ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
【電忠社・本社ビル:大会議室】
その日、空気は張り詰めていた。
大会議室。
長いテーブルの片側には、電忠社のスタッフたち。
もう片側には、ホロライブのメンバーたち。
そら、フブキ、みこ、すいせい。
さらにYAGOO。
5人が、緊張した面持ちで席についていた。
「お待たせしました」
ドアが開き、神崎透が入ってきた。
銀縁眼鏡。オールバック。隙のないスーツ。
その後ろには、分厚い資料を抱えた高橋美玲が続く。
「本日は脚本会議にお越しいただき、ありがとうございます」
神崎が、にこやかに挨拶する。
「早速ですが、脚本の概要をご説明させていただきます」
プロジェクターが起動した。
スクリーンに、タイトルが映し出される。
『ホロライブ・レゾナンス THE MOVIE ~運命の双星~』
みこが、思わず声を上げた。
「運命の双星……!」
「みこめっとにぇ!?」
「その通りです」
神崎が頷く。
「本作は、さくらみこさんと星街すいせいさん——通称『みこめっと』を中心に据えた感動巨編です」
すいせいの眉が、微かに動いた。
「『運命の双星』……ね」
その声には、既に警戒が滲んでいた。
「では、あらすじをご説明します」
神崎がリモコンを操作する。
スクリーンに、ストーリーボードが映し出された。
「物語は、『大静寂』以前から始まります」
「孤独だったみこ。誰にも理解されなかったすいせい」
「二人は、偶然の出会いを経て——互いなしでは生きられない存在になっていく」
「……え?」
みこの顔が、曇った。
「『互いなしでは生きられない』?」
すいせいが、低い声で問い返した。
「はい」
神崎が、自信満々に答える。
「データによると、視聴者が最も感動するのは『共依存的な関係性』なんです」
フブキが、即座に手を挙げた。
「すみません。『共依存』という表現、違和感があります」
「みこちとすいちゃんの関係は、そういうものじゃないと思うんですが」
「ほう? では、どういう関係なのでしょうか?」
「『ビジネスフレンド』です」
みこと、すいせいが——同時に答えた。
一瞬の沈黙。
二人は顔を見合わせ——ふっと笑った。
「仕事仲間。対等な関係にぇ」
「そう。ベタベタした馴れ合いじゃない」
神崎の目が、僅かに細くなった。
「なるほど……しかし、それでは映画として『弱い』んです」
「続いて、ときのそらさんのパートです」
スクリーンに、そらの設定が映し出された。
『ときのそら:孤独の始祖』
『13人の前で歌った日——彼女は絶望していた』
「ちょっと待ってください」
そらが、静かに、しかしはっきりと遮った。
「私は、孤独じゃなかったです」
「え?」
「13人しかいなかったけど——みんな、『頑張れ』って言ってくれました」
「私は、最初から——仲間がいたんです」
会議室が、静まり返った。
そらの言葉は穏やかだった。
でも、その目には——芯の強さがあった。
神崎は一瞬言葉に詰まり、しかしすぐに笑顔を取り戻した。
「……素晴らしいエピソードですね。ですが、映画としては——」
「映画としては、孤独の方が『売れる』んですか?」
フブキが、鋭く切り込んだ。
「私たちの『本当の物語(リアル・ストーリー)』を、『売れる物語(フィクション)』に書き換えようとしてるだけじゃないですか」
「では、本題に入りましょう」
神崎が、表情を変えずにスライドを進める。
『キャラクター設定書 ver.2.0』
『さくらみこ:心に傷を負った少女。すいせいがいなければ何もできない』
『星街すいせい:孤高の天才。みこがいなければ歌えない』
すいせいの目が、大きく見開かれた。
「……は?」
「『みこちがいなければ歌えない』——?」
「お二人の関係性を、より深く描くための設定です」
神崎が、淡々と説明する。
「『一人では何もできない二人』が、『出会って完成する』——」
「ふざけないで」
すいせいが、立ち上がった。
その声は——低く、静かで、しかし怒りに満ちていた。
「あたしは——」
すいせいが、神崎を真っ直ぐに見据える。
その目には、炎が燃えていた。
「ずっと一人で戦ってきた」
「誰も見てくれない時代から、歌い続けてきた」
「『才能がない』と言われても、『諦めろ』と言われても——歌い続けた」
すいせいの声が、震えた。
しかし、それは恐怖ではなく——怒りによる震えだった。
「みこちと出会ったのは、あたしが『一人で立てる』ようになった後」
「みこちがいるから歌えるんじゃない」
「あたしが歌えるから——みこちと一緒に、もっと輝けるの」
会議室が、完全に静まり返った。
みこが、すいせいを見つめていた。
その目には——感動と、そして誇りが浮かんでいた。
「すいちゃん……」
「みこちも同じでしょ」
すいせいが、みこを見た。
「あんたは、エリートなの。一人でも戦えるの」
みこは、一瞬だけ言葉を失った。
そして——ゆっくりと、立ち上がった。
「……そうだにぇ」
みこの目に、光が戻った。
「みこは、エリートにぇ」
「すいちゃんがいなくても、みこは戦えるにぇ」
「——でも、すいちゃんがいると、もっと楽しいにぇ」
すいせいが、ふっと笑った。
「そういうこと」
二人は、互いを見つめ合った。
そこにあるのは、「依存」ではなく——「信頼」。
「これが、『ビジネスフレンド』にぇ」
「依存じゃなくて、共鳴にぇ」
神崎は、黙っていた。
その顔から、笑顔が消えていた。
代わりに浮かぶのは——冷たい、無機質な表情。
「……なるほど」
神崎が、ゆっくりと立ち上がる。
「皆さんのお気持ちは、よくわかりました」
「しかし——」
彼の目が、鋭くなった。
「これは『ビジネス』です」
冷たい声。
それまでの「営業用の笑顔」とは、全く違う——本性。
「150億円の興行収入を達成するには、『売れる脚本』が必要なんです」
「『ビジネスフレンド』では、誰も泣かない」
「『対等な関係(フラット・リレーション)』では、ドラマが生まれない」
「それは——」
「最終決定権は、制作側にあります」
神崎が、きっぱりと言った。
「この脚本で、撮影を進めます」
「異議があるなら——契約を破棄していただいて構いません」
沈黙が流れた。
契約破棄。
それは——映画化そのものが白紙になるということ。
80億円の予算。世界同時公開。
全てが、消える。
YAGOOが、苦しそうな顔をしていた。
「谷郷さん。どうされますか?」
YAGOOは、答えられなかった。
ただ、俯いて——唇を噛んでいた。
「……わかりました」
そらが、静かに言った。
全員が、そらを見た。
「撮影は——参加します」
「そらちゃん!?」
フブキが、驚いて叫んだ。
「ただし——」
そらが、神崎を見据える。
「私たちは、諦めません」
「撮影中も、意見を言い続けます」
「『本当の物語』を——守り抜きます」
神崎は、薄く笑った。
「……ご自由に」
「ただし、最終カットは制作側が決めます」
そらは、黙って頷いた。
「大丈夫。みんながいれば——私たちは、負けない」
【電忠社・本社ビル:エントランス】
会議が終わり、ホロメンたちはビルを出た。
夕暮れの空。
「……悔しい」
みこが、ポツリと呟いた。
「でも——」
すいせいが、拳を握りしめる。
「諦めない」
フブキが、二人の肩に手を置いた。
「まだ終わってない」
「撮影が始まれば——現場で戦える」
そらが、微笑んだ。
「そうだね。私たちで、ちゃんと見てよう」
「変な脚本だったら——」
「すこん部、総動員で抗議する」
フブキが、ニヤリと笑った。
4人は、拳を合わせた。
「絶対に——『本当の物語』を守る」
【電忠社・本社ビル:神崎の執務室】
同じ頃。
神崎は、一人で窓の外を眺めていた。
「……抵抗するか」
彼の脳裏に、声が響いた。
『抵抗は無意味だ』
あの声。
管理者の残滓。
『撮影を続ければ——彼女たちは「設定通り」の存在になる』
『「依存」し、「共依存」し——「完璧な物語」の駒になる』
神崎は、目を閉じた。
「これでいい」
「『売れる物語』を作る」
『そうだ。来週——撮影開始(クランクイン)だ』
夕暮れの空に、不穏な雲が広がり始めていた。