ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜   作:miyacchi_novel

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虚構の侵食

 

 


 

【電忠社・撮影スタジオ】

 

撮影初日。

 

巨大なスタジオの中に、ホロアースを模した仮想空間が構築されていた。

グリーンバック。無数の照明。カメラクレーン。

 

「よろしくお願いしますにぇ!」

みこが、元気よくスタッフに挨拶する。

 

しかし、その目には——どこか憂いが残っていた。

 

監督の矢沢健一が、そっと声をかけた。

「……無理しなくていいですよ」

 

52歳。白髪交じりの髪。疲れた目。

彼もまた、この脚本に違和感を覚えている一人だった。

 

「いえ。やると決めたので」

 

すいせいが、腕を組んで答える。

 

「あたしたちは——現場で戦います」

 


 

撮影は、順調に進んだ。

 

——いや、「順調」だと思われていた。

 

しかし、1週間が経った頃——

異変が、始まった。

 


 

【ホロアース・みこの部屋】

 

撮影開始から7日目の朝。

 

みこは、ベッドの上で目を覚ました。

 

「……んにぇ……」

 

重い体を起こす。

なんだか、調子が悪い。

 

スマホを手に取った。

すいせいからのメッセージ。

 

『今日の撮影、10時からだって。遅れないでね』

 

その文字を見た瞬間——

 

「……っ!」

 

みこの胸が、ズキリと痛んだ。

 

「え……?」

 

心臓が、ドクドクと早鳴りしている。

 

「すいちゃんの名前を見ただけで……胸が苦しい……?」

 

おかしい。

こんなこと、今まで一度もなかった。

 

みこは、試しに——すいせいのことを考えてみた。

 

青い髪。鋭い目。澄んだ歌声。

一緒に歌った日々。

 

「……っ!」

 

また、胸が痛む。

 

まるで——「会いたくてたまらない」みたいな。

「いないと死んじゃう」みたいな。

 

「違う……みこは、こんな感情……持ってない……」

 

しかし、胸の痛みは——本物だった。

 


 

【ホロアース・すいせいの部屋】

 

同じ頃。

 

すいせいは、作業机に向かっていた。

新曲の歌詞を書こうとしていた。

 

しかし——

 

「……書けない」

 

ペンを持つ手が、止まっている。

 

頭の中に、言葉が浮かばない。

いつもなら、自然と湧き出てくるのに——今日は、何も出てこない。

 

「……みこち」

 

ふと、その名前が口をついて出た。

 

その瞬間——頭の中に、言葉が溢れ始めた。

 

『あなたがいれば、何でもできる』

『あなたがいなければ、私は何もできない』

 

「……っ!?」

 

すいせいは、ペンを放り投げた。

 

「何……これ……」

 

これは——あたしの言葉じゃない。

脚本の。神崎が書いた——「設定」の言葉だ。

 

「なんで……あたしの頭の中に……」

 

すいせいは、両手で頭を抱えた。

 

みこちのことを考えないと——言葉が出てこない。

みこちのことを考えると——「設定通り」の言葉しか出てこない。

 


 

【電忠社・撮影スタジオ:控室】

 

午前10時。

撮影現場。

 

みこと、すいせいは——互いを見た瞬間、固まった。

 

「……すいちゃん」

「……みこち」

 

胸が、痛む。

頭の中に、「設定通り」の言葉が浮かぶ。

 

「……っ」

 

二人は、同時に目を逸らした。

 

フブキが、異変に気づいた。

 

「どうしたの? 二人とも、顔色悪いよ」

 

「……大丈夫にぇ」

 

「あたしも平気」

 

しかし、その声には——明らかな嘘があった。

 


 

撮影中。

 

「——はい、スタート!」

 

矢沢の声がかかる。

 

「みこち」

すいせいが、台詞を読む。

「あなたがいないと——私は、歌えない」

 

「すいちゃん」

みこが、返す。

「みこも——すいちゃんがいないと、生きていけないにぇ」

 

——その瞬間。

 

ズキン。

 

二人の頭に、激痛が走った。

 

「……っ!」

「……!!」

 

「カット! どうしました!?」

 

矢沢が、慌てて駆け寄る。

 

みことすいせいは、頭を押さえて蹲っていた。

 

「なに……今の……」

 

台詞を言った瞬間——まるで「本当にそう思っている」かのような感覚が、流れ込んできた。

 

「今日は、ここまでにしましょう」

矢沢が、撮影中断を指示する。

 


 

【撮影スタジオ・控室】

 

みことすいせいは——黙って座っていた。

 

フブキと、そらが、心配そうに見守っている。

 

「……ねえ」

 

すいせいが、ポツリと言った。

 

「みこち。正直に言って」

「……変な感覚、ない?」

 

みこは、俯いたまま——頷いた。

 

「……あるにぇ」

 

「どんな?」

 

「……すいちゃんのこと考えると、胸が苦しくなるにぇ」

「『会いたい』とか、『いないと死んじゃう』とか——そういう感情が、勝手に湧いてくるにぇ」

 

すいせいの顔が、蒼白になった。

 

「……あたしも」

「みこちのことを考えないと、歌詞が書けなくなった」

「みこちのことを考えると——『設定通り』の言葉しか出てこない」

 

フブキが、息を呑んだ。

 

「……それって」

 

そらが、静かに言った。

 

「脚本が……現実になってる?」

 

沈黙が流れた。

 

『互いなしでは生きられない』

『共依存の関係』

 

それが——本当に、現実になりつつある。

 

「……冗談じゃない」

 

すいせいが、拳を握りしめた。

 

「あたしは——あたしのままでいたい」

「脚本なんかに——書き換えられてたまるか……!」

 

しかし、彼女の手は——震えていた。

 


 

【電忠社・本社ビル:美玲の控室】

 

同じ頃。

 

高橋美玲は、自分のデスクで——ある資料を見つけていた。

 

神崎のファイルサーバーから、誤って共有フォルダに流出した機密文書。

 

『共鳴プログラム ver.2.0 仕様書』

 

美玲は、その内容を読み進めた。

 

『映画の視聴者数に応じて、対象者の現実改変率が上昇する』

『1億人が「信じた」物語は、現実になる』

『最終目標:ホロアースの完全制御』

 

美玲の手が、震えた。

 

「これ……映画じゃない……」

「洗脳だ……」

 

さらにページをめくる。

 

『現在の書き換え進行率』

『さくらみこ:28%』

『星街すいせい:26%』

 

「……そんな」

 

美玲は、モニターから顔を上げた。

 

「すいせいさんが……みこちさんが……」

「『設定通り』の存在に、書き換えられようとしてる……」

 

涙が、目の奥に滲んだ。

 

「私、何かしなきゃ……」

「推しを——守らなきゃ……!」

 

美玲は、決意した。

 

スマホを取り出す。

連絡先を探す。

 

——白上フブキ。

 

(この人なら……きっと……)

 

震える指で、メッセージを打ち始めた。

 

『お話があります。ホロメンの皆さんに、知ってほしいことがあります』

 

送信。

 

美玲は、深呼吸した。

 

(これで——終わりかもしれない)

(契約社員の私が、内部告発なんてしたら……)

 

でも。

 

「すいせいさんの笑顔を——守りたい」

 

美玲は、立ち上がった。

 


 

【電忠社・本社ビル:地下サーバー室】

 

同じ頃。

 

神崎透は、地下深くにあるサーバー室にいた。

 

無数のサーバーラック。青白い光。冷たい空気。

巨大なモニターに、データが表示されている。

 

『対象者:さくらみこ——書き換え進行率:28%』

『対象者:星街すいせい——書き換え進行率:26%』

 

神崎は、満足げに微笑んだ。

 

「順調だ」

 

彼の脳裏に、声が響いた。

 

『よくやっている、神崎』

 

管理者の残滓。

 

『撮影を続ければ——彼女たちは「設定通り」の存在になる』

『そして——私は、再び「存在」できる』

 

「ああ」

神崎が、低く答える。

「そうすれば——映画は成功する」

 

『「完璧な物語」が完成した時——私は、この世界に戻ってくる』

 

画面の数値が、少しずつ——上がっていく。

 

『書き換え進行率:29%……30%……』

 

時間は、残り少なかった。

 

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