消去 ~伝説級覚醒】
RIP(安らかに眠れ)
(……Damn it. 韻(ライム)が踏めねぇ)
白い世界。
喉が焼けるほど熱いのに、言葉が出てこない。
自慢の大鎌『Ricky』が、管理者の放つ無菌の光の中で錆びついていく。
目の前には、無機質な笑顔を浮かべた管理者(アドミニストレーター)。
『対象:Mori Calliope。修正パッチ適応』
『エラー原因:死への不敬、および騒音(ラップ)』
管理者の冷徹な声が、あたしの魂(ソウル)をジャッジする。
『死とは、静寂であるべきだ』
『お前のように騒ぎ立て、言葉を弄び、死をエンターテインメントにするなど、言語道断』
『本来の職務に戻れ。歌など忘れて、ただ粛々と魂を刈り取ればいい』
「Hah……? ふざけんなよ……」
言い返そうとした。
あたしたちの休暇(エンタメ)を奪うんじゃねぇって。
人間たちは、あたしの歌で死ぬ気(ALIVE)になってんだよって。
ウェイトレス(給仕)からマイクを奪ったあの日から、あたしはこれっぽっちも変わっちゃいねぇ。
でも、音が出ない。
あたしの喉(声帯)から、音楽という概念が削り取られていく。
(あ、マズい……)
足元から、黒い霧が立ち上る。
それはあたしの衣装、あたしのマイク、あたしの……居場所。
『Calli!!』
Kiaraの、太陽みたいに眩しい声が聞こえた。
「また明日ね」って、当たり前みたいに笑う不死鳥の顔が浮かぶ。
Guraのふざけた笑い声も。Inaの静かな、でも確かな温もりも。
Ameが時計の針を戻す、あの懐かしいクリック音も。
全部、遠ざかっていく。
(Sorry, Dead Beats.)
(あたし、また……死神(しごと)に戻るみたいだわ)
視界がフェードアウトする。
最後に残ったのは、管理者の「静かでいい子だ」という、吐き気がするほど優しい呪いだけだった。
灰色の1日目:アンダーワールド・オフィス
「Next(次)。」
重厚な木の扉が開く。
入ってきたのは、おどおどした老人の霊魂。
「……名前は?」
「あ、あの……」
「Name.(名前だ)」
あたしが座っているのは、終わりのない書類の山に囲まれた、巨大な事務机。
場所は冥界(アンダーワールド)。
ここには色がない。音がない。
あるのは、死に絶えた静寂(しずけさ)と、終わらない事務処理だけ。
あたしの手にあるのは、マイクじゃない。重たい万年筆。
着ているのは、派手なストリートファッションじゃない。
古臭い、喪服のようなドレス。
「書類不備。第4層へ行け」
淡々と判子を押す。
感情なんて込めない。
だって、これは仕事だから。
死神の仕事に、いちいち感情移入していたら身が持たない。
昔、Sensei(師匠)にそう教わった。
(……そうだっけ?)
ふと、ペンを止める。
何か、大事なことを忘れている気がする。
もっとこう……熱くなれる。魂が震えるような――。
「Something's missing...」
あたしは首を振って、再びペンを走らせた。
あたしはMori Calliope。死神の第一弟子。
システムの歯車。
それ以上でも、それ以下でもない。
灰色の100日目:Workaholic(仕事中毒)
この世界に来て、もうどれくらい経っただろう。
時間という概念が曖昧なここでは、100日も100年も同じことだ。
「Next.」
「Next.」
「Next.」
あたしは、有能(パーフェクト)だった。
誰よりも早く書類を処理し、誰よりも正確に魂を選別する。
休憩なんて取らない。
食事もワインも必要ない。
ただ、空白を埋めるように働き続けた。
何もしない時間が怖かったからだ。
手を止めると、耳の奥で「キーン」というノイズ(しずけさ)が鳴る。
それが、なぜか酷く寂しくて、怖くて、たまらない。
(働け。働け。余計なことを考えるな)
書類の山に埋もれていれば、あたしは有能な死神でいられる。
誰の期待も裏切らない。
誰にも「下手くそ」だと笑われない。
「お前の代わりなんていくらでもいる」と言われることもない。
ここは安全だ。
批判(ヘイト)も、炎上も、プレッシャーもない。
あるのは、絶対的な死という平穏だけ。
「Hah... 完璧じゃん」
自嘲気味に笑ってみる。
でも、その笑い声は、乾いた砂のように部屋の隅へ消えていった。
誰も聞いていない。
冥界(ここ)には、あたししかいないから。
灰色の??日目:Dead Beat(死者の鼓動)
その日も、あたしは判子を押していた。
来る日も来る日も、死んだ魂の行列。
「Next.」
入ってきたのは、若い男の霊魂だった。
ヘッドフォンを首にかけている。
死んだばかりなのか、まだ生前の未練が残っているような、落ち着きのない目。
「……名前」
「あ、えっと……」
男は、あたしの顔を見て、ハッとした。
「あの……あんた、もしかして……」
「質問は許可していない。名前を言え」
「カリ……オペ? 森カリオペじゃねーか!?」
ピクリ。
筆先が止まった。
その名前。
あたしの魂(リリック)に刻まれた、懐かしい響き。
「人違いだ。あたしはただの死神(Reaper)だ」
「いや、絶対そうだ! あたし、あんたの配信見てたんだよ! ライブも行った!」
男が興奮して身を乗り出す。
配信? ライブ?
何を言っているんだ。あたしにそんな予定(スケジュール)は――。
「あんたのラップ、最高だったよ! あの『Excuse My Rudeness』とか、マジで痺れた!」
「……え?」
「おい、聴かせてくれよ! 新曲とかねーの? ここ冥界だろ? 本場のデスボイスってやつ!」
男が無邪気に笑う。
その笑顔を見た瞬間。
ドクン。
あたしの左胸で、止まっていたはずの心臓が跳ねた。
(うるさい)
頭の中で、警報が鳴る。
思い出すな。戻るな。
あそこは苦しい場所だ。
歌詞が書けなくて唸って、喉が潰れるまで叫んで。
それでも「足りない」って足掻く、地獄みたいな場所だ。
「……静粛に」
あたしは、冷たく言い放った。
「ここは神聖な審判の場だ。俗世のノイズを持ち込むな」
「え……?」
「お前は死んだんだ。音楽なんて、もう聞こえない。諦めて地獄へ行け」
ドン!
判子を叩きつける。
男は、悲しそうな、失望したような顔をして、俯いた。
その顔が、あたしの胸を抉る。
「……そっか。死んだら、終わりか」
「……」
「あんたも……死んじまったんだな」
男が呟いて、扉の向こうへ消えていく。
残された執務室。
再び訪れる静寂。
(……あたしを判じろ(Judge me)。)
あたしは、ペンを握りしめた。
カツ、カツ、カツ。
無意識に、ペン先で机を叩いていた。
リズムを刻んでいた。
(違う。これは貧乏ゆすりだ)
(あたしはラップなんてしない)
(あたしは……)
『Calli!!』
『Listen up, Dad!』
『You call this a death? Lame!!』
幻聴が聞こえる。
Dead Beats(アイツら)の声。
生意気で、やかましくて。
中でもあたしの声を待っていてくれた、共犯者たち。
「……Shut up」
耳を塞ぐ。
でも、リズムは止まらない。
あたしの心臓が、血管が、魂が。
8ビートのリリックを刻み始めている。
ズン、ズン、チャッ。
ズン、ズン、チャッ。
「やめろ……」
「あたしを、あっちに戻すな……!!」
机の上のインク瓶が、微振動で揺れている。
静寂なUnderworldに、小さな波紋が広がっていく。
それは、Mori Calliopeという名の怪物が。
長い眠りから目覚める前奏曲(プレリュード)だった。
【視点:Mori Calliope】
【フェーズ:後半(伝説級覚醒 ~ 管理者との対峙)】
死神の失職(R.I.P)
ズン、ズン、チャッ。
ズン、ズン、チャッ。
執務室の床が、魂の底から突き上げてくるようなビートに揺れている。
Underworld(ここ)だけじゃない。
地獄の底から、何千、何万という魂たちが、あたしの声を求めて足を踏み鳴らしているのだ。
「What the hell...? 何が起きている?」
ペンのインクが激しい振動で飛び散り、書類に黒いシミを作る。
そのシミが、あたしには不敵に笑う髑髏(ドクロ)のマークに見えた。
『We want Calli!』
『We want Calli!』
『Give us the MIC!』
(Dead Beats……!)
聞こえる。
あたしのリスナー。あたしの家族。
生きてる奴も、死んだ奴も、関係ねぇ。
アイツらは執念深いんだ。あたしが引退(ロスト)したくらいで、成仏してくれるようなタマじゃない。
パリーン!!
重厚な執務室の窓ガラスが、物理的な音圧に耐えかねて粉々に砕け散った。
そこから吹き込んできたのは、管理者のような無菌の風じゃない。
硫黄とお香、そして焼けるような熱狂。あたしの愛すべき、腐れ縁の風だ。
『警告。異常振動発生。騒音レベルが規定値を超えています』
管理者が現れた。
相覚えず、人形のような澄ました顔をしてやがる。
『Mori Calliope。職務に戻りなさい』
『死者に歌など不要。静寂こそが救いだ』
その言葉を聞いた瞬間。
あたしの中で、何かが「プツン」と音を立てて千切れた。
「静寂(しずけさ)が、救いだ(Peace)って……?」
あたしはゆっくりと立ち上がった。
喪服のようなドレスを、力任せに掴む。
「Hah! 笑わせんなよ」
ビリィッ!!
あたしは、その窮屈なドレスを引き裂いた。
下から現れたのは、黒と赤の、攻撃的なストリート・ファッション。
管理された人形(しにがみ)じゃない。
地下冥界(アンダーグラウンド)から這い上がった、ラッパーの姿だ。
「死ぬのがゴールだと思ってんのか?」
「いいや、死ぬのは……始まり(Intro)だろ!?」
あたしは、手にした万年筆を空中に放り投げた。
ペンが黒い霧に包まれ、巨大な質量を持って変形する。
あたしの相棒。
魂を刈り取るための、そしてリリックを刻むための大鎌。
『Ricky』が、あたしの手に戻ってくる。
「Sorry for the wait, guys!」
「死神(あたし)のお出ましだッ!」
Underworld rave(冥界レイヴ)
伝説級(レジェンド)能力:『冥界の狂宴(Dead Beats・Party-Night)』。
あたしが鎌を一閃すると、灰色のオフィスが極彩色に塗り替えられた。
薄暗い蛍光灯は、ド派手なネオンライトへ。
整然としたデスクは、巨大なスピーカー(墓石型)へ。
そして、山積みの書類は、宙を舞う紙吹雪(リリック)へと変わる。
「なっ……ここは神聖な審判の場だぞ!?」
管理者が狼狽する。
「神聖? 知らねぇな!」
「ここはあたしのテリトリー(Club)だ!」
あたしは、スピーカーの上に飛び乗った。
マイクを握りしめる。
指が、魂が、焼けるように熱い。
「A-yo! 死にぞこないのテメェら! 調子はどうだ!?」
『YEAHHHHHHHHHHHH!!!!』
地鳴りのような歓声。
Dead Beatsたちが、ホログラムのように浮かび上がり、ペンライト(蝋燭)を振っている。
『馬鹿げている……死者を扇動するなど……!』
管理者が、光の鎖を放ってくる。あたしの動きを封じる気だ。
「遅ぇよ!」
あたしは、激しいビートに乗ってステップを踏んだ。
鎖が空を切り、スピーカーに当たって火花を散らす。
その音さえも、あたしのトラックの一部(サンプリング)に取り込む。
「Listen up! 管理者さんよぉ!」
「お前は完璧(Perfect)が好きらしいな?」
韻(ライム)を執拗に刻みながら、管理者に肉薄する。
鎌の刃先が、管理者の鼻先をミリ単位で掠める。
「反映(リフレクト)すんのは無菌(きれい)なだけの音楽じゃねぇ!」
「ノイズがあって、歪みがあって、魂(ソウル)が軋む音がするから……!」
あたしは、鎌をギターのように構え、真空の刃を弾いた。
「生きてる(Alive)実感がすんだろォがッ!!」
The Grim Reaper is a Live-Streamer
『ぐぅッ……システムが……リズムに侵食される……!?』
あたしの刻むビートが、白い世界を黒く塗り替えていく。
管理者の白い装甲に、極彩色のノイズが、スプレーアートのリリックとして刻まれていく。
『PEACE』『RIP』『CALLI』。
「あたしはずっと迷ってた」
ラップを続ける。
これはバトルじゃない。自分語り(ソロ)だ。
「地下で燻ってた頃も。煌びやかなステージに立った時も」
「あたしはこれでいいのか? 死神が人間の真似事をしていいのかって」
でも。
目の前のDead Beatsを見る。
アイツらは笑ってる。泣いてる。叫ってる。
あたしの歌で、死んでた心が生き返っている。
「答えは最初から出てたんだよ」
あたしは、宙に浮かぶ巨大な鎌を、管理者の頭上に振りかざした。
刈り取るのは、命じゃない。
この世界の退屈(サイレンス)だ。
「あたしは死神(Reaper)で、ラッパー(Rapper)で、お前らのDadだ!」
「矛盾上等! どっちも本気の二刀流(Scythe)だ!!」
「これでフィナーレだ! 『死神の一撃(Death-Sentence)』――!!」
ズガァァァァァァァン!!
一撃。
管理者の展開した静寂結界が、物理的な重低音によって粉砕された。
白い世界に、極彩色の爆風が吹き荒れる。
それは、あたしたちが積み上げてきた、数年間の熱狂そのものだった。
Epilogue:End of a Life? No.
爆風が収まる。
静寂が戻る……ことはなかった。
『Calli! Calli! Calli!』
鳴り止まないコール。
あたしは、肩で息をしながら、ニッと不敵に笑った。
ワインをラッパ飲みする。
あぁ、不味い。死ぬほど不味い。
――でも、最高に美味い。
「Hah. 今日はこれくらいにしといてやるよ」
あたしは、管理者を見下ろした。
彼の白い身体は、あたしのスプレーアートでファンキーな柄に汚されていた。
「アンタも、たまには肩の力抜きな」
「死ぬほど働いた後は……」
「死ぬほど遊ぶんだよ」
あたしは、マイクを放り投げた(Mic Drop)。
カラン、という軽い音が響く。
それが、この物語のオチ(Outro)。
「Dead Beats! 帰って配信すんぞ!」
『YEAHHHHHHHHHHHH!!!!』
あたしは背を向けて歩き出した。
もう迷わない。
この鎌とマイクがある限り。
あたしの行く場所はどこだって。
最高のステージ(ライブ会場)になるんだから。
Peace Out.