ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
【電忠社・本社ビル:神崎の執務室】
重厚な扉が開く。
入ってきたのは、常闇トワだった。
普段の衣装ではなく、映画用の——「悪魔」としての禍々しさを強調した衣装に身を包んでいる。
「……何の用だ」
神崎は、デスクの奥で書類に目を落としたまま言った。
「用がなきゃ来ちゃダメかよ?」
トワは不敵に笑い、ソファに深々と腰掛けた。
足を組み、挑発的な視線を送る。
「アタシはさ、勝ち馬に乗りたいだけなんだわ」
「勝ち馬?」
「そ。あの連中——ホロライブの他の奴らさ。甘いんだよ」
トワは鼻を鳴らした。
「『本当の物語』だの『絆』だの……そんなもんで、この巨大なプロジェクトに勝てるわけねーだろ? アタシは悪魔だぜ? 合理的に考えるのさ」
神崎が、ようやく顔を上げた。
眼鏡の奥の瞳が、冷たく光る。
「……面白い。君は、他のメンバーを見捨てるというのか」
「見捨てるんじゃねーよ。正しい方を選ぶだけ」
トワは、デスクの上の端末を指差した。
「アンタの計画、完璧なんだろ? だったら、アタシもそっち側で、より良いポジションを確保したいわけ」
「賢明な判断だ」
神崎は微かに口角を上げた。
彼にとって「悪魔が裏切る」という展開は、非常に「らしい」行動であり、データ的にも整合性が取れていたからだ。
「いいだろう。君には、映画公開後の『新体制』での幹部ポジションを用意しよう」
「話が早くて助かるぜ。で、アタシは何をすればいい?」
「まずは——」
神崎が立ち上がり、壁面の巨大モニターに向かった時だった。
【電忠社・地下サーバー室】
その頃、高橋美玲は地下のサーバー室に潜入していた。
警備システムの死角を縫って進む。冷や汗が止まらない。
だが、今の彼女には強力な協力者がいる。
『美玲ちゃん、今だ! 神崎の注意を引いてる!』
インカムから、トワの微かな声が聞こえた。
美玲は頷き、端末に接続コードを差し込む。
「……お願いします、間に合って……!」
彼女の指がキーボードを高速で叩く。
目的は、メインシステムへの「バックドア」の設置。
プレミア公開当日、ホロメンたちのライブ配信を強制的に割り込ませるための、裏口だ。
しかし、セキュリティは鉄壁だった。
何重ものファイアウォール。
「共鳴プログラム」の防御壁が、行く手を阻む。
「くっ……固い……!」
『おいおい、どうした? もっと面白い話してくれよ』
インカム越しに、トワが必死に時間を稼いでいるのが分かる。
神崎との会話を引き伸ばしてくれているのだ。
美玲は焦る気持ちを抑え、深呼吸した。
(神崎さんのシステム……完璧主義だからこそ、隙があるはず)
彼女は神崎の元部下だ。彼の思考パターンは知っている。
彼は「外部からの攻撃」には過剰なほど備えているが、「内部のデータ」は絶対的に信頼している。
「管理者の残滓データ……これに偽装すれば……」
美玲は、自分のアクセス信号を「管理者の残滓」の波長に似せるプログラムを実行した。
かつて第3期で解析されたデータを元にした、危険な賭け。
『アクセス承認』
緑色のランプが点灯した。
「……やった!」
美玲は震える手で、バックドアプログラム「Operation_Stellar」をインストールする。
エンターキーを押した瞬間、背筋に悪寒が走った。
【神崎の執務室】
「……ん?」
神崎がふと、手元のタブレットに目を落とした。
「どうした?」
トワの声が、僅かに上ずる。
「いや……今、システムの深層領域で、微かなノイズを検知した」
神崎の目が鋭くなる。
彼は疑り深い。
トワは内心の動揺を隠し、大げさに肩をすくめた。
「ノイズ? アタシの魔力が強すぎるせいじゃねーの?」
「……あるいは、ネズミが入り込んだか」
神崎が、通信ボタンに手を伸ばす。
警備員を呼ぶつもりだ。
まずい。
美玲が見つかる。
トワは——咄嗟に動いた。
「ていうかさぁ!!」
バンッ! と机を叩く。
神崎が驚いて手を止める。
「アタシの待遇、もっと良くなんないわけ!? 幹部ポジションとか曖昧なこと言ってないでさぁ、数字で示してよ、数字で!!」
「……君は、意外と強欲だな」
「悪魔だからね!」
トワは神崎に詰め寄り、その視線を自分に釘付けにする。
(早く……早くしてくれ、美玲ちゃん……!)
その時。
インカムから、小さな合図が聞こえた。
『完了しました。撤収します』
トワは心の中で大きく息を吐き、そして不敵に笑って一歩下がった。
「まあいいわ。詳しい条件は、また後で聞かせてもらうぜ。今日は帰る」
「……ああ。好きにしたまえ」
神崎は興味を失ったように、再び書類に目を落とした。
トワは背を向け、部屋を出る。
廊下に出た瞬間、彼女はその場にへたり込みそうになった。
「……マジで、心臓止まるかと思った……」
【電忠社ビル・非常階段】
トワと美玲が合流する。
二人は言葉を交わさず、無言でハイタッチをした。
震える手と手が触れ合う。
「ありがとう、トワ様……」
「やめろよ、様とか。……美玲ちゃんだって、度胸あるじゃん」
トワは、美玲の顔を見て微笑んだ。
「これで、準備は整ったな」
「はい。あとは——当日を待つだけです」
二人の視線の先には、東京の夜景が広がっていた。
その街のどこかに、神崎が用意した巨大な劇場がある。
そこが、決戦の地だ。
しかし、二人はまだ知らなかった。
神崎の中にいる「彼」が、この程度の干渉など織り込み済みであるということを。
執務室。神崎は一人、呟いていた。
「……ネズミが、裏口を作ったか」
彼は、全て気づいていたのだ。
気づいた上で、泳がせた。
「いいだろう。その『希望』ごと、絶望に叩き落としてやるのが——最高の演出だ」
神崎の影が、歪に揺らめいた。