ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
【東京・TOHOシネマズ六本木ヒルズ:プレミア会場】
フラッシュの嵐。
レッドカーペットの上を、YAGOOと、得意げな表情の神崎透が歩く。
その背後には、等身大のホロメンパネルが並んでいる。
「神崎プロデューサー! 今回の映画の手ごたえは?」
「最高です。興行収入150億は通過点に過ぎない」
神崎は記者団に微笑み、カメラに向かってVサインを作った。
「これは、エンターテインメントの革命だ。データが導き出した『完璧な感動』を、世界にお届けします」
会場には、既に満員の観客が詰めかけていた。
期待に胸を躍らせる者。不安そうにスクリーンを見つめる者。
全世界200カ国で、同時に上映が始まろうとしている。
【ホロアース・中央広場:特設ステージ】
一方。
バーチャル空間の片隅に、手作りのステージがあった。
派手な演出装置はない。あるのは、数えきれないほどのペンライトの海だ。
「……すごい」
舞台袖で、ときのそらが息を呑む。
予想を遥かに超える数のアバターが集まっていた。
サーバーが悲鳴を上げるほどの熱気。
コメント欄は、滝のような勢いで流れている。
『待機!』
『映画館から来たぞ!』
『こっちが本番だろ?』
『wktk』
「みんな……来てくれた」
白上フブキが、震える声で言った。
彼女の背中を、星街すいせいが叩く。
「ビビってる暇はないわよ」
「分かってる。武者震いだよ」
「みこは、もう準備万端にぇ!」
さくらみこが、ステージ中央へ飛び出していきそうな勢いで足を踏み鳴らす。
「よし」
そらが、深く息を吸い込んだ。
その瞳は、かつてないほど澄んでいた。
「行こう。私たちの『今』を見せに」
【同時刻:全世界】
運命の時刻。20時00分。
映画館の照明が落ちる。
スマートフォンの画面が光る。
二つの物語が、同時に始まった。
**<映画版>**
スクリーンに映し出されたのは、荒廃した世界。
雨に打たれる少女——ときのそら。
『私には……誰にも届かない……』
壮大なオーケストラ。
最新鋭のCG技術で描かれる、孤独と絶望。
観客は息を呑み、その圧倒的な映像美に引き込まれていく。
**<ライブ配信版>**
『——こんそめ! ときのそらです!』
明るい声が、世界中の端末から響く。
ステージに立つ13人の姿。
そらは、満面の笑顔で客席に手を振っていた。
『今日は集まってくれてありがとう!』
『映画館もいいけど……私たちは、やっぱりここが好き!』
『いえーーい!!』
コメント欄が爆発する。
そこには、悲劇も絶望もない。
ただ、純粋な「楽しさ」だけがあった。
【電忠社・神崎の部屋】
「……始まったか」
神崎は、複数のモニターを見比べていた。
中央には映画の映像。
右端には、ライブ配信の映像。
『映画版視聴者数:5000万人』
『ライブ配信視聴者数:120万人』
神崎は鼻で笑った。
「勝負にならんな。所詮は素人のゲリラライブだ」
彼は手元のタブレットを操作し、管理者の残滓に呼びかけた。
「共鳴プログラム、出力最大。映画の感動を、現実に上書きしろ」
『承知した』
不気味な声が響き、映画館の観客たちの脳波データが急激に変動し始めた。
それはただの感動ではない。
「映画の内容を真実だと誤認させる」ための、集団催眠に近い信号だ。
【ホロアース・ステージ】
「……っ」
歌っていたすいせいが、一瞬、眉をひそめた。
頭の中に、ノイズが走る。
バックドアがあるとはいえ、神崎の出力は桁違いだ。
強制的に「映画の設定」を意識させられる。
(あたしは……みこちがいないと……)
思考が、また塗りつぶされそうになる。
寒気がする。
まるで、心が凍りつくような感覚。
その時だった。
「んしょっ……と」
さくらみこが、ポケットから何かを取り出した。
それは、小さくひび割れた、ピンク色の勾玉の欠片だった。
第3期で失われたはずの、神器の破片。
「えへへ、実はこっそり持ってたにぇ」
みこがそれに、ふーっと息を吹きかける。
ボッ。
小さな、本当に小さな、桜色の炎が灯った。
かつては魔物を焼き尽くした業火ではない。
ろうそくの火のような、頼りない揺らめき。
でも。
「……あったかい」
すいせいが、目を見開いた。
その小さな炎から伝わる温度が、凍りついた心を、じんわりと溶かしていく。
「みこち……それ」
「『エリート巫女パワー』の残りカスの残りカスだにぇ!」
みこは得意げに胸を張った。
「攻撃には使えないけど……みんなを『ほんわか』させるくらいなら、できるにぇ!」
その言葉通り。
桜色の光は、ステージ上のメンバーたちを優しく包み込んだ。
システム的な「強制力」ではなく、懐かしいコタツに入った時のような、安心感。
フブキがふっと笑った。
「あー……なんか、落ち着く」
そらも微笑む。
「うん。私たちの『ぬくもり』だね」
ノイズが消えた。
神崎のプログラムが弾き出される。
「ありがと、みこち」
すいせいが、みこの頭を撫でた。
「えへへー、もっと撫でていいにぇー!」
【神崎の部屋】
「……何だ?」
神崎は眉を寄せた。
視聴率のグラフに、異変が起きていた。
映画版の数字が伸び悩んでいる。
対して、ライブ配信の数字が——加速度的に上昇を始めていた。
『ライブ配信視聴者数:500万人……1000万人……』
SNSのトレンドが、『#本当のレゾナンス』一色に染まっていく。
「なんかこっちの配信、見てるとポカポカする」
「映画は凄いけど寒い。ライブはあったけぇ」
そんな感想が溢れかえる。
「バカな……金も、技術も、演出も、こちらが上のはずだ」
「なぜだ……なぜ、あんなチープなライブに……」
神崎の狼狽をよそに、モニターの中の数字は、無慈悲に——いや、希望に向かって、跳ね上がり続けていた。
『ライブ配信視聴者数:3000万人』
それは、かつて彼自身が切り捨てた、「たった一人の熱意」の集合体だった。