ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
「ん〜……この下ぁ……『マズいヤツ』が、船の底を『舐めてる』匂いがするねぇ……」
その声は、あまりに緊張感のない、独特のゆったりとした調子で、船倉の積み荷の影から唐突に響いた。
「っ!? おかゆ!?」
積み荷の山から、のそりと姿を現したのは、猫耳と紫の髪を持つ少女――猫又おかゆだった。
「……僕ぅ、ずっと寝てた」
「寝てた!? いつから乗ってたの!?」
ときのそらが目を丸くする。
「横浜でぇ、みんなが乗り込む時に、一緒に〜」
「なんで今まで黙ってたんですか! びっくりするじゃないですか!」
天音かなたが詰め寄る。
「……別にぃ、隠してたわけじゃないよぉ。ただ、なんか居心地良くてぇ、そのままぁ……」
おかゆは、あくびをしながら首を傾げた。
彼女の「気ままな潜伏(もぐもぐステルス)」は、本人が意識せずとも発動する、究極の「存在感消去」能力だった。ノイズどころか、味方にすら認識されない。
「はあ…まあ、無事ならいいけど…」
宝鐘マリンが呆れ顔で溜息をつく。
「ね、猫…? 猫の子がいる…?」
船倉の隅で震えていた生存者の一人が、おかゆの猫耳を見て呼びかけた。
そして、おかゆの次の言葉が、船内の空気を一変させた。
「……で、この下。『マズいヤツ』が、船の底を『舐めてる』匂いがするねぇ……」
その警告は、単なる比喩ではなかった。
おかゆが言葉を終えるのとほぼ同時に、「ホロライブ・アーク」の巨大な船体が、まるで海底の岩に乗り上げたかのような、鈍く、重い衝撃と共に激しく揺れた。
「ゴゴゴゴゴゴゴ…!」
「きゃあっ!」
「船が…止まった!?」
船に避難していた生存者たちが、甲板に倒れ込む。
「機関停止! スクリューに何かが絡まったみたいだ!」
船長(マリンに協力する旧世界の船員)の絶叫が、ブリッジに響く。
「(来た…!)」
ときのそらは、船縁から身を乗り出し、黒く澱んだ海面を睨んだ。
おかゆが言った「ヤバい匂い」。
それは、東京湾全域に広がっていたノイズ(ヒス)の「薄い瘴気」とは、明らかに密度が違っていた。
お台場海域、その水深数十メートルの海底で、「何か」が目覚めたのだ。
「マリン船長! 全速後退!」
天音かなたが叫ぶ。
「ダメだ! 舵が効かない! 何かに『掴まれてる』!」
宝鐘マリンは、自らの「海賊の徴収(トレジャー・ハント)」の羅針盤が、アキバを指し示すどころか、デタラメに回転し始めているのを見て、事態の異常さを悟った。
「…船の下、全部『手』だ」
影のように船縁に立っていた さかまたクロエ が、冷静に、しかし戦慄を込めて呟いた。
「静寂の掃除屋(サイレント・クリーナー)」の能力でノイズの「気配」を探っていた彼女は、船底を覆い尽くす、無数の「意志」を感じ取っていた。
海そのものが、ノイズ化していた。
かつて未来都市と呼ばれた臨海副都心。その「夢の残骸」と、大静寂の日にこの海域で「孤立」し「絶望」した人々の虚無。
それら全てが凝縮し、この海域を支配する、巨大な「デリーター・OD」と化していたのだ。
「ギィイイイイイイイアアアアア!!」
デリーターの覚醒に呼応し、海面が泡立ち、無数の「スクリーマー」が姿を現した。
それらは、かつてこの場所の象徴だった「レインボーブリッジ」の歪んだ記憶を核としていた。
橋桁がねじ曲がったような異形の姿。あるいは、水面に浮かぶ無数の「人の顔」。
「(やめろ…)」
「(封鎖された…もう、どこにも行けない)」
「(助けは来ない…ここで終わりだ…)」
スクリーマーが放つ精神攻撃は、「孤立」と「閉塞」の絶望だった。
船内にいる生存者たちが、次々と耳を塞ぎ、うずくまっていく。
「う…あ…」
「パパ…ママ…」
「みんな、耳を塞がないで! 私の声を聴いて!」
ときのそらが、即座に「原初の歌声(ソング・オブ・オリジン)」を放った。
彼女の「希望」の波動が、スクリーマーの「絶望」の波動と激突し、中和していく。
そらの歌声に守られ、生存者たちはかろうじて精神の均衡を保つ。
だが、歌声は、海面下の「本体」には届かない。
「ゴオオオオオオオ!」
船体が、大きく傾き始めた。
海面が盛り上がり、黒い「ヒス」と「海水」と「瓦礫」が混ざり合った、巨大な「手」が、アークの船腹を掴み、海中へと引きずり込もうとしていた。
「(そら先輩の歌が、精神汚染を防いでくれてる…)」
「(でも、物理的に船が沈められたら、終わりだ…!)」
天音かなたは、船で最も巨大なクレーンの基部に飛び乗ると、叫んだ。
「ここは僕に任せて!」
かなたは、自らの両掌に全神経を集中させた。
「天圧の防壁(ヘブンズ・グリップ)!」
彼女の能力は、常人離れした握力(物理法則干渉)である。
だが、その本質は「掴み、固定し、圧殺する」こと。
「(掴むのは、あの『手』じゃない…この『船』だ!)」
かなたの意志が、船全体を包み込む。
「(絶対に、沈ませない…!)」
彼女は、船体そのものを、自らの「握力」で空間に「固定」しようと試みた。
デリーターの「引きずり込む力(虚無)」と、かなたの「固定する力(意志)」が、船体を挟んで激しく拮抗する。
「ミシミシミシ…!」
船の鉄骨が、相反する二つの超常的な「力」に耐えきれず、悲鳴を上げる。
「かなた! 船が壊れる!」
マリンが叫ぶ。
「でも、こうしないと、一瞬で引きずり込まれる!」
かなたの額に、脂汗が噴き出す。
「(このままじゃ、かなたちゃんが潰れる…!)」
おかゆは、この状況を打開する「鍵」を探していた。
「(デリーター本体は、深すぎて『味がしない』。でも、船を掴んでる『手』は、味が濃い…!)」
彼女は、自らの「気ままな潜伏(もぐもぐステルス)」を意識的に発動させた。
おかゆの存在が、ノイズの「認識」から消える。
彼女(と彼女が触れているもの)は、「存在しないもの」として扱われる。
「クロエ、手、繋いで」
「…!?」
「いいから、信じて」
おかゆは、隣にいたクロエの手を掴んだ。瞬間、クロエの気配もまた、ノイズの認識から完全に消え去った。
「(これは…!)」
クロエは驚愕した。自らの「静寂の掃除屋」が、ノイズの認識から「逃れる」能力であるのに対し、おかゆのステルスは、ノイズに「認識されない(=初めから存在しない)」力。
二つの「隠密」能力が、共鳴(レゾナンス)した。
「(見える…!)」
おかゆは、ステルス状態で精神を集中させる。
ノイズの「目」から逃れたことで、逆にノイズの「構造」が、匂いとして明確に「視えた」。
「船底の右舷…! 一番でかい『核』が、船の竜骨(キール)に絡みついてる!」
「(そこか…!)」
クロエは、おかゆに手を引かれるまま、躊躇なく黒い海へと飛び込んだ。
二人が海に飛び込んだ瞬間、おかゆのステルス能力が、クロエごと「海水(ノイズ)」に対して「存在しないもの」として認識させた。
二人は、黒いヒスの濁流の中を、「濡れる」ことなく沈んでいく。
「(すごい…息もできる…)」
クロエは、おかゆの能力の底知れなさに戦慄した。
船底。
そこは、おかゆが言った通り、巨大な「手」――否、何百もの難破船のマストや残骸が、ヒスによって束ねられた、巨大な「触手」の核が、竜骨に絡みついていた。
「クロエちゃん、あれ」
「(了解)」
クロエは、おかゆの手を離し、単独で「静寂の掃除屋」を発動。
彼女の存在が、再びノイズに認識される。
「ギ!?」
核が、侵入者(クロエ)に気づき、攻撃しようと身構える。
だが、クロエの動きは、ノイズの「認識」よりも速かった。
彼女は、触手の核の「隙間」――その存在を定義する「最も脆い一点」――に、能力で生成した漆黒のダガーを突き立てた。
「(掃除、完了)」
核が、爆発的な光を放ち、霧散した。
船上。
「(核が、一つ、消えた!)」
船を掴んでいた力が、一瞬、弱まる。
その「隙」を、宝鐘マリンは見逃さなかった。
「(今だ!)」
彼女の「海賊の徴収(トレジャー・ハント)」は、お宝を嗅ぎつけるだけではない。危険な海域で、唯一安全な「航路(活路)」を嗅ぎつける、「宝の羅針盤」でもあった。
「かなたん! 船の固定を解け! 一気に畳み掛ける!」
「(でも…!)」
「あたしの『勘』を信じな!」
「…わかった!」
かなたは、船の固定を解き、残った力を、船の「前進」へと集中させた。
「『天圧の防壁』!」
彼女は、船の後方の「海水(ノイズ)」そのものを「掴み」、強引に「後方へ圧殺(=推進力に変換)」した。
旧式のディーゼルエンジンと、かなたの「導きの力」が合わさった、強引すぎる「ロケットスタート」。
「ギイイイイイイイ!?」
デリーターの残りの触手が、猛スピードで離脱するアークを掴み損ねる。
「そら先輩! 援護を!」
マリンが叫ぶ。
「(みんなが、繋いでくれた道…!)」
そらは、甲板の最前線に立ち、船が突っ込もうとしているお台場海浜公園の「陸地(=ノイズの巣窟)」に向かって、最大の「歌声」を放った。
「私たちの道を、開けてええええええ!」
「原初の歌声」が、浄化の波動となって前方のヒスとスクリーマーを吹き飛ばし、船のための「道」を切り開く。
おかゆとクロエが、船の側面に張り付いて海中から脱出する。
五人の「導きの力」――そら(浄化)、マリン(航路)、かなた(推進)、クロエ(掃除)、おかゆ(索敵)――その全てが一つに「共鳴(レゾナンス)」し、絶望的な海域からの脱出を可能にした。
「ドオオオオオオオオオン!!」
ホロライブ・アークは、デリーター・お台場の領域を突破。
お台場海浜公園の砂浜に、凄まじい勢いで強行上陸(座礁)しようとしていた。
「ガガガガガガガ…!」
砂浜に激突した瞬間、船体が大きく傾いた。甲板の手すりが吹き飛び、積み荷が崩れ落ちる。
「きゃあああ!」
悲鳴が上がった。
衝撃で投げ出された子どもが、傾いた甲板を滑り落ち、黒いヒスが渦巻く海へと落下しようとしていた。
「っ!」
かなたの身体が、考えるより先に動いた。
「『天圧の防壁』――最大出力(フルグリップ)!!」
彼女は、船体全体と、落下する子どもの身体を、同時に「掴んだ」。
船の傾斜が、不自然に止まる。子どもの身体が、空中で静止する。
だが、その代償は、あまりに大きかった。
「う…ぁ…っ!」
かなたの両腕に、血管が浮き出る。限界を超えた「握力」が、彼女自身の身体を内側から破壊しようとしていた。
「(…ダメだ…放したら、あの子が…!)」
歯を食いしばり、数秒間、いや、永遠にも感じられた時間、かなたは船と子どもを「固定」し続けた。
そして、船体が砂浜に完全に着底し、子どもがマリンの腕の中に救い上げられた瞬間――
船体は半壊。だが、生存者たちは、ついに東京の「陸地」へと到達した。
「(やった…!)」
そらが、膝から崩れ落ちそうになるのをこらえ、仲間たちを見渡す。
クロエとおかゆは、ノイズの中を強行突破した影響で、軽い精神汚染を受けながらも無事だった。
マリンも、羅針盤を酷使し、疲労困憊している。
だが、一人。
「かなたちゃん…?」
物理法則に最も強く干渉し続けた天音かなたが、糸が切れたように倒れていた。
「かなたちゃん! しっかりして!」
そらが駆け寄る。
かなたの身体は、アバターの姿を維持できなくなりかけ、その輪郭がノイズのように揺らいでいた。
「(力を…使いすぎた…)」
「そら、せんぱい…みんな、無事…?」
「無事だよ! かなたちゃんのおかげだよ!」
そらが「歌声(=回復)」を注ぎ込もうとするが、かなたの消耗は、精神的なものではなく、力の「核」そのものの損傷だった。そらの歌声でも、その進行を遅らせることしかできない。
「(このままじゃ、かなたちゃんが…消える…)」
そらは戦慄した。「導きの力」を使い果たした者の末路。それは、ノイズに還ること、すなわち「消滅」だった。
「(ダメだ…!)」
そらは、フブキから微かに届く「集結令」の光に、意識を集中させた。
「(助けて、フブキちゃん…! 医療(ちりょう)ができる仲間は…!?)」
その祈りに応えるかのように、フブキの「声」が、二つの「光」の座標を、そらの脳裏に映し出した。
一つは、浅草寺。
そこでは、百鬼あやめが「鬼の結界(オーガ・テリトリー)」で、巨大な聖域を維持している。
「(あやめちゃん…!)」
もう一つは、浅草からほど近い、大学病院の廃墟。
そこには、小さな、しかし強靭な「光」が灯っていた。
「(この感覚…ちょこ先生!)」
癒月ちょこ。「悪魔のカルテ」を持つ、医療のスペシャリスト。
「マリン船長! クロエちゃん! おかゆちゃん!」
そらは、倒れたかなたを抱えながら、仲間たちに叫んだ。
「(北から、ラミィちゃんたちの気配もする…!)」
「(渋谷からも、フブキちゃんたちの強い光が近づいてきてる!)」
「私たちは、浅草を目指す! そこに、かなたんを救う手立てがある! そして、みんなと合流するんだ!」
渋谷のアライアンス。
北のキャラバン。
そして、東京湾を突破した横浜船団。
三つの光は、奇しくも同じ場所――浅草と、その先にある「アキバ」を目指し、集結しようとしていた。
読んでくれてありがとうございました。
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書き溜め分を早く投稿することにしました。
ホロライブ非公式二次創作・非商用
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