ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
【東京・TOHOシネマズ六本木ヒルズ:スクリーン1】
スクリーンの中で、雨は激しさを増していた。
泥にまみれ、震えるさくらみこ。
その細い肩を、星街すいせいが力任せに抱き寄せる。
『……あたしがいないと、あんたはダメになっちゃうんだから』
『すいちゃん……嫌だにぇ、どこにも行かないでほしいにぇ……』
悲劇的なオーケストラが、観客の涙を誘う。
過剰なまでの演出。依存。執着。
それは、データが導き出した『最も売れる絆』の形。
観客たちは息を呑み、その『美しい共依存』に酔いしれていた。
脳波データが、神崎の望む数値へと収束していく。
一人、また一人。映画の虚構を真実だと誤認し、現実(リアル)との境界を失っていく。
【ホロアース・特設ステージ】
「……寒い」
ライブ配信のカメラの向こうで、すいせいがポツリと呟いた。
モニターに映る『映画版の自分たち』を見て、吐き気を覚えたような顔をする。
「ビジネスフレンド、舐めすぎでしょ」
みこが、大きく頷く。
彼女の足元には、まだあの小さな桜色の炎が灯っていた。
「あんなの、みこたちじゃないにぇ。すいちゃんがいなきゃ歌えないなんて、すいちゃんに失礼だにぇ。みこは、一人でもエリートなんだにぇ!」
「ははっ、よく言うわ。……でも、その通りだね」
すいせいが、マイクを握り直す。
その瞳は、映画版の湿った絶望など微塵も感じさせない、鋭い輝きに満ちていた。
「あたしたちは、依存(インフェクション)なんてしてない。お互いがいなくても、あたしたちは輝ける。立っていられる。……そうでしょ?」
『あたりまえだにぇ!』
二人が、視線を交わす。
そこにあるのは、縋り付くような弱さではない。
背中を預けられる、強固な信頼(トラスト)。
「見せてあげる。本当の——共鳴(レゾナンス)を」
【全世界:映画館および回線】
歌が、始まった。
新曲ではない。何度も歌い、何度もファンと共に歩んできた、馴染みのメロディ。
しかし、その響きは次元を超えていた。
映画館のスピーカーから流れる、壮大なBGM。
それを、スマートフォンのスピーカーから漏れる、彼女たちのナマの声が圧倒していく。
「にぇえええええええ!!」
みこの叫びが、虚構の雨を蒸発させる。
桜色の火の粉が、ネットワークの海を駆け抜け、映画館の座席に座る人々の肌に『熱』として届く。
(……あったかい?)
涙を流していた観客が、ふと顔を上げた。
スクリーンの向こうの『悲劇』が、急に色褪せて見え始める。
冷たい美しさよりも、泥臭い熱。
完璧な絶望よりも、不完全な希望。
視聴者数が、臨界点を超える。
3000万……4000万……5000万。
映画版の数字が、初めて頭打ちになった。
【電忠社・神崎の部屋】
「……何……だと……」
神崎は、崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。
モニターには、警告(アラート)が赤く点滅している。
『現実改変率:急落』
『共鳴バッファ:オーバーフロー』
「馬鹿な……計算外だ。なぜ、データにない感情が、これほどの影響力を持つ……!」
神崎の指が、震えながらキーボードを叩く。出力(パワー)を上げようとする。
しかし、システムはもう彼の制御を受け付けなかった。
彼の影が、壁一面に大きく膨れ上がる。
どろりと、人の形を維持できないほどに歪んだ、黒い影。
『……完璧は……壊された……』
管理者の残滓が、神崎の耳元で囁く。
それは怒りではなく、純粋な『バグ』に対する排除の意思。
『ならば……全て消去(デリート)するのみ……』
神崎の叫びが、ビルの最上階で虚しく響いた。
影が彼を飲み込み、仮想空間の空に、巨大な亀裂が走り始める。