ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
第二話 期待と不安
【ホロアース・中央広場】
「映画化ぁ!?」
さくらみこの絶叫が、ホロアースの青空に響き渡った。
「みこたちが、映画になるにぇ!? マジにぇ!?」
「マジだよ、みこち」
白上フブキが、苦笑しながら頷いた。
ホロアース中央広場。
第3期の戦いから3ヶ月。
かつてノイズに侵食された世界(ユニバース)は、今や極彩色(ビビッド)のワンダーランドへと生まれ変わっている。
空には虹色の雲が浮かび、遠くではポルカのサーカステントが風に揺れている。
平和な日常(ピースフル・デイズ)。穏やかな時間。
そんな中で——突然の「映画化」報告だった。
「YAGOOさんから緊急連絡があってね」
フブキがスマホを掲げる。
画面には、ホロライブ全体チャットの通知が表示されていた。
「電忠社っていう映画会社から、オファーが来たらしい」
「予算80億円、世界同時公開だって」
「80億……!」
みこの目が、キラキラと輝いた。
「それってすごいにぇ! エリート的にすごいにぇ!」
「みこ、ハリウッドデビューにぇ!?」
「いや、たぶんハリウッドじゃないと思うけど……」
フブキがツッコミを入れる。
しかし、みこはもう聞いていなかった。
「みこがスクリーンに……!」
「全世界がみこを見るにぇ……!」
「これはもう、エリートを超えた……『スーパーエリート』にぇ!」
くるくると回転しながら、みこは夢想の世界に突入していた。
「……すごいね」
静かな声が響いた。
ときのそら。
ホロライブの始まりにして、今も変わらぬ精神的支柱。
彼女は、中央広場の噴水の縁に座り、空を見上げていた。
「私たちの物語が、映画になる……」
その声には、喜びと——ほんの少しの、不安が混じっていた。
フブキが、そらの隣に腰を下ろした。
「どうしたの、そらちゃん。嬉しくないの?」
「ううん、嬉しいよ」
そらは、微笑んだ。
「でも……ちょっとだけ、怖いかも」
「怖い?」
「うん」
そらは、自分の手を見つめた。
「私たちの物語って、私たちが作ってきたものでしょ?」
「それを、知らない人が脚本にして、知らない人が演出して……」
「ちゃんと、『私たち』になるのかなって」
フブキは、黙って聞いていた。
そらの言葉は、彼女自身も感じていた不安を代弁していた。
「13人から始まった、あの日の配信」
そらが、遠くを見つめる。
「あの頃の気持ちを、映画にできるのかな」
「『寂しかった』んじゃなくて、『幸せだった』って——ちゃんと伝わるのかな」
「……そらちゃん」
フブキが、そらの手をそっと握った。
「大丈夫だよ」
「私たちが、ちゃんと見てる」
「もし変な脚本だったら、全力で抗議するから」
そらは、フブキを見て——ふっと笑った。
「そうだね。フブキちゃんがいれば、大丈夫かも」
【ホロアース・喫茶「カタリスト」】
同じ頃。
ホロアースの片隅にある小さな喫茶店。
星街すいせいは、一人でアイスコーヒーを飲んでいた。
カウンター席。窓際。
外の景色を眺めながら、彼女は考え込んでいた。
「映画化、ね……」
スマホには、YAGOOからの連絡が表示されている。
80億円。世界同時公開。興行収入150億円。
普通なら、喜ぶべきニュースだ。
でも——。
「なんか、引っかかる」
すいせいは、コーヒーをかき混ぜた。
氷がカランと音を立てる。
「あ、すいちゃん発見にぇ!」
ドアベルが鳴り、みこが飛び込んできた。
「ここにいたにぇ! 探したにぇ!」
「……うるさい」
すいせいが、眉をひそめる。
みこは全く気にせず、隣の席に座った。
「すいちゃん聞いたにぇ!? 映画にぇ!」
「みこたちがスクリーンデビューにぇ!」
「聞いた」
「嬉しくないの!?」
「別に」
すいせいは、素っ気なく答えた。
みこが、ムッとした顔になる。
「なにその態度にぇ。せっかくの映画にぇ?」
「みこめっとで並んで、『運命の双星』とかやるにぇ!」
「……は?」
すいせいの目が、鋭くなった。
「なにそれ」
「いや、なんとなくにぇ」
みこが、両手を広げる。
「映画になったら、みこめっとは『激エモ』で描かれるに決まってるにぇ!」
「『二人の絆』とか『運命の出会い』とか——」
「ちょっと待って」
すいせいが、コーヒーカップを置いた。
「あたしたち、そういうキャラじゃないでしょ」
「えっ」
「『運命の双星』とか、『激エモ』とか」
すいせいが、みこを見据える。
「あたしたちは『ビジネスフレンド』なの。そういうベタベタした関係じゃない」
「いや、それはわかってるけど——」
「映画だからって、変なキャラにされたくない」
すいせいの声に、わずかな苛立ちが混じる。
「あたしは、一人でも歌える。みこちがいなくても、ステージに立てる」
「みこちがいると楽しいけど、いないと歌えないわけじゃない」
みこは、きょとんとした顔になった。
「……すいちゃん、なに怒ってるにぇ?」
すいせいは、はっとした。
自分でも、なぜこんなに苛立っているのかわからなかった。
「……ごめん」
すいせいが、目を伏せる。
「なんか、嫌な予感がするの」
「嫌な予感?」
「うん」
すいせいは、窓の外を見た。
「映画って、『売れる』ために作るものでしょ」
「あたしたちの『本当の物語』じゃなくて、『売れる物語』を作られる気がして……」
みこは、黙ってすいせいを見つめた。
いつもは騒がしい彼女も、こういう時は空気を読む。
「……みこもちょっとわかるにぇ」
「え?」
「みこも、『ポンコツエリート』って言われるのは好きだけど——」
みこが、少し真剣な顔になる。
「『エリート』じゃなくて『ポンコツ』だけ切り取られたら、嫌だにぇ」
すいせいは、みこを見て——少しだけ、表情を緩めた。
「そうね」
「だから——」
みこが、ニカッと笑った。
「脚本会議には、ちゃんと出るにぇ!」
「みこたちの意見、言わせてもらうにぇ!」
「……そうね」
すいせいも、小さく笑った。
「言いたいこと、ちゃんと言わなきゃね」
【ホロアース・ホロライブ本部】
緊急全体ミーティング。
大きな会議室に、主要メンバーが集まっていた。
そら、フブキ、みこ、すいせい。
さらにかなた、トワ、ポルカ。
マリン、ぺこら、スバル。
総勢10人以上のホロメンが、円卓を囲んでいる。
「——というわけで、映画化のオファーが来ています」
モニター越しに、YAGOOが説明する。
「電忠社という会社から。予算は80億円、全世界200カ国で同時公開」
「収益の30%がカバーに入る契約です」
「すごいですね!」
スバルが目を輝かせる。
「これ、大チャンスじゃないッスか!」
「船長も嬉しいわ!」
マリンが胸を張る。
「あたしの勇姿が、全世界に……!」
だが、全員が喜んでいるわけではなかった。
「ちょっと待ってください」
フブキが、手を挙げた。
「脚本は、誰が書くんですか?」
YAGOOが、一瞬だけ言葉に詰まった。
「……電忠社のスタッフが書きます」
「つまり、私たちが関わらないということですか?」
「いえ、そうではなく……脚本会議には参加できます」
YAGOOが、慎重に言葉を選ぶ。
「ただ、最終決定権は制作側にあるとのことで……」
会議室に、微妙な空気が流れた。
「それって——」
トワが、低い声で言った。
「私たちの意見、聞いてもらえないってこと?」
「そうではないと思いますが……」
「でも、『最終決定権は制作側』なんでしょ?」
トワの目が、鋭くなる。
彼女は「悪魔」という設定を持つが、その本質は誰よりも仲間思いだ。
「私たちの物語を、知らない人に好き勝手されるのは——」
「まあまあ、トワ様」
かなたが、トワをなだめる。
「まだ何も決まってないんだから。脚本会議で、ちゃんと話し合えばいいよ」
「かなたんの言う通りッスね」
スバルが頷く。
「まずは会議に出て、どんな脚本か見てみないと」
「そうだにぇ!」
みこが、拳を握る。
「みこたちの意見、ちゃんと言うにぇ!」
すいせいは、黙って聞いていた。
胸の中で、小さな不安(ノイズ)が渦巻いている。
「『データに基づいた最適化』……」
第1話の会議で神崎が言った言葉を、彼女は知らない。
だが、本能的に感じていた。
何かが、おかしい。
【電忠社・本社ビル:会議室】
同じ頃。
「脚本の最終稿、完成しました」
神崎透が、分厚い冊子を机に置いた。
「タイトルは『ホロライブ・レゾナンス THE MOVIE ~運命の双星~』」
「みこめっとを中心に据えた、感動巨編です」
会議室には、電忠社のプロデューサーたちが並んでいる。
そして——隅の席には、高橋美玲が座っていた。
(運命の双星……)
美玲は、脚本のコピーを手に取った。
ページをめくる。
大きく描かれた「みこめっと」の関係性。
「互いなしでは生きられない」という設定。
「孤独だったそら」という過去の改変(リライト)。
「……これ、違う」
美玲の胸に、違和感が広がる。
すいせいは、一人でも輝ける人だ。
みこちがいると楽しいけど、いなくても歌える。
それが、彼女の強さだ。
「それを、『依存』に書き換えてる……」
美玲は、神崎を見た。
彼は満足げに微笑んでいる。
「この脚本で、興行収入150億は堅いですよ」
「データが証明しています」
美玲は、唇を噛んだ。
「言わなきゃ……」
「でも、私は契約社員で……」
「意見なんて、聞いてもらえない……」
彼女の手が、震えた。
脚本のページが、かすかに揺れる。
(すいせいさん……みこちさん……)
(ごめんなさい……)
(私には、何もできない……)
——今は、まだ。
だが、彼女の胸には、小さな決意の炎が灯り始めていた。
【ホロアース・中央広場】
ミーティングが終わり、ホロメンたちは三々五々と解散していった。
そらは、一人で噴水の前に立っていた。
水面に映る自分の姿を、じっと見つめている。
「そらちゃん」
フブキが、隣に来た。
「大丈夫?」
「うん」
そらが、微笑む。
「ちょっと考え事してただけ」
「どんな?」
「……13人のこと」
フブキは、黙って聞いた。
「あの日、13人しか見てくれなかった」
そらが、水面に手を伸ばす。
「でも、寂しくなかった。幸せだった」
「だって、13人が——『頑張れ』って言ってくれたから」
そらの指が、水面に触れた。
波紋が広がる。
「映画で、それがちゃんと伝わるといいな」
「『孤独だった』んじゃなくて、『最初から仲間がいた』って——」
そらが、振り返った。
フブキを見て、微笑む。
「ね、フブキちゃん」
「……そうだね」
フブキが、そらの手を取った。
「私たちで、ちゃんと見てよう」
「変な脚本だったら——」
フブキが、ニヤリと笑う。
「すこん部、総動員で抗議する」
そらは、笑った。
フブキも笑った。
中央広場に、二人の笑い声が響く。
平和な午後。穏やかな時間。
だが、その平和は——
長くは続かないことを、まだ誰も知らなかった。
来週。
脚本会議。
神崎透が持ち込む「運命の双星」の脚本を見た時——
ホロメンたちは、初めて「敵」の正体を知ることになる。