ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜   作:miyacchi_novel

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第05話: 東京湾防衛線

「ん〜……この下ぁ……『マズいヤツ』が、船の底を『舐めてる』匂いがするねぇ……」

 

その声は、あまりに緊張感のない、独特のゆったりとした調子で、船倉の積み荷の影から唐突に響いた。

 

「っ!? おかゆ!?」

 

積み荷の山から、のそりと姿を現したのは、猫耳と紫の髪を持つ少女――猫又おかゆだった。

 

「……僕ぅ、ずっと寝てた」

「寝てた!? いつから乗ってたの!?」

 

ときのそらが目を丸くする。

 

「横浜でぇ、みんなが乗り込む時に、一緒に〜」

「なんで今まで黙ってたんですか! びっくりするじゃないですか!」

 

天音かなたが詰め寄る。

 

「……別にぃ、隠してたわけじゃないよぉ。ただ、なんか居心地良くてぇ、そのままぁ……」

 

おかゆは、あくびをしながら首を傾げた。

彼女の「気ままな潜伏(もぐもぐステルス)」は、本人が意識せずとも発動する、究極の「存在感消去」能力だった。ノイズどころか、味方にすら認識されない。

 

「はあ…まあ、無事ならいいけど…」

 

宝鐘マリンが呆れ顔で溜息をつく。

 

「ね、猫…? 猫の子がいる…?」

 

船倉の隅で震えていた生存者の一人が、おかゆの猫耳を見て呼びかけた。

そして、おかゆの次の言葉が、船内の空気を一変させた。

 

「……で、この下。『マズいヤツ』が、船の底を『舐めてる』匂いがするねぇ……」

 

その警告は、単なる比喩ではなかった。

おかゆが言葉を終えるのとほぼ同時に、「ホロライブ・アーク」の巨大な船体が、まるで海底の岩に乗り上げたかのような、鈍く、重い衝撃と共に激しく揺れた。

 

「ゴゴゴゴゴゴゴ…!」

「きゃあっ!」

「船が…止まった!?」

 

船に避難していた生存者たちが、甲板に倒れ込む。

 

「機関停止! スクリューに何かが絡まったみたいだ!」

 

船長(マリンに協力する旧世界の船員)の絶叫が、ブリッジに響く。

 

「(来た…!)」

 

ときのそらは、船縁から身を乗り出し、黒く澱んだ海面を睨んだ。

おかゆが言った「ヤバい匂い」。

それは、東京湾全域に広がっていたノイズ(ヒス)の「薄い瘴気」とは、明らかに密度が違っていた。

お台場海域、その水深数十メートルの海底で、「何か」が目覚めたのだ。

 

「マリン船長! 全速後退!」

 

天音かなたが叫ぶ。

 

「ダメだ! 舵が効かない! 何かに『掴まれてる』!」

 

宝鐘マリンは、自らの「海賊の徴収(トレジャー・ハント)」の羅針盤が、アキバを指し示すどころか、デタラメに回転し始めているのを見て、事態の異常さを悟った。

 

「…船の下、全部『手』だ」

 

影のように船縁に立っていた さかまたクロエ が、冷静に、しかし戦慄を込めて呟いた。

「静寂の掃除屋(サイレント・クリーナー)」の能力でノイズの「気配」を探っていた彼女は、船底を覆い尽くす、無数の「意志」を感じ取っていた。

海そのものが、ノイズ化していた。

かつて未来都市と呼ばれた臨海副都心。その「夢の残骸」と、大静寂の日にこの海域で「孤立」し「絶望」した人々の虚無。

それら全てが凝縮し、この海域を支配する、巨大な「デリーター・OD」と化していたのだ。

 

 


「ギィイイイイイイイアアアアア!!」

 

デリーターの覚醒に呼応し、海面が泡立ち、無数の「スクリーマー」が姿を現した。

それらは、かつてこの場所の象徴だった「レインボーブリッジ」の歪んだ記憶を核としていた。

橋桁がねじ曲がったような異形の姿。あるいは、水面に浮かぶ無数の「人の顔」。

 

「(やめろ…)」

「(封鎖された…もう、どこにも行けない)」

「(助けは来ない…ここで終わりだ…)」

 

スクリーマーが放つ精神攻撃は、「孤立」と「閉塞」の絶望だった。

船内にいる生存者たちが、次々と耳を塞ぎ、うずくまっていく。

 

「う…あ…」

「パパ…ママ…」

「みんな、耳を塞がないで! 私の声を聴いて!」

 

ときのそらが、即座に「原初の歌声(ソング・オブ・オリジン)」を放った。

彼女の「希望」の波動が、スクリーマーの「絶望」の波動と激突し、中和していく。

そらの歌声に守られ、生存者たちはかろうじて精神の均衡を保つ。

だが、歌声は、海面下の「本体」には届かない。

 

「ゴオオオオオオオ!」

 

船体が、大きく傾き始めた。

海面が盛り上がり、黒い「ヒス」と「海水」と「瓦礫」が混ざり合った、巨大な「手」が、アークの船腹を掴み、海中へと引きずり込もうとしていた。

 

「(そら先輩の歌が、精神汚染を防いでくれてる…)」

「(でも、物理的に船が沈められたら、終わりだ…!)」

 

天音かなたは、船で最も巨大なクレーンの基部に飛び乗ると、叫んだ。

 

「ここは僕に任せて!」

 

 


かなたは、自らの両掌に全神経を集中させた。

 

「天圧の防壁(ヘブンズ・グリップ)!」

 

彼女の能力は、常人離れした握力(物理法則干渉)である。

だが、その本質は「掴み、固定し、圧殺する」こと。

 

「(掴むのは、あの『手』じゃない…この『船』だ!)」

 

かなたの意志が、船全体を包み込む。

 

「(絶対に、沈ませない…!)」

 

彼女は、船体そのものを、自らの「握力」で空間に「固定」しようと試みた。

デリーターの「引きずり込む力(虚無)」と、かなたの「固定する力(意志)」が、船体を挟んで激しく拮抗する。

 

「ミシミシミシ…!」

 

船の鉄骨が、相反する二つの超常的な「力」に耐えきれず、悲鳴を上げる。

 

「かなた! 船が壊れる!」

 

マリンが叫ぶ。

 

「でも、こうしないと、一瞬で引きずり込まれる!」

 

かなたの額に、脂汗が噴き出す。

 

「(このままじゃ、かなたちゃんが潰れる…!)」

 

おかゆは、この状況を打開する「鍵」を探していた。

 

「(デリーター本体は、深すぎて『味がしない』。でも、船を掴んでる『手』は、味が濃い…!)」

 

彼女は、自らの「気ままな潜伏(もぐもぐステルス)」を意識的に発動させた。

おかゆの存在が、ノイズの「認識」から消える。

彼女(と彼女が触れているもの)は、「存在しないもの」として扱われる。

 

「クロエ、手、繋いで」

「…!?」

「いいから、信じて」

 

おかゆは、隣にいたクロエの手を掴んだ。瞬間、クロエの気配もまた、ノイズの認識から完全に消え去った。

 

「(これは…!)」

 

クロエは驚愕した。自らの「静寂の掃除屋」が、ノイズの認識から「逃れる」能力であるのに対し、おかゆのステルスは、ノイズに「認識されない(=初めから存在しない)」力。

二つの「隠密」能力が、共鳴(レゾナンス)した。

 

「(見える…!)」

 

おかゆは、ステルス状態で精神を集中させる。

ノイズの「目」から逃れたことで、逆にノイズの「構造」が、匂いとして明確に「視えた」。

 

「船底の右舷…! 一番でかい『核』が、船の竜骨(キール)に絡みついてる!」

「(そこか…!)」

 

クロエは、おかゆに手を引かれるまま、躊躇なく黒い海へと飛び込んだ。

二人が海に飛び込んだ瞬間、おかゆのステルス能力が、クロエごと「海水(ノイズ)」に対して「存在しないもの」として認識させた。

二人は、黒いヒスの濁流の中を、「濡れる」ことなく沈んでいく。

 

「(すごい…息もできる…)」

 

クロエは、おかゆの能力の底知れなさに戦慄した。

船底。

そこは、おかゆが言った通り、巨大な「手」――否、何百もの難破船のマストや残骸が、ヒスによって束ねられた、巨大な「触手」の核が、竜骨に絡みついていた。

 

「クロエちゃん、あれ」

「(了解)」

 

クロエは、おかゆの手を離し、単独で「静寂の掃除屋」を発動。

彼女の存在が、再びノイズに認識される。

 

「ギ!?」

 

核が、侵入者(クロエ)に気づき、攻撃しようと身構える。

だが、クロエの動きは、ノイズの「認識」よりも速かった。

彼女は、触手の核の「隙間」――その存在を定義する「最も脆い一点」――に、能力で生成した漆黒のダガーを突き立てた。

 

「(掃除、完了)」

 

核が、爆発的な光を放ち、霧散した。

 

 


船上。

 

「(核が、一つ、消えた!)」

 

船を掴んでいた力が、一瞬、弱まる。

その「隙」を、宝鐘マリンは見逃さなかった。

 

「(今だ!)」

 

彼女の「海賊の徴収(トレジャー・ハント)」は、お宝を嗅ぎつけるだけではない。危険な海域で、唯一安全な「航路(活路)」を嗅ぎつける、「宝の羅針盤」でもあった。

 

「かなたん! 船の固定を解け! 一気に畳み掛ける!」

「(でも…!)」

「あたしの『勘』を信じな!」

「…わかった!」

 

かなたは、船の固定を解き、残った力を、船の「前進」へと集中させた。

 

「『天圧の防壁』!」

 

彼女は、船の後方の「海水(ノイズ)」そのものを「掴み」、強引に「後方へ圧殺(=推進力に変換)」した。

 

旧式のディーゼルエンジンと、かなたの「導きの力」が合わさった、強引すぎる「ロケットスタート」。

 

「ギイイイイイイイ!?」

 

デリーターの残りの触手が、猛スピードで離脱するアークを掴み損ねる。

 

「そら先輩! 援護を!」

 

マリンが叫ぶ。

 

「(みんなが、繋いでくれた道…!)」

 

そらは、甲板の最前線に立ち、船が突っ込もうとしているお台場海浜公園の「陸地(=ノイズの巣窟)」に向かって、最大の「歌声」を放った。

 

「私たちの道を、開けてええええええ!」

 

「原初の歌声」が、浄化の波動となって前方のヒスとスクリーマーを吹き飛ばし、船のための「道」を切り開く。

おかゆとクロエが、船の側面に張り付いて海中から脱出する。

五人の「導きの力」――そら(浄化)、マリン(航路)、かなた(推進)、クロエ(掃除)、おかゆ(索敵)――その全てが一つに「共鳴(レゾナンス)」し、絶望的な海域からの脱出を可能にした。

 

「ドオオオオオオオオオン!!」

 

ホロライブ・アークは、デリーター・お台場の領域を突破。

お台場海浜公園の砂浜に、凄まじい勢いで強行上陸(座礁)しようとしていた。

 

「ガガガガガガガ…!」

 

砂浜に激突した瞬間、船体が大きく傾いた。甲板の手すりが吹き飛び、積み荷が崩れ落ちる。

 

「きゃあああ!」

 

悲鳴が上がった。

衝撃で投げ出された子どもが、傾いた甲板を滑り落ち、黒いヒスが渦巻く海へと落下しようとしていた。

 

「っ!」

 

かなたの身体が、考えるより先に動いた。

 

「『天圧の防壁』――最大出力(フルグリップ)!!」

 

彼女は、船体全体と、落下する子どもの身体を、同時に「掴んだ」。

船の傾斜が、不自然に止まる。子どもの身体が、空中で静止する。

だが、その代償は、あまりに大きかった。

 

「う…ぁ…っ!」

 

かなたの両腕に、血管が浮き出る。限界を超えた「握力」が、彼女自身の身体を内側から破壊しようとしていた。

 

「(…ダメだ…放したら、あの子が…!)」

 

歯を食いしばり、数秒間、いや、永遠にも感じられた時間、かなたは船と子どもを「固定」し続けた。

そして、船体が砂浜に完全に着底し、子どもがマリンの腕の中に救い上げられた瞬間――

 

 

 

 

船体は半壊。だが、生存者たちは、ついに東京の「陸地」へと到達した。

 

「(やった…!)」

 

そらが、膝から崩れ落ちそうになるのをこらえ、仲間たちを見渡す。

クロエとおかゆは、ノイズの中を強行突破した影響で、軽い精神汚染を受けながらも無事だった。

マリンも、羅針盤を酷使し、疲労困憊している。

だが、一人。

 

「かなたちゃん…?」

 

物理法則に最も強く干渉し続けた天音かなたが、糸が切れたように倒れていた。

 

「かなたちゃん! しっかりして!」

 

そらが駆け寄る。

かなたの身体は、アバターの姿を維持できなくなりかけ、その輪郭がノイズのように揺らいでいた。

 

「(力を…使いすぎた…)」

「そら、せんぱい…みんな、無事…?」

「無事だよ! かなたちゃんのおかげだよ!」

 

そらが「歌声(=回復)」を注ぎ込もうとするが、かなたの消耗は、精神的なものではなく、力の「核」そのものの損傷だった。そらの歌声でも、その進行を遅らせることしかできない。

 

 


「(このままじゃ、かなたちゃんが…消える…)」

 

そらは戦慄した。「導きの力」を使い果たした者の末路。それは、ノイズに還ること、すなわち「消滅」だった。

 

「(ダメだ…!)」

 

そらは、フブキから微かに届く「集結令」の光に、意識を集中させた。

 

「(助けて、フブキちゃん…! 医療(ちりょう)ができる仲間は…!?)」

 

その祈りに応えるかのように、フブキの「声」が、二つの「光」の座標を、そらの脳裏に映し出した。

一つは、浅草寺。

そこでは、百鬼あやめが「鬼の結界(オーガ・テリトリー)」で、巨大な聖域を維持している。

「(あやめちゃん…!)」

 

もう一つは、浅草からほど近い、大学病院の廃墟。

そこには、小さな、しかし強靭な「光」が灯っていた。

 

「(この感覚…ちょこ先生!)」

 

癒月ちょこ。「悪魔のカルテ」を持つ、医療のスペシャリスト。

 

「マリン船長! クロエちゃん! おかゆちゃん!」

 

そらは、倒れたかなたを抱えながら、仲間たちに叫んだ。

 

「(北から、ラミィちゃんたちの気配もする…!)」

「(渋谷からも、フブキちゃんたちの強い光が近づいてきてる!)」

「私たちは、浅草を目指す! そこに、かなたんを救う手立てがある! そして、みんなと合流するんだ!」

 

渋谷のアライアンス。

北のキャラバン。

そして、東京湾を突破した横浜船団。

 

三つの光は、奇しくも同じ場所――浅草と、その先にある「アキバ」を目指し、集結しようとしていた。

 






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ホロライブ非公式二次創作・非商用
登場人物は全てフィクションであり実在の人物とは一切関係ありません。
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