ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
視点:尾丸ポルカ
【道化師の退場】
(ポルカ、おるか?)
(……もう、おらんよ)
白い世界。
管理者の指先が、私の胸元に触れた瞬間、そう思った。
抵抗する気も起きなかった。
だって、相手は「完璧」なんだもん。
ポルカみたいな、継ぎ接ぎだらけのサーカス小屋じゃ、勝てるわけないっしょ。
「(対象:尾丸ポルカ。修正パッチ適応)」
「(エラー原因:『過剰な演技性』および『空虚な自己』)」
(あーあ。言われちゃった)
空虚。
そう、私はいつだって空っぽだった。
誰かを笑わせたくて、自分を見てほしくて、派手な衣装を着て、化粧をして、バカ騒ぎをして。
でも、ふとした瞬間に思うんだ。
「この化粧を落としたら、私には何が残るんだろう」って。
「(お前は疲れている)」
「(道化を演じることに。誰かの機嫌を窺うことに)」
「(もう、休みなさい。普通の、静かな世界で)」
管理者の言葉は、呪いみたいに優しかった。
私の足元から、極彩色の衣装が色褪せていく。
ジャグリングのボールが落ちる。
スポットライトが消える。
(そうだね)
(もう、頑張らなくていいのかな)
私は目を閉じた。
ごめんね、みんな。
座長、ちょっと長めの休憩に入るね。
プツン。
世界から「色」が消えた。
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【灰色の1日目:ノイズのない朝】
「……ん」
目が覚めると、私は布団の中にいた。
見慣れない、でもどこか懐かしい天井。
6畳一間の、狭いアパート。
カーテンの隙間から、薄曇りの光が差し込んでいる。
(ここ、どこだっけ)
体を起こす。体が重い。
洗面所に向かい、鏡を見る。
そこには、すっぴんの、黒髪の、地味な少女が映っていた。
目の下にクマがある。髪はボサボサ。
どこにでもいる、疲れた顔の女の子。
「(……ああ、そっか)」
「(私、今日から『普通』なんだ)」
学校に行かなきゃ。あるいは、バイトに行かなきゃ。
私は制服(あるいは地味な私服)に着替えた。
派手なフリルも、リボンも、尻尾もない。
ただの布切れ。
外に出る。
街は灰色だった。
空も、アスファルトも、行き交う人々の服も。
みんな、スマホを見ながら、無言で歩いている。
誰も笑っていない。誰も叫んでいない。
でも、誰も傷ついていない。
(静かだなぁ)
私は、満員電車に揺られた。
誰かの足を踏んでしまって、「すみません」と小声で謝る。
相手は無視して、イヤホンを直す。
それだけ。
とくにドラマも起きない。オチもない。
「(……楽かも)」
誰かを笑わせなきゃいけないプレッシャーがない。
「ポルカ!」って呼ばれることもないから、それに応える必要もない。
ただ、空気のようにそこにいればいい。
その日は、誰とも会話せずに終わった。
家に帰って、コンビニの弁当を食べて、寝た。
何の感想もない一日。
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【灰色の3日目:喉の渇き】
この世界に来て、3日が経った。
私は、自分が何者だったのか、少しずつ忘れ始めていた。
(前は、もっとうるさかった気がするんだけどな)
コンビニのバイト中、レジ打ちをしながらぼんやり考える。
お客さんが来る。「いらっしゃいませー」と言う。
マニュアル通りの、抑揚のない声。
ふと、喉の奥がムズムズした。
叫びたい。
「ポルカおるかー!?」って、馬鹿でかい声で叫んで、レジの上の肉まんを全部放り投げたい。
お客さんを驚かせて、笑わせたい。
でも、やめた。
そんなことをしたら、変な人だと思われる。
怒られる。クビになる。
この世界では、「普通」であることが正義だから。
「(……っ)」
私は、咳払いをして、喉の渇きを誤魔化した。
ここは平和だ。
誰も私を指差して笑わない。
でも、誰一人として、私を見てくれない。
私は、透明人間になったみたいだった。
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【灰色の7日目:鏡の中のピエロ】
一週間が経った。
私は、完全にこの世界に馴染んでいた。
朝起きて、働いて、帰って、寝る。
その繰り返し。
夜。
私は、部屋の鏡の前に座っていた。
手には、どこかで買ったリップスティック。
(……何してるんだろ、私)
無意識のうちに、唇に赤い色を塗ろうとしていた。
でも、手が震えて塗れない。
この灰色の世界で、私だけが色を持つことは、許されない気がした。
『お前は空虚だ』
管理者の声がリフレインする。
そうだよ。
化粧を落とした私は、こんなにつまらない人間なんだ。
話も面白くないし、特技もないし、ただ寂しがり屋なだけ。
「(ポルカなんて……いなかったんだ)」
私は、リップスティックをゴミ箱に捨てた。
もう、夢を見るのはやめよう。
フェネックも、サーカスも、全部私の妄想だったんだ。
私は布団に入った。
目を閉じる。
このまま眠って、また灰色の朝を迎える。
それを、死ぬまで繰り返す。
それが私の「幸せ」なんだ。
(……うぅ)
涙がこぼれた。
幸せなはずなのに。
どうしてこんなに、胸が苦しいんだろう。
どうしてこんなに、誰かの声が聞きたいんだろう。
「(誰か……名前を呼んでよ……)」
「(『おるか』って……聞いてよ……)」
その時。
真っ暗な天井に、ヒビが入った。
ピシッ。
(え?)
ヒビの隙間から、眩しい光が漏れてくる。
そして、文字が降ってきた。
灰色の世界には存在しないはずの、極彩色の文字たち。
『ポルカおるか?』
『ポルカおるか!?』
『おるよな!? 返事しろ座長!!』
【化粧(ペイント)の時間】
『ポルカおるか?』
『ポルカおるか!?』
天井の亀裂から降り注ぐ、文字の雨。
それは、灰色の部屋にはあまりにも似つかわしくない、極彩色のノイズ。
「(……うるさいなぁ)」
私は、涙を拭った手を見つめた。
手が震えている。
でも、さっきまでの「恐怖」の震えじゃない。
これは……「武者震い」だ。
『座長! 公演時間過ぎてんぞ!』
『寝てんじゃねーよ!』
『俺たちを置いてくな!』
(バカだなぁ、みんな)
(私は、空っぽなんだよ?)
(化粧を落としたら、ただの地味で、つまらない女の子なんだよ?)
でも。
みんなは呼んでいる。
「素顔の私」なんてどうでもいい。
みんなが求めているのは、私が全力で演じ、命を燃やして作り上げる「尾丸ポルカ」というエンターテイメントなんだ。
「(……そっか)」
私は、ゴミ箱を蹴り飛ばした。
中から、さっき捨てたリップスティックが転がり出る。
私はそれを拾い上げ、鏡に向き合った。
「(空っぽなら……詰め込めばいい)」
鏡の中の、疲れ切った私。
その唇に、紅を引く。
真っ赤に。派手に。
「(私が空っぽなのは、みんなの声を響かせるための『空洞(ホール)』だからだ!)」
頬にペイントを描く。
目に星を入れる。
ジャージを脱ぎ捨てる。
『ポルカ! ポルカ! ポルカ!』
部屋中に響くコール。
狭い四畳半の壁が、耐えきれずに弾け飛ぶ。
灰色の街並みが、崩れ去っていく。
「(待たせたな、座員ども!!)」
私は、鏡に向かって、ニカっと笑った。
牙を剥いて。目をひん剥いて。
世界で一番、騒がしい道化師の顔で。
「(ポルカは……ここにおるよ!!)」
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【世界劇場(ワールド・イズ・ステージ)】
場所:白紙の世界(システム・ホロアース)
「(警告。論理エラー発生。世界の色相バランスが……崩壊しています)」
管理者は、視界がチカチカするのを感じていた。
白かったはずの世界に、原色のペンキをぶちまけたような「歪み」が発生している。
「(なんだ? 何が来る!?)」
ジャジャーン!!
パッパラパー!!
突然、虚空からふざけたファンファーレが鳴り響いた。
そして、上空から巨大な「テント」が降ってきた。
ズドォォォォン!!
テントが開き、中から玉乗りをした少女が飛び出してくる。
尾丸ポルカ、復活。
その姿は、サーカス団長を超え、サーカスの「概念」そのものを纏ったようなド派手な衣装。
背中には、プロペラと拡声器と楽器が融合した、謎のユニットを背負っている。
「(レディース・エン・ジェントルメン!!)」
「(そして管理者の旦那ァ!!)」
ポルカは、空中でジャグリングをしながら叫んだ。
「(よくも私を、あんな退屈な世界に閉じ込めてくれたねぇ!)」
「(静かで、平和で、何事もなくて……)」
彼女は、ボールの一つを管理者に投げつけた。
ボシュッ!
ボールが弾けて、中からパイが出てきで、管理者の顔面にヒットする。
「(退屈すぎて、死ぬかと思ったわボケェ!!)」
「(貴様……!)」
管理者が光の剣を生成する。
だが、ポルカは指を振った。
「(チッチッチッ! ここはもう、私の『舞台』だよ!)」
伝説級(レジェンド)能力:『世界劇場(ワールド・イズ・ステージ)』。
ポルカが両手を広げると、周囲の景色が一変した。
地面がトランポリンに。
空がテントの屋根に。
そして、周囲の空間には、無数の「座員(リスナー)」たちの幻影が、観客として出現する。
「(この空間では、シリアスは禁止!)」
「(全ての攻撃は『芸』になり、全てのダメージは『リアクション』になる!)」
「(ふざけるな!)」
管理者が極大ビームを放つ。
しかし、そのビームはポルカに当たる直前で「紙吹雪」に変わり、ポルカを煌びやかに演出するだけだった。
「(わーお! 綺麗な照明(ライティング)! ありがとね!)」
【騒乱のロンド】
「(ポルカちゃん!)」
復活した そら先輩 が、目を丸くしている。
「(そら先輩! 突っ立ってちゃダメダメ!)」
ポルカは、そら先輩の手を取って、強引に玉乗りの玉の上に乗せた。
「(きゃっ!?)」
「(アイドルなら、バランス感覚も大事っしょ!)」
ポルカは戦場を駆け回る。
悲壮感なんて、もうどこにもない。
彼女がいるだけで、そこは「お祭り会場」になる。
「(いくよ座員たち! 出番だ!)」
ポルカが指揮棒を振るう。
観客席(幻影)の座員たちが、一斉に「投擲」を開始した。
投げられるのは、コメント、スパチャ、そして「愛」。
バラバラバラバラッ!!
「(痛い痛い痛い! 物理!?)」
管理者が、愛の礫(つぶて)に打たれてよろめく。
「(ポルカのサーカスは、観客参加型なんだよ!)」
ポルカは、空中ブランコに飛び乗った。
高く、高く舞い上がる。
白い世界の天井に、頭がぶつかりそうなくらい高く。
「(私は、空っぽだ)」
「(だからこそ! みんなの声を、熱を、こんなにいっぱい詰め込めるんだ!)」
彼女の背中のユニットが、激しく回転し始める。
座員たちの歓声をエネルギーに変えて。
「(管理者! お前の『完璧』な世界に……)」
「(泥臭くて、騒がしくて、最高に愛おしい『カオス』をぶち込んでやる!!)」
【グランドフィナーレ】
「(『座長の大道芸』――オマル・イン・ザ・スカイ!!)」
ポルカは、ブランコから手を離した。
落下。
ではない。
彼女は、自らを「花火」として打ち上げたのだ。
ヒュルルルルルル……
管理者の目の前で。
ポルカという存在が、弾けた。
ドッカァァァァァァン!!!!!
夜空を埋め尽くすような、極大の花火。
色は、赤、青、黄、緑……数え切れないほどの色。
それは攻撃ではない。
世界を「祝福」し、「驚かせ」、「笑顔にする」ためのエネルギーの爆発。
「(ぐ……あぁぁぁ……!?)」
管理者の白い装甲が、ペンキを浴びたようにカラフルに染まっていく。
「(なんだ……この、胸が高鳴る感覚は……!?)」
「(それが『ワクワク』だよ!)」
煙の中から、ポルカが着地する。
ポーズは完璧。
満面のドヤ顔。
「(どう!? ビビった!? 笑った!?)」
管理者は、呆然としながらも……自分の中に生まれた「感情」に戸惑っていた。
完璧な秩序が崩され、ぐちゃぐちゃにされたのに。
なぜか、不快ではない。
「(……騒がしい奴だ)」
「(褒め言葉として受け取っとくよ!)」
ポルカは、帽子を取って、深く一礼した。
湧き上がる拍手と歓声。
それが、彼女の燃料。彼女の命。
「(ポルカ、おるか?)」
彼女は、カメラ(第四の壁)に向かって問いかけた。
『おるよーーーー!!!』
世界中からのレスポンス。
それを聞いて、ポルカは心からの笑顔を浮かべた。
「(へへっ。なら、よし!)」
道化師の化粧の下。
一人の少女は、もう泣いていなかった。
だって、こんなにもたくさんの仲間が、私の「サーカス」を見ていてくれるんだから。
さあ、ショーは終わらない。
次の演目は、みんなで作る「ハッピーエンド」だ!